第五十八話 二年度スタート
ゴブリンヘクサー指導の下、魔法力を溜める訓練を始めたメルセデスだが、やはりそんなすぐに成果は出ない。
メルセデスとしては身軽さは残しておきたいのでゴブリンヘクサーのように自らの体積を増やす方法は取らず、ハンナと同じくマナだけを貯め込む方法をとるつもりだ。
相変わらず派生属性に目覚める兆しもないが、とりあえず従来の重力魔法と風魔法の練度を上げながら待つしかないだろう。
そうして過ごしていると休みはあっという間に終わり、新しい一年が始まる事となった。
メルセデスは二学年へ、フェリックスは六学年へと上がり、また新入生として今年からマルギットとモニカが学園に通う事になる。
ゴットフリートは……残念ながら年齢が悪すぎた。
元々メルセデスよりも年上だった彼が今から上級生のクラスに入っても授業に付いて行けるはずがない。
悲しいが彼だけは自宅でお勉強だ。
実はこの一家で一番不遇なのは彼なのかもしれない。
入学試験の結果、モニカはAクラスへ。マルギットはCクラスへ入る事が決まった。
マルギットは座学ではトップだったのだが、実技が振るわずこの結果だ。
やはり荒事向きではないのかもしれない。
とはいえ、入学は入学だ。遅れはこれから取り戻せばいいだろう。
◆
「来月の実技は隣町への遠征を行う。
将来、遠出の機会というものは幾度となく訪れるものだ。
シーカーになるならば秘境の探索に行くだろう。ダンジョン内でも食料や体力の配分に気を付けねばならん。
領主になるならば義務として野盗や魔物の討伐に赴く事がある。
商人などは足が命だ。幾度となく街から街へ渡り歩く事になる。
そこで今回は、こちらが決めたコースを通って隣町まで向かってもらう。
全員にはあらかじめ資金を渡すので、それを使って必要な物を自分で選び、考え、用意しろ。
必要ならば仲間と相談する事も認めよう。
ただし、今回はその資金で得た以外の食料や物資を持ち込む事を禁止する」
二年生になって最初の実技は遠出の練習のようだ。
グスタフの言うように、この世界ではとにかく大半の仕事で足を使う。
地球のようにインターネットが発達して、自宅から動かずに仕事が出来るなんて事はない。
情報一つにしても、とにかく自らの足で動かなければ手に入らないのだ。
今回メルセデスにとって不利なのは自前の物資が用意出来ない点か。
しかしこれは当然の措置だ。こうしなければ資金に余裕のある貴族が有利になるに決まっているからだ。
つまり一月の間に、必要なものを選んで用意しろという事だ。
遠出を始める前から既に授業は始まっているのだ。
恐らくは服装や靴なども向こう側で指定されるはずだ。
「今回の遠征は『隣町に野盗が攻め込み、救援を求められた』という設定で行う。
また、通常のルートは占拠され、特殊なルートを用いる必要性に迫られたものとする。
どのルートから向かってもいいが、正規の街道を通ればその時点で失格だ。
当然迅速さが求められるが、速く着く事を優先する余り、到着した頃には疲労困憊で立つ事もままならんのでは話にならん。バランスをよく考えておけ」
「なあメルセデス。何を買うのがいいと思う?
私はこういうのが正直よく分からないんだ」
グスタフの説明が終わり、早速生徒達は仲のいいグループ同士で相談を開始した。
ジークリンデも早々にメルセデスの所へ来て、知恵を借りようとしている。
ハンナは隣でニコニコと笑っているが、助言をする気はないらしい。
自力で頑張れと言いたいのだろう。
「足となる魔物を買うか、それとも食料などを揃えるかで変わるな。
資金の使い方一つで差が出ると考えていい。
足の速い魔物を買えば、それだけで資金はほぼ尽きるだろうから食料は最低限しか揃えられん。
速く着く事は出来ても、飢えて戦いどころではなくなっているだろう。
逆に食料を豊富に揃えれば余裕をもって辿り着けるだろうが、到着が遅れてしまうので今回の設定的には大失敗だ」
「飛べる魔物を買って、一気に隣町まで行くのはどうだ?」
「それも考えたが、吸血鬼を乗せて飛べるサイズの魔物となると相当高価だろう。
今回の資金で足りるとは思えんな」
ある程度の速度を確保しつつ、街に着くと同時に戦えるだけの体力も残さなければならない。
それが今回の課題で見られる点だ。
これを一定の資金だけでどうにかしろというのだから、一年度に比べて一気に難易度が上がったと言える。
「隣町……ブルートへの距離は馬車で大体二日半といったところか。
徒歩だとその倍はかかりそうだな。
足の速い魔物を走らせても、一日はかかると見ていいし、その魔物の分の食料も買う必要が出るから、コスト的に厳しい。
