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第七十七話 その権利は要らない

 ハンナとフェリックスが地下に到着した時、そこには惨状が広がっていた。

 壁の至る箇所に深い傷があり、天井は罅割れ、床は砕けている。

 囚人達の何人かは巻き込まれたのか死体と化しており、生き残った者達は怯え切っていた。

 ここで何らかの戦いがあったのは明らかだ。


(この部屋の下は、確か闘技場になっていたはず。

広い戦場に移動したという事は……不味い!)


 捕まっている間に調べていたこともあって、ハンナはこの城の構造をほぼ把握している。

 そして彼女は既に、この場で何があったかを正確に見抜いていた。

 あのオークの襲撃はメルセデスの手引きだ。それは間違いない。

 そしてベアトリクスもそれに気付いてしまったのだろう。

 何故ならこの帝都は周囲を城壁で囲まれており、加えて近くにはオークが発生するようなダンジョンなどない。

 どこかのダンジョンから溢れたオークが付近に住み着く可能性はゼロではないが、それでもこれだけの数が住み着く事など考えにくいし、ましてや城壁を気付かれずに突破するなど不可能だ。

 ならば答えは一つ。オークの群れは突然城の前に出現したと考えるしかなく、そこまで分かればダンジョンの所有者がいると簡単に導き出せてしまう。

 そして所有者がわざわざそうして襲撃する理由はベアトリクスの暗殺か、あるいは捕まっている王女の奪還かのどちらかだ。

 ベアトリクスは今回の襲撃理由を王女奪還と考え、そして犯人はまず地下牢を探すと見抜いた。

 そして地下でベアトリクスはメルセデスを発見して交戦……と、ここまではいい。


(この狭い戦場ならメルちゃんのハルバードよりも鉄扇の方が有利……それでも戦場を移動したのは……ダンジョンを十全に使う為)


 不味い、と思った。

 ダンジョン所有者同士の戦いは個人戦ではなく団体戦であり、決闘ではなく戦争である。

 メルセデスはダンジョンを所有している。それは間違いない。

 あえて他に報告するような事はしていないが、ハンナは既に彼女がダンジョンを手にしている事を疑ってはいなかった。

 しかも……継承者ではない。自力で攻略した『攻略者』だ。

 一体どうやったのだろう、とは思う。

 ハンナですらダンジョンの全容は把握出来ておらず、謎で満ちている。

 実はハンナ自身、ダンジョンの最奥まで到達したことはあった。

 自ら選んだ精鋭とチームを組んで挑み、数人を犠牲にしてしまい、食料も底をつきかけながらも彼女は最下層までの走破を成功させていた。

 だが、そこにあったのは金の扉だけ(・・・・・)であった。

 そこから多数の財宝を持ち帰り、王家に貢献して益々立場を上げたものの、ハンナはダンジョンを攻略するには至らなかったのだ。

 その後、以前の反省と経験を活かして何度か別のダンジョンの最下層へ潜ったものの、そこにあるのは財宝のみだ。

 何をどうすれば攻略出来るのか……その糸口すら掴めないままに精鋭は減り続け、やがてハンナはダンジョンの攻略を断念した。


 しかし継承者と攻略者の差は知っている。

 文献によると攻略者は新たに魔物や道具をダンジョンに登録して量産出来るらしい。

 それを踏まえても、不利なのはメルセデスだ。

 何故なら彼女は戦争を知らない。

 天才である事は間違いない。鬼才と言ってもいい。

 間違いなく強いし、一対一で戦えばハンナやベアトリクスにだって勝てるだろう。

 だが多数の兵を指揮した経験などないだろう。

 なまじ才能に溢れていて、自らが強いせいでこれまでは大抵の事をゴリ押しで解決出来てしまっただろう。

 だが個人の力には限度があるのだ。

 吸血鬼は強いが、それでも辿り着ける限界はある。どんなに鍛えても雷より速くは動けないし、パンチ一発で山を砕けたりはしない。

 圧倒的な数の前では無力であり、そしてベアトリクスはその数を活かす術を持っている。


「メルちゃん!」


 だからこのままではメルセデスが危ない。そうハンナは思った。

 ただ敗れるだけならばともかく、あのちょっとやばい女帝がそれで済ますはずもないだろう。

 メルセデスは幼いが、それでも彼女の好みに一致する美少女……いや、美幼女?

 11歳なのでギリギリ少女でいいだろう。ともかく、毒牙にかかってしまう可能性が高いのだ。

 なのでハンナは慌てて穴に飛び込み、短刀を抜いた。

 狙うは一撃必殺。ダンジョンを使う相手と戦って勝てるとは思っていない。

 ならば戦わずに仕留めるのみ。

 一国の女帝を殺してしまえば間違いなく波紋が広がり、後々が厄介になるだろう。

 だが姪の貞操の危機を見逃すわけにはいかない。

 故に、向こうが反応仕切れないうちに――殺る!

