第三十七話 追求
メルセデスは考える。
バルドゥルが差している剣をジークハルトは王剣だと言い、ツヴェルフはマスターキーではないと言い切った。
王剣=マスターキーのはずなので、つまりどちらかが間違えている事になり、この手の情報の精度においてはツヴェルフに勝る者は現状いない。
つまりあれは王剣を模したレプリカか、よく似ているだけの別の剣だろうとメルセデスは考えた。
実際、マスターキーと通常の武器は見ただけでは判別出来ない。
メルセデス自身もマスターキーを市販の『ハルバード・ウルツァイト』と同じにしており、専門職が手に取って確認でもしない限り区別は不可能だ。
ならば十分にあり得る。本物の王剣を持たず、この場に現れる事も。
そして、好都合だ。本来ならば王剣の力を示すはずのこの場に偽物を持ってきた事自体が既に、自分達は使えないと言っているも同然であった。
(ツヴェルフ。お前達はマスターキーとそうでないものを見分けられるのか?)
『イエス、マスター。ただし注視すれば、という条件が付きます。
目の前を一瞬横切った程度では恐らく気付けません』
ツヴェルフがマスターキーを見分けられるというのは大きな利点だ。
同時に、この件の裏にいるダンジョンマスターにツヴェルフのようなガイドが付いていた場合、こちらが見破られる可能性がある。
とはいえ、『あれはマスターキーかもしれない』という疑いを持たなければ注視する事もない為、すれ違った程度ではまず気付かないという。
メルセデスは過去を振り返り、恐らく自分がダンジョンマスターである事に気付いている者はいない、と考えた。
外に出る時は常に待機モードでポケットの中に入れているので、仮にすれ違った中にダンジョンマスターがいたとしても判別されるはずがない。
壇上では国王らしき肥満の吸血鬼が国がどうやら国の将来がどうやら貴族の誇りがどうやらと語り、貴族達が表面上聞き入っているような態度を取っている。
やがて話が終わった所で、一人の貴族が声をあげた。
「王よ。何故貴方は十一年前から王剣を我々の前では使って下さらない。
我が国、オルクスの変わらぬ権威と力の象徴を何故お見せ下さらぬのか。
我々はずっと、初代アーベントロート王の偉業を敬愛し、世代を経ても変わらぬ忠誠を捧げてきました。
今一度、王の威光を我らに示して頂きたい」
あれがベルンハルトの焚き付けた馬鹿貴族とやらだろう。
彼に同調するように他の貴族も「そうだそうだ」と便乗している。
以前述べたように吸血鬼にとって強さこそが何にも勝るステータスだ。
それを十一年に渡って示さなければ、王だろうが何だろうがこういう態度を取られてしまう。
要するに舐められてしまえば、権力があろうと軽視されてしまうのだ。
ここで力を示す事が出来なければ、最悪反乱まであり得る。
おかしい話ではあるが、それが吸血鬼だ。人間とは価値観が違う。
王剣という替えの効かない絶対の力があるからこそ貴族達は王を認めている。
ならばそれがなければ……クーデターが発生してもおかしくはない。
「よろしい。ならば王家の威光を皆に示そうではないか」
これに国王は意外にも、余裕をもって対応した。
あの王剣は偽物である。だからてっきり慌てるとばかり思っていたのだが、あの余裕はどういうわけだ。
批判していた貴族達にとっても意外な事だったのだろう。
声は小さくなり、気圧されたように全員が顔を見合わせた。
「皆も知っての通り私は王家の血筋ではない。
しかし我が子達は皆、今は亡き前の妻……エルフリーデの血を受け継いでいる。
それを疑う声もあったが……今こそ見せよう、我が子達が真に王家に連なる者であるという証を。
そしてそれをもって、我が疑いを晴らしたい」
王が大仰な手振りを加えながら演説し、バルドゥルが剣を抜いた。
偽物で一体何をする気なのか……。
そう思いつつも観察していたメルセデスだったが、壇上に溢れた強い光に思わず目を閉じてしまった。
吸血鬼は僅かな月明りでも周りが見える程に夜目が効く。
逆に言えば物を見るのに強い光は必要なく、あまりに光が強いとむしろ視界の妨げとなってしまう。
吸血鬼が昼を苦手とするのもこの為だ。
吸血鬼にとって真昼というのは、人にとっての真夜中と同じくらいに物が見えない。
強い光を急に浴びるのは、人で例えればいきなり停電するようなものだ。
やがて光が収まり、メルセデスが目を開くと壇上には驚くべき光景があった。
狼男にミイラ男、ゴブリン、オーク、骸骨……いずれも下級ではあるが、先程までいなかった多くの魔物が並び、そしてバルドゥルに従うように跪いていたのだ。
(飼いならした魔物をどこかに待機させていた……? いや、あれだけの数が隠れる場所はない。
外に待機……いや、いくら光で目が眩んでいてもあれだけの魔物が乗り込んで来たら流石に音で気付く。どういう事だ……)
マスターキーによる魔物の解凍ではない。それだけは確かだ。
あの王剣は偽物だし、第一マスターキーで魔物を出しても光など発さない。
何かあるのだ、カラクリが。
例えば……そう、例えば、封石を大量に隠していたとかはどうだ?
