第四十七話 戦慄のウサちゃん
フェリックスの前に現れたのは、どう見ても怪しい白装束に身を包んだ何者かであった。
生徒の仮装か、それとも他の派閥の回し者か……どちらにせよ、警戒すべき相手である事に違いはない。
何より気になるのが、相手がこれみよがしに持っている石だ。
フェリックスはそれに見覚えがある。あの忌まわしき誕生日でボリスが使った物と同じだ。
となると、当然あの中には魔物が封じ込められているのだろう。
そこに入っている魔物がどのレベルなのかは知らないが、以前出たベーゼデーモン級の魔物ならばフェリックスの手には負えないだろう。
「いい話、だと?」
「はい。こちらの石にはフェリックス様も見覚えがあるでしょう。
これは封石といい、魔物を封じて持ち運べる品でございます」
「……ボリスが使った石も、君が用意した物なのか?」
「はい。その通りです」
フェリックスの問いに白装束はあっさりと白状した。
隠す必要はないという事なのだろう。
あるいは隠すほどの相手ではないと思われているのかもしれない。
どちらにせよ、舐められている事だけは間違いなさそうだ。
「この中にはベーゼデーモンと同レベルの強力な魔物が封じてあります。
これを貴方に差し上げましょう」
「……それで僕が受け取るとでも? 僕はそこまで愚かだと思われているのか?」
受け取るわけがない。
そんなのは誰でも分かる事だ。考えるまでもない。
相手の正体も目的も不明で、しかもフェリックスの立場が危うくなった原因はそもそもこの男がボリスに渡した封石にこそあるのだ。
それで今度は貴方にあげますよと言われて、どうして受け取ると思う。
しかし白装束はその返答を予期していたように笑う。
「しかし愚か者にならなければ、貴方は家を継げない」
「…………」
「貴方の立場は非常に危ういものだ。その上優秀すぎる妹までいる。
何より決定的なのは……貴方は、ベルンハルト卿の本当の息子ではないという点だ」
「貴様!」
「おっと失礼。しかし薄々感じてはいたのでは?
貴方の金髪は母君と父君、そのどちらのものではない。ならばその髪は一体どこから遺伝したのでしょうね?」
フェリックスはすぐに言い返せなかった。
母の不貞を疑うわけではない。
だが現実として自分の髪の色は母とも父とも異なるのだ。
加えて、何よりも……似てないのだ。
父と自分は絶望的なまでに似ていない。
髪も、顔立ちも、気性も、好みも、何もかもがまるで違う。
だからこそ、妹を妬んでしまう。
一目見て分かるほどに父の血を濃く継いでいる、それでいてグリューネヴァルトの名にも家にも、さしたる執着を見せていないあの妹がこの上なく羨ましく、自分でも醜いと分かっていても妬ましく思うのだ。
何という皮肉だろう。誰よりも父に認められたくて、家を継ぎたいと思っている自分が父に似ていないのに……父に認められようという気持ちなど全くなく、単に利用価値がある程度にしか考えていない妹の方が父に似ていて、誰よりもグリューネヴァルトの名を継ぐに相応しいのだ。
「貴方はこのままでは認められない。家名も継げない。
これは、そんな不憫な貴方の力になるものです」
「……そういうのをマッチポンプと言うのだ」
「然り然り。されど、貴方にはこれに手を伸ばすに足る理由がある。
少なくとも周囲は貴方の暴走と思うでしょうな」
白装束の奥で男が笑う。
この言葉で確信した。この男は最初からフェリックスの同意など求めていない。
要は周囲がどう思うかが肝要なのだ。
フェリックスには暴走するに十分な理由があって、邪魔に思う妹がいて、自らの意思で愚かな真似をしてもおかしくない。
「なるほど、読めて来たよ。
君達にとって僕の意思などどうでもいい。僕がこの石を然るべきタイミングで使うという事実こそが必要なんだ。
この石の中の魔物……僕の言う事など聞かないんだろう?
恐らく、以前のベーゼデーモンと同じように……あるいはそれ以上に暴れまわり、被害を増やすんじゃないのか?
