第四話 常夜の街
シーカーギルドはR・P暦112年に発足したとされる探索者を支援、管理する組合である。
このレッド・プラネットにはいくつか未踏の領域が存在し、特にダンジョンと呼ばれるものは全体の七割も攻略されていないと言われている。
ダンジョンというのは、突然出現する巨大な閉鎖空間だ。
その形は主に洞窟で、それまで平原だった場所や沼地だったはずの場所に何の前触れもなく現れ、誰かが最奥に到達するまで消える事がない。
更に迷惑な事にダンジョンからは大体において、魔物と呼ばれる人に害なす生物が湧いて出て来る。
なのでこれを定期的に討伐し、あるいはダンジョンの最下層を目指す者達が必要になったわけだ。
その専門職こそがシーカーである。
しかしその仕事には当然危険がつきまとう。誰だって何の見返りもなく命など賭けたくない。
そこで国はシーカーを支援する組合を作り、シーカーが仕事しやすい環境を整えた。
シーカーが多く集まれば気の合う者同士が仲間となるし、武器などを格安で貸せば死亡率も下がるだろう。
過去にダンジョンを攻略したシーカーの経験談などを元にマニュアルだって作成出来るし、他のシーカーがダンジョンに途中まで潜って地図を作ったならばそれを全員で共有してもいい。
そんな歴史を持つシーカーギルドは、都でも有数の巨大建築物だ。
高さは12m。幅は30m。奥行きは25m。
入り口の上には看板が掲げられ、洞窟の入り口の前に二本の剣が交差しているロゴマークが存在感を主張している。
入り口は両開きのガラス戸。そこを通れば中には清潔な白い壁と天井、床があり、いくつもの椅子が並んでそこにシーカーと思わしき者達が待機している。
壁には依頼書やギルドからの報告、最近起こった事件を纏めた切り抜きなどが張り付けられていた。
天井に取り付けられているのは魔法の力を使った照明器具で、これは高値で一般人の手が届くものではないが夜でも明るく照らしてくれる。
吸血鬼は夜目の利く種族だが、だからといって部屋を明るくしてはいけないという決まりもない。
そんな建物へと踏み入ったメルセデスは周囲からの興味半分、嘲り半分の視線を受け流して真っすぐにカウンター前へと向かった。
「あら、可愛い子がきたわね。どんな御用かしら?」
カウンター前にいたのは美人の受付嬢……ならよかったのだが、ヒョロリと細長い身体をした青白い顔の吸血鬼であった。勿論男である。
頭は剃っているのか髪がなく、顔には縫い跡がある。
これは最近都で流行りのお洒落だ。今、王都では顔や腕にこうした縫い跡を付けるのがトレンドなのである。
高い再生力を持つ吸血鬼だからこその歪なお洒落だ。
「シーカー登録を」
「ふうん……まあ、いいわ。この用紙の記入事項の所だけ記入してくれるかしら」
渡された用紙に書かれていたのは、シーカーとなるならばこのギルドの支援を受ける権利を与えるという旨の文章だ。
また、ギルドとの契約は自由を縛るものではなく、ギルドがシーカーを縛ったり命令したりはしないという事や、探索中にシーカーの身に何か不幸があってもギルドはその責任を負わない事などが書かれている。
そしてこの契約はいつでも破棄出来る事もしっかりと記載されていた。
「……ふむ」
一通り確認し、記載欄を見る。
この条件に不服がなければ名前や年齢を記入するらしい。
住所欄もあるが、決まった住所を持たない者など珍しくもないのでここは書かなくてもいいらしい。
メルセデスはまず自分の名前を書き、しかしグリューネヴァルトの名を書くのを躊躇った。
グリューネヴァルトはこの都を含む土地を支配する領主だ。それが側室の子であろうと、まず間違いなく問題になる。
なのでメルセデスはここに、母の方の旧姓を書いておく事にした。
「書いたぞ」
「はい、ありがと。……ふむふむ、メルセデス・カルヴァート。住所なし、年齢は20。
見た目通りの年齢じゃないとは思ったけど、成長が遅いのねえ。羨ましいわ」
