第七十二話 女騎士にはオークが強い
抗議文を送る使者という名分で帝国へやって来たメルセデスであったが実の所、真正面から乗り込んで文を渡す気など最初からなかった。
ここまでの行動を見るに向こうは明らかにこちらに喧嘩を売るつもりで事に及んでいるし、王女にまで手を出している以上は戦争すら織り込み済みだろう。
戦争一歩手前、どころの話ではない。軍事衝突をしていないだけで既に始まっている。
そんな相手が抗議文一つで止まるはずなどなく、こんな紙切れ一つで戦争を止める事が出来るならば世界はもっと平和だっただろう。
メルセデスがノコノコ出向いたところで、その場で捕まるか処刑されるかで終わりだ。まずロクな事にはならない。
ならば取るべき手段は正攻法に非ず。無法には無法をもって返すのみだ。
しかし相手は国だ。下手を打てばこちらも無事では済まないだろう。
一番いいのは誰にも見付からずに潜入してハンナとフェリックスを救い出して脱出する事だが、そんな隠密スキルはメルセデスにはない。
伝説の潜入用アイテムであるダンボールがあったとしても達成はまず不可能だろう。
なので、秘密裏に入り込むという手段は選ばない。
むしろその逆……いっそ、事を大きくしてしまおうとメルセデスは考えていた。
派手な囮を用意して突撃させ、城と町を混乱させる。
その上でどさくさ紛れにフェリックス達を救出するのだ。
幸いに、それに役立つ物はこちらにある。
メルセデスはまず、ダンジョンに意識を向けてある魔物を量産させた。
今回使う魔物の名は『キョセイズミ・オーク』といい、薄い本でお馴染みの歩く豚さんだ。
ただし、この種は扱いやすくする為に去勢されてしまったオークらしく、通常のオークに比べると若干戦闘力に欠けるという欠点があった。
正確には身体能力そのものは変化していないのだが、性欲がなくなった事で闘争心が薄れ、それで弱体化しているらしい。
メルセデスはとりあえず、これを百体ほど量産してダンジョン内で待機させておいた。
ここまで言えば分かるだろうが、今回囮となるのはオーク×100だ。
女騎士に対抗するのはオークと、古今東西決まっているのだ。
とはいえ、オークが本当に強姦をしてしまっては、さしものメルセデスでも後味の悪さ一つくらいは感じるものだ。
なので、あえてキョセイズミ・オークを選択した。これならば万一にも本番行為に及んでしまう事はない。
(さて……オークは正面から六十、裏から三十を突撃させるとして、残る十は適当に街中を徘徊させるか。そうすれば騎士の何人かは町に行かざるを得んだろう)
相手は訓練された騎士だ。
なので正面から馬鹿正直に突撃させればオークなどあっという間に全滅してしまい、囮にすらならない。
ならば別動隊を入れて混乱させつつ、更に町の守りにも人員を裂かせよう。
勿論町を徘徊するオークは、本当にただ散歩するだけだ。間違えても一般人を襲う事はないように念入りに命じておいた。
「さて、やるか……」
メルセデスがブルートアイゼンを振るうと、その場に百体のオークが出現した。
それからメルセデスが走るのに合わせてオーク達も走り、一見すると少女がオークの群れに追われているようにしか見えないだろう。
あまり演技は得意ではないのだが、と思いながらメルセデスは城の前にいた女性騎士へ助けを求めるように声をあげた。
「大変だ! オークの群れが突然出てきて……た、助けてくれ!」
メルセデスが取った方法。
それは自らがオークに追われる被害者を装う事で保護され、城の中へと入りこむというものだ。
こうすれば場の混乱もあって、騎士達はメルセデスを城へと入れてくれるだろう。
もし見捨てられれば、その時はその時だ。別の方法を考えよう。
「大変だ! 愛らしい少女が汚らわしい豚に追われている!」
「何をしている、すぐに保護しろ!」
「門番は何をやっていたの! これだから男は!」
しかしメルセデスの心配に反し、女騎士達はむしろこちらがドン引く勢いで助けに来てくれた。
騎士達は見事な剣技でオークを切り伏せ、それからメルセデスの手を引いて城内へ引っ張り込んだ。
「もう大丈夫だ少女よ、城の中に隠れていなさい!」
「我等がいる限り、君に手は触れさせない!」
「絶対オークなんかに負けない!」
女騎士達はどこか芝居がかった口調と仕草でメルセデスを安心させるように言う。
気のせいか背景には百合の花が咲き誇っているように見えた。
友好的すぎて、流石に少しだけ騙している事に罪悪感が沸きそうになる。
とはいえ、ともかくまずは第一歩目の成功だ。
予想外に上手くいってしまい、難なく城へ入り込む事が出来た。
