第三十九話 ハンナの正体
メルセデスとベルンハルトの振り下ろした武器は、王に届く前に一振りの剣によって受け止められていた。
二人の攻撃は決して生半可なものではない。
仮に鋼鉄の盾で防御したとしても、盾ごと両断してみせただろう。
しかし二人の攻撃を防いだ真紅の剣は傷一つなく、美しく輝いている。
そして驚くべき事に、その剣はバルドゥルが今も持っている偽りの王剣と全く同じデザインであった。
「お前は……」
だがメルセデスにとって驚きだったのは、剣よりも攻撃を防いだ人物の方だ。
水色の髪に、普段とは違って鋭くこちらを見据える瞳。
それは、学園生活で毎日顔を合わせていた同室の、ハンナ・バーガーであった。
驚きに動きを止めたのは一瞬の事。すぐにメルセデスは武器を薙いでハンナを弾き飛ばした。
「っ! 待って、メルセデスさん!」
ハンナが体勢を崩しながらも何かを言うが、問答をする気がない。
自分の予想は正しかった……ただ、それだけの事だ。
ハンナは王がジークリンデの護衛に就けた敵側の吸血鬼で、そして今になってノコノコと出て来た。要するにそういう事なのだろう。
襲撃のタイミングを隠密兵達に伝えていたのも彼女だったわけだ。
ならば遠慮は不要。斬り捨てるのみ。
「待てい、メルセデス!」
しかしそれを止めたのはベルンハルトであった。
何故この男が止める? そう思うも、止めるという事は何かを知っているという事だ。
メルセデスは武器を下げ、ハンナから距離を空けた。
それと入れ替わる様にベルンハルトが前に進み、ハンナと向き合う。
「……小賢しい鼠が王家の周囲をウロチョロしている事は知っていたが、貴様だったか」
「あら。姉に向かって鼠はないんじゃない? ベルンハルト」
ハンナは牙を見せて、ベルンハルトをからかうように笑う。
学園では決して見せなかった顔だが、こちらが素顔なのだろうか。
それにしても、姉とは一体どういう事だ。
そうメルセデスが訝しんでいると、ベルンハルトがどうでもよさそうに言う。
「メルセデス。こいつの名はハンナ・バーガー……結婚前の名はハンナ・グリューネヴァルト。
私の姉であり、つまりお前の伯母だ」
「……は?」
「外見はお前と変わらんが、実年齢は100を超えているし子供も産んでいる」
その説明を聞いてメルセデスは思わず顔をしかめてしまった。
つまりあれか。自分は実年齢100オーバーの相手を同年代と思い、ずっと気付かずに過ごしてきたのか。
吸血鬼は外見からは年齢が分からないとは知っていたが、それにしても年齢詐欺にも程があるだろうと思った。
「ふふん、気付かなかったでしょ? 私もまだまだイケるわね」
「ほざけ、年増が」
「あら、ひどい」
カラカラと笑う姿は毒気を抜かれそうで、本当に顔見知りなのだと思わされる。
しかしだからこそ解せない。
ベルンハルトの姉が何故、このタイミングで邪魔に入る?
「聞かせてもらおうか。何故旧王派であるお前がそいつを庇う?」
「ここで貴方達にこの豚を処分されたら私の苦労が水の泡だからよ。
何の為にわざわざ王剣を盗み出してきたと思ってるの」
「なるほど、わざわざ偽の王剣など用意して何のつもりだと思ったが、お前のせいだったか」
王子が偽の王剣などを持っていた理由。それは実に単純な話で、盗み出されていたからであった。
彼等が持っていた剣は、ハンナがすり替えた偽物だったのだ。
そして王達はその事に気付いてすらいなかったのだろう。だからああまで堂々と偽物を持ってきてしまったのだ。
ハンナはベルンハルトを横切り、へたり込んでいる国王一家の前へと向かった。
そこで一度剣をバルドゥルへ渡し、笑顔を浮かべる。
「さ、どうぞ王子様。王家の威光を示して下さい」
「き、貴様……ハンナ……貴様最初から……」
国王は震える声でハンナを罵倒しようとするが、絶望で声が出ない。
バルドゥルも震える手で剣をとり、必死に願うように握るが、無論剣が応えるはずもない。
今ここで、貴族達の前で王剣を使えないという証拠を彼は見せてしまったのだ。
更にハンナは順に、王子達に剣を渡していく。
使えるものなら使ってみろ。そう言っているのだ。
拒否は出来ない。この場の貴族全員が見ているのだから。
王子達に出来るのは、ただ王剣が応えてくれる可能性に賭けて剣を握るしかない。
だが0%をいくら願おうと0%のままだ。奇跡など起こらない。
彼等全員……偽のジークリンデ王女に至るまで剣を握らせ、全員が使えない事を示してからハンナは乱暴に剣を取り上げた。
そして次にその足が向かうのは、事態に付いて行けず茫然としていたジークリンデの元だ。
「逆賊を裁き、物語の幕を降ろすのは正当なる王女の役目。
