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第九話 取引き

 トライヌを救出した翌日、メルセデスはトライヌ商会本部の応接室へと通されていた。

 彼女の後ろには控えるようにベンケイが立ち、油断なく周囲を警戒している。

 前の席にはトライヌが座り、昨日よりも大分顔色がよくなっている。

 ここに呼ばれた理由は昨日救った事の礼を改めてしたい、という事だったが、本題は恐らくそちらではないだろう。


「改めてお礼申し上げます、メルセデス嬢。貴女のおかげで私はこうして再び月の下を歩く事が出来るようになりました。

是非ともこのお礼をしたい。何か欲しいものなどはありますかな?」

「欲しいものか……あるにはあるが、店などでは売っていないからな」

「ほう? どのような物で?」

「簡単に持ち運べて栄養価とカロリーの高い保存食。

それを造るのを手伝って欲しいんだが、どうだろう? そちらにとっても悪い話ではないと思うが」


 チョコレートの製作にとりあえず成功した今、次にメルセデスが造ろうと思っているのは缶詰だ。

 気密性の高い入れ物に食料を入れて殺菌して閉じ込める。言葉にすると単純だが、人類がここに辿り着くまでには長い時間を要した。

 そして残念ながら、この世界はまだそこまで至っていない。

 大きく市場を破壊する気はないが、しかし長持ちする食料は自分を含む多くのシーカーの手助けになるだろう。


「それは……私に売るのを許可して頂けるので?」

「売り上げの一割くらいは私が貰う。そして発案者(わたし)の名を決して外に出さない事。

その条件で製造方法を売りたい。

勿論、この後に貴方が私に尋ねようとしている、この前の食べ物の製造方法も同条件でな」


 トライヌにとってメルセデスとの接触は幸運だっただろう。向こうにしてみれば命を助けられたばかりか、その恩人は金の成る木だったのだ。

 しかし幸運だったのはトライヌだけではない。メルセデスにとってもまた彼との接触は幸運な事であった。

 チョコレートの量産はメルセデス一人では難しい。だが大商人である彼がバックに付けば可能だ。

 加えて、量産したチョコレートの売り上げもこちらで獲れれば言う事なしである。


「嫌と言うならば構わない。その時は素直に現金でも受け取っておく事にするよ」

「そして、その足でそのまま他の商会へ製造法を売りに行く、と?」

「分かっているじゃないか」


 これは半分本当、半分嘘だ。

 そんな事が出来るなら、もうやっている。

 いかに領主ベルンハルト卿の血縁といえど、所詮は認知されているかも怪しい側室の子だ。権力などないに等しく、そんな小娘がいきなり儲け話があると商会を訪れても門前払いされるのがオチだろう。

 トライヌは少し考え、やがて決断を下した。


「いいでしょう、私も商人だ。その条件を呑みます」

「商談成立だな。では……」


 メルセデスは懐から一枚の紙を取り出した。

 今回は自作のパピルスモドキではなく、ちゃんと購入した羊皮紙だ。

 そこにはこの契約に反した時のデメリットなどが書かれている。

 一つ、条件を違えた時はこの商品に関する全ての権利を相手へ譲る事。

 一つ、権利を譲った後に同じ物を造る事は許されない。

 その他細かい事が色々と書かれているが、大事なのはこの二点だけだ。


「同意するならば血判を頼みたい。私も同じ条件で判を押す」

「血の契約ですか」


 吸血鬼の文化の一つに血の契約というものがある。

 別に何か魔法的な強制力があるわけではないのだが、血判を記しての約束を違えた吸血鬼は種族の恥とされ、生涯後ろ指を指されながら生きる事を覚悟しなければならない。

 血の契約を違える事は吸血鬼にとっては誰かを殺めるよりも重い背徳行為なのだ。

 そして言うまでもなく、魔法的な拘束力はないが法的な拘束力は備えている。

 この血の契約は主に、商人同士が取り決めを交わす際や都市同士の約束などに用いられる。

 ただし、これは当然自らにも拘束力が発生してしまうので乱用は禁物である。


「いいでしょう。見た所おかしな条件もないようだ」


 トライヌは自らの指を噛み、血判を押す。

 それを見届けてからメルセデスも同じように血判を印し、これで互いを縛る契約が完成した。

 言うまでもない事だが契約書は一枚ではない。両方が控えとして持っている必要があるので二枚分の血判を押す必要がある。


「では早速、ご教授願えますかな?」

「ああ。まずはチョコレート……この黒いやつだが……」


 それからメルセデスは、チョコレートと缶詰の製造法を説明した。

 更にそれを造るにあたって必要となる器具の構造や仕組み。

 その器具を造るのに更に必要となる物なども惜しみなく教えていく。

 少しサービスしすぎだが、恩を売る意味でもこのくらいは出していい。

 結局、これで出た利益はこちらへ戻って来るのだからむしろ出し惜しみする意味がない。

 その後二人は、日が昇り一日が終わるまで話し合う事となった。



 夜が更け、再びメルセデスはシーカーギルドへとやって来ていた。

 武器などの新調はないが、今回は荷物持ちのベンケイがいるので少し大きめのバックパックを購入しておいた。

 中にはロープや替えの蝋燭、着替え、方位磁石、飲料水、羊皮紙、チョコレート、鶴嘴などを入れてある。勿論持つのはベンケイの仕事だ。

 ベンケイを従えて街を歩くメルセデスに好奇の視線が向くが、近寄る者はいない。

 ギルドへ入り、いつも通りカウンターへと向かうと受付がいつもの薄気味悪い笑顔で出迎えてくれた。


「あら、いらっしゃい。待ってたわ」

「ん? 何かあったか?」

「ええ。貴女は今日からEランクに昇格よ、おめでとう」

 