吸血鬼の成長速度は当然ながら人間とは全く違う。
一定の年齢までは人間と同じように成長するのだが、ある程度の所で成長が止まり、外見の変化が非常に緩やかになるのだ。
そしてこの成長が停止する年齢というのは個人差があり、二十歳まで普通に成長する者もいれば十代半ばから外見が変わらない者もいる。
外見二十代の女性と十二歳ほどの幼子が並んでいて、母と子だと思ったら実際は幼子に見えた方が祖母だったというケースもある。
この成長が停止する年齢を『不老期』といい、詳しいメカニズムは不明なものの一般的には不老期が早い方が強くなれる素質を多く持つとされている。
「でも、字はもっと綺麗に書かなきゃ駄目よお。この年齢のところなんて、2が1みたいになってるじゃない」
「ああ、それはすまなかった。そっちで直しておいてくれ」
メルセデスはぬけぬけと言いながら、内心で受け付けに詫びる。
受付が2が1のように見えると言っているが実際は逆だ。1を2に見えるようにわざと下手糞に書いたのである。
嘘は書いていない。自分はちゃんと10歳と書いたのだ。
ただし、1の部分がちょっと汚くて2に見えてしまったかもしれないが、それは仕方のない事だろう。
「それじゃあ、貴方のシーカー適正を見るわ。
このカードに血を付けてくれるかしら」
「うむ」
メルセデスは指を躊躇なく己の爪で裂き、受付が差し出した黒いカードに血を垂らした。
傷は瞬く間に消え、受付が感心したような声を出す。
「凄い再生力ね。これは期待の新人かしらあ?
…………なんじゃこりゃあ」
期待するようにカードを見た受付が素に戻ったかのように男口調で驚きを露にした。
そんな反応をされると少し不安になる。
そこまで酷いステータスだったのだろうか。
「腕力、脚力、耐久力、体力、全部レベル4以上?
再生力レベル6? 魔法力だけ普通で2……えええ、これもう、いきなりCランクかBランクでいいんじゃねえの……?」
どうやらいい方向でおかしかったらしい。
ランクというのはよく分からないが、まあ強さに応じた仕事の難易度のようなものだろう。
メルセデスは呆然としている受付からカードをひったくり、内容に目を通す。
【メルセデス・カルヴァート】
シーカーランク:F
第一属性:土
第二属性:風
腕力:level 5
脚力:level 5
耐久:level 5
体力:level 4
魔力:level 2
瞬発:level 5
再生:level 6
受付の反応からすると多分いい数字なのだろうが、数字が一桁だとどうも弱く見えてしまう。
メルセデスは何となく自分が強いのだろうとは察しているが、何せ比較対象がいない。
とりあえず、まずは彼に聞いてみるとしよう、と無難に考えた。
「これは、そんなに驚く数字なのか?」
「……少し取り乱したわ。ごめんなさいね。
説明するとね、まあ大体のシーカーは全能力レベル1か2ってとこよ。まあ1で半人前、2で一人前って感じかしら。レベル3までいけば一流よ」
「参考までに聞くが、このギルドで一番強い者のレベルは?」
「それは個人情報だから教えられないわ。ただ、貴方ならAランクの仕事でも引っ張りだことだけは言っておくわ」
やはりメルセデスのステータスはかなり高いらしい。
低いよりは余程いい事なので、この結果は素直に喜んでおくべきだろう。
積み上げた五年間は無駄ではなかったのだ。
「さ、そのカードはもう貴方のものよ。
個人的な事を言わせてもらうとその能力値でFランクはカードが泣くから、ガンガン仕事を受けてガンガンランクを上げちゃいなさい。Fランクは貴方に相応しくないわ」
「いや、まずは手軽な仕事からやらせてもらうよ。
シーカーの仕事というものを学ばないとな」
「慎重なのねえ」
「臆病なんだよ。それで、どんな仕事がある?」
いかに能力があろうが、所詮メルセデスは実戦経験ゼロの初心者だ。
自分に自信を持つのはいい事だが、それは一つ間違えればただの慢心となる。
