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第八話 最初の仲間

 メルセデスとの戦いに敗れたオーガは、抵抗の意思をまるで見せなかった。

 それどころか死を受け入れるように跪き、首を差し出す。

 それはまるで主に従う臣下のようですらあり、メルセデスに戸惑いを感じさせた。


「潔いんだな。私の勝ちだとは言ったが、全く抵抗されないとは思わなかった」

「我等オーガ族は強さこそが唯一にして絶対の法だ。そして我等は自らに勝利した者には敬意と忠誠を尽くす。

貴女は勝者だ。したがって俺を好きにする権利がある……無論、殺す権利も。

俺は我が一族の法に殉じよう」


 メルセデスは油断をせずに、オーガの言葉を頭の中で反芻していた。

 そういえば確かに、オーガについて記された本にそのような記述があった気がする。

 “オーガは危険な魔物だが、もしもこれを一対一で打ち倒す事が出来たならば、その者は生涯裏切る事のない忠実な下僕となってくれるだろう”、と。

 更に本にはこうも書いてあった。

 “ただし、オーガが忠誠を尽くすのは生涯に唯一人のみ。初めて一対一で敗れた相手を主と認め、その忠誠は以降絶対に変動しない。

 したがってオーガに勝利しても、そのオーガに既に主がいる場合は勝者の物にはならない。”


(……拾い物、かもしれないな)


 人の口から出る忠誠など全く信用に値しない。人は欲の為にすぐに裏切る。

 だが本能に裏打ちされた魔物の忠誠ならば、一考の価値があるとメルセデスは考えた。

 人が人に忠誠を誓うのと、動物が本能で群れのリーダーに従うのは全く違う。

 前者は裏切るが、後者は裏切らない。

 群れのリーダーの座を賭けて戦う事はあるだろうが、狩りの最中に従う振りをしていきなり騙し討ちなどはしないだろう。

 だが人はそれをやる。やってしまえるだけの知恵と欲があるからだ。

 メルセデスは剣を引き、オーガを見る。

 隙を見せているが、動く様子はなし。殺してしまうのは簡単だが、もしも裏切らないというのが真実ならば、それは余りに勿体無い事だ。


「ならば問おう。今後は私の手足となり、私に従うか?」

「それが望みならば」

「よし。ならばそこで待っていろ」

「御意。我が主よ」


 思いがけず荷物持ちを確保出来た。

 まだ信用は出来ないが、今後しばらく観察するとしよう。

 それより、今は商人とその護衛を見るのが先だ。

 護衛は……駄目だ。どれも完全に死んでいる。再生力と生命力に優れた吸血鬼といえど不死ではない。

 前世で見た物語の吸血鬼ならば『首を斬った? 心臓を貫いた? それがどうした』とか言いながら復活してきそうなものだが、この世界の吸血鬼はそれほどチートというわけではないらしい。

 生きているのは、残念ながら商人一人だけのようだ。


「終わったぞ。立てるか?」

「お、おお……ありがとうございます……本当にありがとうございます……。

も、もう駄目かと……」


 商人はガタガタと震えながらメルセデスへと何度も感謝の言葉を述べる。

 それにしても酷い有様だ。

 身体は痩せ細り、まるで骸骨のようだ。

 もう何日も食べていないのだと見て分かる。


「見た所、商人と雇われた護衛のようだな……護衛の方は全滅しているが」

「は、はい……お察しの通り私は商会を営んでおります。トライヌ商会というのですが……ご存知でしょうか?」

「知ってるも何もこの国有数の大商会じゃないか」


 トライヌ商会……大都市ブルートを拠点にした吸血鬼の国でも指折りの大商会だ。

 先日メルセデスが買い物をした大型雑貨店もトライヌ商会のものである。

 彼の話が本当ならば、彼はその大商会の長という事になる。

 そんな大物が何だって、こんなダンジョンで死にかけているのだ。


「何があった?」

「我が商会は近年、他の商会に抜かれつつありまして……そこで、ダンジョンを制覇した者には巨万の富が与えられるという話を聞き、都市でも指折りのシーカーを雇ってこのダンジョンの制覇に乗り出したのです」