さあ、ジークリンデ王女……貴女の剣です。お受け取り下さい」
ジークリンデの前に跪き、ハンナは王剣を差し出した。
流転し続ける状況に理解が追いつかないのか、ジークリンデは助けを求めるようにメルセデスを見る。
怪しいと思っていたハンナが突然登場して、剣を差し出してきたのだ。混乱するに決まっている。
しかしメルセデスは、黙って頷く事で剣を取るように促した。
状況はメルセデスにも分からない……が、どうやらハンナは味方らしい。
「待て! やめろ! 誰か……誰か止めろ!」
王が喚くが、皮肉にも彼が騒ぐほどにこれから何が起こるかを皆に予感させてしまった。
気付けば戦闘はすっかり止み、ベルンハルト側の兵も王側の兵も黙って事の成り行きを見守っている。
ジークリンデは震える手で王剣を掴み、そのまま迷いを断つように剣を振り上げた。
すると王剣は魔力を発し、ジークリンデの周囲に数多の魔物が姿を現す。
それは小型の……といっても全長3mはあるだろう、ドラゴンの群れだ。
どうやらあのダンジョンはドラゴン系中心らしいな、とメルセデスは場違いな感想を抱いた。
そのドラゴン達は暴れる様子もなく、ジークリンデの傍に控え、まるで命令を待ち望むかのように前を見た。
それを見て全員が理解した。
今こそ、真の王の血脈の手に王剣が握られたのだと。
「お、おい! 何をしている、お前達!
影武者の分際で王剣に触れたあの反逆者を捕えろ!」
王は兵士達に命令を下すが、誰一人として動かない。
それはそうだ。ジークリンデは王剣の力を発揮したのだから、正当な王家の血に連なる者である事は最早議論するまでもなく明らかである。
むしろそれを『影武者にしていた』などと言ってしまったのは墓穴以外の何物でもない。
兵士達は全員が王を侮蔑したように見下ろし、近衛騎士のうちの一人は無言で王の顔を蹴り飛ばした。
それに触発されたように今まで王側だった兵士、騎士が一斉に怒りの表情で剣を抜き、国王一家に詰め寄る。
吸血鬼は力の信奉者だ。そして強い吸血鬼ほど己の力に誇りを持っている。
その誇るべきものを、今の今まで王でも何でもない何処の馬の骨とも分からぬ者の為に使わされていたのだ。
この馬鹿共を守る為に命を落とした同僚すらいる。
故に怒りを抱くのは当然であり、国王一家は震えて寄り添った。
「止めよ!」
ジークリンデが声を発すると、鶴の一声で全ての兵士が動きを止めた。
そのまま皆が見守る前でジークリンデが国王一家の前へと歩み出る。
「な……な、何よ! 何の真似よ、か、影武者の分際で!
卑しい身分の吸血鬼が何で王剣を使ってるのよ! 私を誰だと思ってるの!
私は、私はジークリンデ王女なのよ!」
ヒステリックに叫んでいるのは、ソバカス顔の吸血鬼だった。
ジークリンデの名を父から与えられ、成り代わっていたジークリンデではない誰かであった。
彼女はきっと本当に知らないのだろう。
父の罪も母の所業も、きっと知らない。
心の底から自分は王族で、ジークリンデという名なのだと思い込んで生きて来たのだ。
ジークリンデもそれが分かっているのか、自分と同じ名の偽りの王女を、ただ哀れみを込めた視線で見下ろしていた。
「……捕えよ」
ジークリンデの号令に従い、召喚されたドラゴン達が国王一家に襲い掛かった。
もう誰も彼等を守ろうとはしない。
偽りの国王一家は容易く無力化され、こうして波乱まみれの誕生祭は幕を閉じた。
◆
「それで、どういう事なのか話して貰えるのだろうな?」
兵士に引きずられていく国王一家から興味を失ったように視線を外し、ベルンハルトはハンナへと話しかけた。
それはメルセデスとしても聞いておきたいところだ。
何せ、今までずっと敵の可能性が高いと考えてマークしていたのに、蓋を開けてみればこちら側だ。
事情を聞かない事にはすっきりしない。
「私が旧王派っていう事はベルンハルトも知ってるよね。
11年前に王が新しい妃を迎えて、突然王子が増えたでしょ。
その時点で私ら、『あ、これ王家乗っ取られたな』って思って潜入調査を開始してたのよ」
「ふむ。流石に行動が早いな」
「で、私も城に潜り込んで、とにかく奴らに気に入られるよう振舞ったわ。
ま、何せ相手は小物だからね。ちょっと自尊心を満たしてやりつつ心証を操作すれば取り入るのは簡単だったわ。
五年目には信頼して、色々な裏情報までペラペラ話してくれたわよ。
どうやって先代の王の信頼を勝ち取っただとか、騙されたと知った時の妃の顔は傑作だったとか」
ハンナの話を聞き、メルセデスの中で先代王への評価が一気に落ちた。
顔を見た事もないが、人を見る目がないのはよく分かった。