どんな凄腕やその道のプロでも、油断し慢心してしまっては小さな石にも躓いてしまう。
今日の所はまず、無理をせずに現場の空気だけを感じておく。それが妥当であるとメルセデスは考えた。
「Fランクなら、あっちのボードに依頼が張ってるわ。好きなのを取って来ていいわよ」
「わかった。後でまた来る」
受付が手でボードの位置を示し、メルセデスはそちらへと向かった。
依頼書が張られているのは、どうやらコルクボードのようだ。
依頼書がピンで刺され、ボードに貼り付けられている。
メルセデスはいくつかある依頼書の中から、よさそうなものを探す。
【ヴァラヴォルフ・ブラウ捕獲依頼】
依頼主:半月堂ペットショップ
報酬額:2万エルカ
期限:無期限
詳細:ヴァラヴォルフ種の中では小柄で力も弱く、大人しいのでペットとして人気のブラウ種が売れ切ってしまったので、捕獲をお願いします。
オスとメスの両方を捕獲してくれば、倍の報酬を支払います。
ヴァラヴォルフ・ブラウはプラクティスダンジョンとシュタルクダンジョンに出現するという報告があります。
【シュタルクダンジョン、泉調査】
依頼主:シーカーギルド
報酬額:8000エルカ
期限:二週間
詳細:シュタルクダンジョン2Fの泉に回復効果があると見込まれており、研究の為に水を取って来て下さい。
【シュタルクダンジョン、マッピング】
依頼主:シーカーギルド
報酬額:5000エルカ~
期限:一週間
詳細:先日出現したシュタルクダンジョンの地図がまだ完成していません。
早急な地図の作成が求められるため、マッピングをお願いします。
いくつかある依頼の中でメルセデスが目を付けたのはこの三つだ。
この依頼は三つとも、同じダンジョンを指定している。
ならばマッピングしつつ泉を探し、ついでにヴァラヴォルフとやらが出てくれば捕獲でいいだろう。
メルセデスは三つの依頼書を剥がし、受付へと戻った。
「この三つを受けたい」
「あら、同時にやるのね」
「並行して出来そうだと思ったからな」
「ま、貴方なら問題なさそうね。ところで武具のレンタルはする? 格安で貸し出してるわよ。
勿論、壊したら弁償だけどね」
「やめておくよ」
「そ。はい、これ。シュタルクダンジョンの位置を記した地図よ。
大体、この都を出て徒歩五時間ってとこかしら。ダンジョン行きの馬車も出てるからそれに乗るといいわ。この地図は無料で配布してるから持って行っていいわよ」
三つの依頼を受ける事にし、メルセデスはそのまま外へと向かった。
地図と、マッピング用の羊皮紙、ペンも受け取ったが武器などは受け取っていない。
武具の格安貸し出しは魅力的だが、その格安を借りる金すら今はないからだ。
ギルドを後にした彼女はそのまま都を出ずに、まずはペットショップへと向かった。
まずは依頼主の店がどんな物なのかを下見するのが先だ。
位置や店の大きさ次第では捕獲したヴァラヴォルフ・ブラウをどうやって持ってくるかも考えなくてはならない。
(それにしても……)
やはり吸血鬼の国というべきか。人間の街と似ているが、やはり所々でナチュラルにおかしな部分が見える。
その辺を歩いている野良猫は背中から蝙蝠の翼のようなものが生えているし、裕福そうな婦人たちが道で止まって話しているのはいいが、彼女達がリードで繋いでいるのは可愛い犬ではなく狼男だ。
身長はやや小さく、160cmといったところだろう。色は青く、あれがヴァラヴォルフ・ブラウなのだろうかとメルセデスは考えた。
露店では回復用のポーションの横に真っ赤な血液を詰めた瓶が売られている。
だが自分もそんな吸血鬼の一員なのだ。慣れるしかあるまい。
前世が人間であるが故の常識の相違にモヤモヤとしたものを感じながら、メルセデスはやがて目当ての店を発見した。
ちなみに狼男には、品種改良されたチワワ顔やポメラニアン顔の狼男ならぬ犬男もいます。
ただし首から下はムキムキです。
次回からようやくダンジョンをウロウロし始めます。