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第六十六話 仕方なかった

 フレデリックの元に裏取引の話が持ち掛けられたのは、まだジークリンデが王女と公式に発覚する前の事であった。

 先の無能な王――イザークは言った。

 我が子の影武者として一人の娘を入学させる。その娘は敵国の者に始末されるだろうが、学園側は何もするなと……その要求にフレデリックは首を縦に振った。

 もとより彼に選択肢などない。相手は国の頂点で、歯向かえばやっと手に入れた学園の長という居場所を失ってしまう事になる。

 それを守る為ならば影武者の一人くらい見殺しにしても何ら罪悪感はなかった。

 元より影武者とはその為にいるのだ。ならば無理にそれを守って国王の反感を買う必要もない。

 この判断は冷徹であるが、間違いであるとは言い切れない。

 影武者が影武者としての役割を果たして死ぬならば、それは名誉な事だ。

 生徒を守りたい気持ちもあるにはあるが、しかし無理に守るべき存在でないのは確かだろう。

 この時はまだ、そのくらいにしか考えていなかった。

 フレデリックは内通者ではあったが、それでも国の敵ではなかった。


 しかしジークリンデの正体が明かされた事で事態は一気に複雑になってしまった。

 イザーク王は玉座に座っただけの売国奴であり、更にその裏にはベアトリクス帝国が控えていたのだ。

 イザークが失脚した後に女帝ベアトリクスが接触を図ったのは、言うまでもなくフレデリックであった。

 彼女は使者を通してフレデリックへ命じる。『王女誘拐の協力をせよ』と。

 それは明らかに国を売る行いで、王家への裏切り行為だ。

 事が明るみに出れば無事では済まない。今までのような『冷酷ではあるが王家に協力していた』という状況ではないのだ。

 ならばフレデリックはこれを断るべきだった。

 国の為に勇気を出して歯向かう事こそ正しい選択肢だったのだろう。

 しかし正しいからといって生き残れる保証はない。

 向こうは歴戦の女帝、こちらは王女の自覚すらない小娘……国のトップに差がありすぎる。

 負けると思った。戦争になればこのオルクスという国は帝国に踏みつぶされてしまうとフレデリックは予感した。

 そしてその時はもう間近に迫り、そうなればこの学園はきっと戦火に巻き込まれてしまうだろう。

 生徒達は徴兵され、そして学園も女帝に歯向かった事で叩き潰されてしまうに違いない。 

 だからフレデリックは『今』ではなく『先』を考えなくてはならなかった。

 故に彼は――王女を売り渡す事を決めた。

 それを交換条件としてオルクスが帝国傘下に下った後もこの学園の存続を認める事を、生徒達に手を出さぬ事を……そして何より、自分をこのまま学園長として残して貰える事を約束させたのだ。

 しかし……。


「学園長、大変です! ハンナさんとフェリックス先輩が私の身代わりとして、白装束の連中に捕まってしまいました!」


 フレデリックは、己の計画が完全に崩壊した事を知った。

 息を切らせて学園長室に飛び込んできたのは、あろう事かジークリンデ王女当人であった。

 既に帝国に連れ去られているはずの、帝国の狙いそのもの……断じて、今この場にいていい人物ではない。


(やられた……)


 フレデリックは、ハンナにしてやられた事を悟った。

 思えば、確かにおかしかった。

 あの時のジークリンデはやけに大人しくて無言で……まるで声を聞かれたくないかのようであった。

 だがあれはハンナだったのだ。

 自分の企みを見破ったのか、それとも保険をかけただけかは分からない。

 しかし結果として、事態は彼にとって最悪の方向へと向かってしまった。

 すり替わっていた事を自分も知らなかった……そう説明して、果たして向こうは信じるだろうか?

 いや、信じまい。王女を庇っているとしか受け取られないだろう。

 よしんば信じたとしても不信は必ず残る。

 これからのフレデリックの言葉を、女帝が信じてくれなくなる。


(おのれ……おのれハンナ! いつまで儂の道を塞ぐつもりなんじゃ!

またしても、またしてもお前か! お前が立ち塞がるのか!)


 もう言い訳できる段階は過ぎてしまった。

 きっといつか、王女のすり替わりに向こうも気付くだろう。

 いや、ハンナの事だから脱走するついでにあえて正体を暴露する事で自分の逃げ場を塞ぐかもしれない。

 このすり替わりはフレデリックの作戦だったなどと言うかもしれない。

 それをやられてしまえば終わりだ。自分が何を言っても絶対に信頼などされない。

 かといって今からオルクスの味方面など出来ない。未遂になってしまったが、もう王女を売り渡すという行為を働いた後なのだ。

 もう賽は振ってしまった。

 国を裏切り、帝国からも切られ……その先に待つのは断崖絶壁だ。行き場など何処にもない。

 追い詰められて死ぬか、飛び降りて死ぬかの二択しかない。

 詰みだ。フェリックスだけならば向こうで死ぬことも期待出来たが、ハンナは絶対に生き延びて帰って来る。

 そして全てを明かされて、フレデリックはこの学園(唯一の居場所)から追放されるだろう。

 だからといって帝国に身を寄せる事も出来ない。

 向こうからすれば彼は『王女を庇ってすり替えた男』なのだから。

 ここから逆転出来る一手などあるはずが……。


(…………あった。儂の目の前にある(・・)じゃないか……)


