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馬鹿共の部屋

作者: 王子

 猫を拾った。この古アパートの駐車場をうろつかれては危ないと思ったからではなく、かわいくて堪らなかったからでもなく、ただ何となくでもなく。むしゃくしゃしていたからだった。動物を飼うのは責任の伴うことだと分かっている。衣食住を保障してやる代わりに自由を奪う、人間の身勝手さと残酷さも。

 衣食住を全て整えてもらい自由も保障される人間が、昨日までこの部屋にいたのだから腹立たしい。いなくなってみると、この部屋はこんなにも広かったのだと気付かされた。ダメだと分かっていながらも漫然と関係を続けてしまったのは、私の弱さか、彼のずる賢さか。

 下手に出ていて人が良さそうに見せてはいるが、実のところ全くそんなことはないのだろうというのが、彼の第一印象だった。傲慢で、わがままで、何の苦労もせず甘ったれて生きてきたような声。横っ面を思い切りひっぱたいてやりたくなった。

 それでも彼は人に取り入ることだけは上手かった。自分の弱さを隠そうともせず、悲しそうに笑う。何も持っていないこと、何もできないことを後ろめたそうにしながら、虚勢を張ることを忘れない。どこからどこまでが本心なのか、全てに正直なのか、何もかも虚像なのか。曖昧で不安定と見せること。自分をどう見せれば優しくされるのかを心得ていた。厄介なのは、その術中にまんまとはまってしまうことなのだが。

 何度も「もう出ていって」と口にしていたから、昨日も大丈夫だと思っていた。だから五回目の文句にだって素直に従うとは思ってもみなかった。彼はお得意の悲しそうな笑顔で「ごめんね、今までありがとう。本当にごめんね」と私に罪悪感を植え付けて、まるでこの部屋には私以外誰もいなかったように、きれいに痕跡を消して出ていった。そんなつもりじゃなかったのに。

 足元で猫が一声「にゃー」と鳴いた。つぶらな目で私を見上げて「か弱い私にどうか施しを!」とでも言うように媚びた鳴き声。

 ドライフードが紙皿をカラカラと叩き、キッチンに響く。

「いっぱい食べてね」

 日は落ちているのに、開け放した窓からは生ぬるい風が入り込む。例年ならば、もうとっくに秋なのに、今年の残暑は執念深い。部屋が暗くなっていたことに気付いて照明を付けると、室内が余計に広く感じられた。

 猫が紙皿に尻尾を向けたので、愛情もくれてやろうと抱えあげると、じたばたと足掻いて私の手から逃れようとした。手を引っかかれては面倒だから、すぐに離してやる。トトトと歩いてカーペットの上まで来ると、図々しく横になって尻尾をパタパタと上下させて私を睨み付けた。

 お前もかと思う。お前も優しくされる術を知っている。そして私から貰うものを貰ったら、もうお前には用は無いとばかりに振る舞う。しまいには、ふらりとこの部屋を出ていって、「どこに行ったのだろう、窓を開けっ放しにしたばかりに」と、何も悪くない私が悪者になるよう仕向けるのか。

 馬鹿馬鹿しい。猫を相手にこんな下らないことを考える私が、一番、馬鹿馬鹿しい。


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(Twitter企画タグ:#週一創作ワンライ)


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