第七十三話 女帝と規格外
城内は戦場と化していた。
オークはゴブリンと並んで頻繁に駆除される魔物に名を連ねているが、その戦力は決して低くない。
2mを超える体躯に厚い皮下脂肪。軽い個体でも体重150㎏は下らない重量に、岩をも持ち上げるパワー。そして巨体を支える骨。
身体能力の高い吸血鬼ならばそこらの力自慢でも勝ててしまう魔物だが、それでも数が揃えば面倒な相手だ。
いかに城内の騎士達が精鋭であろうと、この突然の襲撃に対して最善の行動は取れずどうしても後手に回ってしまう。
既に何匹かのオークは城内に侵入し、我が物顔で歩き回っていた。
しかしそんな混乱の最中だからこそ、騎士達はハンナとフェリックスに気付かない。
「フェリックス君、こっち! 地下室はこの先にあるよ!」
「な、何で知ってるんですか?」
「何度か調べた!」
どうやらハンナはちょくちょく軟禁から抜け出しては城内を調査していたらしい。
隠密部隊長の肩書は伊達ではない。
彼女一人ならばいつでも脱出出来る準備は済んでいたのだ。
それでも今日まで残っていたのはフェリックスがいたからだろう。
あるいは女帝の身辺でも探っていたのかもしれない。
「お、おのれ! 汚らわしいケダモノ風情が! 離せ!」
地下室へと続く道を走る中、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
それは、この城に来た当初に顔を合わせたローゼという兵士長だ。
少しややこしいが、彼女は騎士ではない。
城に仕えている騎士達は土地を与えられ、契約により城の守りに就いているいわばエリートで、兵士は土地を持たない者達である。
分かりやすく言えば騎士はキャリア組で兵士は巡査だ。その中でのローゼの立ち位置はさしずめ巡査部長といったところか。
尚、男兵士の扱いは兵士よりも更に下だ。警備員のようなものと思っていい。
しかしローゼはその美貌と剣の腕と、美貌と高潔さと、そして主に美貌によって一目置かれていた。
つまりは見た目優先である。もう駄目だこの国。
ともかく、そんな駄目国家の兵士長であるローゼは今、オークの群れに囲まれて拘束されてしまっていた。
「何をする気だ! さては私を滅茶苦茶にする気だな、この性欲に支配された薄汚い豚共め!
いいだろう……だが忘れるな! たとえ身体は穢されても心までは屈しない!
私は絶対にオークなんかに負けたりしない!」
これもう、分かっててわざと言っているんじゃないだろうか。
そう思うほどに見事な定番台詞を吐くローゼを見ながらオーク達は困ったように顔を見合わせていた。
どうするよ、これ。どうするったって、俺等去勢されてるしなあ。
そんな言葉が聞こえるような困り顔であった。
「さあどうした? 来ないのか!?
私が怖いのか、この臆病者どもめ!
やるならばさっさとやるがいい! やれえー!」
よし放置しよう。そうハンナは思った。
しかしハンナはそう思っても、もう一人は違ったようだ。
フェリックスは足を止めてオーク達を睨む。
「大変だ、女の人が襲われている……! ハンナさん、少し待っていて下さい」
「え? あれ助けるの?」
「当然でしょう! このまま放っておいたらどうなるか……」
「いやあ放っておいていいんじゃないかなあ。本人も楽しそうだし」
「何を言っているのですか!」
フェリックスは紳士たれと自分を律している。
そんな彼にとって、襲われている女性を放置するという選択肢はない。
そう、たとえその女性が気のせいか嬉しそうで頬を赤らめて息を荒くしていても、それでも助けるべき対象なのだ。
「覚悟!」
フェリックスは床に落ちていた剣を拾い、素早くオークへと切り込んだ。
それを見たオークは「ウホッ、いい女騎士」と思いながら死んだ。
続けて放たれた二撃目は別のオークの首を切り落とし、彼は「去勢されてなきゃ放っておかない、いい女だ」と思いながら死んだ。
最後に心臓を貫かれたオークは「やっぱ襲われて喜ぶビッチより、高潔な女騎士だよね」と思いながら満足して死んだ。
殺されたはずのオーク達の死に顔は、何故か皆晴れやかであった。
そしてオークを切り伏せたフェリックスはローゼを姫抱きにして跳躍し、オークの群れから脱する。
その動きは見事なものであり、今すぐにでも騎士として通用するレベルだ。
フェリックスは決して弱くない。ただ比較対象がちょっとおかしいだけなのである。
「大丈夫ですか?」
「……あ、ああ……大丈夫だ」
救い出されたローゼは顔を赤らめており、フェリックスをじっと見ている。
堕ちたな。そうハンナは確信した。
間違いない、あれは恋する女の顔だ。
もっとも、同性限定の恋である辺り実に業が深い。
