第五十七話 不老期に関する一つの考察
前期の激動が嘘のように後期は何の事件も起きなかった。
普通に授業を受け、普通に実習訓練をし、普通にテストを受けて、普通に成績の悪い生徒がBクラスに落ちて代わりに成績のよかった生徒がAクラスへ編入され、そして普通に一年の終わりを迎えた。
やはり学園から帝国の手の者は完全に退却してしまったのだろうか。
仮にそうだとしても、王女がいる以上は護衛責任者であるハンナがいなくなる事はないが、ともかくようやくメルセデスは望んだ平穏な学園生活を謳歌する事が出来た。
自ら他者を引き離してしまう為、相変わらずの高性能ぼっちではあるが、それでもジークリンデなどがよく話しかけて来るので完全なぼっちではない。
「今年も無事に終わった」
一年の締めくくりとして、この学園では大ホールに生徒を集めての終業式がある。
壇上で長々と話すのは、この学園の長であるフレデリックだ。
彼は相変わらずヨロヨロとふらつきながら、長々と話している。
「一年経つ毎に子供等は成長し、一年経つ毎に老いてゆく。
儂も皆と同じくらいの年齢の頃は早く大きくなりたくて仕方なかった。
早い段階で不老期を迎えた同級生をからかったりもした。
しかし今となっては、その同級生を羨んでいるのだから人生分からぬものじゃ。
よいか、若い時間は有限じゃ。不老期が訪れるなどという幻想を抱かず、今のエネルギッシュな自分をよおく覚えておくとよい。いつか儂と同じ絶望を味わう生徒がこの中からも何人かは出るじゃろう」
そして話はあっという間に脱線し、終業式や学業と全く関係ない方向にコースアウトしてしまった。
幼い状態で不老期を迎えてしまうのは嫌だが、それ以上に老人になってから不老期が来るのは誰でも嫌だろう。
吸血鬼だからといって、決して若さが保証されるわけではない。
低い確率ではあるが、それでも確実に彼のような者も出てしまうのだ。
「一説によると不老期の訪れは子供を成すか否かで左右されるという。
不老期は子を成す為に若い期間を多く用意する機構であり、故に子を成してしまえば不老である必要はない。だから不老期も訪れないというわけじゃ。
もっと簡単に言えば【ベッドファイ!】をしたかどうかじゃな。
じゃが女子はともかく男子は身体側にそれを判断する術がない。要は【謎の白い液体】を出したかどうかで判断されてしまう。つまりは【片手が恋人】をすればするほど不老期が遠のくという学説じゃ。
儂も若い頃は下半身がエネルギッシュで、イケメンじゃったから若い女子が集まってきた。毎日遊び惚けておったよ。女子の方は……」
「おい誰かあの老いぼれ止めろ! ストップ、ストップ!」
「あのボケジジイ引きずりおろせ!」
とうとう話が下ネタにまで発展したところで、他の教師が雪崩れ込んで学園長を連行して行った。
生徒達はもうドン引きだ。せっかくの終業式に何を話しているのだ、あの老人は。
そして気になるのは、上級生男子のうちの何人かが青い顔をしている事だろう。
どうも心当たりがあるらしい。
「相変わらずだねえ、フレデリック君」
「若い頃からああだったのか……」
「昔は結構顔がよかったからモテてたんだよ。よく、休みの間に何人抱いたかとか友達に自慢してたなあ……」
遠い目をするハンナを見ながら、メルセデスはなるほど、と頷いていた。
あくまで一説ではあるが、性行為の有無が不老期に関係するというのは本当にあるかもしれない。
そもそも不老期自体が何のための機構なのかよく分かっていないのだ。
だがそれも、長寿故に次代を残す事に消極的な吸血鬼が数を減らしてしまわない為のものと思えば納得出来る。
例えばハンナは百歳を超えているが、その子供は十五歳だ。つまりは八十歳を超えるまで子供を作らなかったという事であり、いかに吸血鬼が次代を残す事に消極的な種族かが伺える。
ベルンハルトにしても長兄であるフェリックスの年齢からして、最近まで子作りはしていなかったのだろう。
……もっともあの男は割と老けているので、若い頃に女を何人か抱いていたのかもしれない。
女の方はまあ、つまりは若いうちにそういう経験を多く積んでしまうと不老期が遠のくといったところだろうか。
しかしハンナのように子供の時点で成長が止まってしまう例もあるので、やはり最終的には個人差によるという結論が出てしまう。
