第七十四話 所有者との戦い①
メルセデスのハルバードと、ベアトリクスの扇が幾度となく衝突しては火花を散らす。
扇というものは本来、仰いで風を起こすための日用品であって断じて武器ではない。
ハルバードと扇を正面からぶつけた結果など考えるまでもなく、議論にも値しないだろう。
しかしベアトリクスの持つ扇はどういうわけかハルバードとぶつけても砕けず、互角の殺陣を演じていた。
「そら!」
今まで畳んでいた扇を開き、ベアトリクスが舞うように扇を薙ぐ。
すると地下の壁や床がまるでバターのように裂かれ、驚くべき切断力を見せつけた。
それもただ切れ味がいいだけではない。不可視の刃……恐らくは風の魔法と思われる何かが放たれており、見た目以上に斬撃が伸びてくる。
離れた位置にいた囚人が巻き添えで真っ二つにされるのを見て、メルセデスは僅かに顔をしかめた。
決して同情したわけではない。ただ、吸血鬼の身体を容易く両断してみせた殺傷力を警戒しただけだ。
「あまり動かんでくれると嬉しいのだがな。
治療はしてやるが、出来れば肌に傷を付けたくはない。
まあそうなったら、そうなったで、お前のその白い肌に丹念に私自ら薬を塗りこんで鳴かせてやるがな」
「……随分と歪んだ性癖の持ち主のようだな」
メルセデスは一言吐き捨て、距離を詰めてハルバードを薙いだ。
この地下という戦場はメルセデスにとって不利だ。
ハルバードは本来、足りないリーチを埋めてくれる優秀な武器なのだが、こういう密閉空間では長所が殺されてしまう。
今も刃が壁に当たっており、強引に振り切る事で壁を砕きながら攻撃しているが、やはりこれではどうしてもワンテンポ遅れてしまうのだ。
ベアトリクスはその一撃を軽々と避け、後ろへ下がった。
「歪んでなどいないさ。歪んでいるというのは正しい形から捻じれている事だろう?
この国では私が法だ。ならば私の意に添わぬ者こそが歪んでいると言えよう。
私はただ、正常な世界の在り方を提唱しているに過ぎん」
「正常な世界だと?」
「然り。私は思うのだよ、この世は女だけでいいとな」
こいつは何を言っているのだ。
そう呆れ半分に聞きながら、メルセデスは地を蹴って加速した。
そして斬撃――と見せかけて拳打。
この狭い空間ならば徒手空拳の方がマシだ。
これも空振りに終わるが、しかし壁を軽々と殴り壊した膂力にベアトリクスの顔色が一瞬変わった。
「なるほど、価値観を共有出来ん相手だという事は分かった」
別に同性愛者をどうこう言う気はない。主義も趣味も趣向も人それぞれだ。
他人に迷惑さえかけないのであれば、どういう生き方をしようと個人の自由だろう。
だがそれを押し付けてくる輩は迷惑極まるし、その性欲の対象が自分ともなれば更に迷惑だ。
己に振るわれる扇を腕で受け止め、あえて骨まで食い込ませる。
無論このまま切断させる気はない。扇が十分に食い込んだのを見てから腕に力を込め、筋肉の圧迫で無理矢理に刃を止めた。
意図に気付いたベアトリクスが咄嗟に抜こうとするも、人外の筋力で挟み込まれた扇は簡単には抜けない。
そのまま懐に飛び込み、腹に拳打を一撃。何かがへし折れる音が響いてベアトリクスの身体を吹き飛ばした。
驚くべきは、このダメージを負っても尚扇からは手を放していない事か。
吹き飛ぶ勢いを利用してメルセデスの腕から扇を抜き、そのまま壁に衝突した。
(……手応えはあったが、骨を砕いた感触ではなかった。
何か腹に仕込んでいたようだな)
腕を再生しながらメルセデスは、油断なくベアトリクスを見る。
まだ終わりではない。ダメージは与えただろうが防具で防がれてしまった。
その予想通りにベアトリクスが立ち、しかし脂汗が滲んでいた。
「く、ふふ……なんという荒々しさよ。特注の防具が一撃でこれか」
これ、と言われてもドレスの内側にあるのでは、どうなっているのか分からない。
しかし砕いた手応えはあったので、今ので腹の部分は壊れたと見ていいだろう。
武器の差でやや不利だが、フィジカルはこちらの方が上だ。
このまま押し切るのも決して不可能ではない。
そう考えるメルセデスの前で、ベアトリクスは不敵に笑った。
そして何を考えたのか、その場で扇を薙ぎながら回転……床を円形にくり抜いた。
すると二人は床ごと落下し、まだ下に空洞があった事をメルセデスはここで初めて知った。
「ここは……」
数秒の落下の後に降り立った場所は、先程とはうって変わってかなりの面積がある空間だった。
