第九十二話 情報源捕獲
吹き飛んでいくユリアを追って、メルセデスは宙を蹴った。
風の魔法で足場を作り、それを踏むことで空中でも地上と同じような動きを可能とする。
ユリアのその動きを何度も見て、真似てみたのだ。
メルセデスも普段から空を蹴って移動はしているが、空に足場は作っていない。
あれは蹴りの反動で跳んでいるだけだ。
しかしこれならば普段よりも更に素早く動く事が可能となる。
(やり方は……こうか?)
進行方向にいくつかの足場を作る。
前方右に一つ、更に前方上に一つ。その先に一つ。そしてユリアの背後にも一つ。
自らの進むルートを決め、作り出した足場へと跳ぶ。
着地――これを着地と呼んでいいのかは分からないが、とりあえず着地としておく。
それと同時に跳び、また別の足場へと着地して跳ぶ。
それを繰り返す事で生まれる三次元的な機動。
例えるならば狭い枠の中で何度も跳ね返るピンボールのような忙しなさだ。
ユリアの背後を取ったメルセデスが蹴りを放つも、ユリアがそれを腕で受け止めた。
メルセデスのパワーならば骨ごといけるはずだが……どうも先程から効いてはいるのだが、イマイチ手応えを感じない。
鍛えた吸血鬼であろうとメルセデスの蹴りをまともに受ければまず骨の一、二本はへし折れるだろう。
加減した拳打でフェリックスを悶絶させた事だってあるのだ。
これは一体どういう事か……そう思っているとユリアが焦ったように叫ぶ。
「何てパワーだい! 風で威力を受け流してるのに芯まで響く! あんた本当に吸血鬼かい!?」
解説ありがとうございます。
言葉にはしなかったが、メルセデスはそんな気持ちだった。
なるほど、インパクトの瞬間に風を纏う事で衝撃を逸らしているのか。
つまりメルセデスの攻撃は当たっているようでその実、一発も当たっていなかった事になる。
恐ろしく器用な使い方をする女がいたものだ。
こいつ、馬鹿でさえなければとんでもなく恐ろしい敵だったのではないだろうか。
「はああッ!」
「きえええい!」
メルセデスの裂帛の声に呼応し、ユリアが奇声をあげる。
二人の間で腕と足が高速で交わされ、両者一歩も退かぬ格闘戦が繰り広げられた。
手甲と短刀が衝突し、メルセデスの手刀をユリアが素手で弾く。
勢いをつけた回し蹴りが交差し、続けてユリアが流れるように二撃目を放った。
それを屈んで避けて足払い。体勢を崩す……と思われた矢先にユリアが素早く逆立ちの姿勢になり、腕の力だけで回る。
まるでコマのように回転しながら連続で蹴りを放ち、メルセデスをガードの上から攻撃した。
更にそこから、今度は足がメルセデスの首を挟み込んだかと思えば、何と足でメルセデスを投げ飛ばした。
地面に衝突し、その反動で跳躍。空中で回転して即座に着地を決める。
その後をユリアが右へ左へ跳びながら追跡した。
(いい動きだ……攻撃のほとんどが、次の攻撃への布石となっている)
やや大振りの手刀を避ける。
しかし後ろに下がったメルセデスを狙い撃つように掌打が迫り、胸に直撃した。
避けさせる事で隙を作り、次の攻撃への繋ぎとしている。
続けて拳打……これを防御するも、間髪を容れずに蹴りが側頭部へ叩き込まれた。
防御した意識の緩みを突くような、的確な攻めだ。
メルセデスでなければ今ので昏倒させられていただろう。
「しっ!」
負けじと拳を放つも、ユリアは上体を大きく反らして回避。
そのまま後方に回転しつつ蹴りを放ち、メルセデスの腕を弾いた。
更にそこから逆立ち。先程と同じように腕の力だけで回転して蹴りを放つ。
だがメルセデスもそろそろユリアの動きに慣れてきた頃だ。
繰り出された蹴りを掴み、拳を握る。
いかに素早かろうが動きを止めてしまえば当たる道理。
だがユリアはそれすらも予期していたように氷の短刀を作り、足の指で挟み込んでメルセデスの首を狙った。
咄嗟にユリアを上空に投げ捨てる事で回避するも、体勢をこれで立て直されてしまった。
(先読みの精度が半端ではない。恐らく頭で考えているのではないな……動物的な勘というやつか?)
