第九十六話 王都襲撃
フェリックスの素性を家族が知ってから、数日が経過した。
真の王派には今の所動きがなく、暗殺者を送ってくるような真似もしていない。
メルセデスはあれから、ハンナと共に以前案内された彼等のアジトにも乗り込んでみたが、残念ながらただの倉庫でしかなかった。
まあ、これは予想出来た事だ。
ダンジョンがあればどこでも拠点に出来るし、何より一か所に留まっているわけがない。
そもそも仲間になるかすら分からないメルセデスに位置を教えて、それで移動しない方がどうかしている。
これで、向こうが動くまでは見付ける事は困難になってしまった。
ダンジョンを持つ者がどこに隠れているかを特定するのはかなり難しい。
ポケットに入るサイズの小さなダンジョンキーの中に潜んでしまえるのだから、実質的にどこにでも隠れてしまえる。
とはいえ、事態が進展していないわけではない。
ハンナはユリアから聞き出した情報を頼りに真の王派と判明している貴族や商人を懐柔し、あるいは脅迫してこの件から手を引かせている。
このまま時間が進めば、やがて向こうは後ろ盾がいなくなって詰むだろう。
しかしこのまま終わるはずもない……必ず、何か仕掛けて来る。
メルセデスはそう考えていた。
そしてその時は思ったよりも早く訪れた。
いつも通りに寮の自室で寝ていたある朝の事。
夢の世界で豚汁を片手に持ちつつ丸太を振り回して吸血鬼を薙ぎ倒していたメルセデスは、ハンナに揺さぶられて目を覚ました。
現実に戻ってみれば、何で同族を丸太で虐殺していたのだろうという当然の疑問が浮かぶ。
だが夢なんてそんなものだ。一々気にするのもアホらしい。
「メルちゃん、起きて! 外が大変な事になってる!」
「……何だ、ハンナ。こんな時間に」
手の甲で瞼を擦りつつ、欠伸を噛み殺した。
それから窓の外を見ると、何やら外が騒がしい。
住民達の叫び声や剣がぶつかる金属音、魔法らしき爆音も聞こえてくる。
これは尋常ではないな……と思いつつもなかなか再起動してくれない不出来なパソコンのような頭を軽く叩いて眠気を晴らした。
「襲撃だよ。王都の中に突然魔物の軍勢が現れて、今あちこちで騎士団と衝突してる」
「……外からではなく、中からか……十中八九真の王派の仕業だな」
「多分ね。とりあえず殿下の周囲には護衛を配置したけど、随分思い切った手に出てくれたものだよ」
「あわよくばこの騒動のドサクサ紛れにジークリンデを誘拐……上手く行かなくても魔物ならば証拠が出る事はない、というところか」
メルセデスの推測にハンナが「多分ね」と頷く。
ダンジョン持ちの厄介な点は、いくらでも捨て駒を出せる点にある。
吸血鬼ならば命惜しさに情報を吐く可能性もあるだろう。
だが魔物ならばそもそも情報など与えなくても、マスターの命令に従うのだ。
そしていくらでも量産出来るのだから使い捨てても痛くない。
だからといって無意味に使い捨てるのでは何も得られないので、この襲撃にも何らかの狙いがあると考えた方がいい。
それと、王都を襲っている時点で今回の狙いはフェリックスではないだろうと推測出来る。
フェリックスはもう学園を卒業してブルートのグリューネヴァルト邸にいるので、王都を襲っても意味がない。
この襲撃で王都の方に目を引き付けてフェリックスを狙うという可能性もなくはないが……まあ、あっちにはベルンハルトがいるし問題はないだろう。
……ベルンハルトにフェリックスを守る気があるかは疑問だが、屋敷から長男が誘拐されたとあっては彼の名声にも傷が付くので、そこは大丈夫のはずだ。
「とにかくまずは、ジークリンデと合流しよう。話はそれからだ」
メルセデスは寝間着のままベッドから降り、部屋を出る。
相談も推理も後だ。そんな事をしている間に本命を奪われては話にならない。
なのでまずはジークリンデと合流し、それから考えるべきだろう。
その意見にハンナも賛成し、まず二人はジークリンデの部屋に突撃して彼女の無事を確認した。
夢の世界から突然叩き起こされたジークリンデはまだ舟をこいでいるが、とりあえず誘拐されていないのでよしとする。
ハンナの部下も既に配置についているようで、姿はないがあちこちに気配が感じられた。
ちなみに、部屋の中に潜んでいる隠密兵は全員女性である。男は外だ。
「んー……? どうした、二人共……まだ朝だぞ……」
ジークリンデは寝起きが弱いのか、トロンとした目をしている。
しかもネグリジェの下には何も着けていないのか、ここに男がいれば実に目の毒となっただろう。
再生能力と強度に優れた吸血鬼は基本的に垂れるという事がなく、故に寝ている時は締め付けられる感覚を嫌って何も着けない女性が多い。
これで昔は男装していたというのだから、驚きだ。
「私はこれから殿下の守りに入るよ。
他はともかく、ユリアちゃんが来ると多分私かメルちゃんじゃないと防げないし。
メルちゃんが王都の方に行けば少しは早く解決するだろうけど……」
「……いや、私もこっちに残った方がいいだろう。
敵の狙いが分からん以上、最も重要なジークリンデの防衛に戦力を集めた方がいい」
「ん……確かにそうかもね」
王都は今も大混乱だが、それよりジークリンデ一人の方が重要だ。
それに向こうも騎士団がいるのだから、犠牲は出るにせよどうにかなるだろう。
だからメルセデスは、ここから動くべきではないと結論を出した。
しかしその冷たい判断にジークリンデが焦りを見せる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
私としては、私などよりも民の事を守って欲しいんだが……そうだ、すぐに支度をしよう!