 自らの手を女帝の血で染める事を決意したハンナは落ちながら敵を探し――。


「後生だ! 私をお前の嫁にしてくれ! 何なら旦那でもいいぞ!」


 ――メルセデスに告白している女帝を見て、頭から地面に突っ込んだ。

 


 メルセデスは困惑していた。

 攻略者としての上位権限を使うという反則を使用してベアトリクスのダンジョンを無力化するという形で不本意な勝利(はいぼく)を手にし、難を逃れる事が出来た。

 本当は自力で勝利したかったが、流石にそんな贅沢を言える相手でもなく今回の一戦は少しばかり苦い経験になってしまった。

 だがまあ、今までが順調すぎたのだ。失敗は成功の母……これもまた糧として次から活かせばいい。

 しかし彼女を困らせたのは、無力化されたはずのベアトリクスの反応であった。


 何故そうなったのか――話は、メルセデスがベアトリクスを無力化した瞬間に遡る。


「馬鹿な……お、お前は……ダンジョンを攻略したのか……」

「そういう事だ」


 攻略者と継承者の間には埋められない差が存在する。

 それは機能の制限であり、管理者の存在であり、そして権限の優劣だ。

 攻略者の権限は継承者よりも上位に位置し、相手側を取り込めるように出来ている。

 それはまるで、役目を終えた継承者からダンジョンを奪い取れと言わんばかりに。

 継承者とは所詮、仮の使い手なのだ。

 本来の使い手がいなくなってしまったから、その子孫にも機能制限して使わせてやっているだけの、いわばオマケ機能。

 使うに相応しい攻略者に出会うまでの一時的な仮宿に過ぎず、出会えばすぐに鞍替えする。そういうように出来ているのだ。

 メルセデスはハルバードの刃をベアトリクスの首に当て、抵抗を封じる。

 もしも余計な動きを見せればこのまま首を落とすと、その目が語っていた。


「終わりだ」

「……確かに、そのようだな」


 ベアトリクスに逆転の目はない。

 いくらダンジョンから魔物を出しても奪われてしまう以上、これは既に所有者と非所有者の戦いも同然で、多勢に無勢の状況にしかならないからだ。

 それでも勝ち目があるとすれば魔物の波をかきわけてメルセデスを仕留めてしまう事だが、肝心の個人の戦力ですらメルセデスが勝るのだ。

 ならばもうどうしようもない。完全に詰みだ。

 ベアトリクスもそれを悟り、静かに微笑んだ。


「ふむ。まだ幼いが強く、荒々しく、そして美しい……ならば良し。

敗北を受け入れようではないか。私はお前のような者を待っていた」

「……何だと?」

「娘よ。王になってみる気はないか?」


 首に刃をつきつけられ、生殺与奪権を握られながらもベアトリクスは余裕を失わなかった。

 むしろこの状況こそ待ち望んだものだと言わんばかりに笑ってすらいる。


「世界は荒れている。終わらぬ戦乱、進歩せぬ文明、変わらぬ吸血鬼……このままでは我が種族は疲弊する一方よ。いずれは鳥か獣か、それとも長耳か……他のファルシュによって討ち滅ぼされてしまうだろう。

偶然か必然かは知らぬが、奴等は近年、統一の動きを見せている。吸血鬼もいい加減一つにならねばならぬ時が来ているのだ」


 吸血鬼は他のファルシュと決して友好的な関係ではない。

 むしろ敵対し、睨み合っている間柄だ。

 以前の戦争では吸血鬼が勝利した事はメルセデスも学園で学んで知っている。

 だが、次もそうなるとは限らない。


「優れた王が必要なのだ。圧倒的な力で、バラバラになっている吸血鬼の国を統一する皇帝こそが時代に必要とされている」

「……それが、オルクスにちょっかいをかけていた理由か」

「そうだ。二つの王剣を一つの場所に集め、新時代の王を作るつもりであった」

「お前がそれになるつもりだった、と?」

「いや、私はどう足掻いても継承者だ。その上には行けん。

それに言っただろう、作るつもりだった、と。

私の養子に幼い頃からダンジョン攻略の為の教育と訓練を施し、そして攻略させた後に私とジークリンデの継承権を譲渡し、皇帝とする気であった」


 もっとも、とベアトリクスは残念そうに続ける。


「そう上手く事が運べば苦労はせんがな。

アレは未だに私にすら勝てん未熟者よ。不出来な子も愛いが、目的を思えば愛いだけでは話にならん。

だが今日この日、私は望んでいた存在と出会う事が出来た」


 そう言いながらベアトリクスはメルセデスに流し目を送る。

 男ならばこれでイチコロかもしれないが、メルセデスには意味がない。


「娘よ。お前は強く、そしてその年齢にしては冷静な判断力もあるようだ。

お前こそが私の求めていた存在……王となるべき者だ。

故に問おう。その力で王剣を一つに纏め、吸血鬼の皇帝となる気はないか?」


 ベアトリクスの言葉にメルセデスは考える。

 いきなり重い話になってしまったが、話を聞く限り吸血鬼の統一は冗談ではなく急務らしい。

 ならば皇帝はともかくとしてダンジョンの統一は必要だろう。

 それにそれはメルセデスの目的とも一致している。

 受けるかどうかはともかく、ここでベアトリクスと手を組むのは決してこちらにとっても不利益ではない。


「そして、皇帝となり成長した暁には私を妻にする権利をやろう!」

「全力で断る!」


 よし、この話は蹴ろう。

 メルセデスはそう決意した。

ベアトリクス「あっ、そっちの二人も愛人として……」

メルセデス「駄目だこいつ……早く何とかしないと……」

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― 新着の感想 ―
[一言] ベアトリクス「あっ、そっちの二人も愛人として……」 自分と伯母さんは駄目だけど、もう一人なら良いよ。 しっかり子作りしてね。(^ω^)ニッコリ
[一言] やはりハンナはネタ枠
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