第七十九話 譲渡の儀
女帝ベアトリクスを捕獲して去年からの一連の事件を終わらせたメルセデスは無事に日常へと戻っていた。
ベアトリクスをダンジョン内に閉じ込めている事はハンナにすら教えていない。どう考えても騒ぎにしかならない特大の爆弾だからだ。
ましてや実質的に帝国の支配者になってしまったなどと、言えるわけがない。
なので表向きは普段と変わらず、しかし裏では確実に状況は変わっていた。
まず帝国は、オルクスから全面的に手を引いて今までと180度変わった和平路線で対談を進めているという。
偽ベアトリクスとは魔物を使った手紙でやりとりをしているが、バレる事なく帝国を統治してくれているようだ。
毎回手紙の文末に添えられた求愛の文章が鬱陶しい。
また、偽ベアトリクスの計らいでメルセデスは彼女の友人という扱いになり、自由に帝国を出入り出来るようになった。
これについて疑問を抱く者は意外にもなく、普段からベアトリクスがどれだけ自分の欲に忠実に振舞っているのかが分かる。
急な路線変更もメルセデスやジークリンデ、そしてフェリックス(女装)を気に入ったからで納得されてしまったらしい。もう駄目だあの国。
また、偽ベアトリクスに鉄扇を持たせてみたが魔物を出す事は出来なかった。
血縁以上にベアトリクスに近いはずなのだが、クローンでは王剣は使えないらしい。
どういう見分け方をしているのかは分からないが、神の技術か何かで本物とクローンを見分けているのだろう。
つまりベアトリクスを増やす事は可能だが、ダンジョンを使えるのはあくまで継承したオリジナルのみ、という事になるらしい。
また、メルセデス本人をクローンで増やす事は不可能だった。
ツヴェルフ曰く、攻略者は増やせないらしい。
何故なのかは残念ながら答えてくれなかった。
理由は、ナノマシンの説明の時にも言われた『情報規制』……つまり、ダンジョン一つの所有権だけで語られる情報の限界だ。
ダンジョンを持たない者では辿り着ける限界があり、ダンジョンを持っていても継承者には語られぬ事実がある。
そしてダンジョンを攻略しても尚、真実には至らない。
だからメルセデスは、まずツヴェルフにかかっている情報規制を解く事を考えた。
つまりは……手持ちのダンジョンを増やす。それこそが自分のするべき事だと考えたのだ。
故にメルセデスは今、学園から離れた平原にベアトリクスと一緒に立っていた。
『では、これよりダンジョン譲渡の儀を行います。よろしいですね?』
「ああ」
ダンジョンは、その所有権を移動させる事が出来る。
それはベアトリクスから齎された情報であり、ツヴェルフも肯定していた。
曰く、攻略者が継承者を殺すか、あるいは継承者が自らの意思で攻略者に所有権を譲渡する事によってダンジョンの所有権は移動するという。
しかし決して無条件というわけではない。
ダンジョンを真に手に入れるには、攻略せねばならない。力を示さねば本当の意味でダンジョンは手に入らない。
つまり、守護者との戦いだけは絶対に避けられないのだ。
『譲渡の儀にダンジョンの力は使えません。つまり守護者を相手にヒストリエをぶつけるといった戦術は使用不可能です。また、ダンジョンの魔物を出す事も出来ません。
使える魔物は、マスター自身の力で捕獲した魔物のみです』
「つまりベンケイ、クロ、ピーコ、シュフの四体か」
『はい』
守護者との戦いにダンジョンの力は使えない。
何故なら守護者との戦いとは、その者が真にダンジョンを手に入れるか相応しいかを見極める試練だからだ。
故に自分の力以外を使う事は許されない。
例外となるのは、ダンジョンの所有権とは無関係に自力で捕獲した魔物くらいだ。
一応、ダンジョンで手に入れた財宝くらいは使用が認められているので完全にダンジョンの恩恵がないわけではない。
つまり今回メルセデスが使えるのは、ダンジョンの機能を制限されたブルートアイゼンと、ベンケイ、クロ、シュフ、ピーコの四体。
それから防具と、魔石などのアイテム類も勝敗を分ける重要な要素だろう。
それと一つ……隠し玉として五体目の魔物もいるにはいるが、これは切り札なので出番は出来れば無い方がいい。
『それではマスター、ダンジョン譲渡の儀に挑みますか?』
「ああ」
ダンジョン譲渡は出来れば早急に済ませておきたい事だった。
制覇の為にもダンジョンを手に入れたいというのもあるが、それ以上にベアトリクスの事を信用していないのだ。
だから何か企んでいたとしてもいいように、先にダンジョンという力を剥奪する事こそが今回の目的である。
「メルセデスよ。私も手伝おうか?」
「要らん。ダンジョンの中で大人しくしていろ」
「ふふ、警戒されたものだな」
後ろから撃たれては面倒なので、ダンジョンの所有権を手放した後にベアトリクスはブルートアイゼン内に閉じ込める予定だ。
