第九十話 忍ばない暗殺者
明朝……皆が寝静まった頃。
朝日の光に紛れて複数の影が動き始めた。
人間の感性で見れば『こいつら忍ぶ気あるのか?』と言いたくなる光景だが、吸血鬼は夜目が利く代わりに光に弱い。
人間が闇の中で目が慣れるまで時間を要するのと同じように、吸血鬼は光の中では目があまり利かない。
彼等の今回の狙いはシェーンベルグ家の者達の首だ。
シェーンベルグの現当主はかつて王家直属の暗部に所属しており、そして彼の命令によってクリストフ・ファイトは暗殺されてしまった。
そればかりか、二人いた娘のうちの一人を捕えたのも彼である。
つまりは真の王を掲げる彼らにしてみれば、決して見逃せない不倶戴天の敵というわけだ。
訓練された動きで寝室へと向かうが、そのルートも一つではない。
護衛などに阻まれる事を想定して複数のルートを通っている。
ある者は天井裏を伝い、ある者は廊下を進み、ある者は屋敷の壁を蜘蛛のように伝って窓へと向かった。
最初に犠牲となったのは廊下を進んでいる者だった。
彼は朝日の中に人型の何かを発見して身構えたが、そこにあったのは飾り気のない木の人形であった。
はて、こんなものがあっただろうか……そう疑問に思うが、どう見ても人形だ。
驚かしてくれる。そう思いながら人形の前を通過する。
その次の瞬間、彼は人形に殴られていた。
「ぐはっ!?」
見た目からは想像出来ない剛拳に殴り飛ばされた暗殺者は壁に叩きつけられて息を吐きだした。
そんな彼に木人形が俊敏に近付き、拳を構える。
暗殺者もすぐに刃を薙ぐが、その一撃は空しく宙を切った。
消えたと見紛う速度で木人形が横に回り込み、次の攻撃動作に入っている。
「ごぼ!」
木人形のボディブローが刺さり、窓ガラスを割って暗殺者が外に叩き出された。
その先に木人形が現れ、飛んできた暗殺者を蹴り上げる。
跳躍……すぐに追いついて蹴り飛ばし、飛んだ先に一瞬で回り込んでまた蹴り飛ばした。
それを数回繰り返した後に暗殺者の足を掴んで急降下――地面に思い切り叩きつけ、全身の骨を砕いた。
魔物名『ケンプファー』。
ベアトリクスが所有していたダンジョンに登録されていた魔物のうちの一体だ。
見た目はただの雑魚モンスターだが、その適当な外見とは裏腹に高い格闘能力を有している。
瞬間的な加速を得意としており、まるでワープしているかのように消える。
それ以外にこれといった特殊能力は有していないが単純に強い。
メルセデスも、かつてベアトリクスとの戦いで手こずらされた魔物である。
木人形……ケンプファーは念入りに暗殺者の頭を潰し、そうしてから所定の場所へと歩いて戻って行った。
天井裏を移動しながら一人の暗殺者が寝所に忍び寄っていた。
夫妻の寝室は屋敷の三階にある。
それはこの屋敷に限った話ではなく、貴族の寝室というのは基本的に侵入し難い高所に作られる傾向があった。
しかしそれも予め潜入に成功していれば何の意味もない。
むしろ屋根に近い分、狙いやすくなってしまう。
屋根裏というのは物置の他に、何かあった時に隠れる場所としても使われる。
だが暗殺者はそこに、運搬されてきたいくつかの家具に紛れて入り込んでいた。
息を潜めて朝を待っていた暗殺者はヌルリとクローゼットの中から這い出し、周囲を見る。
大丈夫、誰にも気付かれていない。
後はこのまま寝室に忍び込んで夫妻を始末するだけだ。
――スコン、と。
そんな間抜けな音を立てて一切の前兆もなく暗殺者の後頭部に短刀が突き刺さった。
彼は誰にも気付かれていないと最期まで思っていたし、自分が死んだ事にも気付いていないだろう。
そんな彼をクローゼットの上に腰かけたハンナが呆れたように見下ろす。
「こんなに近くにいたのに気付かないかあ。訓練はしてるみたいだけど、練度は低いね」
クルクルと短刀を弄びながら、いつもの事のように言う。
ハンナはこれで既に三人ほど暗殺者を始末しているが、どれも練度の低い輩ばかりだった。
これなら自分がいなくても、ニクラス一人で返り討ちに出来たかもしれない。
ハンナはクローゼットの上に座ったまま声を発する。
「後何人くらいいるかな?」
「屋敷内に潜んでたのは今ので最後っスね。
そういえば不審な小間使いが寝所に近付いてたんで一応捕まえましたけどどうします?」
ハンナの問いに、後ろから答える声があった。
それはハンナが育てている彼女の部下のうちの一人で、ニクラスの後に副官となった男だ。
やや三下っぽい話し方が気になるが、それなりに有能な男である。
「何か持ってた?」
「毒に短刀に、それから魔石を持ってたっス。殺っちゃいます?」
