第八十二話 進化の袋小路
ツヴェルフは話を続ける。
彼女の口から語られるのは神に限りなく近づいた生物の、その末路だ。
『神々は栄華を極めるほどに、生物として何かを失っていきました。
病気になる可能性がない人工の臓器を造り、生まれると同時に体内の臓器を全てそれと取り換える……そんな事を何世代にもわたって繰り返した果てに、体内の主要な臓器を持たない奇形児が次々と生まれ、しかし進んだ科学によってそれすらも生きながらえて子を残し、次世代へ繋がってしまう。
それを何人もが繰り返した果てに臓器すら失い、生まれてすぐに処置をしなければ死んでしまうような欠陥生物と化したのです』
「考えられんな。使わないものが劣化していくのが進化の摂理としても、そうまで極端にはならんだろう」
『はい。自然にはそうなりません。しかし神々は遺伝子さえも自分達の都合のいいように作り変えました。
もはや正常な進化など望めない生物となっていたのです』
話を聞きながらメルセデスは、ならばツヴェルフのこの姿は何なのだろうと思った。
彼女は神の姿を真似たと言っていたが……もしかしたら、ツヴェルフのモデルになったこの姿もクローンか何かで、本体は彼女の言う『生物以下』の肉の塊だったのだろうか。
『当然脆弱になり、死にやすくなる。先天的に様々な障害も患い、だからまたその部分を人工的に取り換え、そして退化していく。それの繰り返しです。
やがてその全て……視力や聴力といった五感さえもが生命維持装置で賄えるようになった時、神は頭脳以外の全てが不要になり、生物ではなくなりました』
「珍しく辛辣だな?」
『事実を言っているまでです。生まれた瞬間から機械の力を使わねば一分と生きられない……自力で歩けば重力に耐えられずに自らの頭部に押し潰されて死ぬ。
そんなものは生物ではありません。生きていません』
メルセデスは軽く溜息を吐き、未来の人間の姿というものを想像した。
こう……あれだろうか? 等身の低いアニメキャラのように頭が身体と同じくらいの大きさで、手がどう考えても頭より上にいかなそうな、そんな感じか?
しかしアニメのそれは可愛らしいが、リアルにすれば気持ち悪いだけだろう。
少なくとも実際に見たい物ではない。
『やがて神々は遂に自ら子孫を残す力すら失い、それすら機械に頼るようになりました。
自らの遺伝子を採取させ、それを元にクローンを培養する……そんな方法でしか子孫を残せなくなったのです。
……いえ、もう子孫とすら言えないでしょうか』
「なるほど。確かに生物とは言い難い存在だな」
『やがて栄華のピークに達した時、神々の中にある思想が蔓延し始めました。
懐古主義……神々が生物として最も頭脳と身体能力のバランスが取れていた時代に思いを馳せ、その時の姿に戻るべきだという思想です』
「……美醜感覚はどうなっているんだ? 人が原人を見ても美しいと思わないのと同じように、変わりすぎた神からは在りし日の人間は完全に別の生物にしか見えんと思うが」
『それだけは過去のまま止まっています。先程も言ったように神々はクローンを動かす事で外を見ていた為、普段目にするのは在りし日の“人間”の姿なのです。神々の姿は、自分で見ても化け物としか思えなかったのですよ』
それは地獄だな、とメルセデスは思った。
人としての感覚を持ったまま化け物になるなど、常人なら発狂しそうだ。
『そこで神々は自分達の子孫となる新たな人類を生み出す試みを始めました。
しかし普通にクローンで当時の人間を再現して増やしても自分達の二の轍を踏むだけの可能性が高く、同じ進化をしては意味がありません。
なので神々は一から……それこそ原子から自分達で手を加え、決して劣化しない、それでいて寿命が長く、健康的で美しい……そんな人類を造ろうと考えたのです。
そうして出来たのが、ナノマシンです』
「……そしてそのナノマシンで造られたのが、この世界の生物というわけか」
『はい』
メルセデスは呆れたように、空に浮かぶ青い月を見た。
随分とまあ、人間はおかしな事になってしまったものだと思う。
これが進み過ぎた科学の末路だというのか。
とりあえず、この世界が当初考えていたファンタジーな異世界などではない事だけは十分に分かった。
「ならば何故、私達はこんな所にいる? その真実すらも知らぬままに生き、暮らしている?
