第六十七話 発達し過ぎた遺物
少し遅いですが、新年明けましておめでとうございます。
これからもよろしくお願いします。
学園長室に殴り込みをかけたメルセデスを、フレデリックが冷ややかな目で見る。
恐らくは最初から部屋の外に待機していたのだろう。
先にジークリンデを見せる事で情報を吐かせ、その上で乗り込む……なるほど、悪くない手だ。
メルセデスの自身の『証言ご苦労』という発言からも、その予測に間違いはあるまいとフレデリックは考えた。
しかし浅い……所詮は子供だ、と内心で嗤う。
部屋の外に教員を置いていたならばいざ知らず、メルセデス以外誰もいないではないか。
ならばフレデリックの証言を聞いたのはジークリンデとメルセデスの二人だけであり、この二人がいくら主張しようとそれを握りつぶす事などフレデリックには容易かった。
かといって、教師をそこに置いたとしても……実の所、この学園に務めている教師の半数以上はフレデリック派だ。
学園長の権限で自らに賛同する者、あるいは賛同せずとも黙認する者だけをこの学園に残してきたのだ。
つまり、今の証言には何の力もない。
「ほっほっほ、勇敢な子じゃのう。しかし詰めが甘い……それでは儂を追い詰める事は出来んよ」
フレデリックは嘲笑しながらも、しかし同時にメルセデスが厄介である事は認めていた。
年齢は僅か十二歳で、普通に考えれば警戒になど値するはずがない。
しかし彼女は既に頭角を現しており、見た目と年齢で判断するのは愚者のやる事だ。
今はまだ経験が足りていないだけで、後数年もすればベルンハルトにも並ぶ悪辣さを身に着ける事だろう。
ならば、とフレデリックは考える。
いっそ敵ではなく味方につけてしまうのが得ではないか、と。
だからフレデリックは二人にチャンスを与える事にした。
「この場で追い詰められたのは儂ではない。君の方じゃ。
儂はその気になればここで君の口を塞ぐ事も出来る。
しかしそれは儂としてもやりたくない手じゃ。生徒を傷付けるのは本意ではない。
そこでどうじゃろう? この事を君の心の中だけにしまっておいてはくれんじゃろうか」
フレデリックがそう言うや、入り口が植物に覆われた。
裏切りを看破された、王女を取り逃がした。
だからどうした。今からでも王女を捕えて献上すればまだ間に合う。
むしろこうして正義感に突き動かされて出て来てくれたのは好都合だ。
運は今、自分に巡ってきている……そうフレデリックは考えた。
そんな彼にメルセデスは先程から変わらず、ただ氷のような視線を向けていた。
「何か勘違いしているようだが……私は貴方を追い詰めるつもりはないよ、学園長」
「ほっほ、賢明な子じゃ」
日和ったか。そう確信してフレデリックは笑みを深めた。
メルセデスはこの場の状況を不利と判断し、敵対を避けたのだ……そう彼はそう考えた。
だから、そう……きっと彼は、メルセデスという少女の事をまるで理解出来ていなかったのだろう。
「追い詰めるなどと、そんな遠まわしな事をする気はない。私は貴方を詰ませるつもりで来たのだ」
「……は?」
「この部屋には防音の魔法が張ってあるな? 後ろめたい事があるから、この場での会話を万一にも外に漏らさぬための措置なのだろうが……だからこんな簡単な事にも気付けない。
一度魔法を解いてみれば、すぐに分かる。もう手遅れだという事がな」
何を言っているのか分からなかった。
しかしハッタリではない……そう思わせる妙な説得力がメルセデスの眼にはあった。
何を馬鹿な、と思う。
小娘の虚勢だと思う。
だがその一方で、長年生きて来たフレデリックの勘が、先程から警報を発し続けていた。
信じたわけではない。断じて恐れたわけではない。
ただ確認の為……彼女の言葉が虚勢である事を知る為。
その為に少しだけ防音を切るだけだ。
そう自分に言い訳をしながらフレデリックは机の中から風の魔石を出し、そこに込められた防音の魔法を中断させた。
それと同時にメルセデスは手に持っていた何かを口元に寄せ、呟いた。
『こういう事だ』
声が二重に響いた。
ここにいるメルセデスの声とは別に、外から――不自然なまでに大きい彼女の声が聞こえて来た。
その声は学園全体に響くには十分であり、一体何が起こったのか、どういう魔法でそれが成されたかも分からない。
だが一つだけ分かる事がある。
……この部屋での会話は、外に大音量で漏れ続けていた。
「……いつ、からじゃ……いつから……」
「最初からだ。ジークリンデがこの部屋に入った瞬間から、貴方の声はずっと外に漏れていた」
冬でもないのに、まるで冬になったかのような寒さがフレデリックの全身を貫いた。
足元から背中、首筋を通って寒気が全身へ伝達していく。
妙な耳鳴りがして現実感がなくなり、足から崩れ落ちそうになった。
最初から? 会話を全部、全校生徒に聞かれていた?