「フェリックス君、そんなの助けてどうするの?」
「し、しかし……」
「しかしも案山子もないよ。捨ててきなさい」
そんな犬猫じゃないんだから……。
そう思いながらフェリックスはローゼを降ろした。
「お待ちください、ジークリンデ王女! 今、城内は危険です! 早くどこか安全な部屋に……」
「悪いけど、そうはいかないの」
そう言い、ハンナはカツラを捨てた。
こうなってはもうジークリンデに変装している意味などない。
むしろジークリンデだと思わせたままでは、死に物狂いで追いかけてきてしまうだろう。
だから変装はここまで。
偽物だったと理解させれば、向こうにとっての自分の価値はなくなる。
「な……あ、貴女は……」
「こういう事よ。貴方達は最初からジークリンデ王女なんて捕まえていなかったの」
「くっ……だが、それでも黙って行かせるわけには」
ローゼが剣を抜こうとするが、遅い。
ハンナは素早く背後に回り込み、首に手刀を当てて気絶させようとした。
しかし上手く気絶させる事が出来ずに、仕方ないのでローゼの兜を奪ってからその兜で頭を強打して無理矢理失神させた。
それから慣れた手つきでローゼの鎧などを脱がせて身に着ける。
「ん、ちょっと大きいかな。まあそのままほっつき歩くよりはマシでしょ。
さ、行くよフェリックス君」
「は、はい」
流石にこういう場には慣れているという事か。
普段はのほほんとしている伯母の、隠密兵としての姿にフェリックスはただ感心するしかなかった。
◆
「こいつも違うか」
地下牢でフェリックス達を探すメルセデスであったが、一向に目当ての人物を見付ける事が出来ずにいた。
それもそのはずで、そもそもここにフェリックスとハンナはいない。
いるのは鎖に繋がれ、やせ細った哀れな囚人だけだ。
メルセデスにとって厄介だったのは、全員がやせ細っているせいでフェリックスなのか違うのかがすぐに判別出来なかったことだ。
痩せていなければ一目で違うと分かるが、骨と皮になってしまっていると、もしかしたら痩せ細ってしまったフェリックスなのでは? と思ってしまう。
結果として一人一人の顔を調べる羽目になり、大幅なタイムロスを強いられていた。
「こんな場所を探しても探し人はいないぞ。ここは下賤な男を繋ぐための場所だ」
後ろから声を掛けられ、メルセデスは足を止めた。
少し時間をかけすぎたか。
そう思いながら視線を向けると、そこにいたのは騎士とは到底思えないドレス姿の女であった。
服装はまるで戦い向きではない……しかし、妙な威圧感を感じる。
「たとえ敵でも、このような場所に美しい娘を繋ぐほど私は鬼ではない。
探す場所を間違えたな、異国の娘よ」
「お前は?」
美しい娘?
メルセデスは内心でハンナとフェリックスを思い浮かべながら顔をしかめた。
ハンナは分かる。幼い容姿だが、まあ見た目だけなら美少女である事は確かだろう。
しかしフェリックスは男だ。こいつ何かと間違えてないだろうかと思ってしまった。
「ベアトリクス17世。この国を治める女帝とは私の事よ。
名乗れ娘。お前も只人ではなかろう」
「メルセデス・カルヴァート。ただのシーカーで、そして今は抗議文を送る使者だ」
そう言い、メルセデスはジークリンデから受け取った抗議文をベアトリクスへと投げた。
投げた手紙にベアトリクスが目を取られ、メルセデスを見失った一瞬――メルセデスは素早く飛び込み、ブルートアイゼンを薙いだ。
――このまま柄で殴り、一撃でへし折る!
死なない程度に加減したその一撃を、しかしベアトリクスは予期していたように扇で受け止めた。
甲高い金属音が響き、囚人たちがビクリと震える。
「クッ、ハハハハ! 随分な挨拶だ!
いきなりの不意打ちとは恐れ入った! とんだ使者もいたものよ!」
「抗議文などで矛を収める段階はとうに過ぎている。そうだろう?」
「然り。話が分かるではないか。気に入ったぞ娘……お前も私のモノにしてやろう!」
メルセデスが再びハルバードを薙ぎ、ベアトリクスが扇で弾く。
一合ぶつかる度に地下室に残痕が刻まれ、轟音が響く。
囚人しか見物客がいない地下室の中で、一つの闘争が幕を開けた。
オーク「なんか、こうね……違うんですよ。
自分からわざと捕まりに来てるんじゃないか? って感じの馬鹿女騎士とか、まず捕まる事が前提にあって、そこに合わせるように不自然な動きをして申し訳程度の抵抗をする姫騎士とか、そういうのは何か違うんですよ。
他には、1Pとかであっさり陥落するのとかね。そういうの求めてないんです。
やっぱあれですよ。ちゃんと最善の行動をとって、全力で抗った上で捕まって……高貴な女騎士ってそういうものだと思うんです」




