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第九十七話 疑心暗鬼

 魔物による王都襲撃から半日が経ち、日が沈み始めた。

 騎士団の奮戦によって魔物は駆逐されたものの、町の中は人々の不安でざわめいている。

 今まで安全だと思われていた王都内で突然命の危険に晒された恐怖は簡単には消えない。

 これは一体どうなっているのだと、城の前まで詰めかける民衆も多い。


「ひっでえなこりゃ……何で王都内に突然魔物が出るんだよ」


 壊された建物の残骸を見ながら何人かの吸血鬼が話す。

 吸血鬼は高い身体能力と魔法の素質を併せ持つ戦闘向きの種族だ。

 そこらの一般人でも、ゴブリン程度ならば素手で撲殺出来てしまう。

 しかし鍛えてない一般人は逆に言えばその程度だ。

 強力な魔物を蹴散らせるほどの強さはない。

 そして今回王都を襲撃したのは、全身を金属の鎧で包んだ……というより、鎧そのものが動くリビングアーマーであった。

 その戦力はゴブリンなど比較にならない。

 故に、吸血鬼といえど被害は出てしまう。

 そしてこうした理不尽な目に遭うと、人というのは無意識のうちに怒りの捌け口を探してしまうものだ。

 吸血鬼は人ではないが、そうした心の動きは人と大差ない。


「なあ、知ってるか? ここだけの話だけどよ……この襲撃、王女様がやったって噂だぜ」

「は? お前、何言ってるんだ? そんな事聞かれたら不敬罪で捕まるぞ」

「だからここだけの話だって。さっき向こうで貴族のお偉いさん方が話してるのを聞いちまったんだよ。何でも、王族しか使えない剣ってのはダンジョンを閉じ込めたものらしくて……魔物を自在に呼び出せるらしいぞ」

「魔物を自在に……そういえば、いきなり王都の中に現れたって……」


 人の口に戸は立てられない。

 疑心暗鬼に陥り、不安を抱えた者達の口は普段よりも軽く、そして怒りの捌け口を探したがる。

 誰が悪いわけでもない、と言われてフワフワしているより明確に『こいつが悪い』と言われた方がスッキリする。

 そんな所にこの情報だ。

 今回の襲撃は、王女しか出来ない……そんな噂が蔓延するのを止める術などなく、あっという間に王都中に伝染病のように広がっていった。




「よくない流れだね」


 副官から民衆の現状を聞いたハンナは険しい顔で眉間を揉み解した。

 ハンナとメルセデスは現在、寮の自室に戻っていた。

 ジークリンデの周囲にはハンナの部下と、メルセデスが出した魔物を潜ませている。


「噂をばら撒いてる連中は?」

「部下が何人か捕まえたけど、全部外れ。お金を握らされただけのゴロツキとか、そんなんばっか。

魔物も生け捕りにしたのを拷問してるけど、こっちも情報なし。手詰まりだよ」


 ハンナはお手上げ、とばかりに両手を上げた。

 それからベッドに倒れこみ、むーむーと唸る。


「どうしたものかなー、これ。このままだと反乱待ったなしだよ」

「姑息だが、悪くない手だな。民衆のヘイトを高めて反乱まで持っていけば向こうの勝ちだ。

その後に真の王がノコノコ出てきても、もう誰もそれを敵とは思うまい」

「正確には思っても口に出さない、だね。反乱なんてした以上はもう後に退けないもんね」


 現在、『王都に突然魔物を出せるのは王女だけ』という噂が蔓延してヘイトを高めている。

 しかし反乱が発生してしまえば、この前提条件は崩れてもいい。

 反乱の最中に真の王派が出て『我等は王女と同じく魔物を使役出来る! さあ共に戦おう』と宣言したとしよう。

 そこで皆は『怪しいのお前じゃねえか!』と事実に気付いて矛先を変えるだろうか?

