第五十三話 プラクティスダンジョン
学園も屋敷もドロドロしている貴族社会に若干うんざりしたメルセデスが向かった先は、実に久しぶりとなるシーカーギルドであった。
メルセデスがギルドに入ると荒くれ達の野獣のような視線が彼女を射抜く。
互いが互いを商売敵と見做し、自分達以外は信じないと初手にして無言で明かされるこのピリピリとした感じがメルセデスは気に入っていた。
笑顔で近付き、親しい隣人の仮面を張り付けて裏でドロドロとしている貴族社会にはない、荒くれだからこそのサッパリとした敵意がここにはある。
最近はあっちこっちもドロドロしており、いい加減ストレスが溜まってきたメルセデスは気分転換も兼ねて久しぶりにダンジョンへ入ろうと考えたのだ。
「あらあ、お久しぶりねえ。ご無沙汰だったじゃない」
受付には以前と変わらず、気前よく出迎えてくれるオネエ系吸血鬼がいた。
スキンヘッドだった頭はモヒカンになっており、顔の縫い跡も以前と少し変わっている。
また少しお洒落を変えたようだが、このセンスは理解出来ない。
「ああそうだ、ギルドカードの更新していく? 随分やってないでしょ」
「そうだな。やっておこうか」
受付が新しいカードを出し、メルセデスは古いカードを彼に渡す。
ランクの更新ならばカードを取り換える必要はないが、カードに記された能力値を更新する場合は取り替えなければならない。
これは偽装や虚偽を防止する為だ。
昔は血さえ付ければ自分で能力値を更新出来たのだが、するとそれを利用して強者の血を付ける事で能力値の偽装を行う輩が現れ始めた。
なので今のギルドカードは書き換え出来ない特殊なインクを用いた上で、新しいカードでなければ血を付けても反応しないようになっている。
この技術はかつてダンジョンより宝を持ち帰ったという伝説のシーカー『イーシャ・テンセ』が齎したものだ。
メルセデスは指を切り、カードに血を垂らす。
するとそこに、今のメルセデスの能力が記載された。
【メルセデス・カルヴァート】
シーカーランク:C
第一属性:土
第二属性:風
腕力:level 5
脚力:level 5
耐久:level 5
体力:level 5
魔力:level 3
瞬発:level 5
再生:level 6
「うわあ、何か上昇してるし……」
記された能力に受付は青い顔をしているが、やはり一桁だと凄いのかどうかいまいち伝わらない。
メルセデスとしてはむしろ思ったよりも伸びていない事に驚いたくらいだ。
彼女は普段から魔石に込めた重力魔法を自らに付与して鍛えている。
二十四時間常に負荷をかけてトレーニングをしているようなものだ。なので普通に考えればもっと伸びていてもおかしくない。
これは恐らく、今の重力に身体が慣れてしまったという事なのだろう、とメルセデスは考えた。
宇宙飛行士の筋力や骨の強度が衰えるのは有名な話だが、これは重力の軽い環境では骨や筋肉に負荷がかからないからである。
生物というのは使わない部分は衰えるように出来ているのだ。
逆に使う部分は強くなるよう設計されており、例えば上記の筋力が衰えた宇宙飛行士が地球で過ごしてリハビリすれば筋力と骨は徐々に元に戻るだろう。
メルセデスは自らに負荷をかける事で、この『地球に戻ってきた宇宙飛行士』と同じ状態になっている。
しかしこれも無限に強くなれるわけではない。ある程度回復して重力に慣れれば、普通に過ごしているだけで強くなる事はないだろう。
これは肉体が『これだけあれば十分』と判断してしまうからだ。
肉体というのは不思議なもので、必要最低限を効率よく求めるようになっている。
暗闇で過ごす生き物は聴覚や嗅覚が鋭くなるが必要のない視覚は進化の過程でオミットされる。
重力の軽い場所に行けば、そこで過ごせるだけの筋力と骨の強度を残して劣化し、逆に重力の強い場所に行けば必要な分の筋力を慌てて得ようとする。
つまりメルセデスの身体は、『今の負荷程度ならばこれ以上強くなる必要はない』と判断を下してしまったのだ。
要するに、そろそろ負荷を増やしてもいい頃という事である。
メルセデスは依頼が張り出されているボードの前へ行き、そこに張られた依頼書を見る。
やはりというか、当たり前だがシュタルクダンジョン関連はもうない。全てプラクティスダンジョン関連の依頼だ。
その中から適当にオーク捕獲依頼を剥がし、受付カウンターへと戻った。
「これを受けよう」
「オークね。まあ貴方なら問題ないでしょうけど、一応オークに関しての注意事項聞いておく?」
「聞こうか」
「はいはい。オークは大体1m半から、大きい個体ならば2mくらいのサイズの二足歩行の豚よ。
厚い脂肪を蓄えていて、炎や冷気などの魔法攻撃に耐性があり、力も強いからエルフェが苦手としているらしいわ。