一人でも多く守らなければ」
「やめろ。カモがネギを背負って出て行こうとするな」
ジークリンデはその責任感の強さから、自ら出て人々を助けたいようだが、とんでもない。
確かに彼女は実力はあるが、大勢を左右出来るかと言えばそんな事はないし、精々そこらの騎士数人分程度の実力だ。
なので彼女が出て行っても状況は何も好転しないだろう。
「しかし私だけ守られて、その間皆が苦しむのを無視するというのも……」
「我慢して下さい」
尚も言い募るジークリンデをハンナが一言で切り捨てた。
敵の狙いが何であるにせよ、ジークリンデを突撃させるという選択だけはない。
お姫様が自ら戦うなんていうのはゲームの中だけで十分だ。
姫は姫らしく守られていて欲しい。
彼女の仕事は自分を犠牲にして民を守る事ではない。
それは騎士や兵士の仕事だ。
ジークリンデの仕事は、民を犠牲にしてでも無事で在り続ける事である。
「敵の狙いは何だと思う?」
「私達を誘い出してジークリンデの守りを手薄にするか、あるいはジークリンデの守りに専念させて王都の守りを手薄にするか……だが、本気で王都を落とそうという意思は感じられないな。
まあどちらにせよ、ジークリンデの警護を続けつつ様子見だな」
今回はあえて何もせず、様子見に徹する。
そのメルセデスの判断にハンナも頷いた。
こちらから出て行って魔物の指揮を執っている者を捕まえると考えないでもなかったが、恐らくそれは無駄だ。
メルセデスのダンジョンにもいるが、魔物にも指揮官クラスというのがいる。
それさえ出しておけば魔物の統率が出来てしまうわけで、マスターが自ら出るまでもない。
なので指揮官を抑えても、それは向こうにしてみれば使い捨て上等の駒の一つでしかないわけだ。
勿論拷問しようが尋問しようが情報は吐かないだろう。
何故なら、そもそも情報など持たされていないだろうから。
今回の襲撃の狙いはいくつか考えられる。
例えば、騒ぎに紛れて有力な貴族などを暗殺するか、あるいは誘拐するというのも十分あり得る。
あるいはこの騒動自体に狙いはなく、後に布石にするのかもしれない。
これで民に犠牲が出れば、民の不満は襲撃者は勿論として、ジークリンデにも向く事が予想される。
何故ダンジョンの力で守ってくれなかった……という具合に。
そして思うだろう、もっと強い王がいてくれれば……と。
今のオルクスに王はいない。空の玉座というのは民に不安を与えるものだ。
だから、この襲撃で何も得られずとも、向こうにとって確実に有利になるわけだ。
ただし、フェリックスがこちらにいなければ……だが。
そしてもう一つ。
王都内に突然魔物の群れが現れたという事も問題になるだろう。
一部の貴族は王剣の機能……即ち、それがダンジョンである事を知っている。
そうした者達が今回の襲撃をジークリンデの仕業と考える可能性もゼロではない。
と、いうよりそうした嘘情報をばら撒く奴が確実に現れるはずだ。
「向こうの狙いがどうあれ、悪評が立つな」
「変な噂をばら撒く奴は要注意だね。けど……」
「ああ。今は分かっていても何も出来ない」
ダンジョンマスターというのは、敵に回すと厄介極まりない。
決して裏切らない使い捨ての兵をいくらでも出せる上に、自らはどこにでも隠れる事が出来る。
だからこちらは、敵の狙いが分かっていても一番守るべき存在であるジークリンデの側を離れられない。
大量の兵力と隠密性と奇襲性を併せ持つ、移動する国……上手く使えばダンジョンマスター一人で国だって滅ぼせてしまう。
だからこそ、その血筋が王族として崇められるわけだ。
そしてこの日は結局、ジークリンデを狙う者は誰も現れなかった。
しかし確実に、民の心には不安と不満の種が蒔かれていた。
マスター「目的も何も教えないけど、お前等ちょっと捨て駒になってこい。
拷問とかされて情報吐かれたら面倒やし、何も知らんまま死んでくれ。
あ、指揮官クラス出しとくから、後はそいつに従って。俺はどっか隠れとくから」
魔物「」
指揮官クラス「」
これが出来てしまうのがダンジョンマスターです。
勿論マスターの命令は絶対なので裏切れません。
何というブラック。




