第三十六話 第一王子の誕生祭
メルセデス達が住むこのレッド・プラネットにおいて、大半の国では一週間は八日とされている。
曜日と呼ばれるものはないが、それに該当するものとして『火の日』や『水の日』といった、各属性にちなんだ呼び名が存在していた。
順序としては土の日から始まり、水、風、火、鉄、氷、雷を経て最後に陽で一周する。
前世での七曜に慣れていたメルセデスにとってこれは実に違和感のあるものだったが、それがこの国の文化なのだから受け入れるしかない。
陽の日はエルフェやフォーゲラの国では一週の始まりとされているが、陽光の出る朝は吸血鬼にとっては眠る時間だ。
なのでこのオルクスでは一週の始まりは土であり、陽は休む日と決められていた。
学園でも陽の日は休みであり、それを利用してメルセデスは一度グリューネヴァルト邸へと帰還していた。
いつもの空中ダッシュで帰れれば楽だったのだが、今回はジークハルトもいるので、アシュタールに頑張ってもらった。
屋敷に到着したジークハルト達は客間に通され、メルセデスだけがベルンハルトの私室に呼ばれた。
「メルセデス。あれがそうなのだな?」
「はい」
あれ……とは、無論ジークハルトの事である。
正確にはジークハルトに扮したジークリンデだ。
ベルンハルトは厳つい顔を更に厳つく歪め、腕を組んだ。
「なるほど……確かに髪の色に不自然さがない」
「彼女を狙っていた輩からも情報を聞き出しました。やはり彼女こそが王家の正当な血筋で間違いないようです」
「その暗殺者は?」
「自害しました」
「それはいかんな。次からは自害出来ぬように手足を切断しておけ」
当たり前のように物騒な事を言いながらベルンハルトはメルセデスを叱咤した。
しかしそれほど強く言っているわけではない辺り、暗殺者の生死などどうでもいいのだろう。
仮に暗殺者を生かしても、その言葉を証言にする事など出来ない。
捨て駒として切り捨てられ、頭のおかしい犯罪者として処理されるのが落ちだ。
今の王家の罪を表に出すならば、もっと確実な証拠が必要となる。
「それで……やはり今の王家は偽りなのだな?」
「はい。新王派が邪魔になるジークリンデ王女の死を望み、情報を他国へ売ったようです。
確か……ベアトリクス帝国、とか」
「我が国と並ぶ吸血鬼の大国だな。初代女帝ベアトリクスがダンジョンを制覇し、国を築いたと言われている。
オルクスが弱体化すれば、やがてあの国に吸収される事だろう。
それにしても自分達の地位の為に国を売る、か……これは早急に取り除かねばならんな。
……王を名乗る売国奴どもめが」
ベルンハルトは心底侮蔑したような口調で新王を売国奴と言い切った。
他の貴族が聞けば耳を疑う発言だろう。
「しかし厄介だ……新王は王家の血筋ではないが、王である事そのものは偽りではない」
舌打ちをしながらベルンハルトは今回の事態の厄介さに唸った。
新王は王家を乗っ取った売国奴である。
だが、彼が王である事そのものは嘘ではないのだ。
先王は男児に恵まれず、今の王を婿として迎える事で国王にした。
故に、今の王は正真正銘の国王であり、正面から逆らってもただの反逆にしかならないし、他の貴族まで敵に回してしまう。
これを覆すにはやはり、彼等が王剣を使えない事を示した上でジークリンデに王剣を使わせるしかない。
そうする事でジークリンデを旗頭とした政変に乗り切る事が可能となる。
今のままでは、こちらに正当性がない。
「いや……待てよ? いけるか?」
ベルンハルトは何か思いついたのか、顎に手を当てて考える。
貴族やら王族やらの事に関しては彼の方が圧倒的に詳しい。
メルセデスもそれを当てにしているからこそ、ここに来たのだ。
いずれ出て行く家だが、それまではベルンハルトとグリューネヴァルトの名は役に立つ。
「何か案が?」
「うむ。今度第一王子であるバルドゥルの誕生祭があるが、そこで奴等を揺さぶれるかもしれん」
「というと?」
「かつて王家は、王子や王女の誕生日には必ず王剣を披露し、それを貴族達の前で使わせた。
……無論、それがダンジョンクリアの報酬である事は一部の貴族しか知らんがな。
ほとんどの者は、王剣は魔物を召喚して操る力を持つとしか認識しておらん。
王剣を観衆の前で使う事で王の血筋である事を見せつけ、同時に力の誇示にもなり、求心を強めていた。
だが今の王になってからは一度もそれを行っていない。
それが原因で、貴族達も今の王を疑い始めている」
