第五十五話 武芸祭
オークを何体か捕獲しながら十五階層へと辿り着いたメルセデスだが、やはりそこに扉はなかった。
代わりにいたのは、3mほどのサイズの巨大なトカゲ……いや、ドラゴンだ。
やや猫背ながらも二足歩行で立ち、全身は緑色の鱗で覆われている。
ドラゴンとして考えればかなり小型なのではないだろうか。
『現地識別名、レッサードラゴン。
竜種の中では弱い部類ですが、大木を噛み切る咬筋力とそれを可能にする牙、オーク程度ならば両断してしまえる爪を持ち、全身の鱗は鉄の剣程度ならば跳ね返し、口からは1000℃の炎を吐きます。
初心者にとってはやや厳しい相手と言えるでしょう』
「ふむ……ところで、名前がオルクスの言語体系と少し違うようだが?」
『推測するに、最初に発見して名付けたのが吸血鬼以外の種族なのではないでしょうか』
レッサードラゴンの名前はメルセデスも知っている。
今使用している靴が、確かレッサードラゴンを使って作られた靴のはずだ。
しかしよく考えれば、レッサードラゴンという名前はオルクスの言語ではない。
名称というのは各国で異なるものだ。例えば猫は英語ではキャットだがイタリア語ではガット、あるいはガッタと呼ぶ。
しかしどうも、この世界では名称というものは……少なくとも生物の名前は一度決まれば基本的にはそれで固定されるらしい。
椅子や机などは流石に各国ごとに名称も違うのだろうが、魔物に限って言えば統一されている可能性が高い。
思えば、ワルイ・ゼリーなど明らかに別の国の言語だ。
そんなどうでもいい雑学をツヴェルフと話している間にも、既に戦闘は始まっている。
ゼリーとレッサードラゴンが殴り合うが、やや劣勢だ。
レッサードラゴンの物理攻撃は流動体のゼリーの前では意味をなさないが、火炎放射は別である。
スライム系は炎に弱い。ファンタジーの常識だ。
「ぎゃー! 僕燃えてるゼリーだよ!」
「もういい、戻れ」
このまま放置したらゼリーが死にそうなのでブルートアイゼンへ戻し、入れ替わりでクロが飛び出した。
目にも止まらぬ俊敏さでレッサードラゴンの脚を噛み千切り、ダウンさせる。
続けてベンケイが大剣を振り下ろし、尻尾を切断した。
レッサードラゴンもすぐに立ち上がるが、今度はそこにメルセデス自身が飛び込んだ。
そのまま勢い任せに片手でブルートアイゼンを一閃するが、刃が首に食い込んだ所で止まってしまう。
(硬いな……だが)
片手で駄目ならば両手だ。
素早くブルートアイゼンを両手持ちに変え、力任せに振り切った。
すると今度こそレッサードラゴンの首が両断され、血を撒き散らしながら地面を転がる。
それを見て迅速にシュフが駆け寄り、解体と血抜きを開始した。
おい、戦えよ。
「やはり、扉は出てこないか。完全に隠されてしまっているな」
分かっていた事だが扉はない。
恐らく扉はもっと下の階層にあって、ダンジョンの拡張機能で隠されてしまったのだろう。
簡単に言えば、下へ続く階段をマスターによって撤去されてしまっているのだ。
あるいは床を破壊して無理矢理下の階層に行けば扉は発見出来るかもしれないが、それでも黒の扉は出てこないだろう。
「マスター。このドラゴン、何やら妙な腕輪を装備しておりましたが」
もう帰ろうか。そう考えたところで、シュフが腕輪を持ってきた。
ドラゴンのくせに何か装備していたらしい。
そう言えば受付も、ここのボスは少し豪華な装備を持っていると言っていた気がする。
『ふむ。どうやら炎を使った際にその火力を上げる効果があるようですね』
「火属性のサポートか。私には使いこなせんな」
今回のお宝は火属性用の補助器具だが、メルセデスの属性は風と地だ。使い物にならない。
