第五十九話 監督役の仕事
遠征実習の日がやって来た。
今回の目的は生徒だけで600㎞ほど離れた隣町へ行く事である。
隣町へのルートは、正規の街道禁止と学園側によって決められており、これは正規のルートを有りにしてしまうと全員がそこを通るのが目に見えているからだ。
正規のルートというのは当然、一番通りやすい場所を先人が選んで整備している。故に一番簡単な道なのは語るまでもない。
だがそれでは全員が同じルートを通るだけのレースになってしまうだろう。それでは意味がないのだ。
故に今回はあえて荒地などの遠回りした道筋を指定されている。
設定的には、正規のルートが野盗によって封鎖されたという筋書きだ。
「やはり皆、移動用に魔物を用意しているな」
「でも買えなかった子も多いみたいですね。ま、そりゃ有用な魔物は売り切れますよね」
ジークリンデが他の生徒の様子を観察しつつ言うと、ハンナも予想していたように答えた。
今回生徒に支給された軍資金は一人辺り二万エルカである。
それが二十人なので四十万エルカを学園が負担している。
太っ腹すぎないかとも思ったが、よく考えてみればそれ以上に学費として生徒達の親から受け取っているので問題ないのだろう。
さて、以前メルセデスが購入したクライリアが三十万かかった事を考えると二万では何も買えないと思うかもしれない。
だが魔物の値段もピンキリであり、この世界には人を乗せて走れるサイズの魔物がハムスターのような値段で叩き売りされているのも珍しい事ではないのだ。
今回生徒達から人気が高かった魔物は『ギガンティシュハムスター』といい、虎のようなサイズのハムスターだ。
ハムスターのような値段というか、そのまんまハムスターであった。
吸血鬼に懐きやすく夜行性で、一人くらいならば乗せて走る事も出来る。
体力にも溢れ、三時間くらいならば走り続けても問題ない。
値段は何とお手軽の五千エルカ。子供のお小遣いで買えてしまう。
頬袋に物を貯め込む習性があるが、食べられないものは呑み込まないので特殊な袋に保存食や道具を詰めて頬袋に入れて持ち運ばせる事も可能だ。
ただし問題点も多い。知能はそれほど高くないので言う事を正確に理解しない事が多いし、臆病なのですぐにパニックを起こして変な方向に逃げてしまう。
興味本位で飼い主を頬袋に入れてしまうという事件もよく聞く話だ。
まあ、元々愛玩用の魔物だ。移動用や戦闘用ではないので仕方ない。
ジークリンデもこの魔物を購入しており、言う事を聞かせるのに苦労していた。
「いいかハム助、こっちの方向に進むんだぞ。違う、そっちじゃない」
早くも関係ない方向に歩き出そうとするギガンティシュハムスターに手を焼かされているようだ。
メルセデスは下手な魔物を買うより自分で走る方が速いので必要なし。
経費は全て保存食へと回した。
ハンナも同じく魔物なし。足に自信ありといったところか。
他にはドード・リオッテも魔物を用意しておらずストレッチをしていた。
「実習を始める前に全員にそれぞれ監督役の上級生をつける。
ギブアップする時はこいつ等に言うといい」
グスタフがそう言うと、ゾロゾロと上級生がやって来た。
流石に下級生一人だけを送り出す真似はしないらしい。当然の対応であった。
その中にはフェリックスや、『濃霧』派閥リーダーのハルトマン、そしてハンナの息子達の姿もあった。
以前少しだけ話したゲッツ・ヘルダーリンとかいうチンピラもいる。
配置は既に決まっているらしく、フェリックスはジークリンデのお供になるようだ。
多分成績とかも関わっているのだろう。
ハンナの息子はハンナに付けられてしまって困惑している。どちらが監督か分かったものではない。
そしてメルセデスのお供は……。
「あ、ども……ひ、久しぶりだね……」
ハルトマン・ハルトマン。
『濃霧』派閥リーダーで、一度はメルセデスに脅しをかけた間抜けなボンボンである。
しかしそれがハンナにバレてお仕置きされ、以降はこうしてメルセデスに苦手意識が芽生えてしまった。
メルセデスとしても、こんなのを付けられても困るが授業は授業だ。受け入れるしかない。
メルセデスが選んだのは、近くの岩山を通るルートであった。
ブルートとアーベントロートの間を塞ぐように聳えるこの山は魔物が多く、道も荒れていて馬車が通るには不向きなので商人が好んで通る事はない。
故に正規の街道はこの岩山をグルリと迂回するようになっている。
整備されているのはこの岩山を右回りに迂回する道で、こちらを通る事は禁止されている。
なので大半の生徒が使うのは、岩山を左回りに迂回するルートだ。こちらは普段使われていないのであまり整備されておらず、旅に向いていない。
しかしメルセデスはあえて迂回せず、この岩山を真っすぐ登る事にした。
岩から岩へと身軽に跳ぶメルセデスに、監督役のハルトマンが息を切らせながらついてくる。
ハンナの教え子だけあって、なかなかの身のこなしだ。単なるボンボンではなかったらしい。
「お、おい……そんな飛ばすと後がきついぞ!
