第五十四話 そのダンジョンを持つ者
「グルルルル! いい事を教えてやろう!
ダンジョンで出る魔物が装備している武器は奪う事が出来る! 装備を買う金がない時に便利だ!
無駄な話をした! 死ね!」
「プルプル!」
ダンジョンの中で現れた魔物をゼリーが一撃で殴り飛ばした。
二足歩行の鼠のような魔物だったが、ゼリーの敵ではない。
ここに入ってから何度も繰り返された光景だ。
――簡単すぎる。
ダンジョンを進みながらメルセデスは、その余りの難易度の低さに疑問を覚え始めていた。
先頭を歩くゼリーは元々、罠にかからせる為に召喚した魔物で、言ってしまえば死亡上等の使い捨ての駒だ。いくらでも替えが効く。
なのにまだゼリーは死なず、元気に先頭を進みながら出て来る魔物を蹴散らしている。
時折罠にもかかっているが、どれも致命傷には程遠く軽いダメージを与えるようなものばかりだ。
そもそも罠があるというのも思えば妙な話だ。このダンジョンは頻繁にシーカーが入っているのだから、その都度解除されるなり破壊されるなり、あるいは発動するなりしているはずだ。
なのに何故罠が残っているのかと考えれば、誰かが再設置しているという答えにしか行き着かない。
「ツヴェルフ、ダンジョンは魔物以外にも罠を自動で設置するものなのか?」
『いいえ、マスター。私達のようなダンジョンの管理者は予め配置してある魔物や設備が失われた際にそれを補充し、ポイントが溜まれば魔物を新たに量産もしますが、無い物を新たに設置はしません。私達が行うのは補充……現状維持だけです』
「逆に言えば、罠が最初からあれば補充するんだな?」
『はい。あればそうします』
「つまりそれは、このダンジョンに罠を設置したマスターがいた……あるいは、いるという事か?」
『そうなります』
プラクティスダンジョンにあってシュタルクダンジョンにはなかった物がある。それこそが罠だ。
シュタルクダンジョンは誰の手にも渡った事がないダンジョンだったのだろう。だから罠など用意されていなかった。つまりメルセデスが得た状態で初期設定のままだったのだ。
一方このプラクティスダンジョンは初期設定ではない。
明らかに、他のマスターの手が加えられたダンジョンだ。
問題はそのマスターが既に過去の人物で、死んでダンジョンが解放されただけなのか……それともまだマスターがいるのか、だ。
(そして、簡単すぎる……既に十階層を超えているのに、出て来る魔物はどれもゼリー以下……。
徒党を組んで出て来る魔物もいるが、やはり単体での強さは大したことがない)
決してゼリーだけで勝てているわけではない。
数を揃えて来る魔物がいれば流石にベンケイからの援護攻撃が入るし、ゼリーだけでこのダンジョンに挑んでいたならばもう死んでいただろう。
だがそれでも、一対一ならば全ての敵がゼリー以下なのだ。
あのゼリーは多少は鍛えて本来よりも強くなっているが、それでも大して強いわけではない。
このダンジョンが弱い……そう考える他なかった。
「覚えておけ! ダンジョンで倒した魔物はしばらくすると消えて無くなる!
だが解体して所有物にすれば消える事はない!
だからお前を解体して俺の所有物にしてやる!」
「アドバイスありがとう!」
今度出て来た魔物は二足歩行のトカゲであった。
しかしゼリーの敵ではない。またしてもゼリーに呆気なく倒されて動かなくなってしまった。
そして死んだ魔物を素早くシュフが解体するのもお約束だ。
やはり弱い。簡単に、何の苦労もなくどんどん下に降りる事が出来てしまう。
ここまで簡単だと、何かの罠かと疑りたくなるレベルだ。
「ベンケイ、シュフ。このダンジョンをどう思う?」
「手応えのないダンジョンかと思います。出て来る魔物が雑兵しかいない」
メルセデスはベンケイとシュフに意見を聞く事にした。
仮にもダンジョンから生まれた彼等ならば、自分よりも有意義な意見を出せるかと期待しての事だ。
それに対し、ベンケイはメルセデスとほぼ同じ感想を口にした。
「いいえ、主よ。ここは素晴らしいダンジョンです。出て来る魔物や、そこらに生えている草一本に至るまで使えない物がない」
「おいシュフ、それはお前にとっての話だろう。主が求めている意見は……」
「待てベンケイ」
シュフは相変わらずおかしな事を言っており、ベンケイは呆れながら言葉を遮った。
しかしメルセデスは何か引っかかりを覚え、ベンケイを止める。
これは……案外、重要な事ではないか? そう思ったのだ。
「続けてくれ、シュフ」
「はい。例えばあそこに生えているキノコですが、あれは食用です。
そこの岩の隙間から出ている草は薬草に使えます。
出て来る魔物も全て上質な肉か、素材になるものばかり。売れないものがありません」
「…………なるほど」
メルセデスは顎に手を当てて考える。
ここまで来れば、流石にこのダンジョンに込められた意図を読まずにはいられない。
明らかにわざと、弱くて便利な魔物ばかりが配置されている。
まるで倒して使ってくれと言わんばかりに。
やはりこのダンジョンには、マスターがいる。ここは既に攻略済みのダンジョンだ。
(王家所有か……? いや、それならば公表されているはず。
このダンジョンがここにある事で一番得をするのは……あの男だが……もしそうなると、私の予想以上に厄介だな)
メルセデスの脳裏に過ぎったのは、いずれ戦う事になる父の姿だ。
もしもこのダンジョンが父の所有物ならば、それは厄介な事だ。
父との戦闘は即ち、ダンジョン所有者同士の戦いになってしまう。
つまり、軍を持っているという絶対的アドバンテージが失われてしまうのだ。
それどころか、自分達の戦いは決闘であると同時に戦争となる。
その時、周囲に与える被害が計り知れない。
「冥途の土産に教えてやる! 明かりのない完全な暗闇の中では魔物もお前の姿が見えていない! 匂いと音で探知しているだけだ! だからそれを誤魔化してしまえば俺達はお前の姿を見失う!
