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第九十五話 イメージ改善

「なんて事をしてくれたのですか!」


 グリューネヴァルト邸の一室にヴァルブルガ夫人の怒声が響き渡った。

 ユリアにまんまと逃げられてしまったハンナはそのままグリューネヴァルト邸へ行き、事の顛末を関係者一堂へ報告した。

 クリストフ・ファイトがダンジョン所有者であった事。

 クリストフを暗殺したニクラスが、娘を匿っていた事。

 その娘こそがヴァルブルガであり、つまりフェリックスはダンジョンの継承者である事。

 そしてその情報が洩れて、既に向こうに伝わっているだろうという事も。

 それらの報告を聞いたヴァルブルガは顔を真っ赤にし、ハンナとメルセデスへ怒りを叩き付けていた。


「そんな事を知られてしまっては、フェリックスの命が狙われます!」

「ですから、彼を守る為に警護を……」

「当然です!」


 ヴァルブルガの気迫の前にハンナはタジタジだ。

 しかし実際、今回はハンナの詰めの甘さが事態を悪化させたようなものなので強く言い返せない。

 その光景を前に、フェリックスはただ茫然としていた。

 え、僕がダンジョン所有者? なにそれ。

 そんな事を考えているのか、放心状態になっていた。

 他にこの場にいるのはリューディアを始めとするベルンハルトの妻達に、子供達……メルセデス、モニカ、マルギット……そしてフェリックスと影の薄いゴッドフリート。

 全員が揃い、事の成り行きを見守っていた。


「何だかまた複雑な事になって来たわねえ……。

けど、合点がいったわ。ヴァルブルガさんの必死な態度は居場所を守ろうとしていたが故の必死さだったのね」


 リューディアがしみじみと言い、他の夫人も同情するような目をヴァルブルガへ向けた。

 今やヴァルブルガへのイメージは完全に反転し、悲劇のヒロインとなっている。

 以前までは他の子供を無視してフェリックスを後継者に、と喚いているだけの女性というイメージがあり、他の夫人からの印象は最悪であった。

 しかし彼女の境遇……実の父を殺され、その殺した男の養子として育てられた事を思えば人一倍、居場所に執着するのも当然に思えたのだ。

 加えて、フェリックスがダンジョンの継承権を持つという事実が皆を動揺させた。

 ダンジョンの所有者は王に匹敵し得る。

 ならばフェリックスこそがグリューネヴァルトを継ぐに最も相応しいのでは……と思い始めたのだ。

 フェリックスが跡継ぎとなり、そして入り婿として王家に入る。

 そうすればグリューネヴァルト家の力は更に増すのだ。

 むしろここまで来るとメルセデスに拘る理由がないほどだ。


 不気味なのは、今回の失態を招いた当人であるメルセデスが終始静かだという事か。

 特に反論もせず、全面的に己の非を認めているが……失敗に落ち込んでいる、というわけではないだろう。

 そしてベルンハルトも何故かメルセデスを咎める事はなく、場の成り行きをただ静観していた。




「してやったり、といったところか」


 会議が終わり、廊下へ出たメルセデスへ背後からベルンハルトが声をかけた。

 その表情は若干不機嫌そうだが、声には僅かな愉悦が滲んでいる。

 予想外の事をされたが、それが面白い……そう、彼の表情が語っていた。


「お前にしては、らしくないミスだった。随分と半端な事をしたものよ」

「……反省しています。生かすのではなく、早々に殺しておくべきでした。

私の甘さが招いた失敗です」

「ククク……お前に甘さなどあるものか。わざと(・・・)だろう?」


 ベルンハルトが確信を以て言い放った言葉にメルセデスの足が止まった。


「ユリアという女を捕らえ、情報を吐かせた時点でお前の選択肢は二つ。

殺すか生かすか……そしてお前は生かす方を選んだ。それは何故だ?

