第八十八話 繋がった情報
バジルとの接触から三日が経った。
メルセデスはあれから、暇を見付けてはグリューネヴァルト邸の書斎で当時の事を調べているが、残念ながらこれといった目新しい情報は出てこない。
まあ、『ダンジョン攻略者を馬鹿な王様が暗殺しました』なんて本を残すはずがないので、当然と言えば当然か。
こうなると後は当時を知る人物からの口頭説明くらいしか情報を得る手段はない。
そうした裏事情に精通している人物となれば、やはりハンナだろう。
後は、ベアトリクス辺りも何か知っているかもしれない。
ベルンハルトは……こちらは後回しでいいか。確実に何か知っているだろうが、まずはハンナやベアトリクスから情報を聞いて、それでも何の手がかりも得られなければ聞きに行こう。
と、いうわけでまずメルセデスは自分をダンジョンの中に収納した。
ダンジョンの中には屋敷があり、ベアトリクスは基本的にそこで暮らして貰っている。
小間使いなども用意し、あまり不便は強いていないと思うが、可愛い女性型の魔物がいない事がベアトリクス的には不満なようだ。
ちなみに基本的にベアトリクスの身の回りの世話をしているのはゴブリンである。
「おお、メルセデスよ。よく来た。そろそろ可愛らしい少女型の魔物を捕まえてくれたか?」
「そんなものは見た事がない。それより聞きたい事がある」
ベアトリクスの言葉を流し、今自分が関わりつつある厄介な派閥の事や、攻略者の子供の片割れが追っ手に捕まった事などを彼女に説明した。
それを聞くとベアトリクスは表情を若干真面目なものとし、考えるように腕を組む。
「なるほど……うむ、その話は私も知っている。
新たな攻略者が現れたという話は当時は衝撃だった。これでオルクスに武力で抜かれると焦ったものよ。
結局は愚かな王が勝手に攻略者を始末してくれたので我が国にとっては都合がよかったが……そうか、娘が生き延びていたか」
ベアトリクスの方でもやはり新たな攻略者が出現した事は掴んでいたようだ。
もっともその後の事までは知らないらしく、マックス少年の事も初耳だという。
残念ながら、これといった情報は持ってなさそうだ。
そう思っていたが、ベアトリクスは思い出したように話を続ける。
「攻略者のクリストフ・ファイトの事は少しだけ知っている。
私の好みではなかったが、精悍な顔つきの美男子だった。
髪は金髪で、いかにも正統派の騎士といった感じだったか。
人一倍努力家で紳士的な男だったと聞く」
「なるほど」
金髪の美男子で紳士的で正統派……どこかで見たような気がしないでもない。
とりあえず、聞いた感じだと城のドロドロとした策謀などとは無縁の人物というイメージを受ける。
恐らく搦め手に弱く、王を疑う事すらしなかったのだろう。
これで少し、攻略者の事が分かった。
だが肝心の情報が何一つ得られていない。
なのでメルセデスは次に、裏事情に精通している人物を当たる事にした。
◆
「で、私ってわけか」
場所が変わってエーデルロート学園。
グリューネヴァルト邸からいつもの空中ダッシュで戻って来たメルセデスは同室のハンナへと早速当時の事を質問していた。
それはハンナにとってはあまりいい過去ではないのか、彼女の表情は目に見えて曇っている。
まあ彼女ならば葬られた攻略者の事を知らないはずがない。
というより、クリストフは暗殺されたわけで……そして暗殺などを請け負うのは当然暗部だ。
ハンナはその暗部の一つである隠密隊のトップなのだから、そりゃあ知っていて当たり前である。
彼女は少し沈黙した後、溜息を吐いて静かに語った。
「……うん。正解だよ、メルちゃん。
暗部のトップは私だもの。なら当然、私が許可を出さない限り動かない。
つまり、私が殺したって事になるね」
その口から出たのは、自らがクリストフを手にかけた犯人であるという自白であった。
そこに言い訳はなく、どんな罵倒でも甘んじて受けるという決意だけが見て取れる。
そんな彼女を前にメルセデスは呆れたように息を吐き、そして言った。
「で、本当の所は?」
「えっ」
「叔母さんがそんなアホではない事くらい知っている。そういう『責任は全て自分にある』みたいなのはいいから、真実を教えてくれ」
「いや、あの、その……」
「主観的な責任感とか『自分がやったようなもの』とか、そういうノイズいらないから。
客観的に起こった出来事だけを教えてくれ」
メルセデスがあっさり嘘を看破すると、途端にハンナはしどろもどろになった。
彼女はうっかり癖があるが、阿呆ではない。
クリストフを殺すというのがどういう事かくらい分かるはずだ。
折角のダンジョンを失うだけではない。万一生き延びてしまえば最大の敵になるかもしれない。
そう、まさに今、真の王などという派閥が出来ているように。
ならばいかに王の命令であっても、そうホイホイと従う事はないだろう。
メルセデスにその事を見破られると、あっという間にメッキが剥がれ落ちてしまった。
「ん……ま、まあ、確かに私自身が手を下したわけじゃないけどさ。
暗部と一口に言っても色々あって、私自身は主に拠点に潜入しての情報収集や町人に化けての要人護衛とか、そういうのの担当だし。
…………まあ、暗部全部ひっくるめて私の部下みたいなものではあるから、やっぱり最終的には……」
「客観的な事実だけくれ」
「あっ、はい」
ハンナは目を逸らしながら、後ろめたそうに言う。
その顔は引きつった笑みで固まっており、汗をダラダラと流していた。
せっかく決意を固めて全ての責任は私にあるみたいな事を言ったのに、この塩対応である。
