第四十話 迷走、ハンナ
ハンナの夫「私、ロリコンって馬鹿にされてますけどね、吸血鬼の女性なんて不老期のせいで基本若いですし、実力的に素質のある女性ほど不老期が早い傾向にあるわけで、貴族ともなれば優秀な血を後世に残すわけだから外見的に二十代にさしかかる方が珍しいんですよ。外見年齢が十代前半とか当たり前。
ぶっちゃけこの世界の男吸血鬼、ロリコンじゃないとやっていけないッスよ」
ハンナ・バーガーは国に忠誠を捧げた隠密部隊の隊長である。
元々彼女の実家であるグリューネヴァルト家は弱小貴族であり、男爵家であった。
それを一代で変えたのが弟のベルンハルトである。
八十年前の獣人との戦争で多大な戦果を挙げたベルンハルトは、その功績により公爵を名乗る事を認められてベルンハルト・フォン・ブルート・グリューネヴァルトというやたら偉そうな名前に変わった。
『フォン』とはオルクスにおいて、侯爵以上の貴族の当主のみが付ける事を許される前置詞であり、その下に統治している中で最も大きな都市の名を冠する事を許される。
この習慣は、かつてアーベントロート一世がダンジョンから持ち帰った僅かな資料を元に神々の文明を模倣したものらしいが、全てを解き明かしたわけではないので完全に真似たわけではない。
そして長ったらしいので基本的に皆はベルンハルト・グリューネヴァルトと呼ぶ。
ベルンハルトは出所もよく分からない多大な資産と物資を元手にブルートを発展させ、僅か八十年でブルートをオルクスで一番の大都市にまで成長させた。
無限とも思える彼の資金が一体どこから沸いているのかはハンナにも教えてくれない。
ベルンハルトはダンジョンで拾う以外に入手方法がないと言われていた魔石の製造方法を解き明かし、それをオルクスに浸透させる事でシーカーの死亡率を下げ、質を上げ、それによって生き残ったシーカーはダンジョンから多くの魔物の素材を持ち帰ることで都市を豊かにした。
かつてはいい加減だったシーカーへの報酬や依頼の難易度を決定付ける事をギルドに義務付け、相互協力を強制する事で効率の上昇を図った。
更にシーカーの功績と実力で格付けする事を決め、実力が足りず働かないシーカーからは容赦なく資格を剥奪した。
当初は反対されていたこの試みは、今や世界中で真似されている。
弟がそうして表の世界で無双している間、ハンナは裏の世界で頭角を現していた。
戦争では弟のような派手な活躍こそしなかったが、私兵を率いて裏で奮戦し、敵側の間諜や工作員、密偵などを次々に捕縛してみせた。
逆に敵側には工作を仕掛け、同士討ちを誘ったりもした。
その働きが評価され、彼女とその私兵は有事の際に自らの判断で動く事を許される独立隠密部隊としての地位を獲得するに至った。
また、グリューネヴァルト家当主の座に弟が就くと同時にハンナは家を出て、バーガー家に嫁いだ。
バーガー家は表向きは商人だが、裏では物流の流れや市勢を観察する役割を持った、いわば裏の幹部だ。
言ってしまえば政略結婚だ。弟は表から、姉は裏からこの国での影響力を強める為にバーガー家に嫁いだのだ。
しかし夫は顔立ちは並な上にロリコンだが、任務以外では優しい男だったので割と当たりだったとハンナは思っている。
そんなハンナの今回の仕事は、王家の血を守る事だ。
事の始まりはイザークという男が王家に婿入りし、王となった事から始まった。
最初は仲睦まじい夫婦に思えたし、問題もないように見えた。
待望の第一子が女の子だった事には少々皆がガッカリしたが、それでもいつか男児が生まれるだろうと思っていた。
しかし十一年前、王妃が突然死んだと発表され、更に実はジークリンデは第一子ではなく、発表してなかっただけで他にも子供がいたのだと公表された。
(あ、これ王家乗っ取られたわ)
ハンナはこの時点で既に事態を察し、早くイザーク王を排除しないと国がやばいと考えた。
先代の王が男児に恵まれなかった背景があって、だから婿を王にするなんて手段を取るしかなかった。
そんな背景がありながら、折角生まれた王子を発表し忘れてたなんて事があるわけないだろう。
はい黒。100%黒。ジークリンデ王女以外は全員王家の血なんて引いてません。どこかの馬の骨の子供です。そう確信した。
その馬の骨はハンナが調べるまでもなく見付かった。
イザーク王の阿呆が、何とその馬の骨を新王妃として連れて来たのだ。馬鹿かこいつ。あ、馬鹿だったか。
更に次にジークリンデ王女がお披露目された時、明らかに顔が違った。
ハンナはもう、イザークを殴りたくなった。
この糞野郎、ジークリンデ王女(本物)をどっかにやって、馬の骨との間に作った娘にジークリンデの名を与えやがった。