 いいや、そうではない。もう矛先は変更出来ないのだ。

 何人かは当然、『あれ? もしかして犯人こいつじゃね?』と気付くだろう。

 しかし反乱をした後では、もうそれを言うわけにはいかない。

 一度王女に矛を向けておいて、『ごめんなさい、間違えてました。許してちょ』なんて……そんなのは通らない。まず死罪確定と思っていい。

 だから事実に気付いても引き返せない。

 疑問を飲み込んで気付かない振りをして、反乱を突き通すしかないのだ。


「相手の狙いはこれで分かったけど……分かってもどうしようもない、っていうのがキツイね。

使い捨ての兵をいくらでも出せるっていうのがこんなに面倒とはね。これゲリラ戦に回ったらほぼ無敵じゃん。

ねー、メルちゃん、どうにかなんない? 無敵のダンジョンで何とかして下さいよー」

「何とか……な。残念だがそんな都合のいい魔物など、生憎いない」


 ちなみに、言うまでもないかもしれないがハンナはとっくにメルセデスがダンジョン所有者である事を知っているし、メルセデスもハンナには特に隠していない。

 今までに何度もハンナの前で魔物を出し入れしているし、ハンナも分かっていて普段は黙っている。

 それは下手にこの事実を公にしてしまえば国家が転覆してしまうと分かっているからだ。

 なのでハンナはメルセデスを王として推薦する気はないし、メルセデスもそんなハンナとの距離感を好んでいた。

 しかしダンジョンも万能ではない。この状態をひっくり返すような都合のいい魔物など流石にいないのだ。


『手はあるぞ』


 しかし、メルセデスだけに聞こえる声でダンジョン内から助言が飛んできた。

 そういえばダンジョンの扱いならば自分よりも慣れている奴がいたな、とメルセデスは思い出し、そいつを外に呼び出す。

 それは久しぶりの出番となる帝国女帝、ベアトリクスであった。


「うむ、久しぶりの外の空気は美味い! そして久しぶりに見る主殿は相変わらず愛らしいな。

ハンナも変わらぬようで何よりだ」


 ベアトリクスはメルセデスの後ろに回ると、彼女を抱きしめつつ頭に胸を置いた。

 やめろ重い。


「メルちゃん……何で今それ出したの?」

「こいつに何か案があるらしい。こんなんでもダンジョンの扱いは私より上だし、こういう戦いにも強いだろう。

で、何かあるなら早く言ってくれ。でなければダンジョンに戻すぞ」


 ハンナの問いに答えながら、ベアトリクスの顔を掴んで引き剥がす。

 彼女は少し不満そうにしていたが、扇を広げてドヤ顔で説明を始めた。


「つれないのう……だがそれがいい。

さて、手というのはそう難しいものではない。

目には目を、だ。何も姑息な手段は敵の専売特許ではないのだ。

卑劣にはより卑劣な手で、姑息にはより姑息な手で。そして相手が情報をバラ撒くならば、こちらもそれをやればいい」


 ベアトリクスはかつて、裏から手を回してオルクスを我が物にしようとした女である。

 故にこうした卑怯上等の戦いには強い。

 以前は結局、メルセデスという特大のイレギュラーのせいで計画が破綻してしまったが、今回はそのメルセデスがこちらにいるのだ。

 ならば負ける要素なし。そう確信し、ベアトリクスは微笑んだ。



 バジル・サーモンは隠れ家の中でほくそ笑んでいた。

 一時はどうなる事かと思ったが、思い切って行った王都への襲撃は思いのほか効果を上げた。

 実の所、この方法はバジルにとっても一つの賭けであったのだ。

 何せ騎士団と戦ってある程度持ちこたえる事が出来る軍勢を出したのだから、こちらの消耗も少なくない。

 元々は万一の時の為に用意しておいた虎の子の戦力だったのだ。本来はこんな使い方をするつもりなどなかった。