資金を魔物購入に充ててしまうと、途中で息切れするのは間違いないな」
ジークリンデは地図を見ながらどうするべきかを必死に考える。
実の所、メルセデスはこの課題をクリアしようと思えば簡単にクリア出来る。
そもそも去年は何度もブルートと王都の間を往復していたのだ。今更すぎる課題である。
重力魔法と併用した音速空中ダッシュを使えばこの程度の距離は問題にならない。
馬車の移動速度を時速10㎞とし、それで二日半かかるので単純に計算すれば王都とブルートの距離は大体600㎞ほどとなるだろう。
勿論これは馬車が二日半ぶっ通しで休まず一定の速度で進む事が前提の計算であり、実際は馬車だって途中で休憩くらいするのでもっと短い。
一方メルセデスは音速で飛ぶ。その速度は時速に直して約1200㎞。
つまりメルセデスは本気になれば三十分で王都からブルートへ移動出来るし、一時間あれば往復だって出来てしまう。
三十分で飢える事はないので食料など用意する必要すらない。着いてすぐに戦闘突入可能だ。
とはいえ、それをやってしまっては授業の趣旨に反するし、意味がない。
なのでメルセデスは今回空中ダッシュを封じ、苦労して遠征する事を学ぼうと考えていた。
舐めプとか言ってはいけない。ただメルセデスは苦労するという価値ある経験を積もうとしているだけだ。
一日の授業が終了し、早速街へ出た三人は店を回って必要なものを見て回る事にした。
食料はなるべく安くて腹持ちがいいものを。それでいてある程度の移動速度も確保しなければならない。
ここで半分以上の生徒が保存用の血液を買いに走る辺り、吸血鬼という種族がいかに血に依存した食生活を送っているか分かるというものだ。
「チョコレートとかはどうだろう? あれは結構腹持ちがいいと聞くぞ」
「やめておけ。アレは高すぎる」
ジークリンデがまず候補に挙げたのはチョコレートだ。
発想としては実に正しい。元々メルセデスも、その為にチョコレートを開発してトライヌに技術提供をしたのだから。
しかしトライヌがチョコレートの値段を貴族向けにしてしまったので、もう本来の使い方は出来ない。
保存食にするには値が張りすぎるのだ。
メルセデスは開発者なので安く仕入れる事が出来るし、今もダンジョン内にはトライヌから送られたチョコレートがかなりの量保存されている。
ダンジョン内に入れておけば不思議と腐らないが、これは物を分解する機構を持つナノマシンを制御する事で可能としているらしい。
「缶詰も高いよねえ。少しずつ値下がりはしているみたいだけど」
店頭に並べられた缶詰の値札を見てハンナが呟く。
缶詰も保存食としてトライヌに技術提供したものだが、こちらもやはり高い。
これは航海に出る吸血鬼達が買い占めてしまうせいで値段が高騰したからだ。
胡椒も魔石もいらず、食料を長期に渡って保存出来る缶詰は航海の頼もしい味方である。
船乗り達が飛びつくのも無理のない話であった。
そして、少し前まで高級品だった胡椒は今や値下げに次ぐ値下げのハイパーデフレを起こし、そこらの調味料よりは少し高い程度にまで落ちぶれてしまっていた。
胡椒を専門に取り扱っていた商人は涙目である。
「移動速度の確保も考えなければな……何かいい道具があるといいのだが」
「風の魔石を埋め込む事で高い跳躍を可能にした靴を使う、氷の魔石や魔法で道を凍らせてソリで滑る、土の魔石で道を整備し、ショートカットを作る……工夫はいくらでもありますよ、王女様」
「だが、どれが一番いいかは教えてくれないんだろう?」
「それは勿論。私が教えては授業になりませんので。今言ったのも、誰でも思い付く程度のアイディアです」
アドバイスしないと言いながらアドバイスしているハンナも大分お人よしだが、それでも答えは教える気がないらしい。
ジークリンデはしばらく悩みながら店の中を見て回った。
('A`) ←胡椒を専門に扱っていた商人
/ ̄ノ( ヘヘ ̄ ̄
転生者や転移者の皆様、どうか覚えておいて下さい……。
貴方達が新事業を興した時、新しい商品を現代から持ち込んだ時。
いつだってそこには、私のような者がいるという事を……。
それを飯のタネにしていた、そして貴方達のやった事で仕事がなくなり、食うにも困る様になってしまった敗者がいる事を……時々でいいので、思い出して下さい。
……とりあえず駄目元でシーカーでもやってみますけどね……未来は暗いなあ……。
――後にダンジョンから財宝を持ち帰り、一財産を築いた伝説のシーカー『コショウナンテ・イランカッタンヤー』の言葉である。