まあ吸血鬼にとっちゃ、ただの鈍間な肉だけどね」
オークと言えばファンタジーでは大体魔法に弱い脳筋なイメージがあったが、むしろ魔法には強いらしい。
半面、動きが遅く肉は柔らかいので斬撃には滅法弱いようだ。
つまりメルセデスの敵ではないだろう。
「それと、プラクティスダンジョンは少し特殊なダンジョンでね。
全十五階層なんだけど、最下層にお宝はないわ。完全にそこで行き止まりよ」
「……行き止まり?」
「そ。最下層にはボスがいて、ちょっと豪華な武器か防具を持っているから、あえて言うならそれがお宝ね」
それはおかしい、とメルセデスは疑問に思った。
宝がなくて行き止まりなど、あり得ない。
それはダンジョン所有者だからこそ確信して言える事だ。
ダンジョンの最奥には扉があり、そこで試練を求められる。
扉がないなど絶対にない。もし本当にないならば、それはダンジョンではなく準ダンジョンだ。
(これは一度、この目で確認する必要がありそうだ)
メルセデスはこの依頼のついでに最下層まで一気に潜る事を決意した。
幸い、昔からあるダンジョンだけあって先人によるマッピングは完璧だ。
プラクティスダンジョンのマップを購入し、ダンジョンへと向かった。
◆
プラクティスダンジョンはブルートから二㎞ほどの位置にあるダンジョンだ。
このダンジョンは弱めの魔物ばかりが出て来る上に、どれも武具の素材や食材、服の材料に使える魔物ばかりとあって極めて利用価値が高い。
このダンジョンに使えない魔物は出ないとまで言われており、どの魔物を倒して持ち帰っても稼ぎになる。
その事から多くのシーカーに利用され、また、このダンジョンで得られる利益を求めて他の都市からもシーカーや商人が集まって来る。
八十年前の獣人との戦争が終わり、ベルンハルトが領主になった頃に出現したこのダンジョンはブルートの経済の中心だ。
このダンジョンがあったからこそ、ブルートはここまで発展したと言っていい。
そんな、ある種都合がよすぎるダンジョンにメルセデスは踏み込んだ。
今回のメンバーはメルセデスとベンケイ、クロのいつものメンバーに加えてシュフが新たに参加している。
先頭にはダンジョンから召喚したワルイ・ゼリーを配置。先行させる事で罠を探る役目だ。
ピーコは狭いダンジョンではその機動力を活かせないので今回は出さない。
それと荷物持ちのクライリアも出番なしだ。メルセデス自身がダンジョンへの収納という方法でいくらでも道具を持ち運べてしまうので駄獣はもう要らない。
「久しぶりの出番ですな」
ベンケイが鎧をガチャガチャと鳴らしながらやる気を滾らせる。
メルセデスが学園に通いだしてからというもの、さっぱり出番がなかったのではりきっているようだ。
「よい食材を見付けられるとよいのですが」
シュフにはもう突っ込まない。
彼は両手に包丁を装備しており、完全に方向性を見失っている。
「プルプル、僕悪いゼリーだよ」
「よし、行け」
「わかったよ!」
ゼリーを先に行かせ、罠を調べさせる。
勿論ゼリーに罠を感知する能力などないし、解除技術もない。
だがコアさえ潰されなければ死なないので、よほどの罠でもなければ生存出来るだろう。
つまり罠があった場合、それに引っかかる事でメルセデス達を守るのが彼の役目だ。
以前よりも何故かマッスルになったゼリーがズンズンと前を歩くと、それを出迎えるように羊の魔物が出現した。
種族名『ヴァイヒシャーフ』。その羊毛は柔らかく上質で、皮は羊皮紙の材料となる。
肉も淡泊ながら美味で知られており、内臓も珍味となる。そして弱い。
身体のほとんどが便利に使える、とても美味しい魔物だ。
「フン!」
ゼリーが太い腕を振り下ろすと、羊は何も出来ずに潰れてしまった。
一撃である。
あのゼリーとはメルセデスも何度か戦っているが、そんなに苦戦した覚えはない。
コアを潰さない限り死なない耐久力こそあるが、攻撃面は大したことがなかったはずだ。
と、いうかそもそもゼリーの攻撃を受けた事自体一度もないが。
潰れた羊にすかさず近付いたのはシュフだ。
彼は見事な包丁捌きで羊の解体と血抜きをその場で始めてしまった。
「プルプル! 勝ったよマスター!」
「いい肉だ……柔らかくて臭さもほとんどない。子羊の頃からいいものを食べて成長したような素晴らしい素材だ」
ポージングをして勝利をアピールするゼリーと、その横で悦に浸りながら解体するシュフ。
そのカオスな光景にメルセデスは何も言えなかった。
ベンケイ「久しぶりの出番なのに俺等影薄くね?」
クロ「キューン……」
・脇役モンスターが出落ちキャラ故に濃いせいでレギュラーのはずの二体が逆に薄くなる逆転現象発生中。