ユリアは馬鹿だ。これはもう確定と考えていい。
演技でわざと馬鹿を演じている策士の可能性も少しは考えたが、それをやる意味はないだろう。
確かにメルセデスをここに引き付ける事に成功しているが、馬鹿を演じる暇があるならミカガミの術とやらで忍び込んでシェーンベルク夫妻を始末してしまった方がずっと早い。
なので彼女の頭が残念というのは疑う余地もない。
もしも馬鹿を演じているならば、それは馬鹿の振りをした馬鹿だ。
しかし先読みが早い。こちらの攻撃が悉く読まれている。
きっとそれは頭で考えているのではなく、いわば勘……動物的な本能とか、そういうものによるのだろうとメルセデスは思った。
つまりは掛け値なしの天才……才能だけならば今まで出会った誰よりも上かもしれない。
「生け捕りにする理由が増えたな……ここで殺すには惜しい」
この女の動きは参考になる。
メルセデスはそう考え、何としても彼女を生け捕りにする事を決めた。
ならば後は実行あるのみ。
もう少し彼女の動きを見たい気持ちもあるが、それで逃げられてしまっては元も子もない。
故に、ここらで反則技を使う事にした。
「――重力10倍」
周囲一帯……自らすらも含めた広範囲に重圧を発生させた。
草が潰れ、地面に落ちていた小枝が折れ、ただ付近を飛んでいただけの鳥が地面へ落下した。
鳥が何をしたっていうんだ。
そしてユリアもまた空から引きずり降ろされ、潰れたカエルのように地面に倒れる。
その横では本物のカエルも一緒に潰れていた。
「ぐえ……う、動けな……」
重力を10倍にすれば体重が10倍になるのは勿論として、それ以外にも様々な弊害が起きる。
血はマトモに循環しなくなるし、まず普通には動けない。
普段から重力に慣らしているメルセデスですら10倍は堪えるのだ。
ならばユリアが満足に動けるはずもない。
スピードタイプの相手にとっては悪夢のような反則技と言っていいだろう。
「悪いな。このまま戦っても少しばかり手こずりそうだったから、ズルい手を使わせてもらった。
とりあえず……まずは一度寝てもらおうか」
「くっ……殺せ!」
「そうか、じゃあ死ね」
「!?」
何か殺せとか定番の台詞を言ってるので、何となく殺す振りをしてみる。
手甲をハルバードに戻し、首へ突き付けた。
勿論振りだ。情報も吐かせていないのに殺す気はない。
しかしユリアは真に受けた様で顔を青褪めさせた。
「ま、待ってくれ! そこは普通本当に殺す場面じゃないだろう!?
やっぱナシ! 今のナシ!」
「……そうか」
何ともまあ、気の抜ける相手だ。
もしもこれを狙ってやっているなら大したものである。
メルセデスは腕輪から花の魔物を出し、ユリアへ向ける。
重力10倍の中で呼び出された魔物はとても辛そうだが、健気にユリアへガスを吐き出した。
するとユリアは呆気なく意識を落としてしまう。
対象を眠りへ誘う特殊な花粉だ。相手が花粉症ならば効果は倍である。
「スヤァ……」
ユリアは完全に眠ってしまったようで涎を垂らして鼻提灯を出している。
メルセデスはそんな彼女の首根っこを掴み、ズルズルと引きずって行った。
思わぬ苦戦をしてしまったが、中の方は大丈夫だろうか。
まあ、ハンナがいるのだから大丈夫だろう。
◆
予想通り、中の方は問題なく片付いていた。
屋敷内に侵入した暗殺者は全てハンナや、待機させておいた魔物によって始末されていた。
一部生け捕りにされている者もいるが、こちらも無力化されている。
ユリアを引きずって戻って来たメルセデスにハンナが気付き、小走りで近付いてきた。
「お帰り、メルちゃん。随分遅かったね」
「ああ、少しばかり手こずった」
メルセデスの言葉にハンナが表情を険しくした。
メルセデスが手こずるなど、余程の事だ。
しかし彼女が投げたユリアを見て納得したような顔になった。
「あ、ユリアちゃんだ」
「知り合いか?」
「知り合いってほどじゃないかな。こっちが一方的に知ってるだけ。有名な子だよ……色々な意味で」
まあ、それはそうか、とメルセデスは特に抵抗もなく納得した。
あれだけの腕前だ。その筋では有名であってもおかしくない。
むしろあれだけの技量の持ち主が無名の方が問題である。
ましてや裏の情報に精通しているハンナならば、知っていて当たり前だろう。
「元は農民の子でね。貴族出身じゃないから家名はないんだけど、これでもBランクのシーカーだよ。
フォーゲラの国で修行を積んだらしくって、ニンジュツとかいう独特な技を使うの」
「B? 技量的にはAでもおかしくないと思うが」
「腕はいいんだけど、依頼内容を忘れて帰って来たり、届け物を途中で食べちゃったり、失くしたり、討伐対象を間違えたりで失敗も多いの。
で、他にも腕前を買われて騎士団に入った事もあるんだけど敵に騙されて重要な機密を渡しちゃってすぐにクビにされて……文字通り斬首されそうになって逃げて、その後は行方不明になってたんだけど、まさかこんな所にいたとはねえ」
聞いているだけで頭が痛くなってきそうだ、とメルセデスは思った。
このユリアという女、腕は本物なのに頭が残念すぎる。
むしろ頭が残念だから、その分身体を動かすのが得意なのだろうか。
「まあ、これで情報源はゲットだね。ちょっと適当に話せば全部吐いてくれるよ、この子。
それとメルちゃん、間違えてもこの子に重要な情報は渡さないでね。絶対にその辺でバラすから」
「……ああ」
ともかく、これでかなり向こう側の情報を得る事が出来るだろう。
こんな簡単でいいのか、と思いつつもとりあえず今はこの幸運を喜ぶ事にした。
巻き込まれた鳥さん「お、俺が……俺が何をした!?
浮気して他の雌鳥との間に子供を作ったからか!? それとも育児面倒くせえなとか思って巣から卵を落としたからか!?
そんなの些細な事だろ! なっ、なっ!?」
・天罰覿面