砂を敷き詰めたその場所は半径にして50mほどの円形になっており、その周囲を囲う様に壁で塞がれている。
その上には観客席があり……どう見てもそこは、闘技場にしか見えなかった。
「驚いたろう? ここは見ての通りの闘技場だ。
普段は男奴隷や囚人を魔物と競わせる為の娯楽の場なのだが、今日だけは貸し切りだ。
雅さに欠けるのは許せよ。本来はお前のような者を入れるべき場所ではないのだ」
巻き込まれて落下してきた囚人達が地面に落ちて潰れるのを背景に、ベアトリクスが聞かれてもいないのに解説をする。
随分と悪趣味な娯楽もあったものだが、まあ中世準拠の文明ならばこんなものかもしれない。
文明の進んだ現代でこそ道徳などの問題から殺しはご法度とされ、忌み嫌われるが昔はそうではなかった。
コロシアムでの殺し合いや公開処刑が娯楽として楽しまれていた時代は地球にもあったのだ。
ましてやここは吸血鬼の国で、歪な女尊男卑の文化が根付いている。
ならば賛同は出来ないが、理解は出来る。ここはそういう場所なのだ。
それに、この場所はメルセデスにとって好都合であった。
ここならば思う存分にハルバードの利を活かす事が出来る。
程よく開けていて、しかし敵の逃げ場を塞げる程度の壁もある。
狭い場所では小回りの利く短刀が有利で、少し狭い場所では剣が役に立つ。
開けすぎた場所では弓や銃が猛威を振るう。
だがこの場所ならば中距離を制する槍やハルバードの独擅場だ。
ベアトリクスの扇の射程外から一方的に攻める事が可能となる。
気になるのは、何故そんな戦場を選んだかだが……。
「戦場を間違えていないか? ここでは私の武器の方がどう考えても有利だぞ」
射程の差というのは馬鹿に出来ない。
むしろ戦いにおける最重要要素の一つと言っていいだろう。
剣で槍に勝利するのは困難で、その槍も銃が発達するにつれて実戦で使う武器から鑑賞用の芸術品へと落とされた。
射程外からの攻撃というのは単純だが強い。
どれだけ切れ味のいい名剣を手にしていたとしても、大熊と対等の距離で戦えば死の危険が付きまとうだろう。
だが大熊が絶対に近寄れない安全な距離と場所……例えば崖の上などに陣取る事が出来れば、投石を繰り返すだけで自らは一切のリスクを被ることなく大熊に痛手を与えることが出来るだろう。
メルセデスの持つハルバードは大人よりも大きく、その射程は2mに及ぶ。
対しベアトリクスの持つ扇はたかだか20cm程度。両者の持つ得物の差は一目瞭然だ。
しかしベアトリクスは不遜な笑みを崩さず、自身の持つ扇を見せつけるように広げた。
「この扇……言うまでもなく鉄扇だが、綺麗なものだろう?
お前のその重量級の武器とぶつけても、傷一つ入っておらん……何故だと思うね?」
「さあな。余程頑丈な素材で出来ているのではないか?」
「くはははっ! なるほど、確かにそれは正しい。お前の言う通りこれは頑丈な鉄で出来ている。
そう……決して壊れる事のない神の鉄だ。この意味が分かるかな?」
誇るようなベアトリクスの言葉にメルセデスは目を細めた。
決して砕けぬ神の鉄……その存在をメルセデスは知っていた。
そして、それを使って造られた武器の存在もまた心当たりがある。
しかし驚きはなかった。何故ならば相手は一国の主。
ならば持っているかもしれないとは最初から考えていた。
そう……即ち、あの鉄扇はダンジョンかもしれない、と。
「分からぬならば教えてやろう。咲き誇れ、我が園よ! 『解凍』!」
ベアトリクスが鉄扇を広げ、ダンジョン解放の合言葉を口にした。
すると闘技場が瞬く間に花畑へと変化し、周囲から色鮮やかな花が咲き乱れた。
恐らくはダンジョンの一区画を解放したのだろう。
周囲の花も、ただの植物ではあるまい。全てが魔物と考えた方がよさそうだ。
「誇るがよい、娘よ。お前は私の園を披露するに相応しい強敵だ。
王の血筋のみが継承出来る、一軍にも匹敵する力……とくと味わうがよい」
ベアトリクスの声に呼応するように花々が動き始めた。
まるで夢の中にでも迷い込んだような美景だが、それだけでは終わらないのだろう。
それを前にメルセデスは考える。
思えばダンジョン所有者と戦うのは初の事。
今後の為にも、ここで経験を積ませてもらおう。
ただそう考え、気負いもなく武器を構えた。
ベアトリクス「咲き誇れ、我が園よ! 『解凍』!」
扇「“咲き誇れ、我が園”は利用できない場所を参照しています。」
ベアトリクス「!?」




