第七十八話 影武者
メルセデスはベアトリクスの求愛を流しながら、彼女をどうするべきか考えていた。
去年から続いてきたジークリンデ周囲の問題は、全てこの女が元凶だ。
つまりはメルセデスの敵であり、普通ならば排除以外の選択肢はない。
だから、もしもベアトリクスがこの国の王でさえなければメルセデスは迷わずにそれを実行しただろう。
だが相手は国のトップだ。これを害してはどう考えてもしこりが残り、メルセデス自身がこの国を敵に回す事になる。
ベアトリクスを消したところで帝国が消えるわけではない。統制は崩れ、弱体化はするだろうが残るのだ。
そして一国の憎悪が全てメルセデスへ向いたならば……流石に厄介極まる。ダンジョンがあっても、まず今後を平穏に過ごす事は出来ないだろう。
つまり、こいつはまだ殺せない。
だから当初メルセデスが考えていたのは第二の選択肢……即ち『生きたまま排除する』だ。
それを可能とする雷属性の禁呪がある事をメルセデスは、グリューネヴァルト邸で学んでいた。
かつて帝国の手の者もフェリックスに使おうとしていた洗脳魔法だ。
メルセデス自身はまだそれを使えないが、ハンナに言えば使い手を用意してもらう程度の事は出来るだろう。
ならばその術でベアトリクスを洗脳して手駒にしてしまえばいい。
拉致して影武者を立てるのも選択候補に入れていいだろう。
だがそれは全て、ベアトリクスがこちらに友好的ではない事を前提として組んだものであった。
「そ、そうだ。では愛人からでいいぞ?」
こちらに求愛してくるベアトリクスの言葉は演技とは思えない。
というかこれが演技ならば、余りにもプライドがなさすぎる。
しかし、国を守るためにプライドを捨ててこのような醜態を演じているとすれば、それはある意味立派だ。
とはいえ、やはり信を置くには不安定過ぎる。
「後生だ! 私をお前の嫁にしてくれ! 何なら旦那でもいいぞ!」
……とりあえず拘束してダンジョンに放り込むか。それから影武者を立てるなり、洗脳するなり、ハンナと話し合えばいい。
そうメルセデスは結論を出し、ブルートアイゼンを起動しようとする。
だが丁度そのタイミングで、何故かハンナが頭から落下してきた。
「メ、メルちゃん、無事!?」
「あ、ああ……ハンナの方は大丈夫じゃなさそうだが」
「うん、ちょっと頭が痛いかも。そんな事より、これどういう状況?」
落ちてきたハンナは頭をさすりながら、おかしな物を見るような目でベアトリクスを見た。
一国の主が小娘に求愛していたら、そんな目になるのも無理はない。
メルセデスがハンナが落ちてきた場所を見上げると、そちらにはフェリックスも発見出来た。どうやら無事に脱出出来たようだ。
……うん? フェリックス? あれフェリックスか?
何故か女装をしているが、そんな趣味があったのだろうか。
(まあ趣味は人それぞれだ。あえて突っ込む必要もあるまい)
一々気にするのが面倒に思えたメルセデスは、フェリックスの女装を無視する事に決めた。
そんな事より、今はベアトリクスをどうするかだ。
幸いな事にハンナの方から来てくれたので、二人を救助するという当初の目的はこれで達成出来ている。
後は帝国から怒りを買わない方法でベアトリクスを排除してしまえば一件落着だ。
「ハンナ、丁度いい所に来てくれた。こいつは一応この国の女帝で、何とか無力化は出来たものの処遇に困っている。洗脳の魔法は使えないか? それか、その魔法を封じた魔石とか」
「何サラッと物騒な事言ってるの!? それ禁呪だからね! 使ったら犯罪で捕まっちゃうからね!」
「それなら、こいつの影武者は用意出来るか? こいつをこのまま放置するわけにはいかんだろう」
「ん~……出来る出来ないで言えば、そりゃあ出来るけどさあ」
ベアトリクスはこれまで、散々こちらに手を出してくれた敵の総大将だ。
それも、ただ手を出してきただけではない。これまでの手段から考えて戦争になる事まで織り込み済みで動いている、極めて危険な人物である。
故にここでベアトリクスを無力化出来たのは千載一遇の好機なのだ。
ハンナもそれは分かっている。
問題は……この女をオルクス国内に入れて、それで無事に済むかという事だ。
内部から暴れられてはたまったものではない。
だからまず、確認する事にした。
「メルちゃんは……彼女を閉じ込めておけるの?」
「ああ、可能だ」
ハンナの確認は、『ダンジョンに閉じ込める事は可能なのか?』という問いだ。
メルセデスがダンジョン攻略者である事はもう確信している。
だから、あえて『どうやって勝った』などとは問わなかった。
メルセデスもまた、過去に魔物を出した瞬間を目撃されているのでハンナにバレている事は分かっている。
なので簡潔に可能とだけ答えた。話についていけてないのはフェリックスだけだ。
「では、一度兄さんを連れて上に行ってくれ。私はこいつを拘束する」
「分かった……一応、気を付けてね」
フェリックスには見せたくないので、先にこの場を離れるように言い、ハンナもその意を汲んで上の階へと跳んだ。
そのまま足音が遠ざかっていくのを聞き、メルセデスはベアトリクスをダンジョンに閉じ込めるべくダンジョンの一室を解凍した。
まず最初にダンジョンの一部を解凍し、そのままダンジョンごと圧縮。そうする事で閉じ込める事が可能となる。
だがそこに、ベアトリクスが待ったをかけた。
「まあ待て……私を連れて行き、後で影武者を送るとしてだ……そこに生じる『間』をどうするつもりだ?