ともかく、事は一刻を争う。
しかし相手は腐っても国。そして性質の悪い事にイザークは婿入りして王族に加わった男ではあるし正当な血も引いていないが、それでも国王である事は確かなのだ。
正面から突撃してもただのクーデターになってしまうし、万一勝てても国が疲弊する。
今は我慢するべきだ。
幸いにしてイザークはすぐにジークリンデ王女(本物)を殺そうとはしなかった。
小物であるこの男は、自らの手で娘を殺す覚悟すらなかったのだ。
決して優しさや情ではない。ただ、王剣を使える者を殺すことで万一他国に攻め込まれた時に対抗手段がなくなるのを恐れただけだ。
だから彼はジークリンデには嘘を教えて影武者として育成し、その母は幽閉するだけに留めた。
ハンナはそこに突破口があると考え、まずイザークに媚を売って気に入られる事からスタートした。
私は貴方の味方です。正体を知っても裏切りません。貴方の敵は全て排除します。
そうアピールし、彼を支え、助け、時には命を狙ってきた暗殺者から身を挺して守りもした。
――無論、マッチポンプである。暗殺者の正体はハンナの部下だ。
彼の悩みを聞き、親身になり、時には甘えさせた。
紛れ込んだ殺し屋が仕込んだ毒入りジュースをイザークが飲みそうになった時は、それを取り上げて代わりに飲んで倒れた事もあった。
するとイザークはハンナを心から信じ、疑う事すらなくなった。
――無論、マッチポンプである。毒は死なない程度に計算して入れている。
でもちょっと、割とガチで死にかけた。
そうして王を信頼という名の鎖で捕らえたハンナは彼を誘導し、操る事でジークリンデとその母を守った。
何度かイザークが殺そうとした事もあったが、考え直させるのはそう難しくはなかった。
この男は要するに自分で決断する能力というのが欠けているのだ。
つまりは指示待ち人間だ。王になれる器ではない。
問題は何故そんな輩がここまでの事をやらかしたかだが……もしかしたら、まだ裏に黒幕がいるのかもしれない。
とにかく、そうしてジークリンデ王女の成長を待つ事十一年。
イザークは誰かの後押しを受けたのか、遂にジークリンデの抹殺を決意してしまった。
その方法とは、第五王子のジークハルトの命が何者かに狙われているという嘘情報を流し、その影武者としてジークリンデ王女をエーデルロート学園に送り込み、ベアトリクス帝国の者に始末してもらうというセコイものだ。
(うわあこの男、遂に他国と手を結んだよ……)
ハンナはもう、イザークをボコボコに殴りたい気分であった。
どう考えてもこんなのは罠だろう。要するにベアトリクス側はジークリンデを亡き者にする事でこの国の戦力を落そうとしているのだ。そのくらい分かれと叫びたかった。
ともかく、これを放置するわけにはいかない。
ハンナはイザークに頼み込み、自分も学園に潜入する事にした。
表向きは護衛を装いつつ、ベアトリクス側の隠密兵と協力してジークリンデを始末する為だが、実際の目的はジークリンデの護衛である。
護衛に見せかけた暗殺者と思わせておいて、やっぱり護衛である。ちょっとややこしい。
◆
「メルセデス・グリューネヴァルトだ。よろしく頼む」
(うわあああ何かいきなり怪しさ全開のがいるよおおおう!?)
ハンナは王子とは別ルートで学園に入り、生徒として通う事になった。
これは先回りして自分の部下を学園内に忍ばせる為である。
そうしていざ護衛として潜り込んだハンナと同部屋になった女生徒は何と言うか、怪しさの塊であった。
名をメルセデス・グリューネヴァルト。
グリューネヴァルトという家名はこの国に一つしかないので、まあ間違いなく自分の実家だろう。
年齢からして自分かベルンハルトの子供以外にあり得ないが、勿論自分はこんな子を産んだ覚えがない。
そしてベルンハルトの子供といえばフェリックスだ。
現在はこの学園で五年生になっている彼の事は勿論知っている。
他には何人か女をヤリ捨てして子供を作っている事も知っていたが、流石に側室の子がこんな学園にいるとは考えにくい。
このエーデルロート学園は裕福層しか入れないエリート学園だ。費用だって結構かかる。
入学の際には試験もあり、つまりロクな教育も受けず放置されていた側室の子などが入れるはずもないし、入れてやるほどベルンハルトは優しくない。
ましてやメルセデスの入学試験の成績は堂々のトップ。
入学の挨拶こそジークリンデと一緒に行ったが、実際は彼女すら突き放してのぶっちぎりだ。
特に実技が化け物染みている。どう低く見積もってもAランクシーカーと互角以上の実力はあるだろう。
教育も受けず放置されていた側室の子がこんな学力を得るか? こんな実力を得るか?
