第七十六話 所有者との戦い③ 攻略者と継承者の差
メルセデスが魔物を出してから形勢は徐々にメルセデス有利へと傾いていた。
今まで彼女の動きを阻害していた魔物が足止めされ、メルセデスとベアトリクスの一対一の状況が出来上がってしまったからだ。
ベアトリクスも十分すぎるほどの実力者なのだが、流石に相手が悪い。
この世界には存在しない概念である『重力』で己を鍛えてきたメルセデスの膂力は常識で測る事が出来ない。
長年の宇宙暮らしで筋力が退化してしまった宇宙飛行士を地球の格闘家と素手で喧嘩させればどうなるか……これは、要するにそういう戦いなのだ。
更にここに来て両者の得物の差が響いた。
この広い闘技場に戦場を移したのは魔物を呼び出すためであり、しかしメルセデスが魔物を出した今、戦況は再び大将同士の一騎打ちとなっている。
ならばリーチの差でメルセデスが勝るのは至極当然であり、そもそも鉄扇は武器には違いないが所詮は護身用の武器。
剣や槍などのような戦場で用いる物ではなく、武器を携帯出来ない場においての代用品に過ぎない。
いかに技量で勝ろうと、身体能力と武器の差はそれを容易に覆してしまう。
むしろここまで食らいついているベアトリクスは褒められていいだろう。
(不気味だな……)
ハルバードの一閃でベアトリクスを弾きながら、メルセデスは腑に落ちないものを感じていた。
メルセデスに魔物を出せと言ったのはベアトリクスだ。
しかし互いに魔物を出して同条件となれば本人の実力差でこうなるのは明らかであり、これはメルセデスが魔物を出した瞬間に決定した未来だ。
ならばベアトリクスの取るべき戦術はむしろ逆……メルセデスに何としても魔物を出させずに戦うべきだった。
しかしベアトリクスはメルセデスに魔物を出すように要求したのだ。
これは不気味に思えてならなかった。
単にこの状況を予測できない阿呆だったのか、それともまだ隠し札があるのか……。
(どちらでも構わん。このまま押し切る!)
ただの阿呆ならばそれでよし。策があるならば使う前に仕留めるのみ。
その意思の元、ブルートアイゼンの刃が唸りを上げてベアトリクスを襲った。
今までと違い、重力を上乗せした破断の一撃だ。
当たれば骨ごと断ち切り、確実に絶命させる。
避けたならばその隙を狙って追撃し、受けたならば防御ごと砕いて次へ繋げる。
その必殺の刃を前にベアトリクスは――哂った。
「出よ!」
ベアトリクスが取った手段は防御でも回避でも相殺でもなかった。
あえて言えば防御が一番近いだろうか。
彼女は自身の前に魔物を出し、メルセデスの刃を防いでみせたのだ。
それはまるで鉄で出来た華であり、罅割れながらもメルセデスの刃すら防いでしまっている。
その隙を狙いメルセデスの横に回り込んだベアトリクスが鉄扇を薙いだ。
これを咄嗟に避けるも、避け切れなかったメルセデスの右腕から血飛沫が舞う。
「恐るべき威力よ。この『アイゼンブルーメ』すら一撃でこれか!」
どうやらあの鉄の華は『アイゼンブルーメ』というらしい。
知らない名だが、こういう時はツヴェルフの出番だ。
『現地識別名“アイゼンブルーメ”。
脅威度はD。鉄単一属性の魔物で、基本的には何もせず無害です。
しかしその防御力は極めて高く、生半可な衝撃ではびくともしません』
盾にするくらいしか使い道のない魔物というわけか、とメルセデスは思った。
故に話は単純。盾にするしか使い道がないのだから、盾にした。それだけの簡単な話だ。
ベアトリクスは素早く『アイゼンブルーメ』を収納し、続いて鉄扇から茨を出したかと思いきや棘が発射されてメルセデスを襲った。
これを横に跳んで避け、ハルバードを振り下ろす。
だがまたしても出現したアイゼンブルーメがメルセデスの刃を防いでしまう。
しかも新品だ。先程とは別のアイゼンブルーメらしい。
「陣形変更! パターンD!」
ベアトリクスが号令を発し、魔物達の動きが変わった。
それぞれ戦う相手を変え、更に何体かはユニットを組んで事に当たっている。
あの組み合わせにも何らかの、魔物同士の弱点を補うか、あるいは長所を伸ばすかの意味があるのだろう。
ただ乱雑に魔物を出しているだけのメルセデスとは違う。
長い時間をかけて考えた魔物同士の相性や長所を伸ばす方法、組み合わせ、戦略。
そうしたものがベアトリクスにはある。
決して魔物の質で劣っているわけではない。むしろ勝ってすらいる。
本人の実力もメルセデスはベアトリクスを超えている。
だが劣勢に追い込まれているのはメルセデスの方だ。
ベアトリクスにあってメルセデスにないものがある。それは研鑽だ。
魔物を出しているだけのメルセデスと、魔物を操っているベアトリクスの差がこの戦況を生んでいるのだ。
「なっておらんな、まるで使い方がなっておらん。
魔物とはただ出せばよいというものではない。
