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第六十二話 残されたヒント

 自分の身代わりにハンナとフェリックスが捕まったと知ったジークリンデは、ハム助の嗅覚を頼りに襲撃者を追跡した。

 ハムスターという生物は嗅覚が鋭く、匂いで縄張りや足跡を嗅ぎ分ける事が出来るという。

 更に体力にも優れ、野生のハムスターは餌を求めて一日に十㎞以上移動する。

 ましてやジークリンデが乗るハム助は吸血鬼を乗せて移動出来るほどのビッグサイズだ。

 その移動距離は並のハムスターの比ではなく、国から国へ横断しても尚疲れる事はないだろう。

 ギガンティシュハムスターは元々、ダンジョンに出現する魔物ではない。

 ダンジョンで出現する魔物をシーカーが捕獲して持ち帰り、何世代もかけて吸血鬼に懐きやすいように品種改良を繰り返した愛玩用魔物である。

 故に野生は失われ、吸血鬼を襲う事もない。

 しかしその体力と嗅覚は健在であり、ジークリンデを容易く目的である白装束の下へと導いていた。

 ここまで書くと騎獣として申し分のない性能を持っているように感じるだろう。

 移動距離、速度、体力。その全てにおいてギガンティシュハムスターは馬を凌駕している。

 しかしこの性能でギガンティシュハムスターは騎獣に正式採用されていない。

 それどころか馬の対抗馬(対抗鼠?)にすらなれていない。何故なのか。

 値段は子供のお小遣いでも買えてしまう驚きの5000エルカ。繁殖力が強く個体数が多いと言う理由もあるが、要するにそれだけ余っているから安いのだ。

 少なくとも軍が正式採用すれば、こんな値段になるほど余るはずがない。

 ギガンティシュハムスターは騎獣の代用にはなるが、正式採用には届かない。

 その理由はいたって単純……。


「よしハム助。そろそろ気付かれる距離だからここからは速度を落として……落とし……おい、ハム助止まれ! 止まれえええええ!」


 ――ギガンティシュハムスターは馬鹿なのである。

 馬は手綱を通して人間の指示を理解し、望む方向へ曲がり、停止する事が出来る。

 だがギガンティシュハムスターはそれが出来ない。

 品種改良の結果、簡単な指示くらいならばかろうじて理解してくれるようにはなったが、少しでも指示が細かくなるともう駄目だ。

 目的地を示せばとりあえずそこに向かいはするが、道をよく見てくれない。

 明らかに通れそうもない狭い空洞に頭を突っ込んで、結果抜けなくなってしまったというケースも過去には何度もあったという。

 酷い時は騎手まで巻き込んで突撃するのでたまったものではない。

 進路上に木の実でも落ちていようものならばそれを口に詰めて、酷い時は餌を巣に持ち帰ろうとする本能が働いて勝手に家に戻ってしまう。

 そんな魔物が細かい指示など把握出来るはずもなく、襲撃者の所へ案内せよと言われたらそれしか覚えない。

 なのでハム助はジークリンデを乗せたまま馬車へ突撃してしまった。


「隊長! 誰かがハムスターに乗って追いかけてきます!」

「何!? もう発見されたか!」


 獲物の方から近付いてしまったわけだが、しかしそれに白装束達は気付かない。

 何故ならば彼等の中ではもう、ジークリンデは『捕まえた』事になっており、まさかすり替わっていた挙句に当の本人が追いかけて来るなど予想出来るはずもないからだ。

 なので彼等は馬の速度を上げ、追手を振り切ろうとする。

 スピードならばハム助が上だ。

 しかし白装束達は冷静に、木の実を地面にぶち撒けた。

 するとハム助はその場で止まり、木の実を頬袋に詰める作業に没頭してしまう。


「お、おいハム助! 止まれとは言ったが完全に止まれとは言ってない!

木の実なんか後でいくらでもやるから今は追うんだ!」


 ジークリンデの言葉も何のその。

 ハム助は一心不乱に木の実を頬に詰め、馬車を追いかけようとすらしない。

 恐らく彼の頭の中にはもう、馬車の存在すらないのだろう。

 そうしている間に馬車はどんどん遠ざかり、やがて見えなくなってしまった。

 これはジークリンデにとっても不幸な出来事だったが、それ以上に不幸だったのはフェリックスだ。

 放っておけば彼は国境付近で解放されたはずなのに、ジークリンデが追ってしまったせいで白装束達にその余裕がなくなり、結果としてフェリックスを乗せたまま馬車が国境を通過してしまった。

