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第六話 下積み2

 メルセデスがダンジョン内をマッピングしながら徘徊していると、後方から数人の吸血鬼が歩いてきた。

 人数は……十三人。かなりの大所帯だ。

 ダンジョンは狭いので基本的に多人数で入る事に向いていない。

 しかし彼等もそれは分かっているのか、適度に距離を空けて互いの邪魔にならないように歩いている。

 どうやらかなりダンジョンに慣れているようだ。恐らくは他のシーカーだろう。


「おおん? 何でこんな所にガキがいるんだよ」


 先頭を歩いていた男がメルセデスに目を付け、馬鹿にしたように言う。

 その顔は侮りに満ちており、メルセデスを見下し切っている。

 吸血鬼は力に何よりの信を置く生物だ。それ故に弱者には厳しい。


「どうやってここまで来たかは知らねえけど、身の程を知りな。

ダンジョンは子供の遊び場じゃねえんだよ。

見た所、松明すら持ってねえじゃねえか。

ザッハ通りの雑貨店で長持ちするキャンドルランタンが売っている。お買い得だ。

松明をやるから、分かったらさっさと帰れ」


 松明を乱暴に押しつけ、男はメルセデスに帰る様に言う。

 手で「しっし」と払うようにしており、感じが悪い。


「初心者のうちは魔物避けの香料を買って簡単な依頼をこなし、金を溜める事だ。でないと後でつらくなる。

無駄な話をしたな。身の程を弁えろ小娘」


 別の男がまたメルセデスをけなし、振り返る事なく歩いて行った。


「おいおい、装備すら持ってねえじゃねえか。ダンジョン馬鹿にしてんのかあ?

興味があれば四丁目の工事現場に行って鉄パイプでも分けて貰え。

奴等はガキに甘いから頼み込めば槍に加工してくれるし、最初のうちは安い武器を買うよりそっちの方がいい。

まあお前には関係ねえ事だな。ダンジョンのイロハも知らん素人がウロウロすんな」


 言うだけ言い、シーカーの集団は歩き去って行った。

 きっとこれから、奥の方を目指すのだろう。

 あれだけの人数を揃えているのだから、その本気度が伺える。

 侮られはしたが、しかし正論でもあった。

 今のメルセデスは自分と彼等の差すら把握していない素人だ。確かに遊んでいると思われても仕方ない。

 今はまだ、彼等と同じ場所にはいけない。

 そう判断し、メルセデスは仕事に戻った。



 メルセデスが都に戻った時、時刻は既に午前11時を回っていた。

 日はすっかり昇っており、朝も遅いこの時間は大半の家庭が眠りに就いている。

 夜はあんなに賑やかだった町中も、今は静かなものだ。

 しかしシーカーギルドは24時間営業している。メルセデスはギルドの中へと入り、その後を縄で繋がれた青い狼男が続いた。

 ヴァラヴォルフ・ブラウは巨大モグラと比べるとまるで大人しい魔物で、メルセデスを見ただけで戦意喪失してしまった。

 それからメルセデスは軽く狼男を躾け、ここまで連れて来たのだ。


「あら、お早いお戻りね。依頼放棄かしら?」

「馬鹿を言え。後ろの奴が見えないのか?」


 往復時間から考えるとメルセデスの戻りは早すぎる。

 故に依頼放棄かと取られたのだろうが、それはとんでもない誤解だ。

 メルセデスはダンジョンの1階と2階を完全に網羅した地図と、2階にあった泉から水を採取した瓶、最後に捕獲したヴァラヴォルフ・ブラウを引き渡した。


「驚いた。こんな短時間で往復するなんて、どんな魔法を使ったのよ」

「どうもこうも、魔法を使ったんだよ」

「そういえば風属性だったわね。でも『フリーゲン』で飛んでもこんなに速く移動出来るものかしら。

……まあいいわ、とにかく依頼達成ね。それじゃあ、これが報酬よ」


 そう言い、受付が渡してきたのは一万エルカ札が四枚だ。

 一万エルカはこの国で最も高い紙幣であり、過去の偉人が描かれている。

 頬の痩せこけた吸血鬼の男で、本によると確かこの男は史上初めて吸血鬼の国を建国した初代国王だったか、とメルセデスは思い出す。


「地図の出来がよかったから少しオマケしておいたわ。次もこの調子で頼むわよ」



 翌日の夜、メルセデスは再び都を訪れていた。

 余談であるが、この世界……というよりは吸血鬼達の間では一日の始まりとは午前0時を指し、一日の終わりは午後0時を指す。

 つまり真夜中に一日が始まり、日が昇れば一日が終わるのだ。

 月光に照らされた闇夜こそが吸血鬼の時間だ。今日も僅かな灯りに照らされた薄暗い街は喧噪に満ちている。

 メルセデスがまず訪れたのは大型雑貨店だ。

 ここでは様々な日用品が売られており、中には探索の役に立つ物もある。

 まずキャンドルランタン。硝子の中に蝋燭が入っていて、蝋燭一本で二時間灯りが持続する。

 蝋燭は別売りで十本セットが販売されており、蝋燭を取り換える事でずっと使える便利な品物だ。

 メルセデスはランタンを一つ、蝋燭セットをとりあえず三つ買い物籠に入れて次の場所へと向かった。

 次は靴だ。シーカーはその仕事上、とにかく荒れ地であろうが何だろうが歩き回る必要があり、脆い靴だとすぐに壊れてしまう。実際メルセデスの靴も昨日一日酷使しただけで限界を迎えていた。