これが、ダンジョンのシステムで絶対に裏切らない事が保証されている偽ベアトリクスの方ならば参戦させてもよかったのだが、オリジナルは駄目だ。
なので今回はあくまで、メルセデス自身と魔物達だけで挑む事に決めていた。
『では、守護者の間に転送します。
儀が終わるまで私は一切のサポートを行えません。
マスター……ご武運を』
その言葉を最後に、メルセデスの視界に広がる景色が一変した。
まるで密林の奥のような、木々と花に埋め尽くされた奇妙な空間に放り込まれたのだ。
恐らくはここがベアトリクスの所有していたダンジョンの最奥……試練の部屋だ。
今回は黒の扉か金の扉かの選択はない。
試練に挑むと決めているのだから、最初から黒一択だ。
「真実に挑む者よ。よくぞ来た」
メルセデスを出迎えたのは、全長20mほどの巨大な女性であった。
全体的なフォルムは人間の美女だが、所々に違いがある。
まず肌の色は緑色で、頭の上にはラフレシアのような巨大な花が帽子のように乗っている。
服と呼べるものはなく、裸体だが不思議と嫌らしさはない。
そして腰から下は完全に地面と同化しており、まるでそこに根を下ろす巨大な樹木のようだ。
しかしそれ以上に気になるのは……匂いだ。
酷く甘ったるい、嗅いでいるだけで意識が薄れそうな嫌な香りを発している。
「ここまで来た者に余計な言葉は最早不要。真実を求めるならば力を示すがよい。
ただし……出来るのならば」
声色こそ違うが、台詞そのものはヒストリエとよく似ている。
もしかして、守護者は全員この名乗りをしなければいけないのだろうか、とメルセデスは考えた。
「我が名はパラディース。人が夢想し、逃げ込む幻想。
真実に挑む者よ。お前もまた、私の幻想で包み込んでやろう」
「……一つ聞くが、その名乗りは必要なのか?」
「いや、別にやらなくてもよい。気分だ」
「そうか」
試しに聞いてみたら、案外あっさり答えてくれたせいで場が微妙な空気に包まれる。
後ろからベンケイ達の『空気読みましょうよ』みたいな視線を感じるのは気のせいではないだろう。
それを振り払うようにメルセデスは武器を構えた。
「行くぞ!」
メルセデスが地を蹴って跳躍し、それに合わせてベンケイ達も散開した。
前回のヒストリエ戦よりもメルセデス達の実力は上がっており、加えて今回はシュフとピーコもいる。
しかも今回はダンジョンアタックを飛ばして、いきなりのボス戦だ。
つまり前回の挑戦よりも圧倒的に有利な条件で戦いを開始出来たわけだ。
このアドバンテージを活かして一気に押し切る……その意気で放たれたメルセデスの斬撃を、パラディースは事もなげに腕で防いだ。
「……!」
「温いわ」
腕の一振りでメルセデスを弾き、更に腕が枝分かれしていくつもの触手と化して全員を襲った。
ピーコとクロは俊敏に避け、ベンケイはガードを固めて防ぐ。
シュフは大きく息を吸うと、口から火炎を吐き出して触手を焼き払った。
何だ、悪魔らしい攻撃もやろうと思えば出来るんじゃないか。
「ピィー!」
ピーコが翼を鋼へと変え、急降下からの体当たりを行う。
その一撃でパラディースの肩を大きく切り裂き、続いてベンケイがボウガンを放って牽制をした。
そこにメルセデスが飛び込んでハルバードを大きく振り上げる。
「重力10倍!」
重さを上乗せしての振り下ろし!
その一撃でパラディースの肩から胴にかけてまでを深く叩き斬った。
パワーはヒストリエに比べて高いが、反面耐久力はそれほどでもない。
そう思ったのも束の間、傷の断面から植物が生えて絡み合ったと思った次の瞬間には接合を果たしていた。
「な……」
驚愕に動きを思わず止めてしまったが、それが戦闘の中では致命的。
横から飛んできた触手に殴り飛ばされ、地面を二度、三度とバウンドしてからベンケイに受け止められる。
ヒストリエに比べて耐久力がないと思ったがとんでもない……むしろ逆だ。
生半可なダメージでは一瞬で再生してしまうほどに、こいつは耐久力に優れている。
これは、楽にはいかなそうだ……。
そう思い、メルセデスは改めて気を引き締めた。
ヒストリエ:精神攻撃がクッソえげつない分、戦闘力そのものは守護者の中では控えめ。
実は下から数えた方が早いくらいの弱さ。
ただし、精神攻撃も含めた総合性能では決して他守護者に劣っていない。てゆーかまともな精神の持ち主相手ならば一番やばいが、メルセデスにとっては相性の問題で守護者最弱だった。
パラディース:ヒストリエのような精神攻撃がない分、単純に強い上に再生もする。
対メルセデスならばヒストリエよりも遥かに強力。
発している香りには睡眠、混乱、幻覚、毒、沈黙など様々な状態異常を起こす効果がある。
ぶっちゃけると臭い息。
キス〇ィス先生にバンバン使わせていたのは私だけではないはず。
どうでもいいが、ガルバディア兵にふざけて『食べる』を試し撃ちしたら本当に食べてしまった時の衝撃は今も忘れられない。