否、断じて否。あり得るわけがない。
(明らかにおかしい……学生の水準を遥かに超えている……。
それに何でグリューネヴァルト? 何で、そんな調べれば一発で偽名と分かるものを……。
一応後で部下に調べさせるけど、意味はないだろうね……)
間違いなく、彼女はグリューネヴァルト家ではない。あるはずがない。
フェリックスより優れた側室の子? 馬鹿を言うな。
何をどうしたら、そんな子供が出来上がる。無理もいい所だ。
フェリックスは幼い頃から英才教育を受けてきたエリートだ。その実力は学生のレベルとしてはトップクラスである。
それを放置されていた側室の子が上回るなど、あり得ない。
だから彼女は偽物だ。疑いの余地もない。
だが疑問なのは、何故そんなバレる偽名を名乗るかだ。
そこまで馬鹿だとは思えないし、何か意味があるはずだが……
「!」
そこまで考え、ハンナは一つの答えに行き着いた。
そして同時に迂闊だったと思った。
(――しまった! 観察されているッ!
この子は、あえて有名な名を名乗る事で私の反応を見ているんだ!)
この少女は囮だ!
ハンナはそう気付き、咄嗟に十一歳相応の笑顔を張り付けた。
分かってみれば簡単な事。こちらが敵の隠密を警戒するのと同じように、向こうもこちらを探しているのだ。
だからこんな、バレバレな偽名を名乗り、隠す気もなく能力を見せつけている。
いわば餌……自分という魚を釣り上げる為の……っ!
「グリューネヴァルト? それって結構大貴族じゃ……」
「生憎と私は四子だ。家を継ぐ事はない」
試しに探りを入れてみたが、その返答に迷いはない。
だがこれも嘘だ。
四子といえば、確かリューディアの子のはず。
側室の中でも特に冷遇されている部類だ。
こんな子供がそこから出て来るわけがない。
「それにしてもメルセデスさんって髪サラサラだよね。肌もスベスベだし。羨ましいなあ」
「ハンナだって十分可愛いだろう」
加えて、髪と肌のハリがよすぎる。
放置されていた四子には絶対にあり得ないレベルだ。
これもさり気なく聞いてみたが、やはり流されてしまった。
なるほど、答えたくないわけか。
その後もメルセデスは、自分の能力を全く隠さなかった。
こんな十一歳がいるかというレベルで他を引き離し、それは子供の中に教育を終えたはずの大人が紛れ込んでいるようであった。
やはり、見た目通りの年齢ではない。
更に驚くべき事に、彼女は実習において獰猛な鳥の魔物であるアシュタールまでも手懐けてしまった。
この時、ハンナは兎にも手こずる間抜けを演じながらメルセデスを観察していたが、その実力は驚嘆の一言に尽きる。
(やりすぎだよ、メルセデスさん。アシュタールはね、十一歳の子供が手懐けられるような魔物じゃない。
これで分かった。あの魔物を放ったのはメルセデスさんだ。
自分の魔物なんだから、そりゃあ手懐けられるよね。今回の行動はジークリンデ王女の信頼を得る為のものか)
更にメルセデスは、手紙を使って外と連絡を取り合っているらしい。
本人は父への報告と言っていたが、こんなのは嘘だと誰でも分かる。
ベルンハルトは、子供からの報告など一々受けるような男ではない。
今日はこんな授業があって、とても楽しかったですとでも書くのか?
そもそも……手紙を書いて、一体誰にそれを運ばせるのだ? 召使いすらいないというのに。
この学園で――いや、この国で手紙を送るならばまず、手紙を伝令と呼ばれる職業の吸血鬼に渡すのが一般的だ。
この伝令は一定期間ごとに決まったルートを通り、街などに到着した際はラッパを吹いて自らの存在を皆に示す。
この伝令に手紙を渡す事で、彼等は別の町へ向かって手紙を配るのだ。
そしてこの学園には一応、万一火急の事態が発生した時の為に伝令が控えているが、勿論親への報告なんてもので動きはしない。
つまりは不可能……手紙など……!
しかしメルセデスは、それを成功させてしまった。
朝方にこっそりと手紙を持って抜け出し、猫の魔物に持たせて手紙を運ばせたのだ。
メルセデスは『黒』だ。
ハンナは既にその事を九割確信していた。
しかし不思議なのは、何故行動を起こさないかだ。
普段はグスタフや他の生徒の目があるからだろうか?
