第七十一話 歪な国家
勢いよく進む事を『風を切る』と最初に表現したのは誰だったか。
そんな事を思いながらメルセデスは、ピーコの上から地上を見下ろしていた。
ピーコの現在の速度はおよそ時速100㎞。
メルセデスの全力移動には及ばないが、決して遅いわけではない。
メルセデスとて常に全力で動けるわけではなく、疲労もするので空での移動はピーコの方が優れている。
頬に当たる風の感覚を楽しみながら、乱れた髪を手で軽く整える。
風を切るとは言いえて妙で、速く移動している時には己の身で風を切っているような気がする。
(こうして空から見ると、やはり文明が発達していないとよく分かるな)
メルセデスの視界に映る地上は、その大半が山岳地帯や草原、森などのファルシュが住んでいない場所だ。
時折村や町がぽつぽつと見えるが、そうでない場所の方が遥かに多い。
田舎でもなければ、どこから見ても建物が見える現代日本とは大違いである。
昔やった事のあるレトロなゲームでは広大なフィールドの中にポツンと町や村があったが、あれに近い感じだろうか。
地球人類は長い年月をかけて領域を拡大し、野生動物を排除して自分達の生活圏を増やしていった。
その結果自然はほとんど失われ、数少ない自然すらも人類が自主的に『保護』する事でかろうじて保たれていた。
その世界の形を知っているだけに、こういう自然に溢れる世界の姿というのはいつになっても新鮮に感じられる。
そんな中で、多くの吸血鬼が暮らす王都というのは嫌でも目立つ。
いや、ベアトリクスは帝国だからこの場合は帝都か。
全体的な造りは、特に目新しいもののない城塞都市だ。城を中心に建物が密集し、その外側を防壁が囲んでいる。
やや歪ではあるが正方形になっており、直径は目測で3㎞といったところか。
中世の文化レベルならば十分過ぎるほどに大都市だ。
四方を門に囲まれ、そこ以外からの出入りは禁じられていると見ていいだろう。
空からの侵入には、高台に上っている兵士が目を光らせているようで、今も兵士からの視線を感じる。
もしこれ以上高度を下げれば、不法侵入として矢を放たれるに違いあるまい。
(忍び込むのは無理そうだな……無理に入っても必ず数人に目撃される)
この世界で飛べる魔物は珍しくない。
ならば防壁に比べて無防備に見える空も、何らかの対策が施されていると見るべきだろう。
魔法か、それとも別の技術か……どちらにせよ、あまり無意味に突くものではない。
まずは旅のシーカーとして入り込んだ方がいいだろう。そう考え、メルセデスはピーコを都市から少し離れた場所に降ろした。
それから徒歩で門に近付くと、そこに立っていた門番二人が槍を交差させて門前を塞ぐ。
どちらも、男吸血鬼だ。
「身分証を示せ」
言われるまま、ポケットからシーカーカードを出して見せる。
流石にグリューネヴァルトの名を出すような間抜けはしない。
「メルセデス・カルヴァート……ランクはCか」
「ふむ。念の為身体調査をさせてもらう。そちらの小屋に入れ」
門の近くには兵の詰め所らしき小屋があり、そこに入るよう促される。
まあ都市として当然の対応か。
中には女性兵がおり、装備も門番の二人と比べてかなり上質なものを着けている。
「すまないが、これも規則でな。何か危険な物を所持していないか調べる必要がある。
悪いが服を脱いでくれ。ああ、男共は外させるから心配するな」
「武器を持っているが、これはどうなる? シーカーとしての必需品なのだが」
「それは問題ない。検査対象になるのはもっと別の物だ。
例えば爆弾だとか、取引を禁止されている薬物だとか……そういうのを持っているような輩は通す事は出来ん」
大都市を守る上では当然の措置か。
そう思い、メルセデスはその場で下着姿になって軽い調査を受けた。
その結果、引っかかったのは所有していた火の魔石だ。
これもどうやら爆弾扱いになるらしい。
勿論マスターキーはただのアクセサリーにしか見えないので余裕でスルーされた。
「悪いがこれは一時預からせてもらおう。預かった物は外に出る時に返却する。
ここに名前と品を書いておいてくれ」
火の魔石を没収されてしまったが、まあ仕方あるまい。
幸い外に出していたのは店で買ったもので、無限使用が出来るダンジョン製魔石ではないので、このまま無くなっても痛手ではないのが幸いだ。
それに、あくまで一時預かるだけでちゃんと返してくれるようだ。
渡された羊皮紙に名前と没収された品を書き、それから通行許可証を渡された。
「ようこそ帝都へ。問題を起こさぬ限り、わが都市は貴方を歓迎しよう」
