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第四十一話 慈悲なき男

 国を揺るがした誕生祭から一朝が暮れた。

 普通こういう時は一夜が明けた、と言うべきなのだろうが、ここは吸血鬼の国だ。

 夜が一日の始まりであり、朝は一日の終わりである。

 故に吸血鬼達は一日の始まりを『一朝が暮れる』と表現している。

 翌日になってメルセデス達は、城の一室へと通された。

 そこは何人もの吸血鬼がおり、そして奥のベッドには一人の痩せた女性が腰かけていた。

 メルセデス達の入室を認めると、吸血鬼達は揃って部屋の外へと出て行く。


「あの、今のは?」

「城に仕える治癒師のチームです、王女様。彼等には席を外して頂きました」


 ジークリンデの質問にハンナが答える。

 治癒師とはこの国における、言うならば医者に取って代わる存在である。

 吸血鬼の国では医療技術は嘆かわしいほど発展していない。四大ファルシュ中最低と言っていいだろう。

 この国の文明が中世レベルで、効果があるかも分からない迷信だけの薬が中心というのもあるが、それ以上に吸血鬼という種族自体の自己治癒力が高い為だ。

 通常の医者もいるにはいるのだが、ハッキリ言って日陰者だ。

 軽傷ならば適当に効果の無い薬を処方して終わり。重症ならば患部を切断して再生するのを待つ。

 これで医者という職が尊敬を勝ち取れるはずもなく、医者というのは魔法の適性がない者が舌先三寸で金を得る一種の詐欺師、という扱いであった。

 しかし吸血鬼といえど不死身とは程遠く、再生前に死んでしまうという事も往々にしてある。

 そんな時の為にいるのが治癒魔法を会得し、それを生業とする治癒師という職業だ。

 とはいえ彼等に出来るのは怪我の治療くらいで、病気などは治せない。

 毒を消す魔法もエルフェの国には存在しているらしいが、この国に使い手はいない。

 つまり現状、この国でもし死に至る病にかかってしまえば死を待つ以外にないというのが実情であった。


「おお……リンデ。リンデ、また生きて会える日をどれほど望んだか……」


 ベッドの上の女性はジークリンデを見ると破顔し、目に涙を貯めて身を乗り出した。

 それを咄嗟にハンナが支え、ベッドにそっと戻す。


「そ、その方は……?」

「この方こそは正当なる王家の血を引く、エルフリーデ・アーベントロート様……貴女様のお母さまにございます。幽閉されていたのを先日我々の手で救い出しましたが、衰弱が酷く、こうして話せるようになるにも時間を必要としました」


 母親、と聞いてジークリンデはフラフラと前へ歩み出る。

 母と娘の再会……しかし赤子の時に引き離された二人は実質初対面に近い。

 だが、そんなものは関係ないのだろう。

 娘は母を、母は娘を求めるように引き合い、やがて無言の抱擁を交わした。

 二人は涙を流して再会を喜び合っているが、メルセデスの心には妙な悔しさがあった。

 ――分からないのだ。

 ジークリンデが涙を流してああまで喜ぶ理由が、エルフリーデが感涙してまで娘を抱き締める気持ちが、全く分からない。

 だって初対面みたいなものだろう? 今日初めて会ったようなものだろう?