封石ならば隠せるだろうし、光を発したのは封石から出るのを見られない為と思えば説明がつく。
しかしその証拠がない以上、ここで何を言っても無駄だろう。
だが大勢が見ているこの機会を逃せば、奴等を追求するのが難しくなる。
例えば本物の王剣をジークリンデが使い、バルドゥルの剣が偽物だと証明しても、それを誰も見ていなければ王の権限でどうとでも言いつくろえるし、こちらを嘘つきに仕立てる事も出来る。
それを許さない為にも、この国の有権者達という目撃者は不可欠なのだ。
『提案します、マスター』
(何だ?)
『マスターキーは破壊不可能な金属で出来ております。
王剣も同様に壊れる事のない金属であると伝わっており、この場で剣が壊れればそれは矛盾を発生させ、貴族達の疑念を呼ぶ事でしょう』
(なるほど)
メルセデスは全員の目が壇上に向いているのを確認してから、魔法を発動した。
バルドゥルの持っている剣に重圧をかけ、破壊を試みたのだ。
この世界に重力という概念はなく、概念がないのだから誰もそれがどういう力なのか分からない。
見えないのだから魔法の出所も分からず、そもそも魔法が行使された事にすら気付けない。
かろうじて、近くにいたベルンハルトだけが娘が何かしたと勘づいただけだ。
「え……な、何だ……剣が、重く……」
バルドゥルの腕が下がり、床に剣が叩きつけられた。
傍から見ればバルドゥルが突然剣を叩きつけたようにしか見えない。
そして偽りの王剣は罅割れ、更に重圧を加える事で砕け散ってしまった。
「王剣が砕けたぞ!」
「馬鹿な……王剣とは決して壊れぬ金属で出来ているはずでは……」
「これは一体……」
まさかの事態に貴族達がざわめき、疑念が強まる。
バルドゥルと国王は顔を青褪めさせながらも、このお披露目を台無しにした狼藉者を探すべく声を張り上げようとした。
だがそれより先に動いた男がいる。
「王よ! これはどういう事か!
王剣とは壊れぬ剣であったはずが、何故砕ける!
そして、その魔物達は何故跪いたままなのだ!?
王剣が魔物を制御するならば、それを失った今、魔物達は何故暴走しない!」
ベルンハルトであった。
彼はここを好機と見なし、一気呵成に攻撃に出たのだ。
無論危険な賭けではあるだろう。
一歩間違えれば無礼者として捕らえられてしまうし、何よりこれは不敬だ。
だがベルンハルトの中に王への敬意や忠誠などあるはずもなく、ここが責め時だと判断したから動いたに過ぎない。
「王よ、お聞かせ願いたい。その魔物……本当に王剣より呼び出したものか?
捕獲した魔物を何らかの手段で隠していただけではないのか!?」
ベルンハルトは確信したのだ。
自分の考えはやはり正しかったのだと。
あの王族は偽物で、王家の血など引いていないと確信した。
そうでなければ、わざわざ偽の王剣など用意するはずがない。
「き、貴様、ベルンハルト卿! 無礼だぞ!
貴様は我々を……王である私を疑うのか!」
「ふ……疑ってはいない。確信しただけだ。
やはり私の疑念は正しかった……いや、ここにいる大勢も本当は思っていたはずだ。
今の王族は本物なのかとな!」
「き、貴様……」
「王は婿養子。妃はどこからか連れて来た馬の骨。
ジークリンデ王女以外は前の妃の死後に突然出て来た、明らかに不自然な者達ばかり。
そのジークリンデ王女すら明らかにすり替えられた偽物。
十一年に渡り示される事のなかった王家の威光に、極めつきは偽の王剣」
ベルンハルトは王を睨み、指を突きつける。
それと同時に会場に武装した兵士が雪崩込み、武器を構える。
恐らく、ベルンハルトが待機させていた彼の私兵だ。
「告発する! 貴様は王家の正当な血筋を穢し、王家に成り代わった大罪人だ!
今我等の前にいるのは偉大なるアーベントロートの名を騙る不届き者よ! 出合え! 出合ええい!」
それは、紛れもなく――クーデターと呼ばれる行いであった。
音響「デーンデーンデーン。デレレデレレデッデッデー」
メルセデス「おいBGM止めろ。それ私達が成敗される側だ」