 どうやらたった二回のマッピングでランクが上がったらしい。

 いや、確かペット捕獲や水の採取もあったから四回か。

 これならば今までよりも更に実入りのいい依頼を受ける事も出来るだろう。

 ならば、と今回受けたのは魔物からの素材採取の依頼だ。


【ワルイ・ゼリー採取依頼】

依頼主:スイーツ店レイラ

報酬額:2万エルカ~

期限:2週間以内

詳細:ダンジョンに出現するワルイ・ゼリーを捕獲、あるいは身体の一部を採取して来て下さい。

持ち帰ったゼリーの量で報酬も上げます。


【ゲリッペ・フェッターの剣強奪依頼】

依頼主:工業ギルド

報酬額:1万エルカ~

期限:3週間以内

詳細:ダンジョンに出現するゲリッペ・フェッターの剣を奪ってきて欲しい。

一本1万エルカで買い取らせてもらう。


 とりあえずメルセデスが受ける事にしたのはこの二つだ。

 骸骨剣士(ゲリッペ・フェッター)、というとやはりメルセデスが剣を強奪したあれだろうか? 依頼書の下に書かれている特徴とも一致している。

 とりあえず今持っている物は自分用なので、同じ物をいくつか持ち帰ればいいだろう。

 ワルイ・ゼリーは実はよく分からない。人の形をした灰色のゼリーと書かれているだけだ。

 こういう時、写真とかあればいいのにと思ってしまう。


(空き箱とビニール、アイロン、黒の画用紙、コピアートペーパー……。

駄目だな、他はともかくコピアートペーパーがどうしても代用出来ん。自作は不可能か)


 メルセデスは頭の中で子供でも自由研究で出来てしまう簡単手作りカメラの設計図を思い浮かべたが、どうしても入手出来ない物が出てしまったので思考を打ち切った。

 ちょっとホームセンターにいけば大体代用出来そうな物が転がっている現代日本の便利さを改めて痛感させられる。

 感光紙から造ろうにも、写真乳剤が必要になるわけで、その写真乳剤を造るにはハロゲン化銀やらゼラチン液やらが必要なわけで……そこまで行ってしまうともう手に負えない。

 所詮メルセデスの前世は造る分野において本職ではない。あくまでちょっと興味本位で知識を齧っただけの素人だ。

 造ってあそぼレベルの物しか彼女には造れないのである。


 カメラは早々に諦め、メルセデスは今回もシュタルクダンジョンへと潜っていた。

 今までと違い、今回はランタンやバックパックをベンケイが持ってくれているので武器以外何も持たなくていいのが嬉しい。

 今後はシーカーとして様々なダンジョンに挑む事になるだろうが、とりあえずこのシュタルクダンジョンはその為の足掛かりに使わせて貰おうとメルセデスは考えている。

 魔物も後一体か二体くらい捕獲して味方にしておきたいし、ここで稼いで強めの武器も入手しておきたい。

 メルセデスの当面の目的は父からの独立と、母と婆やを養う事だ。

 その為にも足場はしっかりと固めておかなければならない。

 シーカーは命賭けの仕事だが、だからといって毎回ギャンブルをする気などない。

 しっかりと足場を形成し、安定してリスクなく稼げるようになればそれが一番いいのだ。


「ベンケイ。このダンジョンにいる魔物の中で味方にするならばどれがいいとお前は思う?」

「ふむ、そうですな。それならば十二階層以降に出て来るシュヴァルツ・ヴォルファングなどは如何でしょう」

「どんな魔物だ?」

「全高1m半の狼型の魔物で、このダンジョンに現れるヴォルファング種の中では最も身体が大きく力が強い魔物です。

特別な異能は有しませんが、その分単純なパワーとスピードだけならばヴォルファング種最上位とされるズィルバーン・ヴォルファングにも並びます。

やや気難しい性格ですが、主と認めた者には命を賭けて従う忠誠心を持ち、上手く飼い慣らす事が出来ればこの上なく役立つでしょう。乗り物としても有用です」

「中々よさそうだ。見付けたら捕まえてみよう」


 話を聞いた限り、とても大きい狼といったところだろうとメルセデスは考えた。

 でかい狼というのは実にいい。ファンタジーっぽいし、それに慣れてくれればペットとしても可愛がれそうだ。


「ニャーン」


 これから出会うだろうでっかいわんこの事を考えていると、でっかいにゃんこと遭遇してしまった。

 虎並みの大きさだが、見まごうことなき猫だ。

 虎猫をそのまま虎のサイズにしたような変な生き物が目の前で鳴いている。

 メルセデスは以前松明代わりに使っていた木の枝を猫の前に出すと、興味を引くように振る。

 すると猫の視線はそちらに釘付けになり、投げてやれば追いかけてどこかへ行ってしまった。

 猫に用はない。

今度はわんこをゲットしに再びダンジョンへ。

こいつクリアする気あるのか……?

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― 新着の感想 ―
猫ちゃんと戯れたい
[良い点] 女の子主人公の冒険物のお話好きです(^^) [一言] 猫に様は無い・・・だと!?
[気になる点] 契約の一つに権利を譲った後に同じものを作ってはいけないと書いてありましたが、権利を譲った後に同じものを作り販売してはいけないというのが、メルセデスにとっては納得するのではないでしょうか…
2022/01/23 15:39 ワイトウッド
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