第八十七話 トライヌの失敗
トライヌとまさかの再会を果たしたメルセデスは、彼に案内されて大型の雑貨店を訪れていた。
様々な商品を取り扱う店舗で、雑貨店というよりは現代のスーパーに近い。
大勢の客で賑わう店内を歩き、やがて奥の『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアの中へと入る。
中は通路になっており、いくつかの部屋が見えるがトライヌは止まる事なく奥へと歩いていく。
「ほっほほ。ここは我がトライヌ商会の王都支店でしてな。
ここならば話を誰かに聞かれる心配もありません」
そう言いながら一番奥まで到着し、そこにあったドアを開いた。
その中はそれなりに広い部屋で、簡易ではあるがベッドもある。
立派な机と椅子があり、棚には本が並んでいた。
壁際には来客用と思われる装飾過剰な肘掛け椅子があり、彼はそれをメルセデスの前へ運んだ。
「私の私室です。店に泊まり込みで働く時もありますので、そういう時に使っているのですよ。さ、どうぞおかけ下され」
言われるまま椅子に座り、トライヌも自分の椅子へと座った。
それから彼はコホン、と咳払いをする。
「さて……話してもらえるか? 何故貴方があんな場所にいたのか」
「はい、お話しましょう。
まず結論を先に言うならば私もあの一派の一員……というより、出資者の一人なのですよ」
メルセデスは思わず出しそうになった溜息を噛み殺し、努めて表情に出さないようにする。
予想はしていたが、いきなり嬉しくない情報だ。
メルセデスとトライヌ商会は持ちつ持たれつの関係であり、手を組む事によって互いに美味しい思いをしている。
コネの少ないメルセデスにとっては貴重な取引の相手で、出来ればこの関係は継続しておきたい。
しかしそうなると、迂闊にあの派閥を潰すわけにもいかなくなる。
その考えを読んだのだろう。トライヌは少し早口で続きを口にした。
「といっても、今でも彼等の全面的な味方というわけではありません。昔の過ちというか……。
メルセデス殿は、前の王の事はご存知ですな?」
「ああ、イザークだな」
「はい。皆、反逆者の烙印を押される事を恐れて大きな声では言えませんでしたが、奴が王家を乗っ取った愚者である事は有権者達の間では噂になっておりました」
これは既知の情報だ。
ベルンハルトもそういう噂があると知っていたし、やはりおかしいと気付く者は少なくなかったのだろう。
ただそれを声高らかに言っても反逆の罪を被せられて処刑されてしまうだけだ。
王が明らかにおかしいと分かっていても、それでも逆らうのは簡単な事ではない。
この国の王というのはそれだけの権力を持つ、独裁者にも近い立場にあるのだ。
「それを抜きにしてもイザークは王の器ではありませんでした。
上層部は腐敗し、貧富の差は拡大し……他種族や帝国の脅威の前にオルクスはあまりに無防備過ぎた。
私もこの国に見切りをつけて別の国に逃げるべきかと考えていましたよ。
そんな時です。彼等が私の前に現れたのは」
「……なるほど、大体分かった。そこで、イザークがこのまま玉座にいるよりはマシと考え、奴らに協力したわけか」
「はい。マックス君はまだ子供ですが、しかしダンジョンの力は本物……ならば、このままイザークが玉座に居座っているよりはまだマシなのではないかと……というより、仮に期待外れだったとしても今より酷くはならないだろうと考え、私は彼等の協力者となりました」
トライヌの判断は当時得られる情報の中で考えるならば決して間違えたものではない。
イザークに任せたままでは国は腐る一方で帝国にも対抗出来ない。
ならば一か八か、別の王に挿げ替えてしまった方がまだマシになるかもしれない。
少なくとも王剣を使えないイザークよりはいいだろう。そう考えてもおかしくはなかった。
「しかし状況は変わりました。イザークは貴方達によって倒され、真の後継者であるジークリンデ殿下もおられる。
しかし一度協力した手前、今更抜けますとも言えずに……というより、私は少々彼らの秘密を知りすぎましたので、そんな事をすれば消されてしまうでしょう」
「つまり抜ける機会を失ったわけか」
「はい……お恥ずかしい話ですが」
聞いてしまえば簡単な話であった。
何の事はない。単純に、抜けるに抜けれなくなった。
ただそれだけの話だ。
そして今日まで抜けずにあの派閥の協力者の顔を崩さなかったトライヌの判断は正しい。
もし迂闊な事をしていれば、彼の言う通りにトライヌは今頃あの世にいただろう。
「つまり私があの派閥と敵対しても問題はない……そういう事だな?」
「はい。むしろ私としてはあの派閥が潰れた方が都合がよいのです。
出資者と先程言いましたが、実態は何の見返りもなく一方的に搾取されているようなものですので……」
「貴方と同じような者は他にもいるのか?」