今の王と王妃が王家の血を引いていない事は周知の事実だ。
しかし王は、子供達を前の王妃との間に出来た子であり、正当な王族であると発表してしまっている。
だから彼等はまだ王座に居座る事が出来ているのだ。
しかしその子供達は一度も王剣を使っていない。
ベルンハルトは、ここに付け入る隙があると考えた。
「次の誕生祭……何人か馬鹿貴族を焚き付けてみるか。今の王に不満を感じている奴は多い。
上手くすれば、そこで全て暴露させる事が出来るかもしれんな」
「上手くいかなければ?」
「その時は王家への不満が高まるだけだ。王剣を使って見せん限り、奴等への不信は払拭されん」
ベルンハルトはそう言い、ニィ、と口の端を吊り上げた。
いかにも悪党のような顔だが、実際悪い事を企んでいるのだろう。
もしかしたら、王家を引きずり降ろして自分が王になるくらいは考えているのかもしれない。
この男は現状、信用出来る味方だが信頼出来る善人ではないのだ。
とはいえ、自分に利用価値があるうちは敵に回らないだろうし、この男に利用価値がある間はメルセデスも敵対しようとは思わない。
◆
それから数日が経ち、第一王子の誕生祭がやってきた。
この日ばかりは学園も休日となり、盛大に誕生祭を祝う事を義務付けられる。休んでばかりな気がしないでもない。
メルセデス達はベルンハルトの付き添いという形で誕生祭に出席し、ジークハルトには簡単な変装をしてもらった。
ジークハルト自体が既に変装した姿なので、少しややこしい。
招待された吸血鬼達は皆が煌びやかな衣装やドレスを纏い、優雅に振るまっている。
吸血鬼の城だけあって場内は僅かなランプの輝きでライトアップされ、少し不気味だ。
もっともこんなのはどこも同じ事で、グリューネヴァルト邸も基本的には暗い。
メルセデスは普段着慣れないドレスに若干の居心地悪さを感じながらも、壁の華となって時間が過ぎるのを待った。
見た目こそ愛らしい少女だが、メルセデスの放つ剣呑な雰囲気に呑まれて同年代は誰も近づけない。
グリューネヴァルト家と親しくなる事は将来的に有利だ、と親に言い聞かされてダンスに誘いに来た11歳の少年はメルセデスに一瞥されると、泣いて逃げてしまった。
一方ジークハルトは男装を止めてドレス姿になっており、幼いながらも可憐なその姿に何人かの男が頬を緩ませていた。
ロリコンとか言ってはいけない。吸血鬼の世界では15歳で結婚可能とされ、戦争に出る事も珍しくない。
義務教育が整った日本とは違うのだ。20を過ぎても親元で遊んで暮らせるほど恵まれておらず、早期に大人となる事を求められる。
つまり11歳に欲情する彼等は、この世界の常識で見てもちょっとおかしかった。
訂正しよう。やはり彼等はロリコンだ。
料理は……相変わらず悲惨だ。
血液入りのワインに血のジャムを塗ったパン。ブラッドソーセージ、茹でただけのジャガイモ。
何の魔物なのかよく分からない焼いただけの肉には、やはり血がソースのようにかけられている。
そしてサラダはない。『栄養バランス? 何それ? 血さえ飲んどきゃいいじゃん』な吸血鬼はバランスなど考えない。好きな物しか食べないのだ。
他にはトライヌ商会提供と思われるチョコレートやチョコクランチがあるが、こちらは凄まじい速度で減っている。
「バルドゥル第一王子のご入場!」
会場に声が響き、階段の上から豚が歩いてきた。
……いや、豚ではない。豚のように肥えた王子が歩いてきた。
デブな吸血鬼とかイメージ壊れるなあ、とメルセデスは内心で僅かな失望を感じる。
しかし失望してばかりはいられない。しっかりと観察しなければ。
まるでペンキでも塗ったかのような不自然な銀髪に、豚のような顔。
服はパンパンで今にも破れそうだ。
赤いマントを羽織っているが、それがかえって滑稽で仕方ない。
やはり豚か……。
腰にはやたら装飾された赤い剣を帯びており、嫌でも目立つ。
「ジークハルト、あれか?」
「ああ。あれこそ王家に伝わる王剣だ。王家の紋章にもなっているから間違いない……と思う」
言いながらジークハルトはポケットから紋章を出し、メルセデスに見せた。
一応影武者なので、こういうのも持たされているのだろう。
その紋章に描かれた剣は、確かにあの第一王子が持っている剣と同じだった。
だから、あれがマスターキーなのだろうと考えたが……。
『いいえ、あれはマスターキーではありません』
ツヴェルフの一言で、否定された。
シュフ「料理が悲惨と聞いて走ってきました」
メルセデス「帰れ」