どのように運用すべきか、どこに配置すべきか、どう組ませるか……それを考え、実行してこそ真の継承者よ。
そして魔物とは剣であり盾でもある。それを知らぬお前では私に勝てんよ」
ベアトリクスは話しながら優雅に舞う。
すると今度は鉄扇から花びらが放たれ、闘技場を埋め尽くした。
あれも何らかの魔物の一部なのだろう。
それが一斉に刃となって吹き荒れ、メルセデス達へ殺到した。
「キャイン!」
これを避け切れずに何体かの魔物が刻まれ、クロも傷を負った。
ピーコは羽ばたいて風圧で花びらを飛ばし、シュフはフライパンから出した炎で全て焼いた。
そしてベンケイは全身鎧なので流石に無事だが、これで大きく戦況が向こうに傾いた事になる。
「戻れ、クロ」
とりあえずこのままではクロが殺されてしまいそうなので戻し、新たにゴブリンの群れを召喚した。
しかし所詮数を揃えたに過ぎず、戦略も陣形もない。
これでは戦況は覆らないだろう。
故にダンジョンマスターとしての戦いは、メルセデスの負けだ。
ここから立て直す手段はない。
――だが勝てずとも、盤面をひっくり返す手段ならばある。
『マスター』
「……止むを得ないな。出来れば実力で勝ちたかったが」
『負けを認めるのも時には大事です。これを教訓とし、次に活かしましょう』
「そうだな」
メルセデスは何かを諦めたように溜息を吐いた。
何を諦めたのか……それは、自力での勝利だ。
このままでは勝てないと分かった。
だから、この場は負けを認めた上で盤面をひっくり返してしまう事にしたのだ。
「女帝ベアトリクス。お前の言う通り、私は研鑽が足りなかった。
真にダンジョンを使うという事の意味、学ばせて貰ったよ」
「ほう、潔いな。諦めたのか?」
「ああ、諦めた……自力での勝利をな。
先に言っておく。今から私が行う事は私にとっても不本意な反則であり、こんなものを勝利とは私自身が認めない。
故に、この戦いの勝者はお前で敗者は私だ。その前提の上で……」
メルセデスは若干落ち込んだような声で話しながらブルートアイゼンを床に突き立てた。
そして魔物達を収納し、静かに目を閉じる。
「お前には倒れてもらおう」
勝てないと、自らそう語ったばかりだ。
なのに倒れてもらうとはどういう意味か。
ベアトリクスがそれを考えるよりも早く、メルセデスが答えを示した。
「ツヴェルフ」
『はい、上位権限を起動……ここにいる魔物を、シュタルクダンジョンへ登録します』
「解凍……そして圧縮!」
メルセデスの宣言と同時に起こった変化は劇的だった。
ベアトリクスが出していた魔物が全て、メルセデスの持つハルバードへ収納されてしまったのだ。
何をしたかは分かる。解凍でここにダンジョンを出し、そのダンジョンごと圧縮でベアトリクスの魔物を奪い取った。
ただそれだけだ。
「馬鹿な……不可能だ! ダンジョンマスター同士で魔物を強奪する事など出来ない!」
ベアトリクスが目に見えて動揺した。
ダンジョンは、外から来た物を取り込んでポイントに換える機能がある。
ダンジョン内で死んだ吸血鬼や魔物をポイントに換えてマナへ分解出来る。
その機能を使えば魔物を取り込んでダンジョン内で始末し、ポイントにしてしまうという戦術も可能だろう。
しかしそれはこの場においては出来ないはずだ。少なくともベアトリクスはそう認識していた。
何故なら彼女の知るダンジョンの知識では、『マスターのいる魔物は取り込めない』はずだからだ。
セーフティ機能の一つだ。
ダンジョンマスター同士で魔物を奪えるならばその戦いは、互いに魔物を奪い合うだけの千日手となる。
故に他にマスターが存在する魔物は取り込めないようになっている……はずだった。
しかしそれは継承者同士での話。
片方が継承者ではなく攻略者だったならば話が変わる。
何故なら攻略者は新規登録が出来るのだ。つまり、相手の魔物のマスターになってしまえるのである。
そして今、メルセデスは場に出ていたベアトリクスの魔物を全て登録した。この時に何が起こるのか。
例えば木人形をベアトリクスが新たに出したとしよう。これのマスターは当然ベアトリクスだが、登録したメルセデスにもマスター権限が存在している。
何故ならダンジョンで生み出される魔物とはクローンであり、個体差がないからだ。
その魔物を両方が同時に『圧縮』でダンジョンに戻そうとすればどうなるか。
答えは簡単。より権限の強い『攻略者』のダンジョンに戻ってしまう。
つまりこれは詰み将棋。戦う前から勝敗が決定していた、予定調和の一戦。
――『継承者』では、『攻略者』には勝てないのだ。
~シュタルクダンジョン内~
花「コンゴトモヨロシク」
花「コンゴトモヨロシク」
木「コンゴトモヨロシク」
花「コンゴトモヨロシク」
花「コンゴトモヨロシク」
ベンケイ「……狭い……」