「ええ、何人かいます。しかし全てがそうというわけではなく、中にはジークリンデ殿下とマックス君をくっつけて早急に王を用意するべきだと考える者もいます」
トライヌの言葉を聞き、メルセデスはそれも当然か、と考えた。
その者達の考えを責める事は出来ない。
むしろ真っ当だ。国の事を真剣に考えている。
何故なら今、この国には……オルクスには、王がいないのだ。
ジークリンデは正当な王女である。
だが王女であって女王ではない。女王になる事もない。
何故ならオルクスでは国のトップに就くのは男であると決まっているからだ。
だからジークリンデの母も女王になる事はなく、それがイザークという愚者を王家に招き入れる結果に繋がった。
そこに特別な理由はない。ただの風習で、伝統で、そして固定観念だ。
あえて言うならば女性は男性よりも感情で物を考えるのでトップには向かないという事だろうか。
だから今、オルクスは国王不在という極めて不安定な状態にある。
そしてそれは、ジークリンデが結婚して夫を得るまで変わる事はない。
「女王制度は……まあ隣国を見れば貴族達の反対を受けるか」
「はい。帝国のように女尊男卑社会にされてはたまったものではありません。貴族達もそれを恐れてジークリンデ殿下の即位には反対するでしょう。
私自身も、どちらかと言えば殿下は国王になるには向いてないかと……」
トライヌの言葉にメルセデスは特に何も言わない。
ジークリンデがトップに不向きな事には同意しているからだ。
彼女は確かに善人で、優しい人物だろう。
だが善人がイコールで正しい判断を下せるわけではない。
むしろトップに立つ者は時に、9を救うために1を見殺しにする非情さが求められる。
そういう点ではジークリンデは明らかに王に向いていない。
「私としてはメルセデス殿なんかは向いていると思いますがね」
「私が? ……冗談は止せ。私はそんな大勢を背負える器ではないよ」
トライヌの言葉を冗談と切り捨て、それからメルセデスは考える。
あの派閥を潰してもトライヌとのパイプが切れないというのはいい情報だ。
これで、いざという時はゴリ押しで一掃してしまえる。
まあ、これ以上関わって来ないのが一番なのだがそうはいかないだろう。
何せ、自分はもう向こうの秘密を知ってしまった。
アジトの場所も真の王とやらの顔と名前も覚えた。そんな自分を交渉決裂したから、はいさようならと放置するわけがない。
あそこまで見せた以上、仲間にならない場合は消すしかない。
相手はそう考えているはずだ。
逆にこの手の判断を下せないならば、とうの昔に奴らの存在は国に気付かれていただろう。
「言うまでもない事でしょうが、メルセデス殿が奴らに協力しない場合は、近いうちに刺客が放たれます。どうかご用心を」
「分かっている」
メルセデスは既に、これでもかとばかりに彼らに非友好的な姿勢を見せている。
まだハッキリと敵対したわけではないが、それでもあれだけの態度を見せれば味方に出来るなどとは思わないだろう。
ならば相手の取る手段は説得か放置か、あるいは消すかのどれかしかない。
だが来るならばむしろ好都合。その時はこちらも遠慮なく向こうのダンジョンを奪えばいい。
とりあえずしばらくは、向こうの出方を窺うとしよう。
「……ところで、攻略者の名はクリストフ・ファイトだったか。
二人の娘がいて、そのうちの一人は逃げている最中に捕まったそうだな」
「ええ。ですのでマックス君は逃げ延びたもう一人の方の子です」
「それなんだが……捕まった方の娘は、本当に殺されたのか?」
メルセデスには一つ、引っかかる事があった。
それはバジルが『恐らく殺されている』と言った、追っ手に捕まった娘の事だ。
普通に考えるならば、なるほど、殺されていてもおかしくはない。
アウグスト・アーベントロートはクリストフを暗殺し、その娘に追っ手を放った。
そして捕まえたのだから、殺さない方がおかしいくらいだ。
しかし、その娘には利用価値がある。
ダンジョンを使えると言う多大な利用価値だ。
(可能性は低いが、もしかしたら生きてどこかに幽閉されている可能性もゼロではない。
少し、調べてみるか……)
もしかしたら、まだどこかで生きているかもしれない。
特に根拠はないのだが、何となくメルセデスはそんな気がした。
~大分前~
トライヌ「マックス君とバジルさんもアレだけど、イザークとかいう無能オブ無能が玉座にいるよりはマシになるかもしれない。てか今より悪くはならんやろ! この際一か八かで賭けてみるか!」
~少し前~
トライヌ「あっ、メルセデス殿がイザーク倒した。もうこれで分の悪い賭けをせずにすむ!」
~今~
トライヌ「もう協力するメリットないのに秘密知りすぎて抜けるに抜けれない……。
しかも出資者だから金だけ見返りなしで取られてく……もう派閥潰れてくれんかな……」