しかし自分が所有しているダンジョンには火を使う魔物もいるので、無駄にはならないだろう。
とりあえず持っておこうかと決め、ダンジョンに収納した。
◆
エーデルロート学園では冬に武芸祭が開催される。
しかしメルセデスはこの祭りに参加する気はなかった。
と、いうのも学年制限が課せられているせいだ。
実際に武を競い、戦えるようになるのは四学年以降。
三学年以前の下級生は実戦を禁止され、皆の前で技を披露するだけに留められる。
それはそれで意味のあるものなのだが、メルセデスは見世物になる気はないので今年度の参加を見送る事にした。
技の冴えを他者に見てもらう事に意味がないとは言わない。
だがその他者が武に精通していない貴族や商人ではただの見世物大会だ。
上辺の派手さだけを評価するような催しなど、何の価値も感じない。
メルセデスとは逆に狩猟祭に参加しなかったジークリンデは嬉々として参加した。
狩猟祭に出なかった理由は、王族である彼女が出てしまうとそれだけで一強の派閥が完成してしまうからで、それを嫌ったからだ。
しかしこの武芸祭に派閥などない。王女という事で贔屓はされるだろうが、それでも狩猟祭よりは遥かにやりやすいのだ。
下級生の部への参加を拒否したメルセデスだったが、武芸祭そのものに興味がないわけではない。
上級生同士の戦闘などは参考に出来る技術なども多く出るだろうし、見るだけでも損はしない。
総合的な強さを言えばメルセデスに届く者などこの学園にいないが、それは重力トレーニングで得た圧倒的な基礎スペックがあるからだ。
それを抜きにした技術を言えばメルセデスはまだまだ未熟であり、上級生に学べるものは多くある。
上級生の部は、狩猟祭で好成績を上げた者でも上位に食い込めるとは限らない。
同派閥同士でぶつかれば序列が発生して勝利を譲るという興冷めな一幕も展開されるが、別派閥ならばたとえ相手が派閥トップだろうが構わず倒しにかかる。
事実、雷鳴派トップらしい生徒――名前はローター・タベルというらしい。
大人の玩具を食べてそうな変な名前の彼は濃霧派にいたハンナの息子にボコボコにされてしまっている。
逆に濃霧派トップのハルトマン・ハルトマンは以前メルセデスを勧誘してきたゲッツ・ヘルダーリンとかいうチンピラに負けていた。
その中でも安定して好成績をあげているのはフェリックスだ。
彼は他の派閥トップと違って本人が強い。
その剣術はどこまでも正統派で、ジークリンデにも通ずるものがある。
しかし尖った物がないのも事実であり、綺麗で完成されてはいるが発展性もなかった。
よく言えば教科書通り。悪く言えば小さく纏まってしまっている。
逆に荒削りながら暴れているのは螺旋派リーダーのジクストゥス・シェーンベルクだろうか。
あの狩猟祭の後も懲りずにメルセデスを勧誘しに来ている男は、技術はないがとにかく恵まれた体格と腕力に物を言わせてゴリ押ししている。
まあよく考えてみればこいつだけ留年を繰り返しての二十歳である。有利なのは当たり前だ。
結局下級生の部はジークリンデが、上級生の部は激戦の末ジクストゥスが優勝して幕を閉じた。
フェリックスは準優勝に終わってしまったが、正統派はやはり強い。
しかし、観客席の中にベルンハルトの姿は、もうなかった。
ジクストゥス(20)「フハハハハハ! 俺こそ学園最強だ!」
教師(そりゃあこいつだけ二十歳なんだから勝つの当たり前だよなあ……)
教師(誰かこいつ参加禁止にしろよ……)
教師(座学がクソすぎて毎年赤点で留年してるけど、実技だけは強いんだよなコイツ)
ハンナ(フェリックス君、実質優勝なのに可哀想……)
【悲報】フェリックス兄貴、どこまでも運に恵まれない