 それで何故泣くほど喜べるのかが理解出来ない。

 きっとこれが愛というものなのだろう。二人は固い親子の愛で結ばれていたから、実質初対面でもああまで喜べるのだ。

 しかしメルセデスはそうではなかった。

 初めて父と対面した時も喜びなど全くなく、『ああ、あれが父か』程度にしか思わなかった。

 ジークリンデと母の対面は、己の心の欠陥を見せつけられているようで不快だ。

 いくら満月の眩さを見せつけられ、どうだ眩しいだろうと言われても……欠けた月が感じるのは不快感だけだ。

 ベルンハルトも、まるで三文芝居を見るような冷めた眼をしており、それがまた嫌だった。


 前世からそうだった。

 皆が感動したという映画や小説を見ても全く面白くなかった。感情移入出来なかった。

 むしろ皆が駄作と言い切る、主人公に主体性がなく何をしたいか分からないような話に感情移入していた。

 自分で自分が嫌になる。

 今世でもこう(・・)なのか……馬鹿は死なねば治らないとは言うが、自分は死んでもこのままか。

 いや、むしろ前世より悪化しているような気さえする。主にベルンハルトの血のせいで。


「最初は弱りすぎて食べるにも苦労しておりましたが、ブルートの方に評判の調理師がいると聞き、助けを求める事で大分改善されました」


 ん? とメルセデスは思った。

 この時点で何か嫌な予感がする。

 ブルートとはベルンハルトが治めている都市の名前であり、リューディアやマルギットが暮らしている場所だ。

 そして、そこで一番の調理師といえば、思い出すのは一人しかいない。


「……ひょっとしてその調理師の名はシュフではないか?」

「うん、そうだよ。そういえば、シュフ君ってグリューネヴァルト家の料理長って言ってたね」


 またあいつか。そう思い、メルセデスとベルンハルトは同時に顔を手で覆った。

 あの悪魔は本当に何処に向かっているのだ。

 というか仮にも種族名が悪の悪魔(ベーゼデーモン)なのに、全然名前に相応しい事をやっていない。

 もうお前、種族名をオカンデーモンに変えろとメルセデスは心底思った。

 後お前、いつの間に料理長に昇格してたんだ。


「まあ、いい。奴は後で引き取るとして、それよりもやるべき事がある」

「……国王一家の処分だね?」

「ああ。奴等は王家を舐めた。つまりそれは、王家に仕える我々全てを侮辱したに等しい。

ただ処刑するだけでは生温い。奴らの罪は奴等自身の身で贖って貰おう」


 ベルンハルトは冷たく言い、部屋を出る。

 その横顔は冷徹な凶相に歪んでいた。



「お、おお、よくぞ来た我が娘よ!」


 牢に行くと同時に王……いや、もう王ではないので名前で呼ぶべきだろう。

 イザーク・アーベントロートはまるで我が子を迎えるような声でジークリンデを出迎えた。

 その事に同行していたベルンハルトとメルセデスは呆れ顔となる。


「お前は私を恨んでいるだろう。仕方のない事だ。

だが娘よ、全ては試練だったのだ。

お前が真に王になれるかどうか……それを見極める為に私はあえてお前に厳しく接した。

だがお前はそれを乗り越えてくれた。父は嬉しいぞ」


 イザークは白々しい事を話しながら鉄格子にしがみつく。

 メルセデスはその姿に嫌悪しか感じなかった。

 心底薄汚いとさえ思った。

 この男は妃を裏切って国民を裏切り、王家を乗っ取ったばかりか、今度はそうまでして招いた今の妻と子供達さえ裏切ろうとしているのだ。


「まずは誤解を解こうではないか!