ではそろそろ地獄へ行け!」
「僕も魔物だから知ってるよ!」
今度出て来たのは、木製の人形のような魔物であった。
やはりゼリーの敵ではなく、三発殴られただけで動かなくなってしまった。
「シュフ、あれは使えるのか?」
「家具に使えます。上質な木材ですよ、あの魔物は」
「なるほど」
至れり尽くせりとは、まさにこの事。有難すぎて胡散臭い。
このダンジョンは、明らかにブルートを発展させる為に難易度をわざと低く調整されたものだ。
なるほど、商人やシーカーが集まってくるわけだ。こんな美味しい狩場があれば誰だってここに来る。
ちょっと頑張って狩れば生活の糧になるし、狩った魔物は市場に流れて様々な形で経済を潤す。
食料は存分に行き渡って餓死者はいなくなり、人口は増えて益々働く者が増える。
富国強兵といったところか。食が満足に足りていれば民は富み、富んだ民は徴兵して兵士に出来る。
その民ですら、この難易度の低いダンジョンである程度の戦闘経験を積んでいる者が多く、ただの素人ではない。
このやり方の巧い所は、最初から全て与えるのではなく、あくまで自分達にやらせている事だ。
最初に全てを与えてしまえば民は腐るだろう。ファルシュは恵まれすぎれば腐っていく生き物なのだ。
だがこれならば、腐らない。むしろ更なる稼ぎを求めて研鑽する。
ダンジョンに潜れば潜るほど稼げる。ならばリスクを減らす為に鍛えるだろう。
そうしてダンジョンを何度も潜り、何度も素材や魔物を持ち帰って経済に貢献する。
食べる物が増え、それによって民は健康になり、健康になった民のうちの何人かがダンジョンへとやって来る。
統治者として考えるなら、王剣のように下手に王家の秘宝として独占するより余程巧いやり口だ。
そうして巡り巡って強化されたこの都市は、最終的にはベルンハルトの便利な駒となるのだ。
その為ならば民を富ませるし、食も与える。庇護だってする。
全ては、己の利の為に。
(見据えている……既に、先の戦争を)
そしてこれは、アピールでもある。
ここまで露骨にベルンハルトに都合のいいダンジョンがあれば、少し賢い者ならば誰でも考えるだろう。『もしかしたらベルンハルトはダンジョンを持っているのかもしれない』と。
その疑惑が生まれてしまえば簡単には攻め込めない。
もしこの考えが正しければダンジョンを二つ相手にしなくてはならなくなるのだから。
ベルンハルトはこの疑惑によってベアトリクス帝国を牽制しているのだ。
勿論王家がこの事をベルンハルトに問う事は出来ない。
『お前ダンジョン持ってるの?』と聞いて、『持ってます』と言われてしまえば自分達の権威が脅かされてしまうからだ。
だから前の王も、ベルンハルトに公爵の地位を与える事で味方に留めつつ真相を明らかにする事を避けたのだろう。
敵にとっても味方にとっても、ベルンハルトの資産の出所は開けてはならないパンドラの箱なのだ。
……もっとも、今の王家であるジークリンデならば素直にベルンハルトに聞いてしまいそうな怖さがある。
とはいえ、全てはベルンハルトがダンジョン所有者である事を前提にした仮定の話。
だがもしも、本当にベルンハルトがダンジョン所有者ならば……こちらもダンジョンを強化しなくては勝てない、とメルセデスは改めて敵の強大さに舌を巻いた。
魔物「“まだ行けるはもう危ない”! 心に刻んでおけ!
引き際を間違えたお前をここで喰ってやる!」
メルセデス(それにしても、こいつら親切だな……)




