第八十話 新たな魔法
メルセデス達が幾度となくパラディースへ攻撃を加える。
腕を斬り、胴を突き、首を噛み、頭を貫いて背中を焼く。
だがどんなにダメージを与えても、即座に再生しては反撃に転じてくる。
こういう再生し続ける輩はどこかに急所があるのが定番のはずだが、それも見当たらない。
頭も首も、心臓も、急所と思える場所は全て攻撃した。
だが頭を貫かれようと、首を斬られようと再生し、心臓に至ってはそもそも存在していない。
一方メルセデス達は確実にダメージが蓄積され、疲労も溜まる。
このまま続ければどちらが勝つかは明らかであった。
「おおォ!」
ハルバードに重力を乗せて薙ぎ払う。
渾身の力を込めたそれはパラディースの首を確かに斬り落としたが、しかし断面から新たな植物が生えて絡み合い、新たな頭となった。
そして生えたばかりの頭は大きく息を吸うと、圧縮した空気を弾丸のように吐き出す。
咄嗟にガードするも吹き飛ばされて壁に衝突し、地面に膝を突いた。
「くそ……っ」
メルセデスはハルバードを支えに立ち、パラディースを見上げる。
手強い……素直にそう思った。
決して慢心していたつもりはない。しかし以前にも守護者に勝ったのだからと、何処か心に余裕のようなものがあったのは確かだ。
加えて以前より武器も防具も、己の技量も味方の数も増えている。
だから多少手間取りはするだろうが、勝てるだろうという気持ちがあったのだろう。
……とんだ思い上がりだ。そんな簡単にクリア出来るならば攻略者はもっと増えている。
金と黒の扉の二択は確かに悪辣だ。大半の者は金の扉を選択してしまうだろう。
権力の問題から王族にとっては自分達以外が攻略しては困るし、だから情報を秘匿する。それも攻略者が少ない要因だろう。
だが、だからといって一人も黒の扉を選ばないなんて事はあり得ない。
冒険心に溢れた者、最初から命を捨てる気で来ている者、あるいは自分のような者……そうした者達が黒の扉を選んだ事は何度もあるはずだ。
だがそれでも攻略者はほとんど現れていない。何故か?
――それだけ、打倒守護者が困難だという事だ。
メルセデスのパーティーは、過剰戦力と言っていいレベルで強い。
ベンケイはかつてBランクのシーカー十二人で構成されたトライヌの護衛を壊滅させているし、シュフはベルンハルト邸の私兵を全滅させた上でフェリックスにも難なく勝利している。
クロとピーコも十分に強力な魔物だ。
そして彼等は捕獲した当時よりも力を増しており、メルセデス自身もまたそれらに勝利して捕獲するだけの実力がある。
だがそれらを纏めて相手にしても圧倒するのが守護者だ。
メルセデスの認識が甘かった……守護者は決して簡単な相手ではない。
以前はたまたま、相性のいい相手とぶつかったに過ぎなかったのだ。
「ギャン!」
クロが触手で殴られてメルセデスの近くまで吹き飛ばされた。
そのすぐ後にピーコも叩き落され、地面で目を回している。
メルセデスはすぐに、彼等がこれ以上の追撃を受けないように重力で吸い寄せてパラディースから離れた場所に避難させた。
それから、ベンケイ達とパラディースの戦いを観察する。
このまま闇雲に攻撃を繰り返しても突破口は開けない。
思考を停止しての脳筋戦法にも限界はあるのだ。
真に勝とうと思うならば、勝てる戦い方を探さなくてはならない。
(攻撃できる場所は全て攻撃した。つまりこれ以上は何処を叩いても無意味だ。
まだ狙ってない場所があるとすれば……根、か)
地面から生えている場所は全て攻撃したし、その上で無意味という結論に落ち着いた。
ならば後は、見えている場所以外だ。
根の方にはまだ攻撃を仕掛けていない。
もしかしたら、そちらが弱点の可能性はあるが……しかしだからといってすぐに攻撃出来るものではない。
まず、地面から生えているパラディースが邪魔だし、これを排除しようとしてもすぐに再生されてしまう。
「ならば引き抜くまで! 『ベフライエン』!」
メルセデスが一番最初に編み出した創作魔法の『ベフライエン』は、今でも飛行の際に使っている魔法だ。
しかしこの魔法の正体は飛行魔法ではなく、重力遮断魔法である。
