表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/143

第五十二話 跡取り問題

 エーデルロート学園は前期の終わりに一度、後期の終わりにも一度の長期休暇がある。

 一年で二度訪れるこの休みは十六日と定められ、それが終わればまた学園での生活へと戻る。

 メルセデスとしては家に戻る意味もないので学園で自習でもしていようと思ったのだが、家から迎えの馬車が来てしまったので帰らざるを得なくなった。

 無視してもよかったが、ハンナに『フェリックス君の肩身が狭くなるから帰ってあげて』と言われたので渋々従った。

 フェリックス曰く『迎えが来たのは初めての事』らしい。

 つまりこの馬車が迎えに来たのはメルセデスであり、だというのに肝心のメルセデスが乗らずにフェリックスだけ乗って帰ったら肩身が狭いどころの話ではないだろう。


「お姉ちゃん、おかえり!」


 屋敷に帰るとマルギットが走って飛びついてきた。

 それを優しく受け止め、微笑んで見せる。

 普段無表情なせいで鉄仮面のように思われてしまっているが、別にメルセデスは笑えないわけでもなければ表情筋が死んでいるわけでもない。

 その気になれば笑う事も出来るし、悲しんだような表情を作る事も出来る。

 自分に懐いている妹がこうして好意を示し、飛びついてきたのならば、それは優しく受け止めてやるのが正しい対応だろうし、笑みの一つも見せてやるのが姉として正常な行動だろうと思っている。