何とか第一の関門である検査をパスし、門へと向かう。
その途中、何故か門前で裸にされている男が見えた。
どうやらメルセデス同様に荷物検査らしいが、男の場合はその場でひん剥かれるらしい。
酷い検査もあったものだ。あれでは寒いだろうに。
メルセデスに続いて女性兵が詰め所から出て、門番達に声をかける。
「何か怪しい物を持っていたか?」
「はっ、長剣と火の魔石を所持しておりました」
「没収しろ。危険な物を持った輩を都市に入れるわけにはいかん」
何か様子がおかしい。
メルセデスは先ほどの自分への対応と、男への対応に差がある気がしてしばらくその場で見物する事にした。
もしやあの男は前科持ちか何かなのだろうか。
「ま、待ってくれ! それは護身用だ! それに俺はシーカーだ、武器がなきゃ話にならん!」
「これも規則だ。嫌ならば都市に入るのを諦めろ」
「あ、後で返してくれるんだよな!?」
「返すわけがなかろう。返した途端に襲ってくる可能性もあるのだからな」
「あ、あんまりだ! 俺が何をしたってんだ!」
「何も。ただこれが規則だ。嫌なら嫌で別にいい、さっさと立ち去るがよい」
どうやら別に前科持ちだから厳しいわけではないらしい。
では何だろう? シーカーのランクだろうか。
あり得る話だ。ランクの低い者は信用がない。ただのチンピラがとりあえず登録しただけという可能性もあるのだ。
しかしそれも、男の言葉で否定されてしまった。
「俺はランクCのシーカーだ! 身元はギルドが保証してくれている!
問題なんか起こすわけねえだろう!」
「そう言う奴に限って問題を起こすのだ」
「そ、そんな……待てよ! そいつ! そいつ武器持ってるじゃねーか!」
男はどうやらこちらに気付いたようで、メルセデスが腰に差した剣を指差して叫んだ。
この剣は言うまでもなく、本当の武器であるマスターキーを隠すためのフェイクである。
なので没収されても問題はなかったのだが、メルセデスは特にお咎めなく帯剣を許されてしまっていた。
「女性なのだ。護身用の武器くらい必要だろう」
「はあ!? それおかしいだろ!」
「黙れ。都市に入るか去るか、どちらなのだ。私も暇ではないのだぞ」
「ちくしょう!」
これは酷い。
明らかな性差別だ。あの女性兵の装備といい、門番として男の兵が立たされている事といい、どうもこの都市は女の方が立場が強いようだ。
これはいよいよもって、フェリックスの身が危険だ……そう思いながらメルセデスは門を通過して都市へと足を踏み入れた。
立ち並ぶ建築物は割と高い建築技術で造られているようで、大半が煉瓦製だ。
四角に固めたブロックを積み上げて造るタイプだな。
窓は豪華にも硝子が張られていて、中世文化という事を考えればどこも裕福層であると見ていい。
地面も石を敷き詰めて整備されており、歩きやすい。
月明かりに照らされた夜道を人々が行き交い、談笑している。それだけでここがかなり賑わっている都市であると分かった。
しかし一方で気になる点もある。それは先ほどから全く男を見ないという事だ。
どれだけ歩いても見かけるのは女性ばかりだ。男がどこにもいない。
やがて、歩き続けたメルセデスは明らかに空気の違う場所へ迷い込んでいた。
先ほどまでの裕福層ばかりが住んでいるような街並みから一転し、建築物の質が一気に落ちている。
家はどこも木材で造られ、窓にはガラスなどなく木の板で塞がれている。
貧民街だろうか? どこの都市でもさほど珍しい場所ではないが……それより気になるのは、ようやく男を発見出来た事か。
服装は女性と比べて明らかに質で劣り、薄汚い。
体も清潔にしていないのか、汚れが目立っている。
そんな男達が数人行き来しており、メルセデスと目が合うと逃げるようにそそくさと立ち去って行く。
(門の前でもそうだったが、これは……)
どうやら、この国は完全な女性社会というわけだ。
メルセデスは呆れたように溜息を吐き、とりあえずどうやって城に忍び込んでフェリックス達を助けるかを考え始めた。
Cランクシーカー「男は何もつけるなという事だな……了解した! これより全裸で帝都に入る!」
女性兵「ファッ!? ま、まて! 何故そうなる!」
Cランクシーカー「危険なものは没収すると言ったのはそちらだ。ならばこその全裸! これならば危険物などどこにもない」
女性兵「いや、確かにそうだが……!」
Cランク「いざ帝都へ!」
女性兵「ヤメロォ!」
足止めされていたCランクシーカーさんも無事に帝都に(全裸で)入れたようです。