あんな小物を信頼するなど、どうかしている。
恐らくは家の格だとか、表面上の態度でしか判別していなかったのだろう。
他人など迂闊に信じるからこうなるのだ。
相手の思考や行動基準を考えて信用するのはいい。
だが信頼は駄目だ。
メルセデスの中で信用と信頼は違う。
本来の意味はさておき、メルセデスにとって信用とは『信』じて、『用』いる事である。
信頼とは『信』じて『頼』る事である。
用いるのはいい。仮に裏切られても切り捨てれば被害は少なくて済む。
だが頼るのは駄目だ。裏切られた時に背を向けていれば無防備で刺されてしまう。
「愚者だな、先王もあの小物も。他人など信じるからそうなる」
と思っていたらベルンハルトが同じ事を言った。
どこまでも思考が被っていて嫌になる。
「……相変わらずだね、ベルンハルトは」
ハンナは呆れたように言い、わざとらしく溜息を吐いた。
「ま、後は簡単なものよ。ジークリンデ王女の護衛として学園に送ってもらえたから、後は手引きしているように振る舞いながら王女を守るだけ。
王剣も偽物とすり替えて、機会を見て王女の手に渡すだけよ。そういう意味では、この誕生祭はよかったわ。有力な貴族全員に見せる事が出来たしね」
どこまでも迂闊な男だったのだな、とメルセデスは心底呆れた。
あの小物は、ハンナを味方と思い込んで獅子身中の虫をジークリンデにつけたつもりだった。
そしてハンナは実際に獅子身中の虫だったわけだが、それはジークリンデではなくあの王に対してであったのだ。
恐らくメルセデスの知らない所でハンナに始末された暗殺者も何人かいたのだろう。
「ハンナ……伯母さん。聞きたいことがある」
「今まで通りハンナでいいよ、メルセデスちゃん。その方がおばさん、若返った気になれるし」
「伯母さんは学園で私の動きを見張っていたな。あれは何故だ?」
「何で名前の方だけ取っちゃうかなあ!?」
年増が何か喚いているがメルセデスはそれをスルーした。
実際伯母さんなのだから、そう呼んでも何も間違いはない。
「あー……まあ、メルセデスちゃんはね……ごめん、ちょっと疑ってた。
だって11歳とは思えないくらい落ち着いてて、おかしいくらい強いんだもん。
特殊な訓練を受けた工作員かと思っちゃったのよ。
おまけに……」
そこまで言い、ハンナはベルンハルトを見た。
それは言っていいかどうか、迷っているという感じだ。
そういえば……彼女はメルセデスが魔物を出す瞬間を目撃している。
恐らくそれで、ベアトリクス帝国のダンジョン所有者ではないかと疑念を持たれてしまったのだろう。
「おまけに……ベルンハルトの子供っていえばフェリックス君と、放置されてた側室の子達だけでしょ?
まさかベルンハルトがフェリックス君以外を学園に通わせるなんて思ってなかったから、さ。
だからグリューネヴァルト家を名乗る工作員かなって……。
でも、メルセデスちゃんって顔はベルンハルトと似てないけど、雰囲気とかそういうのがそっくりで、それで余計に混乱したっていうか……」
「ふ。私の娘だからな、似ているのは当然だ」
「うわこんな嬉しそうなベルンハルト初めて見た」
ハンナは結局、魔物の話題は避けて別の話題に切り替えた。
それにしても……嬉しそう?
メルセデスの目には、ベルンハルトの顔はいつも通りの仏頂面にしか見えない。
多分ハンナの勘違いだろう、とメルセデスは結論を出した。
「授業の時に私とジークリンデをあえて引き合わせたのは、私がボロを出さないか観察する為か」
「うん。もしも刺客だったらあの場で狙わないにしても、何かリアクションくらいあるかなと思ってさ」
「リオッテ嬢は?」
「あの子は調査でシロって判明してたから入れただけよ」
なるほど、色々と考えているものだ、と思った。
あの時ハンナは、メルセデスが本当にグリューネヴァルト家の子なのか、それとも敵なのかが分からずに見極めようとしていたのだ。
大したものだと素直に思う。
ただし、自分が疑われていなければ、だが。
「ごめんね、疑いかけちゃって。
でもメルセデスちゃんも私の事疑ってたみたいだし、そこはオアイコってことで。ね?」
そう言ってハンナはニコリと笑った。
ベルンハルトの姉だけあって、何とも癖の強い人物である。
ハンナ(おば)ちゃん、味方確定回でした。
ただしBBAである事が明らかになったので癒し枠からは完全転落です。
次回はハンナ視点でのネタばらしとなります。
王に召喚された魔物達「ところで俺等、これからどうすればいいんですかね」
ハンナ「出荷よー」
魔物達「そんなー」
王が召喚した魔物達は肉屋に提供されました。




