入学式(1)
「ここで僕は三年間過ごすのか…。」
校門の向こう側に広がる時代を感じさせる旧校舎、その向こう側に見える真新しい新校舎、中学校のものとは比べ物にならない大きさの体育館、よく管理のされた草花、創立者の銅像。一つ一つが人を圧倒させる建築物が並ぶこの学校で僕は三年間、また退屈な日々を過ごすのだろう。
(勉強なんて大嫌いだ。)
僕の名前は鳳修也、ちょっと勉強が出来る程度の何処にでもいる高校生だ。
昔から勉強は嫌いだった。もちろんある程度は出来た。じゃないと僕はこの高校にはいない。
僕が三年間通うことになるこの学校は「御剣高校」。関東ではぶっちぎりの一位、国内でも五本の指に入るほどの進学校だ。
僕が勉強が大嫌いな理由、それは「簡単」だからだ。
どんなものでも簡単すぎると退屈になる。桃○郎電鉄でCPUをよわいにして百年モードで遊んでみて欲しい。十年の時点で飽きるぞ。僕にとっての勉強がそれだ。
他の人が聞けばうらやましいと思うかもしれない。ただ僕からしたら勉強以外のことが出来る人のほうがうらやましい。
勉強は社会人になったら全然使わなくなる。期間限定のステータスだ。
勉強が出来ても出来ないことはこの世界に多すぎる。それが辛い。
「たとえば大勢の前で緊張せずスピーチをするとか。」
昨日の夜大急ぎで作ったスピーチ原稿を開いたり閉じたりする。
合格してから一週間ほどたったころだったろうか、僕と僕の親はなぜか御剣高校に呼ばれた。しかも校長室。
緊張しながら校長室に入った。席に着くよう示されて柔らかいソファに座った。
一呼吸置いて校長先生がしゃべったことは意外すぎる言葉だった。
「君、トップ合格だったよ。入学式でスピーチしてもらうから。」
この発言にはかなり驚いた。スピーチすんの!?僕!?
僕は一対一で話すのはまだできるけど、一対多数のスピーチとかはとても苦手だった。ずっと昔から。
青い顔をしておろおろしてる僕の隣で母さんは泣いてるし、父さんは、「凄いな!」って目を丸くしてるし、断れる雰囲気でもなかったので、
「が、頑張ります!」
と即席に返事をしてしまった。
そのあと父さんと母さんは校長先生と何か話していたけれど、余裕が無さ過ぎて僕は聞いてなかった。
膝を生まれたての子鹿のように震わせながら校長室を出て行く時、校長先生は僕にこんな言葉を投げかけた。
「そうそう。君以外にスピーチする人は四人いるよ。そんな緊張しなくても大丈夫だよ。」
「あれってトップの合格者が同着で僕以外に四人いたってことなのかな。」
校長先生の言葉はトップの合格者がスピーチをするって意味に取れる。恐らく僕の予想であっているだろう。
「こっちだったかな…。」
スピーチをする人は体育館のほうに集まってリハーサルをすると言っていた。色々なところに立てられた看板をたどりながら体育館に向かう。
にしてもこの学校、まるで迷路だな。度重なる増改築でえらいことになっているって姉さんが言っていたけれど、ここはまるで妖怪ウ○ッチ2のムゲン地獄か、モン○ン4以降のステージだ。高低差が激しくて何処が何につながっているか理解できそうにない。学校で遭難するぞ、何とかしないと。
標識を確認しながら、時には昨日印刷した地図を見て、体育館に向かうこと十分。
「やっと見つけた…!」
体育館にようやく到着した。達成感が凄い。初めてク○パを倒した時の気分だ。
僕は達成感と言うものをほとんどゲームでしか得たことがないのだ。勉強は簡単に感じるし、スポーツは生まれてから学校以外でやったことはろくにない。ゲーム以外で達成感を得た話をするなら小学校の頃まで時間を巻き戻す必要がある。
「凄い緊張する…な!?」
その緊張を吹き飛ばすレベルの光景が僕の目の前に広がっていた。
僕の表現能力の低さを思い知らされる。なので短的に言うとする。
ゴシックロリータの服を着た少女と、金髪ロングにピアスのヤン女が、教師に突っかかっている。
「なんで駄目なんですか!」
ゴスロリ少女が教師に突っかかる。まてよ体育館にこの時間にいるってことは…、
この人たちが同率一位の人!?
「いや服装!その服だよ!学校になんて格好で来てんの!?」
女性教師が呆れと困りを混ぜたような口調でそう言い返す。
「ファッションは個人の自由じゃないですか!」
いや何言ってんだこいつ!?常識で考えろよ!入学式だぞ?写真屋さんきてんだぞ?
壇上でスピーチすんだぞ?
「そうだそうだー。自由だろー。」
ヤン女にしか見えない、いや実際ヤンキーなのだろう。口を閉ざしてた金髪の女子も張り合いのない口調でそういう。
…え、僕こんなのと同じレベルなの?もっと勉強してぶっちぎりでトップになりたかった。うん初めてだわ。もっと勉強しようって思ったの。
「なにこの子達!?てか私たち大変なのよ?男子は一人も着てないし…女子はこんなんだし。」
「?なに言ってんですか。」
ゴスロリ少女が不思議そうな顔をする。そして親指で自分をさして。
「僕の名前は月見遥。正真正銘の男ですよ~。」
ブッ!…今こいつ、なんて、言った?え?嘘でしょ?