……自分は何を言った? どうせ聞かれていないと思って何を証言してしまった?
「そ、それは……それは何じゃ……」
「マイク、と言っても分からないだろうな。簡単に言えば音を拾う道具だ。
そしてこいつで拾った音は、スピーカーという別の道具で音量を上げて流す事が出来る」
フレデリックはそんな道具を知らなかった。聞いた事もなかった。
当たり前だ。この世界の文明基準を軽々と超えてしまっている。
そんな道具の存在などフレデリックが知るはずがない。
しかしマイクとスピーカーは知らずとも、既存の文明を超える道具が存在するという事をかろうじて彼は知っていた。
「……『発達し過ぎた遺物』……何故、そんなものがここに……」
「何? それはどういう……」
「とぼけるな! 使っておいて知らないはずがないだろう!
それは、我々ファルシュの文明を完全に超えた、神の文明より齎された遺物……神器だ!」
◆
メルセデスがダンジョンで見付けた物は、マイクとスピーカーのセットであった。
どう考えてもこの世界の文明で作れるような代物ではない。
明らかに時代と文明レベルを間違えている、存在してはならない道具だ。
何故こんなものがあるのかを疑問に思わないではない。むしろずっと、頭の片隅でおかしいと思っている。
だがこの件を深く考える事は、今のこの身体の本能に反する行動である事だけは間違いない。
理屈どうこうではなく、考えただけで勝手に脳が恐怖の電気信号を発するのだ。
だから疑問を閉じ込め、今はただこれを使う事だけを考えればいい。
それに一つ分かった事がある。
やはりこの手の道具は、過去にも何度か歴史に登場していたらしい。
『発達し過ぎた遺物』……とフレデリックは呼んでいるが、きっとダンジョン攻略者などが持ち帰ったものがいくつかあったのだ。
気になるのは誰もそれを解析しなかったのかだが……案外これは、しなかったのではなく、出来なかったのかもしれない。
自分達吸血鬼には不自然な思考誘導や思考制限がかかっている。その事をメルセデスは既に疑ってはいなかった。
そして前世の知識などがなければ、疑うという事すら出来なかっただろう。
きっとこれは吸血鬼に限った話ではない。エルフェ、フォーゲラ、シメーレにも共通しているはずだ。
神は……いや、人類は一体何を考えてこんな事をしたのか……。
ともかく、今はそんな事を考察している時ではない。
「……これが何なのかはどうでもいい。
重要なのは学園長、貴方の証言が全て外へ漏れていたという事だ。
分かるな? 全員が証人だ。もう言い逃れ出来る段階は過ぎている」
メルセデスはフレデリックを追い詰めるような半端な真似などしなかった。
そんな事をせずとも王手への道が開かれていたのだから、ただ真っすぐに飛車で王を叩けばいいだけの話だ。
こうなった以上、彼はもう学園長で居続ける事は出来ない。
この学園の生徒には貴族や商人の子も大勢いる。ならば後は彼等から親へ、その親から使用人や別の貴族へと彼の悪評が流れていくだけだ。
「…………ったな……」
フレデリックは震えながら、絞り出すような声を発した。
それにただならぬものを感じたジークリンデは一歩後ずさり、逆にメルセデスは一歩前へ出た。
「奪ったな……儂の……儂の唯一の居場所を。儂の全てを……」
呪詛のようにブツブツと言葉を吐きながら、フレデリックはポケットへ手を入れる。
だがメルセデスはそんな彼に無情とも思える蹴りを叩き込んだ。
先手必勝……相手が何か行動を起こす前に叩きのめす。
敵である事が確定しているのだから、遠慮をする必要など何処にもない。
話は動けなくしてから聞き出せばいいし、話す気がないならば何も聞かずにぶちのめすだけだ。
どちらにせよ、まずは無力化する。全てはそこからだ。
この無情さこそがメルセデスにあってフェリックスにないもの……というより、フェリックスにあってメルセデスに欠けているもの、と言った方が正しいだろう。
老人の慟哭など響かない、届かない。そんな事で揺さぶられる心など持ち合わせていない。
しかしそれは執念か怨念か。
確かにメルセデスの蹴りを受けたはずの老人は、倒れたまま植物を使役して部屋を覆い尽くした。
ベルンハルト「こうやるんやぞ」
フェリックス「……えぇ……(困惑)」
この無慈悲さにはパパンもにっこり。
【お知らせ】
新年という事で色々と私用があるため、今週の更新はこの1回とさせて頂きます。
楽しみにして下さっている方には申し訳ないのですが、初詣シーズンで色々と用事が多い為、そちらを優先させていただきたく思います。
来週にはまた週二更新に戻る(と思います)ので、ご勘弁下さい。




