第九十九話 蜘蛛の糸
メルセデスとハンナが入った物置小屋の外……そこでは、小屋を囲うように大勢の兵士が配置されていた。
言わずもがな、ハンナの手配した兵士達である。
更にその最後尾には小型の竜に騎乗したジークリンデが控えており、王剣を手にしていた。
吸血鬼が好む紅と黒の鎧で全身を覆い、胸元はサイズに合わせた特注の胸部アーマーで保護されている。
こちらもハンナの要請を受けての出撃だが、その目的は民の不満の払拭にある。
前の襲撃の際にも浮彫になったが、基本的にオルクスの民はジークリンデが頂点に立っている事を不安に思っている。
それは強い者を尊ぶ吸血鬼の本能に根差したものであり、要するに弱い王は基本的に歓迎されないのだ。
このままでは真の王派を潰しても、民からジークリンデへの不満は残る。
そう思ったハンナはあえてジークリンデを今回の作戦に駆り出す事にした。
そうする事で今回の指揮をジークリンデが執っているように見せ、彼女に『王都を襲った逆賊を迅速に捕えた』という実績を与えようと思ったのだ。
そういう実績があれば民の不満も少しは和らぐ。
とりあえず、ジークリンデが旦那を見付けて新たな王が戴冠するまでの時間くらいは稼げるだろう。
とはいえ、ジークリンデに万一の事があっては困るので配置は一番後ろだ。
兵士で壁を作り、ジークリンデへ続く道を完全ガードしている。
更にその外側には何事かと民衆が集まり、バジル達の逃走を防ぐ人の壁となっていた。
彼等が見守る中、バジルが物置小屋を飛び出し、マックスを中心として魔物達が陣形を取る。
その後を追ってメルセデスとハンナが小屋から出て、バジルと睨み合った。
「反逆者マックス・ファイト、そしてバジル・サーモン。
貴方達は完全に包囲されています。潔く観念しなさい!」
まずはハンナが降伏勧告を出す。
勿論これで止まるなどと最初から思ってはいないが、こういう前口上は一応形式としてやっておいた方がいい。
民が見ている前ならば猶更で、こうする事で簡潔に『悪いのは向こうで、今から私達は悪者を捕まえます』というアピールになるのだ。
「は、反逆者……? バジルよ、あの者は何を言っておるのだ?」
マックスは反逆者と言われる理由が分からないのか、不安そうにバジルに尋ねる。
するとバジルは冷や汗を流しながらも、温和そうな笑顔をマックスに向ける。
しかし大分仮面が剥がれてきているらしく、その笑みは引きつっていた。
内心では恐らく『そんな事を聞くな。今はそれどころじゃない』とでも思っているのだろう。
「待つのだ! きっとお主らは誤解しておる!
私はマックス・フォン・オルクス・ファイトだ! 正当なる王の血筋である私が反逆者などであるはずがない!」
瞬間……場の空気が凍った。
メルセデスから事前に話を聞いていたハンナはともかくとして、周囲の兵士達は皆が揃って『何ほざいてんの? このガキ』という顔になった。
中には血管を浮かし、露骨に怒りを露にする者すらいる。
メルセデスも顔には出さなかったが、溜息を吐きたい気分であった。
この少年は……被害者だ。バジルに間違えた知識を刷り込まれ、利用されている、自分が道化である事にも気付いていない道化。
言ってしまえば現在進行形の黒歴史量産機!
後で真実を知り、成長すればベッドの上で転げまわる事必至の、悲しいほどに痛い発言を彼は今吐き出している。
「民達よ、今まで姿を見せずにいてすまなかった! だが大丈夫だ、これからは私が国を守ってみせる!
これからは手を取り合い、共によき未来を目指そうではないか!」
マックスは周囲の空気が変わった事にも気付かず、王としての言葉を吐き続ける。
ハンナはその姿を見て、思わず目を覆った。
メルセデスは、『もういっそここで殺してやった方が幸せなのでは』と本気で思った。
これ絶対後で自殺したくなる奴だ。
しかしこの哀れな道化を更に踊らせるべく、バジルが言葉を発した。
「王よ、あの女です! あの女こそ、クリストフ様を殺めた憎き怨敵が仕えていた存在!
皆、奴に騙されているのです!」
「ぬう!? あの者が我がお爺様を……許さぬぞ!」
どうやらある程度はこちらの事も調べていたらしい。
バジルの言う通り、ハンナはニクラスの元上司だ。そこは間違えていない。
マックスはバジルの言葉を信じ切っているのか、ハンナを怒りの眼差しで見ている。
よくもまあ、こう歪に育てたものだ。
本人の生来の気質そのものは真っすぐだったと思われるのが、猶更哀れみを誘う。
「しかしここで戦っては余計な犠牲を出すでしょう。
何とか他の者を巻き込まぬ場所まで逃げるしかありません」
「うぬぬ……お主、卑怯だぞ! 周りの者を下げて私と正々堂々戦わぬか!」
マックスの言葉にハンナは困ったように肩をすくめる。
勿論兵を下げる事はない。
何せこの兵士達は逃走防止の為にいるのだから、これをどけてしまえばあっという間に逃げられるに決まっている。
故にハンナは幼い反論を無視して、バジルへと切り込んだ。
とりあえずこの男を斬ってしまえば、事は片付くだろうと判断しての事だ。
しかしバジルも多少は腕に覚えがあるのか、手から炎を出してハンナを牽制する。
更にバジルを守るように魔物の数が増え、彼を守るようにマックスが立ち塞がった。
「おのれ……お爺様だけでなく、バジルの命まで奪おうとするとは……。
やらせぬぞ! 私の大切な者達をこれ以上傷付ける事は私が許さぬ!」
猛るマックスを盾にするようにバジルが下がる。
その顔は嫌らしい笑みに彩られており、『この利用されているだけの可哀想な子供を殺す事は出来ないでしょう?』と無言で語っていた。
しかしメルセデスにとって、ダンジョンの持ち主であるマックスが前にいる状況はむしろ好都合だ。
こいつさえ無力化してしまえば、敵の戦力はガタ落ちする。
故に一切の躊躇なく踏み込み、一閃で鎧の魔物を切り裂いてマックスへの道を開いた。
二閃で更に鎧が千切れ飛び、刃先がマックスの眼前を掠める。
生まれて初めて向けられたのだろう殺意にマックスが息を呑み、顔を青くする。
「ま、待つのだ! 私達が争う理由などないはずだ!