 ダンジョンを攻略した者には富が与えられる。

 これは、シーカー達の間で伝えられているお伽噺のような夢物語だ。

 実際、過去にダンジョンを制覇したというシーカーが宝石や金銀財宝を持ち帰ってきたという実例もあり、あながち眉唾物というわけではない。

 ダンジョンの奥には宝の山が眠っているとシーカー達は信じているのだ。


「私は、Bランクと名高いシーカーを3チーム雇いました。

三チームとも四人構成で、確かな実績と経験を持っていたのです」


 Bランクは普通に雇えるシーカーとしては最高のランクと言っていい。

 これより上のAランクは殆ど国や貴族の専属であり、上から回される依頼を優先的に受け続けているのでいかに大商人といえど簡単には雇えない。

 だからこそのBランクであり、そして彼は金に糸目を付けずに三チーム、合計十二人も雇ってダンジョンの攻略に乗り出したわけだ。


「途中までは順調でした……しかし、十階層を越えた辺りから魔物の強さが跳ね上がり、それでも何とか最下層まで到達したのですが、それが間違いでした。

辿り着くだけで力も道具も使い果たしてしまった護衛達は次々と死んでいったのです」


 商人は思い出したのか、自分の肩を抱くようにして震えた。

 『まだ行けるはもう危ない』。最初にこれを口にしたのは誰だったか。

 自分達にはまだ余力がある。だからまだ行ける。

 こう考える時点で既に赤信号だ。悩む所まで来たならば素直に撤退するべきである。

 彼は判断を間違えたのだ。


「生き残った者達と私はすぐに撤退する事を決めました。

しかし食料を積んだ鞄は逃げる途中で重荷になり、追いつかれそうになった際に捨ててしまいました」


 メルセデスは血液を詰めた瓶は持っていなかったのかと聞こうとしたが、止めた。

 それだけの大混乱の中で瓶詰の血液など残っていれば奇跡だ。

 壊れやすい上に場所を取る……まず破損したと考えていいだろう。

 地球の歴史でも缶詰が登場する前にはフランスのニコラ・アペールが発明した瓶詰めの貯蔵法が重宝されていたが、これも容器が破損し易いという問題を抱えていたという。

 そう、瓶は壊れやすく長期保存や持ち運びには向かない。だから缶詰が登場したのだ。


「私達は飢えと戦いながら必死に上を目指しました。

そしてようやくここまで戻って来たのですが……最下層から私達を追って来た魔物がいたのです」

「それがあのオーガか」

「はい……ただでさえ強いオーガに、弱り切ったシーカー達は成す術もなくやられてしまいました。

貴女が来なければ私も今頃死体となっていた事でしょう」


 十二人のシーカーが全滅した。その話を聞き、メルセデスは益々味方を増やす事の重要性を認識させられた。

 そういう意味ではあのオーガを倒せたのは運がよかったのだろう。

 あれは恐らく最下層でも弱い部類だろうが、それでも戦力にはなるはずだ。


「とりあえず地上に戻ろう。私が同行する。

それと……そこのオーガ、名前は?」

「名はありません。好きにお呼び下さい」


 いきなり好きに呼べと言われても困る。

 これは自分が名前を付けねばならない流れなのだろうか、とメルセデスは考えた。

 まず真っ先に思い浮かんだのはアシュラだが、元々アシュラ種のオーガなので安直過ぎる。


(どうしたものかな。武器を沢山持っているオーガか……武器を沢山……。

何となく武蔵坊弁慶を思い出すな)