 なので買う靴は耐久性に優れた竜皮の物を選ぶ。

 商品横の説明書きを見るに、レッサードラゴンという種から取った皮で、高い耐久性と防水性を誇るようだ。

 更に爪先部分には同じくレッサードラゴンの骨を埋め込む事で爪先の保護もしているという。安全靴のようなものか。

 メルセデスはこれを予備も含めて二つ買い物籠へ投入し、次の場所へと向かった。

 次に必要なのは、何といっても服だ。頑丈で、汚れてもいい服が欲しい。

 現在のメルセデスの服装はヒラヒラしたもので、とても探索向きとは言えない。

 しばらく服を物色し、やがてメルセデスが選んだのは白いシャツと、その上から着込む竜皮のマンタレイベスト。

 下は動きやすさを重視した短めのズボンと、膝などを保護するスパッツ。

 最後に防寒具として黒いコートをその場で購入した。

 最後に食品コーナーへ。目的は勿論日持ちする保存食の購入だ。

 贅沢を言えば、お菓子感覚で食べる事が出来るブロックタイプのバランス栄養食のようなものがあれば一番いい。

 しかしそれは流石にないだろうと分かっているので、とりあえずの目当てはチョコレートだ。

 甘いお菓子としてのイメージが強いチョコレートだが、これが非常食として優秀なのは有名な話だ。

 ダンジョンに数日潜る事もあるだろう事を考えると、これは持って行きたい。

 缶詰があれば、それも買っていいだろう。

 そう思っていたのだが、しかしメルセデスの期待は裏切られた。いや、というよりもメルセデスが期待しすぎていたのだ。

 結論から言えばバランス栄養食がないのは当たり前として、チョコレートも缶詰もなかった。

 これは決して、この世界の文化水準が低いわけではない。

 まず、メルセデスが欲しているブロックタイプのバランス栄養食が初登場したのは1980年代だ。この世界に、そんな最近に登場したものがあるわけがない。

 缶詰の歴史は1810年にイギリスが初めて造ったもので、余裕で中世など過ぎ去った後の事だ。

 チョコレートの歴史は古いが、それでもチョコレートの原型となる飲料がヨーロッパに現れたのは1540年を過ぎてからの事であり、それもスペインのみでの普及であった。

 近代のよく知られているチョコレートなど、18世紀まで待たなければ現れない。

 では何が保存食や非常食として普及しているのだろうか?

 その答えは、メルセデスの前に並ぶ瓶詰の赤い液体である。

 ……血だ。

 それはそうだ。ここは吸血鬼の国なのである。

 ならば、吸血鬼が愛用する食料など血液に決まっているではないか。

 血液がそんなに長く保存出来るのかという疑問もあるが、まあ実際に売っているのだから何とかしているのだろう。ファンタジーってすごい。

 無論吸血鬼といえど、それしか口にしないわけではないし、普通の野菜や果物、肉なども食べる事が出来る。

 だが彼等にとって一番効率のいい食とはやはり血液なのだ。

 メルセデスも、生まれてからここまでに一度も血液を飲んでいないわけではない。

 こういう種族に生まれた以上仕方がないし、慣れる必要もあると割り切っている。

 だから何度か飲んでもいるのだが……どうも、口に合わない。

 いや、美味と感じてはいるのだ。吸血鬼という種族である以上、舌の上を通る血液の味を甘露と感じないはずもなく、確かに美味いと思っている。

 だが、それを美味いと思う自分自身に嫌悪感を抱いてしまう。

 それが『口に合わない』という思い込みを無意識で生み、血液への軽い拒絶反応へと繋がる。

 だからメルセデスは、血というものを必要以上に口にする事はなかった。

 婆やにも血を料理に混ぜる際は、自分に言わなくていいと伝えてある。

 それが血だと思うから思い込みが味覚を邪魔し、拒絶へと繋がる。

 悲しい事だが、知りさえしなければ本能的にそれを美味いと感じてしまう身体である。精神とは別に、この身体はやはり血を求めているのだ。

 しかし諦めるのはまだ早かった。

 しばらく食品コーナーをうろついてみると、何とカカオ豆が見付かったのだ。

 ただし人気はないらしく、ひっそりと食品コーナーの端っこに置いてあるというぞんざいな扱いではあったが。

 これにはメルセデスも思わず顔をしかめてしまった。


(おいおい、地球ではかつて貨幣代わりに流通すらしていた贅沢品が何て扱いだ……。

ファンタジーあるあるとはいえ、誰もこれの価値に気付いていないのか?)


