夏の闇
夜は、肝試しをすることになった。海岸の端にある洞窟まで二人で行って帰る、というありがちなコースだったが、心が躍った。じゃんけんで二人組を決めると、幸音は隆司という男子とペアになった。
最初の男子二人組が、
「ちぇ、つまんねー」
「なんでお前なんだよー」
とぶつくさ言いながら去っていった。そして、十数分したくらいで帰ってきた。
「意外と怖かったわー」
「お前、俺の腕一瞬掴んだべ」
「はあ?掴んでねーし」
そんなことを話しつつ帰ってきた。幸音が、思っていたより怖いかも、と思っていたら、隆司君が、
「幸音ちゃん、次俺らだよー」
と声をかけてきた。
「うん」
そう返事して、歩き出した彼についていった。
「幸音ちゃんって、どのくらい怖がり?」
隆司は気さくな人だった。笑いながら、あれこれと話しかけてきた。
「趣味何なの?」
「へえー、どんなの読むの?」
「すげえー、俺それ知らねえや。俺が最後に読んだのとかマジで覚えてねえ」
そんな他愛もない話をしていたら、洞窟の入り口についた。
「いよいよだね」
と幸音が言うと、
「そんなに怖がらなくてもいいよ。俺がついてるから」
と真剣な顔で隆司は幸音を見た。思わず目をそらすと、
「ああ、ごめん」
といわれた。
「別に…」
幸音がそういうと、二人は若干微妙な距離感のまま洞窟に踏み込んだ。洞窟の中は真っ暗闇で、時々光る小さな穴からの光のほかは、懐中電灯に頼るしかなかった。洞窟は、思っていたより広く、奥行きがあった。
不意に、隆司が幸音の手を握ってきた。幸音は、びくっとして、反射的にその手をはらった。すると隆司は、
「幸音ちゃん、俺のこと嫌い?」
と聞いてきた。
「別に、そういうわけじゃ…」
「なら、いいじゃん」
隆司はそう言ってまた手を握ってきた。幸音はそれを避け、
「それは、ちょっと違うかな」
幸音が答えると、隆司は、熱っぽく返した。
「何が違うんだ。俺、幸音が好きだ」
そういって、隆司は幸音に抱きついた。
「きゃあ!」
反射的に悲鳴が出る。
「ちょっと隆司君、離して、落ち着いてよ!」
幸音は必死にその手を振りほどこうとしたが、盛りの中学生男子の力には及ばず、隆司は離れなかった。
「大丈夫、俺がいるから、大丈夫だよ」
「隆司君!いい加減、離して!」
「いいや、離さない。大丈夫、僕が守ってあげるよ」
そういって、あろうことか、隆司は幸音を押し倒した。幸音の悲鳴が、洞窟に響いた。
しばらくして、遅い二人を案じた加奈子たちが洞窟まで探しに来て、幸音に覆いかぶさる隆司を発見した。幸音は解放されたが、隆司は、隙をついてその場を逃げ出した。男子連中はいなくなった隆司を探しに夜の海岸へ戻った。加奈子たち女子は幸音を連れて、テントに戻った。
加奈子は、幸音が泣いているのを見て、察しはついたが、何も言わず、幸音のそばにいた。幸音は、ぽつりぽつりと話し出した。それによると、隆司は一線を越えはしなかったらしい。ただ、押し倒して、いろいろなところを触られたらしかった。
加奈子が、そっと手を握ろうとすると、幸音はビクッと震えた。思わず加奈子は、その手を引っ込めた。それもそうだろう。初めて心を開いて出かけた結果がこれでは、だれしもそうなってしまうだろう。
加奈子は、自分がこんな提案をしなければこんなことにはならなかった、と後悔した。自分が、海に誘わなければ、自分が、肝試しをやろうなんて言い出さなければ。こんなことは起きなかっただろう。
「ごめん、幸音」
気が付くと、謝っていた。
「私が、誘わなければ」
「違う!加奈子は悪くない!」
その大声に、加奈子は驚いた。幸音は、涙を流しながら、言った。
「加奈子は、悪くないよ…」
そういって、幸音は、加奈子の胸に泣きついた。加奈子は、黙って幸音を、抱きしめた。加奈子の頬も、いつしか濡れていた。この子をもう泣かせない。そう思った。
海のさざ波は、いつになくむなしく、明るかったテントは、暗がりに沈んだ。重たい、眠れない夜が、そこに在った。日が明けて、隆司はもう近くにはいないと分かるまで、眠るものはなかった。