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第四十三話 魔物バトル(バトルするとは言ってない)

 王剣を巡る騒動は終わり、メルセデスは学園生活へと戻った。

 しかし、まだ完全に学業の邪魔になる連中を排除出来たわけではない。

 暗殺者連中に襲撃のタイミングを知らせていた内通者は未だ誰だか判明しておらず、不安の種が学園内に残ってしまっている。

 これを見付けだして始末しない限り、本当の平穏は戻って来ないだろう。


 ジークリンデはこのまま城で暮らすかと思っていたが、何と彼女は己の性別と境遇を皆に明かした上で学園に留まってしまった。

 これには彼女のファンだった女生徒全員が驚き、ドードに至っては失神までした。

 しかし一部から『キマシタワー!』というやたらハイテンションな声があがったのが気になる。

 モニカの同類だろうか?


 また、ジークリンデの正体判明と同時に学園の警備が強化され、常に学園内を兵士が巡回するようになった。

 無論全員、ベルンハルトの息がかかった兵士だ。

 メルセデスとしては、内通者がまだ残っている上にいつ暗殺者が出るか分からない学園よりも城でジークリンデを守るべきだろうと思うのだが、これに対しベルンハルトはこう答えた。


「城にはまだ、イザークについて甘い汁を吸っていたカス共が紛れている。他国の間者も何人かいるだろう。

全て洗い出し、粛清するまでは王女を置くのはかえって危険だ。まだ学園の方がマシだろう」


 要約すると、粛清の嵐を吹かして邪魔な貴族を一掃し、自分が今以上の権力を握るのに王女が邪魔だからしばらく学園に隔離したいという事だ。

 この男が誰かを守るなんて目的で骨を折るものか。

 その事を指摘してやると、ベルンハルトは満足そうにニヤリと笑った。

 駄目だこの外道……早く何とかしないと……。




 季節は巡り、夏が訪れる。

 王剣を巡る騒動で暴れたのが原因なのか、最近ではやたら他の生徒が媚を売ってくるのが鬱陶しい。

 メルセデス自身にその気が無かろうと、彼女はいまや王女を救い、偽の王家を打倒した英雄だ。

 当然生徒達の興味と好奇の視線を勝ち取ってしまい、親の命令なのかそれとも本人の判断なのかは知らないが、やたら擦り寄って来る連中が増えてしまった。


「ねえメルちゃん、メルちゃんは狩猟祭出る?」

「まあ、一応参加してみますが……それより何故、貴方がまだ学園にいるかが気になります、伯母様」

「もー! 敬語固いって! 前までと同じでハンナちゃんって呼んでくれていいんだよ」

「そうか。なら敬語は外そう、おばさん」

「おばさん呼びはやめて!?」


 夏には狩猟祭というイベントがある。

 それに参加するかどうかを聞いて来るのは、何故かまだ学園に留まっているハンナ・バーガー(107歳。子持ち)だ。


「で、何故まだいるんだ?」

「んー……メルちゃんも言ってたでしょ? まだ内通者がいるって。

それを捕まえるのが今の私の仕事なのよ。それと王女様の護衛の指揮も私がとってるしね」

「……生徒に変装する必要は?」

「生徒として潜入する方が近くにいれるし、色々と見えるものもあるのよ。

それに似合ってるでしょ?」


 そう言い、ハンナはきゃるんとポーズを取った。


「無理するなおばさん」

「!?」


 しかしこの塩対応である。

 ハンナは少し泣いた。


「はあー……メルちゃんって見た目は可愛らしいのに、中身は女の子版ベルンハルトって感じだよねえ。気に入られるのも分かるわ」

「いくら気に入られようが、用が済んだら当主の座などフェリックスに押し付けてさっさと出て行くがな」

「フェリックス君ねえ……まあ、真面目な子だし頑張ってはいるんだけどね」


 今はここにいないフェリックスの事を思い浮かべ、ハンナは顔をしかめた。

 通常、貴族の家督というものは長男が継ぐものだ。それがこの国の常識である。

 しかしそこは常識など踏み越えるのが当然のベルンハルト。しきたりになど縛られない。

 彼は彼自身の判断こそを最上と考えるが故に、周囲の反対も常識も無視してメルセデスを跡目につかせる気でいる。

 ハンナはそれが分かっているからこそ、フェリックスを不憫に思ったのだ。


「何か、ベルンハルトを認めさせるような手柄でも上げれば話は違うんだけどね」

「手柄、か……」


 メルセデスとしてもフェリックスがぞんざいに扱われている現状はあまりいいものではない。

 可哀想だとかそういう感情は抱かないし、割とどうでもいいのだがフェリックスが評価されないと本当にこちらに跡継ぎが押し付けられてしまう。

 無論逃げるつもりではあるが、一番丸く収まるのはやはりフェリックスに押し付けて行く事だ。