だ、だから、少し、休んだら、どうだ!」
「まだ余裕だ」
「い、今は……ゼェゼェ……余裕でも、後が……ヒー、ヒー……きついって言ってるんだ!
や、休……ゴホッ……休んだ方がいいと僕は思う!」
「疲れたら休む」
監督役が早くも休むように指示してくるが、それは彼等の仕事ではない。
体力配分も進むペースも、全てこちらに一任されている。彼等の役目はただ、それを見守る事だけだ。
つまりアドバイスはルール違反である。
なので考慮の必要なし。メルセデスは構わずに進み続けた。
◆
ジークリンデはメルセデスと違い、普通に迂回ルートを通っていた。
こちらは林があったり平原があったりと、いくつか進むべき候補があるがジークリンデは平原を突き進んでいる。
至って真っ当な、どこまでも正統派を走る王女であった。
その後を馬(学園支給)に乗ったフェリックスが付かず離れずの距離を保ちながら追随する。
時折ハムスターがコースアウトしたり、目についた木の実を齧り始めたりとタイムロスもしているが、概ね順調と言えた。
(ふむ、ジークリンデ王女は現時点で問題はなし、と。
判断力も機転もあるし、事前の準備も悪くない。
このペースならば二日くらいで着けるだろう)
フェリックス達監督役の役目は三つある。
一つは不測の事態……例えば野盗に遭遇してしまったり、魔物と遭遇してしまったりして下級生では手に負えない事態に備える事。
一つはギブアップの受理。生徒がもう無理だと判断した時にすぐ救助するのも監督役の仕事だ。
そして最後に評価。生徒の行動を見て、その判断力などを記すのも監督役の仕事であった。
フェリックスから見て現時点でのジークリンデは至って優秀、というものだ。
ルート選びも悪くなく、間違いなく上位に入っているだろう。
何より素晴らしいのは、自分の理解が及ぶ範囲の行動をしてくれている事か。
(メルセデスはさっき、岩山の方に向かってたな……まさかあそこを通る気なのか?
でもメルセデスなら、当たり前のように走破するんだろうな。ハルトマンも運がない)
妹は相変わらずおかしな事をしており、先程チラっと岩山に突撃しているのが見えた。
しかも魔物すら使っていない。完全に自分の足で進む気だ。
今回、移動用の魔物を用意していない生徒は三人だけだ。
メルセデスとハンナ、そしてドード・リオッテとかいう生徒。
ハンナは現在、こちらのルートを通る生徒達の中では丁度真ん中ほどの順位をキープしているが、これは意図的なものなのだろう。
ドード・リオッテは風魔法で空に足場を作りながら空を走っている。
足をバタバタと動かして飛んでいるように見えて、何だか間抜けだ。
更に道中にある木の枝に愛用の武器である鞭を絡ませ、その反動で木から木へと飛び移るなどの立体的な機動をも披露していた。
そうした意味の分からない事をしている輩と比べるとジークリンデは至って真っ当で分かりやすい。
「……ん? 何だ、あれは」
順調に進んでいたジークリンデだったが、前方から何かが走って来るのを目視した。
馬に乗った、白装束の連中だ。
どう見ても偶然通りがかった商人ではない。
「! 不味い!」
フェリックスはこれを異常事態と判断。すぐに剣を抜いてジークリンデを追い抜いた。
あの恰好には覚えがある。帝国の隠密集団だ。
今は夜中なので白装束はかえって浮いているし、全然隠密していないが、それでも隠密集団である。
狙いは、やはり王女だろうか。
まさかこんな、真夜中に堂々と襲撃して来るとは思わなかった。
「殿下、お逃げ下さい! ここは僕が引き付けます!」
ここで王女に手を出させるわけにはいかない。
フェリックスはジークリンデが逃げる時間を稼ぐべく、単騎で白装束の集団に突撃をかけた。
白装束A「隊長ー、夜に白装束は目立ちますって。ここは素直に黒装束に変えましょうよ」
隊長「馬鹿野郎! そんな事をしたら読者の皆様が『新勢力か!?』と勘違いして混乱しちまうだろうがァ! 俺等の個性、この装束しかねえんだぞ!」
白装束A「いやでも、この恰好だと俺等馬鹿みたいっすよ! 何で真夜中に白い服着て突っ込まなきゃいけないんすか! こんなの隠密じゃなくて隠密(笑)ですよ!」
隊長「うるせえ、いいから行くぞ!」