遠目からだが遥って名乗った奴の顔はめちゃくちゃ整っていて、可愛いなと思った。どのくらいと言うとそこらへんの男だったらちょっと目に涙を浮かばせただけでイチコロに出来そうなくらい。たぶん僕もイチコロにされるだろう。
顔を上げるとヤン女と教師の顔を見ると口をあんぐりと開けて硬直していた。とても間抜けな顔だが人のことは言えない。なぜなら鏡をみれば僕もそんな顔をしている容易に予想できるからだ。
「…嘘でしょ。」
硬直状態に居心地が悪くなったのだろうか、ヤン女がゴスロリ女子(?)にそういう。
「嘘じゃないよ~ホントだよ~。というよりゴシックロリータの服着てる人は大概、男の人だよ。注意!」
お前…怒られるぞ…ありとあらゆる人から。
「はああ!何それ!?変でしょ!?そんな…女子の格好するなんて!」
教師は怒りがついに頂点に達したのだろう。…でもこれはちょっと言いすぎだ。
「先生。それはちょっと言いすぎだ。」
口をあんぐりと開けていたヤン女が急に真剣な顔つきになった。
「トランスジェンダーって知ってるか?性同一性障害の一つでな、体の性と心の性が一致しない人のことだ。」
ヤン女、いやこの言い方は失礼だろう。彼女は月見遥を一瞥して言葉を続けた。
「こいつもたぶんそうなんだろう。先生、あんたにとって男が女の格好すんのは変なことかもしれないがこいつにとってはそれが普通なんだろ。あんたの発言はそういう人たちを差別することにつながりかねない。先生、撤回して謝罪するべきだ。」
…凄い。こんなのと同じレベルなの、とか思っていた自分を殴ってやりたい。
知識もそうだけど普通こんな状況で先生に言い返せないだろう。僕を含めて普通の人は。でも彼女はやってのけた。論理的に、感情的にもならず、相手の非を責めた。
「確かにそうね…。ごめんなさい、月見君。謝るわ。変だなんていってごめんなさい。」
教師は深々と頭を下げた。
「わ!わ!頭を上げてください!別に慣れてますよ。」
別に慣れてますよ、か…彼はどれだけ苦労してきたんだろうか。
「ところで…君…なんていうの?」
月見君が先程、教師を丸め込んだ少女にそう聞いた。
「凛…八雲凛だよ。」
「それじゃあ凛ちゃん…。ありがとう~!」
そういうと月見君は八雲さんに抱きついた。
「ほんとに助かったよ!君がいなければ大変だったかも!」
二人は結構な身長に差があるみたいで月見君は八雲さんの胸に顔をうずめる状態になっている。…ん?なんか変な違和感があるな?なんだろ?
「いや…礼はいいって。」
照れくさいのか八雲さんは顔を赤くして月見君の頭をなでてる。
…ちょっとまった。月見遥は「君」であって「さん」ではない。
「あ…。」
月見君…殺されるんじゃないかな?
「にしても可愛いな…お前。…あ゛?」
どうやら八雲さんも気づいたみたいだ。さっきまでなでてた手が凄い震えている。
「お前…さっき…男って…言ってたよな?」
「ハア、ハア、…え?…やべ…。」
月見君が離れるのとほぼ同時に八雲さんのグーパンが月見君の腹部を正確に捉えた。
「死ね!この変態があああああ!」
月見君が吹っ飛んだ。比喩じゃない。リアルに。…ファル○ンパンチ?
「ちょっとストップ!ストオオオプ!」
月見君に殴りかかろうとしている八雲さんを羽交い絞めにする。力強えええ!
「誰だお前!いつから、どっから沸いて出やがったあああ!離せえええ!」
「最初からいたわ!ずっと前から!暴力は洒落になんねえって!」
「うるせええええ!女の格好してんなら…ちょん切り落としてくれるわああ!」
「どこを!?」
凄い!さっきまで論理的に話してた人とは思えない!女性ってセクハラとかそういうのには凄い敏感でとっても嫌がるんだな!よし!覚えとこう!
「おはよー…?。」
「おはようございまー…!?」
僕が来たほうから声が聞こえた。振り返ってみるとそこには茶髪で制服をしっかりと着た爽やかな男子と、暖かい季節なのに手袋をした黒髪ショート眼鏡のおとなしそうな女子がいた。そうそう!主席ってこういう人たちだよね!うん!
「…なにやってんの?」
「…なにやってんですか?」
まあ聞きたくなるわな。彼等は今、
①ゴスロリの少女(本当は男)が倒れています。
②金髪ロングでピアスのヤン女にしか見えない人が①を襲おうとしてます。
③それを僕が必死で止めてます。
④おまけとして先生(女性)がおろおろしてます。
こんな状況をみてるんだから。なんで君達優秀そうなのにこんなのより遅いのよ…。
…姉さんどうやら僕の高校生活は大変なことになりそうです。