もう情報を吐かせ、利用価値は何もなかっただろうに」

「殺める事を躊躇しました。それにハンナ伯母さんというプロがいるのですから、その判断に任せるべきとも思いました」

「そうかな? ところで、今回は随分とお前にとって都合のいい方向に働いたな。

ヴァルブルガのイメージは回復し、フェリックスを後継者に据えるべきだという考えが広まってしまった。

この家を継ぎたくないお前にとっては、随分好都合ではないか」

「…………」


 メルセデスは背を向けたままだ。

 それは無礼な態度なのだが、ベルンハルトは気にした様子もなく言葉を続ける。


「それに、これで相手の動きも分かりやすくなった。

フェリックスという対抗馬がいると分かった以上、奴らはそれを無視する事は出来ないだろう。

つまり、もうお前を気にしている暇はないわけだ……フェリックスはいい弾除けだな」


 メルセデスは半端にユリアを生かし、事態の悪化を招いた。

 半端な事をする輩が一番事態を悪化させる……これはメルセデス自身がニクラスに抱いた感想でもある。

 だが結論を先に言えば、今回のミスは全てメルセデスの利となっていた。

 バジルはもうメルセデスなど気にしている暇はないだろうし、これで相手の動きも分かりやすくなる。

 フェリックスが狙われる分ジークリンデの安全性は増し、更にグリューネヴァルト邸に襲撃でもかけてくれようものならばベルンハルトと潰し合わせる事も出来るだろう。

 加えて、フェリックスが継承者である事が判明した上でダンジョンを奪えれば、フェリックスを後継者とすべしという考えが盤石のものとなる。

 ベルンハルトは、これらがメルセデスの計算通りだと考えたのだ。


「そういう所だぞ、メルセデス」

「……」

「己の利の為ならば実の兄の命すら的にする。その冷酷さを、私は買っているのだ。

確信したぞ……やはりお前に情はない。どこまでも利己的で、歪だ。それでこそ我が子よ」


 言いたい事だけを言い、ベルンハルトは上機嫌で立ち去って行った。

 その背を少しの間見ていたメルセデスだが、彼女もやがて歩いて行く。

 彼女の横顔は、心なしか嫌悪に歪んでいるようにも見えた。


 メルセデスはニクラスを中途半端として内心で嘲った。

 だがあれは、同族嫌悪に近い感情だ。

 半端な者はいつだって事態を悪化させる……何故なら進むべき道が見えていないから。


 結局のところ、常に最も中途半端(欠けている)のはメルセデス自身なのだ。



 バジル・サーモンは悩んでいた。

 彼を悩ませているのは困った事に帰ってきてしまったユリアだ。

 いや、正確には彼女の持ってきた情報こそ悩みの種であった。


 ニクラスの娘が、クリストフの血筋だった。


 最悪の展開である。

 何が最悪って、彼女はベルンハルトの本妻なのだ。

 つまりこの情報が本当だった場合……真の王派は詰む。ほぼ確実に終わる。

 こちらの正当性はダンジョンの継承者であるという一点にある。

 だが社会的地位が遥かに上のグリューネヴァルト家に同じダンジョンを継承出来る者がいるならば、世論は『そっち王にすりゃいいじゃん』で終わってしまう。

 無理に年下のマックスを持ち上げる必要がどこにもない。

 強い王が出来るし、国も割れない。万々歳だ。

 しかもヴァルブルガの息子……フェリックスはクリストフによく似ており、更にジークリンデ王女とも面識があってそれなりに仲がいい。

 妹のメルセデスはジークリンデの恩人で、ジークリンデも彼女を信頼している。

 どう考えてもこっちの方がいいと誰もが思う。

 それを避けるにはフェリックスとヴァルブルガを殺すしかないが、それが公になればこちらの正当性は消滅する。

 不当に暗殺されたクリストフの意思を継いだと言いながら、その子供や孫を手にかければアウグスト・アーベントロートの同類でしかない。

 かといってバレずにグリューネヴァルト邸の警備をすり抜けてその本妻と子供を殺すなど不可能に等しい。

 いっそ、今からでもダンジョンを向こうに譲り渡すべきか?

 ……いや、駄目だ。もう既に暗殺者を放ってしまった。

 成否に関係なく、貴族の命を狙った時点でもう後戻り出来ない。

 というより、そんな真似をすればそれこそマックスが殺されるだろう。

 ベルンハルトならば絶対そうする。何故なら自分に従わないダンジョン継承者など邪魔なだけだから。

 挙句の果てに、そもそもこの報告の真偽が分からない。

 何せこれを持ってきたのはユリアなのだ。嘘情報を握らされていてもおかしくない。

 本人も何かを隠そうとしているのか要領を得ず、『先遣隊の邪魔なんてしてませんよ』とか『先遣隊と協力して情報を聞き出しました。任務達成です』とか意味の分からない供述を繰り返していた。

 いや先遣隊って何? そんなの出してないよ?

 任務達成? いや、してないじゃん。シェーンベルク夫妻が生きてちゃ駄目じゃん。

 恐らく……何をどう騙されたかは分からないが、この馬鹿は騙されたのだ。

 この分だとこちらの情報もペラペラ喋ったと思っていい。


(馬鹿な……何故こんな事……詰み……退路なし……大義なし……!

……ここから逆転……どうやって……無理……不可能……非現実的……!

フェリックスとヴァルブルガを暗殺……バレずに? グリューネヴァルトの警備を潜って?

どうやって? 誰が? そんな神業を可能とする凄腕がどこに……)


 ぐるぐると思考が巡る中、結局の所ヴァルブルガ親子を仕留める以外に道がないという答えに行き着いてしまった。

 そしてそれを可能とする者は……いるにはいる!

 だがリスキーすぎる。何故なら彼女は馬鹿だから……。

 腕は立つが、頭が本当に駄目だから……。

 バジルはプルプルと震えながらその唯一の希望……ユリアを見た。

 そして彼女の間抜け面を見て思う。


(……駄目だ、こいつに命運を託すようじゃ終わりだ。

かくなる上は、アレを使うしか……)


 残された糸は、蜘蛛の糸よりも細い。

 だがまだ逆転の手段がないわけではなかった。

メルセデス「フェリックスの事情をハンナがバラすしかなくなったら流れ的にフェリックスが後継者に相応しいという事になって私は跡継ぎになる可能性が減るな……」

パパン「そういうとこやぞ」


【お知らせ】

明日と来週、個人的な用事で出かける為、もしかしたら執筆時間足りずに投稿出来ないかもしれません。

一応書けそうだったら何とか書いて投稿しようと思いますが、期待はあまりしないで下さい。

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― 新着の感想 ―
野生のラスボス知って見つけて、だいぶ最新話に追いついたけど今更新止まってるんですね。 この作品も面白いので再開してくれればなあと期待してます。 ジークリンデちゃんは容姿端麗だけど頭のほうがちょっとア…
公爵を継ぐ気はないメルセデス。フェリックスを公爵にしても、王配にしちゃったら結局公爵家跡継ぎは?って思ったけど その頃には父親を屈服してダンジョンを奪ってしまう算段なのかな?そうすればパパン公爵は公爵…
[一言] メルセデス一体何がしたいの?
2022/11/23 04:25 いちごタルト
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