 そこに遅れてメルセデスが到着し、項垂れるジークリンデを見て顔をしかめた。


「ジークリンデ。こんな所で何をしている」

「お、おお。メルセデスか。それがな……どうやら私の身代わりにハンナとフェリックス先輩が誘拐されてしまったらしくて……」


 それから詳しい話を聞き、追いつけなくてむしろ正解だったな、とメルセデスは判断した。

 そしてハンナがいるという事は、十中八九わざと捕まったと考えていいだろう。

 彼女ならば白装束を振り切る事くらい簡単だったはずだ。

 ならば狙いは敵情視察……あえて捕まる事で敵の懐に潜り込み、情報を集める気なのだろう。

 そして、彼女は何のヒントも残さずに捕まる間抜けではない。

 恐らくどこかに……敵には発見されにくい場所に何かを残しているはずだ。


「……戻るぞ、ジークリンデ」

「え!? いや、しかし……」

「今、無理に追いかけても状況は改善しない。一度戻ってまずはどうするかを考えるべきだ」


 ジークリンデはすぐにでも追いかけて救出したいのだろうが、何の準備もなしに向かえばカモがネギを背負って行くようなものだ。

 それにハンナに何か考えがあった場合、それを邪魔してしまう可能性もある。

 故にここで選ぶ手は『見』だ。

 メルセデスはそう考え、しばらくハンナとフェリックスを放置する事を決めた。



 ジークリンデを授業に戻し、メルセデスは平原を逆走していた。

 探しているのはハンナが通った道だ。

 そこには必ず何かが残されている。ならばそれを回収してから戻っても遅くはない。

 やがてスタート地点まで戻り、そこでメルセデスは妙な痕跡を発見した。


(……何だ? まるでここから木でも引き抜いたかのように地面が不自然にめくれている。

いや、これは引き抜いたというよりむしろ……)


 それは奇妙な跡であった。

 まるでここに生えてきた木が根本から突然消えたかのような、そんなあり得ない形に地面がめくれ上がっている。

 更に周囲の草が養分を吸われたように枯れており、無視できない違和感を生み出していた。


「……ん?」


 ガサガサと近くの草むらが揺れ、そこから片目に傷のある兎――ウサちゃんが姿を現した。

 それを見てメルセデスはなるほど、と感心する。

 どうやらハンナは最初から、あの魔物を潜ませていたらしい。

 元々野生としてこの付近にいた魔物だ。個体差など吸血鬼には分からないのだから仮に目撃されても野生の兎の振りをしておけばいい。

 ウサちゃんはメルセデスの前まで来ると鼻をピスピスと動かす。何か伝えたいのだろう。


「出ろ、ベンケイ」


 メルセデスは翻訳としてベンケイをダンジョンから召喚し、ウサちゃんの前に立たせた。

 ウサちゃんはベンケイに何かを訴え、ベンケイはふむふむと頷く。

 そして、困ったようにメルセデスの方を向いた。


「主、この兎はそもそも何も話しておりません。翻訳以前の問題です」

「…………」


 兎には声帯がない。

 なので犬や猫のように鳴き声を発する事は基本的にあり得ないのだ。

 兎を飼った事がある者ならば兎の「うー」という独特の鳴き声を耳にする事もあるだろうが、それも鳴いているというよりは『音を出している』と言った方が正しいだろう。

 つまりは翻訳以前の問題。ウサちゃんは魔物語すら話していないので、当然ベンケイが翻訳出来るはずもないのだ。

 やがて気持ちが伝わらない事にじれたウサちゃんはダンダンと地面を蹴り始めるが、分からないものは分からない。


「……ふむ」


 メルセデスはベンケイを戻し、腕を組んで考える。

 とりあえずウサちゃんには人語を解する程度の知能はある。

 ならばYES、NOで答えられる質問をぶつけて、頷くか首を振るかで応答させるしかない。

 というかハンナはやはり賢いようで抜けている。

 伝言役を残すのはいいとして、なぜそこに話せないウサちゃんを置いてしまうのか。


「これから質問をする。『YES』ならば首を縦に、『NO』ならば首を横に振ってくれ」

「…………」


 ウサちゃんは理解したように首を縦に振った。

 そしておもむろに木の枝を持つと地面にガリガリと線を引き、メルセデスに見せた。


『ご主人攫われた。犯人は学園長』



 ……最初からそれやれよ。

 メルセデスは無言でウサちゃんの頭を軽く叩いた。

ハンナ(あっるぇー!? 国境付近でフェリックス君は解放するんじゃなかったの!?)

ハンナさん、またしても痛恨のミス。

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― 新着の感想 ―
王女様の余計な仕事のおかげでフェリックスがどんどん某桃色の姫ようなポジションに...
フェリックス、君がヒロインだったのか!?
[一言] ほんよ何やってんのさ唯一残った王女様
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