騎士達はメルセデスを疑うそぶりもなく、オークと交戦している。
(大丈夫かこの国……いや、ともかく今は成功を喜ぶべきか。
オーク達が全滅するのにそう時間はかからないはず……早いところ、目的を達成しなくてはな)
メルセデスはこれで城に侵入出来たが、本番はここからだ。
オークが全滅する前にフェリックス達を見付けて逃げなくてはならない。
とりあえず、まず探すべきは地下だろうか。誰かを捕えておくならば地下牢というのは定番だ。
そう考え、地下への階段を探して移動を開始した。
*
結論から言えばメルセデスが当たりを付けた地下牢にフェリックスとハンナはいなかった。
彼らが軟禁されているのは地下どころか、むしろ二階にある来客用の豪華な部屋だったのだ。
無論脱出出来ないように窓は外側から封鎖され、入り口前には常に騎士が立っているが生活そのものに不便は強いられていない。
風呂やトイレも室内にあるし、食べ物もしっかりと栄養のあるものが一日三食おやつ付きで配給されている。
女帝ベアトリクスは二人に対して決してぞんざいな扱いをせず、それどころか大事な来賓を扱うように丁寧に接していた。
残念ながらメルセデスが向かっている地下牢にいるのは男囚人だけだ。
「何か、外が騒がしいですね」
「…………」
外の喧騒に違和感を感じたフェリックスが、やや緊張した声で言う。
今の彼を見てフェリックスであると一目で見抜ける者は果たして何人いるだろうか。
少なくともメルセデスでは判別出来ないだろう。
それもそのはずで、今ここにいるのは豊かな金髪を腰まで伸ばした、白いドレスの美しい少女だったからだ。
ドレスは女帝から渡されたものであるが、悲しい程によく似合っていた。
最近はどこを歩くにも女騎士達の熱い視線を受けて気分が悪い。
常日頃から、女性に対して下卑た視線を送らぬようにと紳士的に己を律してきたが、まさか自分が女性から下卑た視線を向けられるとは思わなかった。
フェリックスの男のプライドはもうボロボロである。
「もしかしたら、来てくれたかな」
「え?」
ハンナはフェリックスを置いて、まず部屋の入口へと向かった。
鍵は外からかけられているが、そこに見張りがいるのは分かっている。
軽くドアをノックし、それからジークリンデの声真似をしながら見張りへと質問を飛ばした。
「おい、外が騒がしいぞ。一体何があった?」
「は。オークの大群の襲撃だそうです」
「オークの? 一体どこからそんなのが湧いてきたのだ?」
「現在調査中との事です。しかしご心配には及びません、王女。
オーク如きがここまで辿り着く事はあり得ませんし、万一そうなっても我等がお守りします」
ドアの向こうから聞こえた返答にハンナは考える。
捕まる前に一応ウサちゃんをメッセンジャーとして残したので自分達の誘拐や、犯人がフレデリックである事は既に伝わっているだろう。
しかし戦争が起こる危険などを考えれば、すぐに軍が動くとは考えにくい。
公爵家の長男と隠密部隊の長である自分を失うのは国にとって損失だろうし、ベルンハルトが跡取りを取り戻せと主張すれば軍は動かざるを得ないだろう。
しかしベルンハルトがそんな事をするはずもなく、ならば軍は動かない。
軍が動かない中でこれだけの大規模襲撃を行える人物となれば、それは限られてくる。
更にこの国は防壁に囲まれていて、付近にオークの住処もない。
それでいて突如オークが群れを成して出現したとなれば……。
「……よし。フェリックス君、逃げるよ」
「えっ?」
「多分これやってるの、メルちゃんだよ。この機を逃がしたら多分貴方は脱出出来ない」
ハンナは割とうっかり癖があるし、予想外の事態にはパニックも起こしやすいが基本的には優秀だ。
彼女の頭脳は一連の流れを既に一本の線で繋いでおり、その先にいるのが規格外の姪っ子である事も見抜いていた。
ならば好機は今だ。このドサクサに紛れて脱出する。
(メルちゃんの性格から考えて……まさか敵が捕まえた相手を優遇しているとは考えないはず。
そういう欲とかを優先した、効率無視の奇行には鼻が利かないだろうからね。
なら、あの子が真っ先に調べるのは恐らく地下室……)
メルセデスはきっと、今頃見当違いの場所を探しているだろう。
ハンナはそう察し、まずは地下牢へ行く事を決めた。
行動が決まったならば後は実行するのみ。ハンナは部屋の鍵を手慣れた動きで外すとドアを開け、驚いている見張りの背後へ回り込む。
そして手刀で後頭部を叩いて気絶させ、部屋に放り込んで鍵を閉めた。
オーク「!」
オークB「!」
オークC「!!」
オーク達が押し寄せてきた!
ハンナ「フェリックス君大人気だね」
フェリックス「嬉しくない」