今すぐに影武者を用意出来ぬ以上、私が行方不明になる『間』が生じてしまう。
そうなれば確実に、我が兵達は影武者を疑うだろう」
「……だから、お前をここに残せと? 論外だな」
「違う違う。まあ聞け。
わざわざ用意などせずとも、お前ならば今すぐに精度の高い影武者を用意出来ると言っているのだ。
その方法を教えてやろう」
何を考えている?
そう怪しんでベアトリクスを睨むも、彼女はただ怪しく微笑むだけだった。
◆
「ふう……ようやく全滅したか。忌々しい豚共め」
額を伝う汗を拭い、ローゼは一息をつく。
城の中に入り込んできたオークの群れは無事に掃討し終え、平穏が戻ってきていた。
オークらしからぬゲリラ戦法や連携を使ってきたので思いの他苦戦させられたが、やはり正規の騎士や兵士が後れを取るような事はない。
町に湧いたというオークも既に討伐されている頃だろう。
そこに、彼女達の王であるベアトリクスが姿を見せた。
「どうやら豚は始末したようだな、ローゼ兵士長」
「陛下! 何故このような所に……」
「何、地下の方にネズミが入り込んでいたのでな。運動代わりに始末しておいたのだ」
その言葉にローゼは青褪めた。
敵の侵入に気付かず、あまつさえ王の手を煩わせたのだ。
ローゼの表情から彼女の心境を察したのだろう。ベアトリクスは落ち着かせるような声色で話す。
「よい。気にするな」
「し、しかし……」
「それより、臭くてかなわん。豚共を早く城から叩き出せ」
「はっ! すぐに!」
それは、声や仕草、外見、全てが完璧なベアトリクスであった。
彼女を見て偽物だと疑うものはまずいないだろう。何故なら彼女は実際、本物のベアトリクスと言って過言ではないからだ。
見た目だけの話ではない。性格や記憶、人格や思考に至るまで全てがベアトリクスと一致している。
指紋や声紋、網膜などで確認する技術があったとしても、やはり本物だという結論にしか至るまい。
だが、彼女は……少なくとも、昨日までローゼ達に陛下と呼ばれていた人物ではなかった。
本物のベアトリクスはその頃、ピーコの背に乗って飛ぶメルセデスのブルートアイゼンの中に収納されていた。
隣にはハンナがおり、ピーコの足にはフェリックスが獲物のように掴まれている。
結論を言えば、城にいるベアトリクスは影武者である。
だがただの影武者ではない。あちらもまた、正真正銘のベアトリクス本人なのだ。
遠ざかる城を見ながら、メルセデスはベアトリクスが提案した手段を思い出していた。
『私を登録し、複製すればいい。そうすれば何一つ私と変わらぬ……それでいて絶対にお前を裏切らない影武者が完成する』
メルセデスが取った行動。それはダンジョンの複製機能を用いてベアトリクスを増やすというものだ。
ダンジョンから生み出された偽ベアトリクスはクローンであるが故に、細胞一つに至るまで本物と何も違わない。何故ならあれもまた、紛れもなくベアトリクスだからだ。
しかしオリジナルと違い、ダンジョンから生まれた偽ベアトリクスはダンジョンの持ち主であるメルセデスを裏切らず、絶対服従する。
こうする事で表面上は今までと何ら変わらず、しかし裏では実質的にメルセデスが帝国を支配するという構図が完成してしまっていた。
つまり気にくわないが、ベアトリクスが望むようにメルセデスは帝国を支配させられたというわけである。
(ファルシュすら複製可能、か……。
こうなってしまうと、もう私達と魔物の境目が分からなくなるな。
もしかすると……私達もそうなのか?)
この世界では曲がりなりにも人類と定義されているはずの吸血鬼すら複製出来た。出来てしまった。
この事実にメルセデスは嫌なものを感じずにはいられない。
その裏にある一つの疑惑を疑わずにはいられない。
――ファルシュは本当に人類なのか?
(私達は……もしかしたらこの世界に生きる全てが……元はダンジョンから生まれた魔物なのかもしれないな……)
・吸血鬼 1200P
メルセデス「…………キョセイズミオークを400体量産した方がマシだな!」
ベアトリクス「私はオーク以下か!?」
ちなみに、ベアトリクスの実力のせいか、それとも吸血鬼自体が高コストなのかは不明だが、クッソ高かった。