そんなどうでもいい知識が増えてしまった終業式であった。
◆
屋敷に帰ったメルセデスが取り掛かったのは魔法の訓練であった。
身体能力はかなりのレベルに上がったと自負しているが、反面魔力の伸びが著しくない。
ギルドカードでも魔力だけレベル3と、明らかに他の能力と比べて低くなってしまっている。
理由は自分で分かっている。魔力は重力訓練のような『ズル』が出来ていないからだ。
重力を自分にかければ筋力が上がるし、血操術も強化されて加速的に強くなっていく。
だがそれで伸びるのは身体能力的なものだけだ。魔力には影響しない。
つまりレベル3という数字こそが、ズルに頼らないメルセデス本来の素質と言えた。
しかしそれが自分の資質だからと伸ばす事を諦めてしまえば、そこで歩みも止まってしまう。
別に遅いなら遅いで構わないのだ。それでも歩き続ければ前へ進むのだから。
止まらない事。前へ進み続ける事。それだけが今出来る事だ。
そこでメルセデスは暇さえあればシュタルクダンジョン内に行き、そこで魔法の訓練をする事にした。
教師役にはゴブリンヘクサーを付け、彼は話せないので翻訳としてゼリーも近くに置く。
ゴブリンヘクサーは魔法を得意とするゴブリンで、メルセデスが所有するダンジョンにこれ以上魔法に精通した魔物はいない。
どちらかというとこのダンジョンは近接戦闘寄りの魔物ばかりだ。
火を扱う魔物なども本能で扱っている部分があるので教師役に出来そうな魔物がこれしかいなかったのだ。
「プルプル。魔法は自分の中にあるマナに命令を与えて外に出し、外のマナに呼びかけてもらって色々な事を出来るようにする方法の事なんだよ。
世界っていうのは大雑把に言えば全部マナで出来てるから、世界を動かす力と言っても言い過ぎじゃないよ」
ゴブリンヘクサーがゴブゴブ言いながら解説するのを、ゼリーが若干鬱陶しい口調で翻訳する。
それにしても、ファンタジー定番のやられ役であるゴブリンから物を教わる日が来るとは思わなかった。
前世で見たファンタジー作品ではゴブリンを狩り続けている主人公もいるというのに。
「自分の属性と同じ場所で瞑想すると魔法が使えるようになるのは、必要な魔法を構成するマナの配列を感覚で覚えるからなんだって。
でも何でどの生物も四つまでしか属性を得られないのかはよく分かってないみたいだよ。不思議だね!」
魔法とは要するに、どれだけ上手く外のマナに言う事を聞かせられるかだ。とゴブリンヘクサーは語る。
個人によってその命令する力には差があり、それを彼等は魔力と呼ぶ。
魔法力とは、その命令に使用出来るマナをどれだけ内包しているか……そして内包出来る限界量がどれほどなのか、といったところか。
つまり、身体を構成していない素の状態のマナを体内に多く蓄えられる者が魔法に強いのだ。
あるいは、余剰にマナを備蓄している者も魔法では有利になる。
「つまり太って、余計に脂肪を蓄えてる奴はその分魔法力も多いわけか」
「そうなるね! デブの方が魔法を多く使えるよ!」
「身も蓋もないな」
魔法使いといえば、華奢な後衛型というイメージが強い。
細くて小さい魔法使いが後衛で魔法を飛ばしているシーンというのはフィクションではよく見かける光景だろう。
その配置に太った巨漢が置かれている事はそうあるまい。
しかしこの世界ではむしろ華奢な者は魔法に不向きらしい。
どちらが後衛か分からなくなる絵面だ。
……いや、そんなブクブク肥えていてはどのみち前衛は無理か。
「だが細くても魔法を使う者はいるようだが?」
「それは使い方が上手なんだって! 身体を構成する方に回さず、マナをそのまま体内に入れておける人は細い体形を維持したままでも魔法力を増やせるよ!
でも体の中にマナが沢山あるから、実は見た目より少し重いんだって!」
「そうか。ところでゴブリンヘクサーは……」
メルセデスの目がゴブリンヘクサーへと向く。
すると彼はドヤ顔でローブの前を開けた。
すると、ぽっこりと膨れた腹が露わになる。
どうやら彼は普通に太る事で魔法力を蓄えるタイプらしい。
メルセデス「…………」
ハンナ「どうしたの?」
ニア 拾う
ニア ハンナ
ハンナ「なに!?」
メルセデス(……なるほど。少し重いな)