 メルセデスは少し考え、他にいい名前が思い浮かばなかったのでこれを名前にしてしまう事にした。

 でかいし武器を沢山持っているし、案外似合うだろうという安直な考えのネーミングだ。


「ならばお前の名は今からベンケイだ」

「ベンケイ……よき名です。その名、しかと覚えました」

「よし、ベンケイ。そこの倒れているシーカー達を運んでやれ」


 彼等はもう死んでしまっているが、せめて地上には戻してやりたい。

 そう思ったメルセデスはオーガ――ベンケイに死体を運ばせる事にした。

 シーカー達も自分達を殺めた本人になど運ばれたくないだろうが、こんな所で遺体が朽ちるよりはマシなはずだ。


「立てるか? ええと……」

「トライヌです」

「トライヌ氏か。立てないなら肩を貸すぞ」


 商人の名はどうやらトライヌというらしい。商会に自分の名前を付けていたわけだ。

 メルセデスは彼に立つように促すが、やはりというか立つ気配がない。

 ここまでの逃亡と飢えで、立つ力すら彼からは失われてしまったのだ。

 このままだと地上に着く前に飢え死にしそうだ。そう思ったメルセデスは、袋からいくつかチョコクランチもどきを包んだ紙を取り出し、包装を解く。

 この国で一般的に使われてる紙は羊皮紙である。

 ただし羊皮紙とはいうが、実際は羊の皮ではなく魔物の皮を使って量産しているらしい。 

 それはそうだ。貴重な家畜の皮をわざわざ剥がさずとも、魔物が無限に沸いて来るのだからそちらを使うに決まっている。

 一応、植物から作る紙もこの世界にあるらしいのだが、こちらは羊皮紙に比べて貴重で高いのであまり見かけない。


「これを食べておけ。少しはマシになる」

「あの……これはもしや、動物のフンでは……」

「違うから安心しろ」


 仕方ないとはいえ、酷い第一印象である。

 メルセデスが半端な知識で作ったチョコクランチもどきは確かにお世辞にもいい見た目ではなく、動物のフンが固まった物のように見えてしまう。

 トライヌは匂いを嗅ぎ、やがて決心したようにチョコを口に放り込んだ。

 すると表情から警戒は消え、代わりに驚愕が露わとなる。


「これは……不思議な味だ。

甘いのに苦い。初めて食べる……いや、この味はどこかで……?」


 それからトライヌはチョコレートを次々と食べ、渡された分をあっという間に全て平らげてしまった。

 どうやらお気に召したようだ。


「あの、ええと……」

「メルセデスだ」

「あ、これはどうも。メルセデスさん、これをどこで?」

「自作した。高カロリーでよさげな非常食が店になかったものでね」

「これを自作と!? それは素晴らしい。是非作り方を聞きたいものですが……勿論タダとは言いません。売り上げの五割は貴女に……」

「いい話だが、それは外に出てからだ」


 流石は商人といったところか。こんな時でも金の成る木を前にして目の色が変わった。

 しかしここはいつ魔物が現れても不思議ではないダンジョンの中だ。

 そういう話はとりあえず外に出てからの方がいいだろう。

 その事を話し、メルセデスはトライヌに肩を貸して外へと向かった。

荷物持ちとチョコ量産係をゲットしました。

ベンケイは凄く大きい上に腕が6本もあるので、メルセデスの10倍くらいは荷物を運べます。

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― 新着の感想 ―
売り上げの五割は駄目やろ… 純利益の五割でも高くない?この商人商売下手なのでは…
[一言] 王道のテンプレ通り、大商人を救う(当然バックアップ)。 ついでに、従者確保(結構強い)。 そろそろ、ヒーロー(主人公は女性なので)の出番。
[気になる点] この後に理由が書いてあれば申し訳ないのですが、商会の主人自らダンジョンに向かうのは危険過ぎないでしょうか。 シーカーが組織に属している以上ダンジョンの宝等を踏み倒すことも考えづらいので…
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