それで貴族の子息に死者でも出れば最悪だ。僕のみならず、その責は父にまで及ぶ。
そして世間は思うだろう。『グリューネヴァルトの息子が妹への嫉妬で暴走し、周囲にまで被害を出した』と」
「ほうほう。興味深い考察ですな」
「そうなれば父の権威にも陰りが出る。初めから狙いはそれだ。
ボリスを使って僕を焦らせ……あるいは焦って暴走しても不自然ではない状況を作り、僕を使って父の名を落す。それが君らの目的と見た」
彼等の狙い。それは最初から『状況を作る事』だったとフェリックスは読んだ。
こちらの同意を求めていない事から、恐らく相手を操る催眠か何らかの魔法を使えるのだろう。
雷属性の魔法にそういうものがあるのだ。
禁呪とされ、使用する事がそのまま極刑に繋がるという禁じられた魔法。
相手の脳に干渉する事で認識や考えまで変えてしまうという危険な魔法が確かに存在している事をフェリックスは知っていた。
ただし極めて難易度が高く、相手が無抵抗でもなければまず成功しないので戦闘での実用性は低い。
だがその魔法でフェリックスをいきなり操って暴走させても、それではベルンハルトの名は落ちない。
余りに不自然な暴走は周囲に『何かがあったのだ』と思わせてしまうからだ。
だからまずはボリスという馬鹿を使ってフェリックスの立場を危うくし、暴走してもおかしくない状況を作った。
そして狩猟祭という最高のタイミングでフェリックスに封石を使わせる事でベルンハルトの影響力を落すのだ。
この作戦は逆に言えば、それだけ彼等がベルンハルトを恐れている事の証明でもあった。
「ほぼ正解、とだけ言っておきましょう。
そしてそれだけ察しがいいのならば、私が十二分の勝算を持ってここにいる事も分かるでしょうな」
「ああ。先程から不自然なまでに生徒がいない。
そしてこうして僕の前に立っている君も、僕を容易に無力化出来るだけの技量を持つのだろう」
「無力を悟るのは哀しい事ですな」
白装束は嘲るように言う。
目的がバレたところで彼に痛手などない。
既に策は成っているのだから。後はフェリックスを操り人形とすればそれで事は足りる。
だがそんな彼を、フェリックスは憐れむように見ていた。
「分かってないな」
「……?」
「君はベルンハルトという男を全く分かっていないと言ったんだ」
フェリックスは彼に勝てないのだろう。
だがベルンハルトへの理解という一点においてのみ、勝る自信があった。
認められたくて、ずっと見ていたのだから。
「その程度の策を見抜けない男じゃない。一代で公爵家にまで成り上がり、貴族社会を暴力と策謀で踏み越えてきたベルンハルト卿だぞ。
君達の企ても、次に接触する相手が僕である事も、とうに見抜いて手を打っているだろう」
「……ハッタリですな。ベルンハルトは貴方に一切接触していない。手紙でのやり取りも、注意喚起すらも。何一つ告げずに我が子を囮として利用するなど……」
「やるんだよ。あの吸血鬼はそういう事を、躊躇なくやってしまえるんだ」
フェリックスの言葉が終わるや否や、白装束の背筋を悪寒が駆け抜けた。
やばい。
何がやばいのかは分からないが、長年裏で生き続けてきた彼の直感がここに留まる事を危険だと感じていた。
それに従い跳躍すると同時に、寸前まで彼のいた場所を刃が通り抜ける。
刃の持ち主は――ハンナだ。いつの間にか近付いてきていた彼女が、短刀を薙いでいた。
「……いつの間に……」
「ん、外したか。反応いいね……けど」
初撃は回避した。
だがそれすら囮だ。
次の瞬間、廊下の窓ガラスが一斉に砕け散り、それと同時に白装束の顔面に蹴りがめり込んでいた。
何の事はない。廊下の先に待機していたメルセデスが音速で突っ込んで来ただけだ。
白装束は勢いよく吹っ飛び、ついでに衝撃波でフェリックスまで転倒した。
反動で跳んだメルセデスは空中で回転し、天井を蹴って床に着地を決める。
白装束が吹き飛んだ先もまだ終わりではない。
そこにはマスケット銃を構えたウサちゃんがおり、飛んでくる白装束の足を正確に撃ち抜いた。
そして射線上から飛び退いて、飛んで行く白装束を見送りながら次弾を素早く装填。
未だ飛び続ける白装束の残った片足を正確に狙撃し、機動力を奪い取った。
「ハンナ。何故あの兎は銃を持っているんだ」
「何か欲しがってたからあげたらね、凄い腕がよかったの……」
『現地識別名“メルダーハーゼ”。武器の扱いに長けた兎型の魔物です。
素手での戦闘能力は雑魚ですが、刃物、鈍器、弓、銃器に至るまであらゆる武器を使いこなし、ナイフ一本握っただけでランクが大きく変動する珍しい種です。
“デアライエハーゼ”が多くの戦いを生き延びる事のみで突発的に進化するため、時折ダンジョンの浅い層や弱い魔物しかいない平原に出現して油断したシーカーなどを全滅させる事もあります。
また、密閉された空間を嫌って進化と同時にダンジョンの外に出てしまうのでダンジョンへの登録は極めて困難とされています。
所有する武器によって強さが変動しますが、銃を持たせた際の危険度はアシュタールを上回ります』
ウサちゃんは次弾を装填して、倒れている白装束へ狙いをつけて発砲した。
足の次は腕だ。瞬く間に四肢を撃ち抜いて無力化し、勝利の後の一服としてハンナに火を求めた。
葉巻に火を付けて欲しいらしい。
「ウサちゃん、葉巻は外でって言ってるでしょ」
「…………」
しかし世間は喫煙家に厳しい。
ウサちゃんの耳が感情を表すように、少し垂れた。
白装束「恐ろしく速い突撃……俺でなきゃ見逃しちゃうね」瀕死
※目で追える=反応出来るではない