(なら、行動し易い状況をあえて作れば……必ず尻尾を出すはず)
ハンナが仕掛けたのは、それから数日後の準ダンジョン攻略の実習の日であった。
そこでハンナはあえてジークリンデとメルセデスを組ませ、ついでに数合わせの生徒も入れてダンジョンへと入った。
中にはハンナが待機させた数人の部下がおり、メルセデスがおかしな行動を見せたらすぐにハンナの合図で動く手筈になっている。
(向こうから見れば、標的の王女の他にはただの学生が二人……場所は密閉された準ダンジョン……襲撃するには絶好の機会。おかしな動きを見せればすぐにでも……)
――しかし、この授業で結局メルセデスが動く事はなかった。
いつ彼女が動いてもいいようにと、ずっと神経を尖らせていた自分が馬鹿みたいだ。
後になってハンナは露骨に疑い過ぎた、と反省した。
きっとあれで警戒されて、メルセデスが行動するのをやめてしまったのだ。
遂にメルセデスが決定的な尻尾を見せた。
何と彼女は、どこからかゴブリンヘクサーを出して使役してみせたのだ。
魔物を出すというのはダンジョン所有者か、あるいは所有者から封石を譲られるかのどちらかしか可能性はない。
恐らく封石を持っていたのだろうが、これで完全に彼女が敵である事が判明してしまった。
だが一つ疑問がある。
それは何故、彼女が白装束に襲撃されていたかだ。
(どういう事? 仲間割れ? それとも私にあえて見せる事で疑いを晴らそうと?
いや、それなら魔物を出す意味がない。何をしたいのか全然読めない……)
不気味であった。
状況も、彼女が名乗っている名前も、魔物を使役する能力も、全てがメルセデスを敵だと決定付けている。
なのに、その確定黒のはずの彼女がベアトリクス帝国の者と戦い、殺し、情報を聞き出しているのだ。
意味が分からなかった。
(まさか……第三国……!?
この国とベアトリクス帝国のどちらでもない、別の国の間者!)
素早くその場を離れ、ハンナは混乱する思考を必死に纏める。
ベアトリクス帝国だけでも厄介なのに、更に新手が出るなど冗談ではない。
ともかく早急に対策が必要だ。
メルセデスという存在は放っておくには危険すぎる。目的も分からない。
彼女が一体何者なのか、ハッキリとさせなければ……!
「え? 本当にグリューネヴァルト家の子供?」
「はい。マジでグリューネヴァルト家でした」
「……あれで十一歳?」
「はい。あれで十一歳ッス」
「……放置されてた側室の子なのに成績トップなの?」
「放置されてた側室の子なのに成績トップなの」
「つまり何? メルセデスさんは本当にただの、十一歳らしくない十一歳で、ロクに教育も受けてないのに学園トップの成績を取れるフェリックス君涙目の凄い子で、訓練も受けてないのにAランクシーカーより強くて、魔物を手懐ける事が出来て、肌や髪の艶があり得ない程いいだけの、どう考えても無理がありすぎるけど、それでも本当に何の裏もないだけの子供だってこと?」
「そうなるッスね」
ハンナは部下の報告を受けて天を仰いだ。
あり得ない。どう考えてもあり得ない。
こんな事が本当にあるのだろうか。
正直、まだ訓練を積んだどこかの精鋭隠密部隊員とかの方が納得出来た。
だがこの報告が正しいならば、自分はただの生徒をずっと怪しんで空回りしていた事になる。
ハンナは喉にこみ上げる理不尽や怒りを全て集め、言葉にして吐き出した。
「こんなの分かるわけないでしょおおおお!? だっておかしかったんだもん! 明らかに怪しかったんだもん! 私悪くない! 悪くないもん! うわあああああん!」
「言い訳は見苦しいッスよ」
腹いせにとりあえず部下を叩いておいた。
とりあえず、ちゃんと連絡してこないベルンハルトが全部悪い。
部下「ありがとうございます!」
というわけで、メルセデスはハンナを疑っていたけどハンナもメルセデスを疑っていたというお話でした。
ハンナ視点だとクッソ怪しいです。むしろこいつ疑わないで他に誰を疑うんだというレベルです。
そら客観的に見たらどう考えてもメルセデスの方が怪しいですわ。
そのせいでハンナさんが物語の裏で迷走しまくった結果が本編での怪しい行動の数々です。
一応フォローしておくとハンナは普段は優秀です。
むしろ優秀だからこそメルセデスの違和感の数々に目が向いてしまい、空回ったのです。
言うならばポケモンの廃人が対戦慣れし過ぎて、深読みしまくった挙句無意味な交替とかを繰り返して初心者に惨敗するのと似ています。
気付かなければ迷走しなかった‥‥。
だが‥‥必然気付いてしまう‥‥!
なぜなら‥ハンナは今まで数々の智謀策謀を‥‥
気付きによって乗り越えてきた勝者だから‥‥!!
優秀ゆえの気付き‥‥!!