 だが、それを使い捨てねばならないほどに彼等は追いつめられていた。

 ここで一発逆転出来なければ、じわじわと追いつめられて詰んでしまう。それが分かっていたからこそ一気に行動に出たのである。

 そして成果はあった。

 王都内には王女への不満が広がり、導火線に火が着いている。

 ならばこのまま畳みかければ、この詰み寸前の盤面もひっくり返せるだろう。

 バジルはそう確信していた。


 唯一の不安は民衆が爆発する前に自分達の居場所が割れてしまう事だが、その可能性は僅かだ。

 ポケットに入るほどまで小さくしたダンジョンキーの中が彼等の拠点であり、そして現在は小さな物置の中に立てかけられた額縁の裏側に隠されている。

 こんなものを見付けるのは難しいし、仮に発見してもダンジョンキーとは気付かないだろう。

 バジルは変装をして、噂を加速させるべく外へと出る。

 ここからは持久戦だ。民衆が反乱を起こすまで何日でも粘ってやろう。

 ……そう思っていた彼の耳に、信じられない言葉が飛び込んで来た。


「我等は真の王、マックス・ファイト様を支持する一派である!

昨日の襲撃は我等が王が遣わした先遣隊だ!」


 !?


 バジルは思わず声の聞こえた方向を振り向いた。

 え、何言ってるの? 何言っちゃってるの?

 どこの馬鹿か知らないが、何でそれカミングアウトしてるの?

 殺意すら滲ませて振り向いた先で彼が見たのは、自分達が放ったはずの鎧の魔物が数体、町の中央で演説をしているというあり得ない光景であった。


「我等が真の王は王女の持つ物とは別に王剣を所持している!

つまりいつでもどこでも、魔物の軍勢を呼び出す事が出来るのだ!」

「この襲撃は、諸君が我等が真の王を認めるまで止む事はない!」

「崇めよ、称えよ! 我らが真の王の名はマックス・ファイト! マックス・ファイトなり!」

「繰り返す! 朝にこの王都に我等を遣わし、愚かな民を裁いた偉大な王の名はマックス・ファイトなり!」

(何やってんだあいつ等ァァァ!?)


 バジルは思わず飛び出し、あの鎧の魔物を蹴り飛ばしたい衝動に襲われた。

 このタイミングで襲撃者の名前カミングアウトとか馬鹿の所業だ。

 これではどう考えても民衆の怒りが全てマックスに向いてしまう。

 意味が分からないのはあの魔物が紛れもなく本物だという事だ。

 鎧の中に吸血鬼が入っているとか、そんな事はない。

 何故なら彼等はご丁寧に、兜を外して空洞の中身を晒している。


(え? えっ? 何……いや、どうなって……。

裏切り……魔物が……!?

指示した……誰かが? いや、そんな事は……。

い、いや……いる! 一人! やりかねない馬鹿……っ!

ユリア……っ!)


 ユリアの名誉の為に言っておくと、彼女は今回は本当に無実である。

 あの鎧の魔物は、生け捕りにされた魔物をメルセデスがダンジョンに取り込んで登録・コピーした複製体だ。

 しかしこんな事が出来るのは攻略者のみであり、バジルの思考はそこに向かわない。

 彼の思考は、味方内にいる厄介者……ユリアの暴走であるという方向へ向かってしまっていた。


 目には目を、疑心暗鬼には疑心暗鬼を。

 バジルがひっくり返した盤面は、一瞬でベアトリクスによって元に戻されてしまった。

Q、こいつ等、幼い子供にヘイト向かわせる事への罪悪感とかないの?

メルセデス「ない」←そういう感情がそもそも希薄

ベアトリクス「ない」←野郎などどうでもいい

魔物コピー「ありません」←使い捨てられたオリジナルの記憶持ち

ピシガシグッグッ


ハンナ「…………」


敵も味方も主人公も外道しかいねえ……。

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