今こそ、お前の為に心を鬼にして過ごした苦悶の11年間をお前に語……」


 メルセデスは無言でイザークの顔に蹴りを叩き込んだ。


「へぶっ!?」


 鼻が折れ、歯が折れ、血飛沫と共に砕けた歯が宙を舞う。

 イザークの肥えた身体は一撃で壁際まで吹き飛んで叩きつけられ、壁には蜘蛛の巣状の罅が入った。


「メルセデス」

「耳障りなので黙らせました。何か問題でも?」

「ああ」


 ベルンハルトはメルセデスを咎めるように言い――次の瞬間、魔法で生み出された鉄の槍がイザークの頬に突き刺さって口から飛び出した。

 イザークは槍によって宙に持ち上げられる形となり、余りの激痛に泣きながらもがいている。


「手緩い。黙らせるならばこれくらいはやれ」

「なるほど」


 その光景を見ていてジークリンデは顔を青くし、ハンナは苦笑いを浮かべた。

 大罪を犯しはしたが、それでも牢の中のあの男は一応、本当に王だったのだ。

 それをこうまで躊躇なく攻撃するか、と冷や汗が出るのは仕方のない事だ。


「何というか……本当に親子だね、二人共」


 ハンナは素直に思った事を口にした。

 その言葉にベルンハルトは一見無表情ながら、笑みを堪え切れないように口の端が歪む。

 一方メルセデスは露骨に嫌そうな顔をした。


「イザーク・アーベントロート。貴様の犯した罪はこの国全てを売り渡すに等しい許されざる行為だ。

よって裁判の後、貴様等一家は国内引き回しの末、火炙りの刑に処す」


 まるでそれは、結果が分かっているかのような言い方であった。

 おかしな話だ。裁判にかけると言いながら、しかしその後の処刑方法まで既に決まってしまっている。

 だがここは中世で文明が止まった吸血鬼の国だ。

 かつて地球の中世でもろくな裁判もせず罪人を裁いたのと同じように、形だけの裁判で罪を裁くなど決して珍しい光景ではない。

 ましてや今、この国は王が罪人となりその一家が牢に入れられ、真の王族である妃は床に伏せ、王女であるジークリンデは僅か11歳。

 となれば王に匹敵する権威を誇る公爵であるベルンハルトが権力を掌握するのは難しい事ではなく、既に根回しまで終わっていると考えるべきだろう。

 裁判官との打ち合わせすらもとっくに終わっているはずだ。

 中世文明故の社会の闇がそこにはあった。


「それは情報を全て吐かせてから、ね。

今回の一件、主犯はこの男だけど一人で出来るような事じゃない。

この男以外にもベアトリクス帝国に踊らされて手を貸した馬鹿貴族が何人もいるはずよ。

国の腐敗を芋づる式に引き抜く好機なんだから、情報を吐かせる前に殺されちゃたまらないわ」


 甘い蜜には蟲が寄る。

 イザークは自分の正体が露見する事を恐れていた。

 まっとうな者ならば彼の正体を知れば嫌悪し、王座から落とそうとするからだ。

 だがまっとうでない者……目先の欲しか見えない愚者ならば、知っていてあえて擦り寄るだろう。

 他ならぬハンナ自身も、そんな愚者を演じてイザークに取り入ったのだからよく分かる。

 だからイザークの周囲は、そんな目先の蜜に吊られた蠅だらけなのだ。

 しかしそんな蠅に限って自己保身という一点のみにおいては悪知恵が働き、真っ当な貴族達の中に紛れ込んでしまう。

 それらを一網打尽にし、国の腐敗を取り除くためにもまだイザークには死んでもらっては困るのだ。


「この男が大罪人になった事で、ようやく堂々と尋問(・・)出来るんだよ。

処刑はそれまで待ってくれないかしら」

「ならば私が尋問しよう」

「駄目よ。ベルンハルト、そういうの苦手でしょ。

貴方に任せたら『殺してください』しか言わない肉人形になっちゃうじゃない」


 さらっと恐ろしい会話をしている二人に、牢の中のイザークは顔を蒼白にしている。

 いくら見た目が愛らしい少女でも中身は百年以上を生き、裏社会で修羅場を潜って来た女だ。

 拷問や裏取引など当たり前。今更手段の善悪など問わない。

 メルセデスも特に思うところはなく、まあ中世ならばこんなものだろうとあっさり割り切ってしまった。

 割り切れていないのはジークリンデだけだ。


「ま、待ってくれ、ベルンハルト卿。彼の子供達は……何も知らなかったかもしれないし、そこまでしなくても……」

「…………」


 ベルンハルトはジークリンデを見下ろす。

 その内心では彼女の甘さに呆れているのだろうが、しかしそれを口にはしなかった。

 むしろどういう発言が彼女の信を勝ち得るのかを計算高く考えている。

 ここで変にジークリンデの不興を買えば今後動きにくくなるのは目に見えている。

 ならばここは、多少歩み寄る姿勢を見せた方が最終的には利となるだろう。


「なるほど、流石は王女様。自らの暮らしを奪った者達へのその慈悲深さ、感服致しました。

ならばこうしましょう。イザークの子供達は辺境に追放し、奴隷労働に従事させます」

「ど、奴隷か……」

「そこで罪を悔い改め、真面目に働く姿勢を見せれば社会への復帰も検討に入れます。いかがでしょう。無論、反乱を考えぬように見張りの兵はつけますがね」

「う、む……そうだな。復帰の可能性が残されているなら、まだいい方か……。

分かった……そうしてくれ」


 これは、彼らのやった事を思えば破格とも思える温情であった。

 現代の基準から見れば、本人達に罪がないのに重過ぎると思うかもしれない。

 だがこの国において、王の名を穢した罪は万死に値する。知っているか知らないかの問題ではない。

 しかし本来死刑になる所を奴隷労働だけで済ませ、更に社会復帰まで検討に入るならばそれは温すぎるくらいの対応だ。

 ベルンハルトの意外な優しさにジークリンデはほっと胸を撫でおろし、彼への信頼を高めた。

 故に彼女は知らない。

 この後、ベルンハルトが見張りと称して派遣した兵士に伝えられた命令を彼女は知らない。


 ――全員、事故や病気に見せかけて殺せ。


 それがベルンハルトが兵に伝えた命令である。

 ベルンハルトに慈悲などない。

~尋問中~

シュフ「どうだ、よい香りだろう……情報をあらいざらい吐けばすぐにでも馳走してやるぞ」料理中

イザーク「吐く! 何でも吐く! だから早くそれを……!」

シュフ「まあ待て、まだ完成ではない。これから仕上げなのだ。ところで隠している情報はまだないかな? あればデザートもつけるのだが……」

イザーク「そ、それは……!」

シュフ「そうか、残念だ。この国では貴重な小麦粉をふんだんに使った土台の上に生クリームとカスタードを重ねた三層のケーキは至高の甘味なのだが。

こちらのケーキは、リング状に焼いたスポンジとバタークリームも何層にも重ね、表面には砕いたナッツとアーモンドをまぶし、上にはチェリーの砂糖漬けを添えてある。自信作なのだが、食べてもらえないのは残念だ」

イザーク「話す! 全て話す! 全部話しましゅううう!」

ハンナ「…………」


――出来上がったデザートは『国を売ろうとした大罪人には勿体ない温情』としてハンナに取り上げられました。

すごく美味しかったですbyハンナ

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― 新着の感想 ―
[一言] フランス語のベーゼはキスだけど、 ドイツ語のベーゼは悪だったよね。たしか。
[良い点] 本当に親子だね、可愛いく感じる。 メルセデスは反抗期にしか見えない。 [一言] 反抗期の所為で殺し合いにならないで欲しい。
[一言] 後書きみたいなところは、漫画の単行本で最後の方に4コマ漫画とかで描き起こしてほしい。
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