 慣れ親しんだチョコレートの登場は18世紀以降だが、それ以前からもカカオは趣向品として親しまれてきたはずだ。

 カカオを粉にして湯に溶かし、バニラやコーンミールを入れた飲み物は古くから人々に愛され、それが少しずつ改良を重ねてあの形となったのだ。

 しかしまさか、この世界ではカカオ豆をそのまま叩き売りしているとは……。


(カカオを使った飲み物は薬用、及び強壮用だったと聞く。

血液で全てを賄える吸血鬼には必要なかった……だから全く普及しなかった、のだろうか)


 考察をいくらしても仕方がない。きっと、こうなってしまうだけの自分には分からない何らかの理由があったのだろう。

 どちらにせよ今言える事は、目の前にお宝があって、それがギャグのような値段で大安売りされているという事だ。

 値段を見るに、貴重ですらないのだろう。


(……まあ、色々突っ込み所はあるが好都合と割り切ろう。

上手くすればこれで一財、築けるかもな)


 金の成る木が目の前にある。

 そして周囲の人々は誰もかれもが、この輝く黄金の木に気付かず過ぎ去ってしまっている。

 これを上手く利用すれば、どれだけの収益が見込めるか……。

 まあいい。誰も見向きしないならば自分が使うだけだ。

 カカオ豆を買い物籠に入れられるだけ入れる。

 それから砂糖。牛乳は残念ながら見付からないので、別の店を当たるしかないだろう。

 更にすり鉢のような物もあったので購入。名称は違うが、やはり料理に使う道具というのはどんな国、どんな場所でも似たような形状へと行き着く。

 続けて鍋、細めの棒を買う。これは後で使う予定だ。

 バニラと似た物があったのは幸運だった。流石は長い歴史を持つ香料だ。

 異世界の人々といえど、バニラをスルーは流石になかったらしい。

 後はここにもう一つ、何か冷やす物が欲しい。

 冷蔵庫など流石にないだろうが、何か代用出来る物はないだろうか。

 そう思ってしばらくウロウロしていると、やがてメルセデスは『魔法石』と書かれたコーナーへと辿り着いた。


「すみません。魔法石とは何ですか?」

「ああ、はい。お嬢さん魔法石は初めて見るの?

これはね、魔法を封じておく事で、誰でも魔法を簡単に使えるようにするアイテムだよ」


 店員から説明を聞き、随分便利なものがあるのだなとメルセデスは感心した。

 やはり魔法がある世界ならば魔法があるなりの独自の発展をするらしい。

 メルセデスは氷の魔法が閉じ込められた魔法石を探し、同じようなものがいくつかあるのを発見。店員に聞いた所、値段が高い物ほど効果が高いという。やはり主な使い方は戦闘用か。

 しかしメルセデスはあえて一番安い物を購入し、更に製氷皿と密封性の高い箱も購入した。

 大型雑貨店を出て、次に向かったのは牛の飼育小屋だ。

 ここでミルクを購入し、買い物を終えて家へと帰宅した。

 まさかの予定変更だ。本当は準備を終え次第再びダンジョンへ向かう気だったのだが、それよりもやる事が出来てしまった。

 だがこれが出来れば、今後のダンジョン攻略が楽になる。

 それを思えば、これもまた必要な準備なのだ。

【ミルク購入時】

ミノタウロス♀「あらお嬢ちゃん、ミルクが欲しいのかしら?」

メルセデス「……あ、ああ」

ミノタウロス♀「ならちょっと待っててね……モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!(野太い声)」ブシャアアアア!

ミノタウロス♀「はい、どーぞ」 つ【バケツ】

メルセデス「( ゜Д゜)」


ちなみにミノタウロス♀の外見は二足歩行のホルスタインです。

牛のコスプレをした巨乳美女ではありません。ただの直立した牛です。


ところで、読者様の中にカカオ豆からチョコレート作るのに自信ニキいませんかね。

もしいたら、ファンタジー世界で作るならこうしたらいいんじゃないかってアドバイス貰えると私が大変喜びます。

ただ、現代でしか入手出来ないような道具使用はなしで。

一応自分なりに調べてはいるのですが……。


1、まずすり鉢ですり潰します

私「ほうほう、これならファンタジー世界でもやれそうだ」

2、次に精錬をします。これをしないと滑らかな舌触りになりません。

私「ふむふむ」

3、精錬コンチングマシンを使います。

私「……ない……そんなものは……っ!」

4、次にテンパリングですが、最近はテンパリングいらずのチョコが売っているのでそれを使うのもいいでしょう

私「……あるか……そんなもの……っ!

もっとこう……ないのか……っ! そこらの道具で素人でも出来るような……都合のいい作り方……っ!」


こうなってしまい、割とお手上げ状態になっております。

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[気になる点] 主人公の前世の記憶は、”他人の物語程度”だった気がするので血に対する忌避感はおかしいです。
[一言] 保存食の為に、いくらの荷物を運ぶだろう。 あと血に対する忌避感はよくわからない! 面白いよ、ミクルのところは特に......
[良い点] これがかの有名な初心者に優しい噛ませっぽい荒くれ冒険者か。洞窟で会うパターンは初めて [一言] もう遥かに遅いですが 正直重量スカスカで反動0の空気蹴って加速してたり初手で音の聞こえ方の違…
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