これではただ別種の生物を造っただけだ。当初考えていただろう人間の後継者として機能していない」
『それは……申し訳ありません。今はまだ話せる内容ではありません』
「ダンジョン二つではここが限界というわけか。その真実が意図的に隠されたものなのか否かも話せないか?」
『それもまだ話せません』
「……ふむ。では質問の方向を変えよう」
メルセデスはそう言い、ツヴェルフの目を見た。
先程から一つ、気になっていた事がある。
というより、もう確信に近い。
ツヴェルフは最初に原子の説明を不要と言った時からずっと……こちらがある程度、過去の地球を知っている事を前提で話していた。
「ツヴェルフ。お前は私が過去の地球の事を……そこで生きていた人間の記憶を持っている事を知っているな?」
『確信したのはつい先程です。マスターが原子の説明を不要と仰った時に記憶持ちであると理解しました』
「だがお前に驚きのようなものはなかった。つまり……記憶持ちは、予測出来ていた事態なんだな?」
『はい。予測されていた事態であり、数は少ないながら何人か今も存在しているはずです。そしてこれからも生まれるでしょう』
転生者は……イレギュラーではない。
少なくとも神々やツヴェルフから見れば予測出来る範囲内の事であり、そして今でも数人いるという。
自分達が人類の後継者として造られた事実といい、どうにも嫌な予感しかしない。
まだ答えが示されていないから何とも言えないが、嫌な想像ばかりが脳裏を過ぎる。
「私のような記憶持ちの存在と、神々が私達を造った事は無関係ではないな?」
『はい。無関係ではありません』
「その関係性は説明出来るか?」
『今は出来ません』
「私達の思考には一部ロックがかかっているな?」
『はい。特定の思考に達した際に恐怖を感じるようになっています。
しかしマスターはダンジョンを二つ得た事で、そのロックが解除されました』
「何故そんなものがある?」
『答えられません』
「……私は、本当は本体がその神とやらで、その神に動かされている人形か?
あるいは神があえて記憶を消して、脳を移植した存在か?」
『いいえ、違います。マスターの身体はマスター自身のものです。そもそも神の脳は巨大すぎて移植出来ません』
一番恐ろしいのは、今ここにいる自分が実は自分ではないという事だ。
神はゲームのキャラクターを動かすように、外付けの端末としてクローンを動かしていたという。
ならば自分がそうでない保証など、どこにもない。
しかしツヴェルフはそれと違うと言い切った。
『まだ多くを語る事は出来ません。それを語る為にも……どうか全てのダンジョンをその手に収めてください。その時こそ私は世界の真実を貴女に打ち明ける事が出来ます』
「つまり、今までとやる事は変わらないわけだ」
『はい』
深く踏み込めば踏み込むほどに、開けてはならないパンドラの箱を開けているような気分にさせられる。
人の末路、ナノマシン、造られた生物である自分達……そして自分達が造られた理由。
最初はこの世界で悔いを残さずに死ねればそれでいい程度にしか思っていなかったのに、話がおかしな方向に広がり始めてしまった。
知らなければそのまま気にせずに天寿を全うして死ねただろうが、知ってしまった以上は無視して死んでも最後に悔いが残ってしまうだろう。
……まあいい。毒を食らわば皿までだ。
このまま、ダンジョンを制覇して世界の真実とやらを解き明かしてやろう。
ロクでもないものが待ち受けているのだろうが、構うものか。どうせ後戻りは出来ないのだ。
ただ、突き進む他ない。
「いいだろう。私はダンジョンを制覇する。
最後まで付いてこい、ツヴェルフ」
『イエス、マイマスター』
ツヴェルフの返事を背に、メルセデスはダンジョンを収納して鍵に変えた。
これでダンジョンは二つ。
これ以上のダンジョンの確保を目指すならば、他の国に出るか……あるいは、プラクティスダンジョンの持ち主を倒すかの二択しかない。
つまり、いよいよ来るべき時が近付いてきたという事だ。
メルセデス「ところで腕や足を生やせるのに髪は生やせなかったのか?」
ズィーベン『生やせますが、私の姿の元になったクローンはあえてそういう姿にされたようです』
メルセデス「そ、そうか」