 だから、正しい行動をした。それだけだ。


「お、ね、え、さ、まー!」


 続いてモニカがダッシュで走ってきたのを見てメルセデスは考える。

 これも受け止めてやるべきなのだろうか。

 しかし彼女には特に恩を売っていないし、懐かれる理由が分からないので不気味だ。

 なのでこれは避けておく事にした。


「へぶ!」


 メルセデスに避けられた事でモニカの抱擁は空を切り、そのまま勢い余って床を顔面スライディングした。

 それからしばらく倒れたままだったが、やがて何事もなかったように立ち上がるとスカートの裾を摘まんで優雅に一礼をする。


「お帰りなさいませ、お姉さま」

「……ああ、うん。ただいま」


 相変わらず行動と思考の読めない妹である。

 メルセデスはマルギットを降ろし、母であるリューディアの前に行く。

 彼女の血色は昔と比べて見違えるほどよくなり、気のせいか艶々と輝いていた。

 元々魅力的な女性なのだ。ちゃんと栄養さえ取っていればこうして誰もが振り返る美女になる。


「おかえり、メル。学園での事、一杯聞かせてね」

「はい、母上」


 メルセデスの言葉は素っ気ないものだが、そういう娘である事は母も分かっているので何も言わない。

 ただ笑顔で、帰ってきた娘を迎えるだけだ。

 そんな彼女の横を走り、桃色の髪の女性がフェリックスへと抱き着いた。


「おかえりなさい、私のフェリックス! 怪我とかしてない? 学園で苛められてない?」

「は、母上……只今戻りました」


 フェリックスの母だ。

 名前は……名前は何だったか。

 そうだ、確か機動戦士ヴァルブルガだ。

 違った、ヴァルブルガ・グリューネヴァルトだ。浮気疑惑のある婦人である。

 ヴァルブルガはメルセデスをきつく睨むと、そのまま引きずるようにフェリックスを連れて行ってしまった。

 あちらは随分とスキンシップが過剰な母親のようだ。

 それにしても改めてみると、フェリックスは確かに母親似なのだと分かる。

 顔のパーツがいくつか似通っているし、髪の色が違えど確かに親子なのだと思わされた。

 そしてやはりベルンハルト要素が全然ない。外見も、性格も。

 もっともそれを言ってしまえばマルギットやモニカもベルンハルトに全然似ていないので、案外ベルンハルトの遺伝子は弱いのかもしれない。

 ボリスは暴力的な面と顔立ちがやや似ていたような気もする。

 そしてもう一人……もう一人? はて、もう一人いたような気がするが誰だっただろう。

 何か存在感の薄いゴット何とかという男がいたような気がするが……。

 まあ思い出せないならさして重要でもないだろう。

 メルセデスは思い出す事を放棄した。



 吸血鬼の貴族社会において食事は日に三度が基本である。

 まずは一日の始まりである夕食。

 日が暮れ始め、吸血鬼の時間である夜に差し掛かるこの時間帯が他のファルシュで言うところの朝食に該当する。

 続いて吸血鬼にとって最も活動しやすい深夜にとる夜食。

 こちらは他のファルシュの昼食のようなものだ。

 最後に一日の終わりである正餐。主に未明の時間帯にとるものであり、他のファルシュの夕食に相当する。

 明るいうちに行動するファルシュに深夜食というものがないのと同様、吸血鬼には朝食などない。

 何故なら吸血鬼にとっての早朝とは他のファルシュにとっての深夜のようなものだからだ。


 その日の正餐(ディナー)は家族全員で取るという、グリューネヴァルト家には珍しい様相となった。

 ベルンハルトに、その妻であるヴァルブルガ。リューディアを始めとする側室の女性四人。 

 それからフェリックス、メルセデス、モニカ、マルギット、ゴットフリートと勢ぞろいだ。

 まず出された料理は当たり前のようにソーセージ。

 一口齧ると肉汁が溢れ、しっかりした肉の旨味に閉じ込められたハーブとスパイスの香りが味覚を直撃する。

 濃い目の味付けで疲れた舌に、付け合わせのポテトサラダカルトッフェルザラートのアッサリとした味は相性がいい。


 次の品である子オークの丸焼き(シュパンヘルケル)はダンジョンには出ないとされるオークの幼体を豪華に丸焼きした一品だ。

 オーク自体はさして珍しい魔物ではないが、ダンジョンに出るのは成体のオークであり幼体のオークはダンジョンから溢れたオークが子供を作る事でしかお目にかかれない。

 故にこの上なく貴重であり、まず庶民には手が出せない高級食材だ。

 柔らかい子オークの肉を小さくカットし、そこに酸味の効いたソースがかかっている。

 表面はパリパリに焼け、中は驚くほど柔らかい。

 味はむしろ淡泊な部類だが、だからこそ濃いソースの味とよく合う。

 添えつけのパンは柔らかく、僅かな甘みがあった。


 ジャガイモのスープ(カートッフェルズッペ)は中に玉ねぎやベーコンが細かく刻んで入れられており、シンプルながら深みのある味わいだ。

 パンとの相性は抜群で、パンにこのスープを吸わせるだけでまた違った味を楽しむ事が出来る。

 これらの料理は全てシュフによって作られたものであり、これほど完成度の高い『料理』は吸血鬼の国では貴族であっても滅多に口に出来ない。

 あの悪魔は方向性を完全に間違えている気がしないでもないが、いい拾いものだったなとメルセデスは思う。

 余談だが、もしかしたらダンジョンの魔物は皆料理が出来るのではないかと思ってベンケイにも料理をさせてみたが、その結果黒い炭のような何かを出されてしまったので、やはりシュフだけがおかしいらしい。

 炭は仕方ないのでゼリーに食べさせておいた。


「それで貴方。いつになったらフェリックスが正当な跡継ぎだと公表して下さるのですか?」

「食事中だぞ」

「はぐらかさないで下さい! いい加減、皆が見ているこの場で認めて下さい、フェリックスこそが跡継ぎであると!」


 メルセデスが味に集中していると、ヴァルブルガ夫人がベルンハルトに何か喚き始めた。

 どうやらベルンハルトはまだフェリックスを正式に跡継ぎであると発表していないらしい。

 その事が夫人的には不満なのだろうが、それをわざわざここで言うとは随分無神経というか自分勝手というか……余裕がないというか……。

 周りの夫人もリューディア以外は全員が嫌悪の視線でヴァルブルガを見ている。


「貴方自身も一度は、フェリックスを跡継ぎにする事に賛成したではありませんか!」

「他に候補がいなかったからな。だが状況は変わった」

「何が変わったというのです! フェリックスは貴方の跡継ぎとして相応しい教養と実力を持ち、好成績も収めています! あの子以外に候補などいるものですか!」


 貴族の家督は基本的に長男が継ぐものだ。

 それは決して絶対の掟ではないし、場合によっては次男や三男が継ぐ事もある。

 事故で長男が死んだ場合……あるいは余りに世間の評価が低かった場合。

 お家騒動はどこでもあり、実権を握りたい従者や縁者があえて幼い子供を神輿にして跡継ぎの座を奪い取る事もある。

 『不幸な事故(暗殺)』によって長男が死に、次男が継承するというのもこの社会では珍しい事ではない。

 要するに……基本的には、長男が継ぐが例外として他の男兄弟が継ぐ場合もあり、女児しかいなければ婿を取るのが普通だ。

 つまり女を跡継ぎにするなど、例外があってもまず有り得ない。

 ここで一番哀れなのは男兄弟なのに完全にスルーされているゴットフリートだろう。

 しかし当の本人はもくもくと料理を食べていて話を聞いていない。


「ふむ。他の者はどう思う?」

「私はヴァルブルガ夫人に賛成です。男児がいないならばともかく、この家にはフェリックス兄様という立派な長男がおり、能力的にも不足はありません。

ならば兄様に跡を継がせるべきです。伝統やしきたりは貴族社会において重んじられるもの。意味もなく破っては家の名に傷が付くでしょう。格式ある伝統は守らねばなりません」


 メルセデスは夫人の意見に同調し、ここぞとばかりにフェリックスに家督を押し付けにかかった。

 自分は女で、貴族社会において女が家督を継ぐのは伝統に背いているという有り難いハンデがある。

 ならばこれを主張しない手はない。

 格式ある伝統は守らねばならない……これは有名な某小説の傍若無人で知られた悪の帝王ですら遵守する事である。


「まあ私も、メルがそう言うなら文句はないわね。フェリックス君でいいんじゃない?

この子、別に家督なんて継がなくてもやっていけそうだし。

あ、でもその場合はメルと一緒にシュフも屋敷からいなくなるわね」


 リューディアもフェリックス跡継ぎに賛成のようだ。

 もっともこれは、娘が賛成しているのでじゃあいいか、というだけの適当な賛同である。

 しかし他は……特にゴットフリートの母は断固反対し、ここにフェリックス派と反対派が出来上がってしまった。

 問題なのは一番の対抗馬であるメルセデス自身がフェリックス派に入っている事か。

_人人人人人人人人人人人人_

>   おじぎをするのだ   <

 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^

格式ある伝統は守護(まも)らねばならぬ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
確かに我が君は格式を重んじていたなぁw
[一言] ヴォルデモート卿で草 思わずコーラ吹き出しちまった
2024/08/23 22:30 某ハァーリィーポッタァー
[良い点] 突然のお辞儀に草
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