 そういう点で言えばフェリックスがある程度ベルンハルトに認められている方がいい。

 しかしだからといって狩猟祭の優勝を譲ってやっても意味はないだろうし、そんな事をしても普通にベルンハルトにバレる。

 それにたかが学園のイベントで一位を取ったくらいであの男が評価を変えるとも考えにくい。

 もっと大きな、無視出来ない手柄をあげさせれば楽なのだが……。


「考えておこう」


 今は特にこれといって思い付かない。

 メルセデスは話を打ち切り、机の上に羊皮紙を広げて自習にとりかかった。



 狩猟祭の前にイベントはもう一つある。

 それは先日の授業で捕獲した魔物同士で行う模擬戦だ。

 しかしこれに関しては始める前からメルセデスの圧勝が目に見えていた。

 何せメルセデスが授業で捕獲したアシュタールは本来あの平原に生息していない、ジークリンデ襲撃の為に送り込まれた凶悪モンスターである。

 学生が捕獲出来るような魔物で太刀打ち出来るような怪物ではなく、Aランクのシーカーですら不覚を取りかねないような相手だ。

 問題はこんな魔物を使いこなせるかどうかだが、そこはベンケイやクロを従えるメルセデスだ。

 何ら問題はなく、アシュタールはメルセデスの腕に止まる事で己の忠実さを示していた。

 ちなみにアシュタールの重さは300㎏を上回る。


「ではまず、メルセデスとトム。前に出ろ」


 早速指名され、メルセデスは前へと歩み出る。

 それに遅れて哀れな男子生徒が出て来たが、その顔は強張っていた。

 彼の隣を歩くのは小型犬ほどのサイズのリスであった。とても可愛いらしいが、戦えるようには見えない。

 種族名をフルヒトザーム・アイヒヘルンヒェンという。名前だけは格好いい。

 基本的に臆病で無害に近く、ファルシュにもよく懐く事から魔物を飼った事のない初心者にもよく勧められる一匹だ。

 肉は柔らかく、アシュタールの大好物でもあった。

 大好物であった。


(無理……いや、ていうかこれ無理……不可能……っ!

サイズが違い過ぎるし、どう見ても捕食者と餌の関係……っ!

戦う前から垂らしている……涎……垂涎……っ!)


 アシュタールがフルヒトザーム・アイヒヘルンヒェンを見る視線は完全に餌を見るハンターの目だ。敵を見る目ではない。

 そう、これは既にアシュタールにとって戦いではない。

 御馳走を前に差し出された……ただそれだけの事!


「食うなよピーコ。あれは餌ではない」

「ピィー……」

(ピーコ!?)


 メルセデスが口にした余りに似合わぬ名前に全員が内心で突っ込みを入れる。

 似合わない。死ぬほど似合わない。

 確かにピーと鳴いているが、あの図体でピーコはないだろう。

 ピーコと名付けられたアシュタールは、おあずけをされた事で悲しそうに鳴いた。


「それでは開……」

「棄権します!」

「……仕方ない。認める」


 トムの棄権をグスタフは受け入れた。

 仕方のない事だ。始める前から戦いが成立していない。

 100回やっても100回ピーコが勝つ戦いでは、模擬戦にすらならない。

 この戦いでもし違いが出るとすれば、それはピーコが我慢出来ずに相手を食べてしまうか否かくらいだろう。


「では次は……ハンナ・バーガー、前へ」


 続いてハンナと、彼女の魔物である兎が出て来た。

 兎は葉巻をくわえているが、煙はふかしていない。未成年者がいる場所なので配慮しているらしい。


「ちょ、ウサちゃん! 何でやる気になってるの!?」


 兎はどうやらやる気らしく、恐れる事なくアシュタールの前に立った。

 言葉は発さないが、代わりに鼻をヒクヒクさせて何かを伝えようとしている。

 言葉にするならばさしずめ『少しは骨がありそうだ』といったところか。何となく、そんな事を言ってそうな貫禄だ。


「棄権! 棄権します!」


 しかしハンナはウサちゃんを後ろから抱き上げると、そのまま退却してしまった。

 残念ながら当然の判断である。

 あんな平原で出て来る兎の魔物が強いわけがない。

 その後もメルセデスの模擬戦相手は全員が棄権し、結局戦う事なく一位を飾ってしまった。

 クラスメイトの魔物達を見るピーコの、御馳走を取り上げられたような悲し気な眼が印象的であった。

ピーコ(……一匹くらい食べてもバレへんかな?)

トム「ヒイィ、メルセデス、そいつ早く連れて行け! ずっとこっち見てる!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 頭で再生されるハンナの声のトーンが明確に少し低くなった
[一言] ベーゼだからキス魔だと思ってた
[一言] ハンナおばさんとうさぎさんのペアかわいいなあ…
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