そろそろハンナは泣きそうだ。
「その時は私、ちょっと別の任務で他の国に潜入しててね……。
留守の間は副官の人に任せてたんだけど、その人がね……陛下に言われるままに暗殺部隊を派遣しちゃって……で、暗殺隊の皆はクールっていうか、あんまり自分では考えないっていうか……仕事人っていうか、道具に徹しているっていうか……とにかく、何の疑問もなく命令を遂行しちゃう子達で、いやうん、優秀なんだけどね? とにかく、私が帰って来た時は全部終わってて……」
歯切れ悪く説明をしながら、両手の人差し指を突き合わせる。
恐らく彼女なりにかなりの罪悪感があるのだろう。
いくら部下がやった事でハンナは知らなかったと言えど、部下の責任はハンナの責任だ。
なので彼女もこの件に関しては申し訳なさを感じているようだ。
だからといって『私がやりました』みたいな誤解を誘う言い方は頂けない。
「ではハンナとしては、クリストフの暗殺は反対だったのか?」
「終わった後で言う事でもないけど、あんまりいい手ではなかったかな。
クリストフさんは他の騎士からの人望もあったし。
せっかく王剣を増やす好機だったのに、それを逃しちゃったわけだし。
私としては、クリストフさんを王家に迎え入れるべきだったと思うんだけど……まあ、後の祭りだよね」
そう言い、ハンナは肩を落とした。
無関係ではないが、この一件に関してハンナはほぼノータッチだ。
自分の代役として残した副官が阿呆で、王に言われるままに行動してしまった。ただそれだけの事でしかない。
そんなのを副官にするなと言いたいところだが、人を見る目がないのは昔からか。
「ところでその副官は?」
「……後になって自分のやった事の重さに気付いて、責任を感じて辞めちゃった。
今は新しい副官を育成中です」
「そうか」
やらかした副官というのも、また被害者だ。
王が命令を下したのだから、それに従うのは軍として決して間違えた行動ではない。
そもそも兵士というのは本来、自分で考える事を求められてないのだ。
何故なら軍というのは国が持つ力であり、武器である。
武器が勝手に自分の判断で動けばそれは混乱を招き、最悪クーデターとなる。
なので、決してその副官だけを責める事は出来ない。阿呆だとは思うが。
結局のところ、一番無能だったのはアウグスト・アーベントロートだったという事だ。
こいつ下手するとイザークより無能なのではないだろうか。
そして困った事にジークリンデはそんなオルクス二大無能王の孫であり、娘である。
実に将来が不安でならないし、彼女をトップに据える事を貴族達が不安視するのも納得出来てしまう。
ジークリンデ自身は決して悪くないのだが、父と祖父の二人がダブルで無能だと流石に不安にしかならない。
彼女自身のカリスマ性は悪くはないので、何とか賢い夫とくっつく事を願うばかりだ。
「まあそれはいい。今探しているのは二人の娘のうちの一人を捕まえたという追っ手の事だ。
何か知らないか?」
「知ってるもなにも、それが今話した副官だよ。
クリストフさんの子供を捕えて処刑したって事後報告されてね。で、その後すぐに辞めちゃったの」
「その副官の名は?」
「ニクラス・ユンカース。実はメルちゃんとは親戚にあたるんだよ」
どうやらハンナの元副官というのはメルセデスにとっての親戚に当たるらしい。
何か嫌な繋がり方をしてきたな……そう思いながら話の続きを促す。
「どういう事だ?」
「フェリックス君のお母さん……つまりヴァルブルガさんのお父さんなんだよ」
「…………」
メルセデスは話を聞きながら、何か嫌な予感を感じていた。
凄く嫌な予感だ。出来れば当たっていて欲しくない。
偶然の一致……そうに決まっている。いや、決まっていてくれ。
そうでなければかなりややこしくなってしまう。
「……フェリックスは……髪の色が父上ともヴァルブルガ夫人とも異なっていたな」
「ん? うん、そうだね」
「そしてフェリックスと同じ金髪はヴァルブルガの家……つまりはユンカース家にはいないんだったな?」
「え。あ、うん。そうだけど?」
「これは偶然の一致かもしれんが、私が見たマックス・ファイトの髪は金髪だった」
「…………」
「クリストフとやらは金髪で正統派で紳士的な美男子だったらしいな。何か妙にフェリックスに似てないか?」
「…………」
メルセデスの言いたい事が分かったのだろう。
ハンナも顔を引きつらせて、「まさか」という表情で汗を流している。
繋がった。
繋がってはいけない場所が、これでもかとばかりに繋がってしまった。
いや待て。しかしこれは早計だ。
いくら何でもこんな重要な情報をベルンハルトが知らないはずがない。
そこまで考え、しかしメルセデスの脳裏にはとある言葉が思い返されていた。
それは初めてベルンハルトと会ったあの日。ベルンハルトがフェリックスに対して言った言葉だ。
――宝石というものは思わぬ所から出て来るものだ。
――血筋を厳選し、徹底した教育を施したはずのフェリックスのあまりの不出来さに辟易していた。
メルセデスは思わず、額をパシンと叩いた。
間違いない……ベルンハルトは全部知っている。
知っていて、ヴァルブルガを娶り……そして出来た子こそがフェリックスだったのだ。
つまりヴァルブルガこそが、捕まったという攻略者の娘だ。
現在のハンナの副官「あ、どうも。俺っス。
第四十話で隊長に報告してた名もなきモブの俺が副官っス。
ちなみに重度のロリコンっス。
隊長の夫が羨ましいっス」