 すり替わったという事実はもう変わらない。

 その事実をもってフレデリックは帝国からの信用を失う。

 だが自分がジークリンデを連れて行けば? 王女を庇う男がわざわざ自分で王女を連れて行く事などない。

 そうすればまだ、本当にすり替わりに気付けなかっただけだと思ってもらえるかもしれない。

 この手で、フレデリック自らが王女を献上すればまだ信用は取り戻せる。

 彼は、そう考えた。


「……フェリックス君とハンナが……それは大変じゃ。

すぐに助けに行かねばのう」


 フレデリックは重い腰をあげ、立ち上がった。

 それからポケットに手を入れ、その中にあった種を指で掴む。

 魔法にも格闘にも、剣技にもフレデリックは恵まれなかった。

 子供の頃は自分が優れていると思っていたが、実際にはただの凡人だった。

 そんな彼が唯一自慢出来るのが、秘境で見付けて来たこの植物を扱う技術だ。

 少量のマナを与える事で成長させるも種に戻すも自由自在のこの植物は、長年の研究によってある程度コントロール出来る事が分かっている。

 注ぐマナの量や属性、そうしたものにコツがあるのだ。

 それを上手く見極めて使いこなせば、この植物は武器にも盾にもなる。

 彼はそれを成長させ――油断し切っていたジークリンデを拘束した。


「うわ!? 学園長、何を……!」

「あまり動くでない。怪我をさせたくはないからの」


 驚くジークリンデへ、フレデリックは感情を捨てたような低い声で告げる。

 可哀想な事をしているとは思う。

 裏切りという最低な行いをしている自覚もある。

 だが仕方ない……そうだ、仕方ないのだ。

 何故ならこうしないと居場所を失ってしまうのだから。

 運命に嫌われ、実家から見限られ、妻には逃げられ、全てに嫌われた彼が唯一勝ち取ったのが学園長の椅子だ。

 小さな男と言われるだろう。

 その程度の地位に執着している情けない老人と笑われるだろう。

 だがそれでもいい。他人からどうでもいいと思われようと、学園長の座に座り続ける事だけがフレデリックの唯一の居場所で生き甲斐なのだ。

 だから仕方ないのだ……そう、フレデリックは内心で自己を正当化していた。


「何故こんな事を……私をどうする気ですか!」

「君には悪いと思っておるよ……このまま、儂と一緒に帝国へ行ってもらおう。

……慰めにはならんが、あの国は女性を重んじる。まず悪い扱いは受けんじゃろう」

「何故こんな……まさか、貴方は! 貴方は帝国の者を手引きしていたのですか!?」

「仕方なかったんじゃよ……そう、仕方なかったのじゃ。どうか儂を恨まんでくれ」


 ジークリンデの怒りの視線を受け流しながらフレデリックは淡々と語る。


「帝国はオルクスを吸収する事を考えておる。戦争になればこちらに勝ち目はないじゃろう。

だから儂は、この学園を守る為に奴等と手を組んだ……すまんのう。君にはこの学園の為に犠牲になってもらうしかない」

「ふざけないで下さい! 貴方は国を裏切るつもりですか!」

「ああ、そうじゃ。元よりこの国への忠誠など儂にはない。

儂はの……学園(ここ)さえ無事なら後はどうでもいいんじゃ。

オルクスがどうなろうが、王が誰になろうが……この学園と、ここでの儂の地位さえ守られるなら、後はどうでもよい……」


 そこまで語り、フレデリックは入れ歯だけになった口を歪に広げ、笑った。


学園(ここ)だけが儂の世界じゃあ……他など、どうなろうと構わぬ……」


 それは、哀れな老人の魂からの主張であった。

 運命に嫌われ、己の身体にすら嫌われた。

 そんな彼が、この冴えない人生でたった一つ勝ち取ったものが学園長の椅子で、この学園こそが彼の世界だ。

 だから他は要らない。どうでもいい。

 狂気すら感じられる老人の顔にジークリンデは何も言えなくなり、顔を青くする。

 フレデリックは決して大物ではない。むしろ小物である。

 何をどう間違えようと、小物にしかなれない男である。

 彼はそういう星の下に生まれついたのだ。

 だが、だからこそ小さな世界への執着は大物と呼ばれる者達の比ではない。

 優れた者ならば選択肢はいくらでもあるだろう。可能性は無限だろう。

 だがフレデリックは違う。選択肢など数えるほどしかなくて、可能性など無いに等しい。

 だから捨てられない。これを失ってしまえば終わりだと理解しているから、しがみ付くしかない。

 その、小物しか持ちえぬ執着と狂気にジークリンデは怯えたのだ。

 しかし話を聞いていたもう一人(・・・・)は何も感じず、扉を蹴破って中へと入り込む。


「証言ご苦労。全く理解出来ない主張だが、貴方が敵である事だけはこれでハッキリしたな」


 そう言い、メルセデスは氷の瞳でフレデリックを睨んだ。

フレデリック「この学園と儂の地位だけは助けてくれ」

ベアトリクス「いいぞ(ただし女生徒と女性教員は全員引き抜くがな)」


エーデルロート学園、男子校化の危機である。

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― 新着の感想 ―
とてもではないが潔いなどとは口が裂けても言えんが。 その自分の能力を知るが故に一つの指標に特化させていく思い切りはかなり俺好みだ。そこは評価するが短慮が過ぎるな、、、。 てかそっかーテープレコーダー…
[一言] こんな腐ったれた世界に男子校なんて… 美少女学生を守れぇぇえええ!百合を守護れぇぇぇえええええ!!!
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