重力を遮断する事で無重力になり、結果的に飛んでいるような状態を作り出しているのだ。
そしてこの魔法を使う際の注意点が、完全な無重力にしてしまうと大気圏外にすっ飛んで自滅してしまうという事である。
今回メルセデスはその魔法をパラディースに使った。
しかも自分が使う時のように僅かな重力を残すといったものではない。
完全に、重力の束縛から解放してやったのだ。
「……っ!? お、おおお!?」
するとパラディースの身体が浮き上がり、根の部分が地面から露出し始める。
それに慌てた彼女は触手を地面に突き刺してそれ以上の浮遊を防いだ。
まずはこれで一手。勝利への道筋が拓けた。
「よし……次はお前の出番だ! 行け!」
このままではまだ、パラディースを完全に引き抜く事は出来ない。
ならば次はその抵抗力を奪うまで。
メルセデスはポケットから一つの種を取り出すと、それをパラディースの近くへと投げた。
すると種は急速に発芽し、瞬く間に巨木へと成長していく。
メルセデスが投げたのはただの種ではなく、魔物だ。
名を『デーモンフォルスト』といい、一度根付けば周囲の養分を吸い取りながら巨木に成長し、最後には森にまで至るという。
フレデリックが使っていた植物の正体がこれだ。
デーモンフォルストは付近の植物を枯らし、パラディースからも養分を奪い取りながら成長を続ける。
目には目を、歯には歯を。植物には植物を。
対植物という点で、このデーモンフォルストの養分吸収能力は優秀だ。
パラディースも痩せ細り、先程までの脅威がない。
これで二手。勝利への道筋がまた切り拓かれた。
だがまだ足りない。相変わらずパラディースは再生し続けているし、根への攻撃だけはしっかりと防いでいる。
ベンケイとシュフも頑張っているのだが、なかなか攻め切れないようだ。
ならば次は、攻撃手段を奪う。
(ぶっつけ本番だが……手本は一度見ている)
脳裏に思い描くのは一年前に偽の王を追いつめた時の一戦だ。
あの時のベルンハルトの使っていた魔法をイメージし、周囲のナノマシンが鉄へ変わる様を想像する。
するとメルセデスの周囲から鉄の剣が生え、それが重力魔法によって浮遊した。
「――往け!」
鉄の剣が一斉に射出され、パラディースの触手を切断した。
そこまでは先程までと同じだ。切断した武器が違うだけで結果は変わっていない。
だが無論、これで終わりではない。
この先にこそ、メルセデスがあえて鉄属性の魔法を使った理由があるのだ。
「溶けろ!」
触手を切断した鉄の剣はそのまま飛び去ることなく、その形を変えて切断面に張り付いた。
その形状はいわば鉄のアメーバだ。
切断面に鉄が張り付き、再生の邪魔をしているのだ。
剣は細かな傷口などにもアメーバとなって張り付き、パラディースの再生能力を完全に奪い取る。
これで三手。敵の反撃能力も奪い、メルセデスでも倒せるレベルにまで弱体化させた。
ならば後は、王手をかけるのみ。
『ベフライエン』によって完全に地面から引き剥がし、ハルバードを持って突進する。
その後にベンケイとシュフが続き、三人同時に連撃を叩き込んだ。
「はああッ!」
メルセデスの持つハルバードが人外の膂力で振り回され、パラディースの根を片っ端から切り裂いて傷つけていく。
そこから畳みかけるようにベンケイが武器を振り回し、シュフが炎を吐く。
不意にシュフが思い出したように炎を吐くのを止めて包丁での攻撃に切り替えた。
いや、そのままでいいんだよ。今更武器を戻してキャラ作りするな。
メルセデスは最後の仕上げにパラディースを横から殴って上下反転させ、根を上へと向けさせる。
そしてその上へ跳躍してハルバードを振りかぶった。
「重力百倍!」
重力を限界出力まで上昇させ、一気に振り下ろした。
その一撃でパラディースの根を切り裂き、更にそのまま頭部までもを一刀両断にしてしまう。
すると左右に分かれてしまったパラディースは「見事」と呟いた。
「……お前達こそ、真実を得るに相応しい」
ヒストリエの時と同じ台詞を吐き、光の粒子となって爆散した。
それを見届けたメルセデスは息を吐き、その場に座り込んだ。
手強い相手だったが……今回もどうにか、勝利を手にする事が出来たようだ。