「んー……小間使いのフリをした護衛とかじゃないよね。
とりあえず持ってるものは全部没収して動けなくしておいて。自決するかもしれないから猿轡も忘れないでよ」
「ういっス。手足落とした方が確実じゃないっスか?」
「それやって、本当にこの屋敷の人だったらまずいじゃん。いくら再生するっていってもさ」
「相変わらず甘いっスねえ。でもそれがいいんスけど」
ハンナの指示を聞き、それから気配が消えた。
甘いのは自覚しているが、どうにも自分は非情に徹するのは向いていないとハンナは思う。
仕事柄それでは不味いのだが、これはもう気質の問題だろう。
そういう点で言えば屋敷の中にいた暗殺者達は幸運だ。
少なくとも、外からの侵入を企てた連中に比べれば……。
「……メルちゃんとぶつかちゃった人は、ご愁傷様かな」
◆
「うぎゃあああああああああ!」
悲鳴が響いていた。
壁を伝って窓から入り込もうとしていた暗殺者は今、自身の倍ほどの大きさの植物に生きたまま貪られて絶叫している。
しかしその悲鳴を聞く者は誰もいない。
何故ならそれは、メルセデスが所有するダンジョンの中で行われている事だからだ。
メルセデスのやった事はそう難しい事ではない。
ただ、侵入者をダンジョン内に捕えて魔物に襲わせる。ただそれだけだ。
ダンジョン内で死亡した暗殺者はDPの肥やしとなり、次の魔物を産むための種になってくれる。
中の方はハンナ達に任せておけば問題ないとして、外もほぼ全滅だろうか。
全く手間がかかる。自分達はただ、ヴァルブルガの正体の裏付けが欲しいだけなのだが、こんな面倒な暗殺者退治をする羽目になるとは。
暗殺者を全てダンジョンの養分へと変えたメルセデスは、少し離れた位置にある林を見た。
財力の誇示なのかただのお洒落なのかは知らないが、屋敷の敷地内……それも屋敷を囲う壁の内側に林を作ってしまうのはどうなのだろう。
これでは侵入者が隠れ放題ではないか。
案外あそこにもう一人くらい隠れているのではないだろうか。
「いい加減出てきたらどうだ?」
なので試しに適当な事を言ってみた。
とはいえ、こんなのはちょっとした遊びだ。メルセデスはハンナと違って気配など探知出来ない。
あんな所に隠れているかどうかなど分からないし、本当に隠れていてもこれで出て来る間抜けはいないだろう。
そう思いながら見ていると、木の裏から一人の女がぬっと姿を現した。
「やるねえ……気配は完全に隠していたはずなんだが、よくアタシの存在に気付いた。
一体どうやって見破ったんだい?」
(うわ本当に出てきた)
どうやら間抜けは見付かったようだな。
そんな事を言いたくなるくらい、あっさりと出てきてしまった。
いやそこは惚けろよ。もしかしたらただのカマかけかもしれないだろう。
あるいは見付かったと思ったなら撤退しろ。何で見付かったのが嬉しそうにノコノコ出て来るのだ。
あれか? かくれんぼで隠れるのが上手すぎて見付けてもらえず、仕舞いには見付けてもらえると喜ぶようになるとか、そんなタイプか?
「アタシの名はユリア。名乗りな……アンタも只者じゃないだろう」
(いや、名乗るなよ。忍べ)
この女、大物感を出そうとしているがひょっとしてアホなのだろうか。
何故このタイミングで名乗った。
侵入者が自分からノコノコ出てきて自己紹介とか舐めてるのか。
それに服装もふざけている。
周囲の植物に紛れるような迷彩色のボディスーツ……これはいい。
茶色の髪をポニーテールにしているのもまだ気にならない。
だが背中に付けている孔雀の羽のような無駄にでかくて目立つ装飾は何のつもりだ。
むしろそれでどうやって木の裏に隠れていた。
誰だ、これを暗殺者として放った馬鹿は。
「アタシ達の王、マックス坊やがこの国の玉座に座る為に、かつてクリストフ様を殺したニクラス・ユンカースは生かしちゃあおけない。邪魔だてするならお嬢ちゃんも無事じゃあすまないよ!」
挙句の果てに自分達の所属と目的まで話し始めた。
あ、こいつアホだ。メルセデスはそう確信した。
本当に誰だよ、こいつここに送ったの。
(……よし、こいつは生け捕りにしよう)
生かして持って帰れば色々暴露してくれそうな気がする。
そう思い、メルセデスはこの間抜けそうな女の生け捕りを決意した。
バジル「しまった! ユリアがいない!
まさか暗殺部隊に参加したのでは……」
部下「そんなはずは……部屋に閉じ込めて見張っていたのに……」
バジル「まずい、まずいぞ……あいつは腕は立つが頭は駄目なんだ。何をバラすか分かったもんじゃない……」