悪者はそこの女であって、私達は敵ではない! 目を覚ますのだ! お主は利用されている!」
「そうか」
可哀そうな子供……といっても、流石にそろそろ耳障りになってきた。
とりあえず黙らせ、無力化する為にも腕の一本くらいは落として構わないだろう。
殺すのは……いや、殺しは流石に不味いか。
一応フェリックスの従弟だし、それにこんな大勢の見ている前で子供を殺すのは後々に悪いイメージが残る。
なのでとりあえずは腕一本……ダンジョンキーを持っている腕を落とし、ダンジョンを奪う。
その後はバジルを消して、マックスの処遇は国に任せればいい。
「ゆ、ゆけ! 魔物達よ! その女をやっつけるのだ!
ただし死なせてはならぬぞ!」
マックスの命令で更に多くの魔物が湧き出す。
それらは一体一体がかなりの力を持つのだろう。
だがメルセデスの前では雑魚同然だ。
まるで相手にならずに蹴散らされ、またしても鎧の破片が宙を舞った。
(未熟、だな)
ダンジョンは確かに恐ろしい力だ。
だが所詮道具は道具。使い手次第でどうにでも化けてしまう。
メルセデスの使い方がベアトリクスに劣っていたのと同じように、マックスのダンジョンの扱いはメルセデスを遥かに下回る。
ただ強そうな魔物を逐一投入しているに過ぎず、まるでお話にならない。
これならばユリア一人だけの方が遥かに手強かったくらいだ。
しかしバジルにはまだ手があるのか、慌てつつもマックスへ次の手を指示した。
もっとも、それも大した手段ではないだろう。
いわば苦し紛れの、蜘蛛の糸のようなものだ。そうメルセデスは考えた。
「こうなったら……マックス様、『客室』に待機させておいた魔物を呼び出してください!」
「きゃ、客室……? 確かあの、大事な客人を招いていたという……」
「そう、それです。早く!」
「わ、わかった! 客室の魔物よ、出よ!」
少し強めの魔物でも出て来るか?
そう思い、メルセデスは僅かに身構える。
しかし予想に反して出てきたのは、先程までとまるで代わり映えしない鎧の魔物だ。
……ただし、その腕の中にはどこの誰かも分からぬ少女や少年が囚われており、首元に剣が突きつけられていた。
「あの子達は……」
「知り合いか、ハンナ」
「ううん。けど……前日の襲撃の際に行方不明になった子が何人かいたんだけど……」
そこまで聞いて、メルセデスも敵の打った手が分かった。
なるほど、これは実に分かりやすい。
恐らくは前の襲撃の際に、保険としてそこらの子供を数人誘拐しておいたのだろう。
マックスは事態が飲み込めていないのか目を丸くしており、周囲の兵士からは怒りの声があがった。
それらの声を聞き流し、バジルは余裕の笑みを取り戻した顔で言う。
「ふふ……取引といきましょう。
どうか私達をこのまま見逃して頂きたい……そうすればこの子達はお返しします。
それと、まだダンジョンの中には他にも囚われた可哀想な子供達がいますので、怒りに任せて私を攻撃するのはおススメしません」
「随分酷い事をするね。私はその子達と知り合いでも何でもないんだけど……このまま構わず攻撃したらどうするの?」
バジルへと、ハンナが若干の憤りを見せながら尋ねる。
彼女は甘い部分もあるので、こういう手段はあまり好ましくないのだろう。
それでも必要ならばやるだろうが……出来れば助けたいと思っているはずだ。
一方メルセデスは、ここで逃がすと人質が有効と教えるようなものなので構わず攻撃したいと思っていた。
上手く行けば、人質が殺される前に終わらせる事も出来る。
「その時は一人か二人、見せしめになって頂きましょう。
私も心が痛みますが、これも我が王の為……ああ、しかし私としても子供達を無闇に殺したいわけではないのです。ただ貴方達が見逃してくれれば無事は保証しましょう。
分かりますね? この子達を殺すのは私ではありません。貴方達です。貴方達の選択が殺すのです」
バジルは勝ち誇ったように話す。
メルセデスはそんな彼と、そして事態をようやく把握したマックスを見比べて……そして、二人の首を落とすべく僅かに前傾姿勢になった。
人質を取ってくれた以上、もう周囲からのイメージの低下を気にする必要もない。
今ならば人質を守る為に仕方なかったと思ってもらえるだろう……たとえ、この一撃でマックスを殺してしまおうとも。
バジルは気付かない。
彼はこの場を脱する為に蜘蛛の糸を掴んだ。
だが至極当然の事として、糸の先には獲物を狙う蜘蛛がいる。
彼はただ、メルセデスの攻撃スイッチを無駄に押したに過ぎないのだ。
メルセデス「ちなみにここだけの話、実はノリで4回くらいお前等の事を殺してしまって、そのたびに時間遡行してる」
マックス「!?」




