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第三十五話 白か黒か

「ジークハルト、少しいいか?」


 一日の授業が終わり、皆が寮に帰るタイミングを計ってメルセデスはジークハルトに声をかけた。

 現状、この学園のどこに敵がいるか分からない。

 今『敵ではない』と言えるのは自分と、狙われている当人であるジークハルトだけだ。

 あえて言うならば前回の授業で組んだドード・リオッテも白に近いだろうか。あれは謀り事をするタイプには見えなかった。

 それから兄であるフェリックスも、このような事態に加担するようには見えない。

 とはいえ、万一もある。まだ自分とジークハルト以外に余計な情報を漏らすべきではないだろう。


「例の件で話したい事がある。来てくれないか」

「……ああ、分かった」


 ジークハルトを連れ出し、メルセデスは適当に使われていない教室へと入った。

 寮の自室は駄目だ。ハンナが黒に近くなった今、何を仕掛けられているか分からない。

 この世界の科学水準で盗聴器などあるとは思えないが、何せ魔法がある世界だ。

 自分が想像もしない都合のいい道具がある可能性はゼロではないのだ。


「それで……話というのは?」

「貴方を狙っている一派と先日交戦した」

「!? そ、それで……大丈夫だったのか? 怪我は?」

「問題ない。それより、そのうちの一人から有用な情報を聞き出す事が出来た。その内容だが……」


 メルセデスは先日得た情報をジークハルトに語った。

 ジークハルトを狙っている者の正体はベアトリクス帝国とやらの刺客である事。

 情報を流したのは他ならぬ、この国の王自身である事。

 そしてジークハルトこそが本当の王族である事も。

 途中までは静かに聞いていたジークハルトだったが、自分の正体を語られた部分で目に見えて動揺を見せた。


「馬鹿な……私が本当に王族? そんなはずはない。

私は孤児で、王子の影になるべく育てられたと……ずっと、そう聞かされてきた……」

「その髪の色は何だと教えられたんだ?」

「髪は……影になるべく、赤子の頃に魔法で染めたと」


 予想通りではあったが、やはり彼女は自分が本当に王族である事を知らなかったようだ。

 王族の振りをした影武者……と思い込まされた王族。何とも複雑で面倒な事になったものである。

 そして酷い父親もいたものだ。ベルンハルトも酷いが、彼女の父はそれ以上の外道だ。

 何せ、現王は彼女の実父なのだ。

 なのに、浮気相手とその子供達を優先して彼女を冷遇するとは……いや、それどころか孤児などという嘘を教え、我が子ではない事にまでしたのだ。

 ベルンハルトだって、ここまで下衆ではなかった。

 彼は子供を失敗作呼ばわりする鬼畜だが、それでも一応、孤児だなどという嘘を吐くまでは至らなかった。


「それを……信じろと言うのか……」

「信じられんのも無理はないが」

「いや、違う。違うのだ。信じていないわけではない。

言われてみれば腑に落ちる部分がいくつもある……私とて、何の違和感も感じていなかったわけではない。

だが……いきなり王族だったなどと言われても、すぐには呑み込めんのだ。

何か……何でもいい。証拠のようなものはないのか?」


 ジークハルトは頭を押さえ、苦しそうに言う。

 彼女なりに現実と向き合い、正しい答えを見極めようとしているのだろう。

 しかし何の根拠もなく受け入れるには現実はあまりに重く、信じるに足るものが欲しいといったところか。

 11歳という年齢を考えれば、ここで混乱して喚かないだけ大したものであった。


「王剣……ダンジョンのマスターキーを使えるのは初代王の血族だけだ。

それを手にすれば真実は分かる」

「王剣の事まで知っているのか……」

「父から聞いた」

「そうか。だが王剣は城の宝物庫に厳重に保管されている。触らせてくれと言って、それで素直に聞いてくれる事はないだろう。

確かめようと思ったら、それこそ、忍び込みでもしない限り……」


 ジークハルト……いや、ジークリンデが王剣に触れる。

 それは現王が最も避けるべき事態だろう。まず正面から頼んでも影武者如きが何をほざく、と一蹴されるに違いあるまい。

 ならば方法は一つ。忍び込んで確かめる他ない。

 しかしメルセデスにそれを強要する気はなかった。

 結局の所、当事者は彼女なのだ。部外者に過ぎない自分がいくら言っても、本人にやる気がなければ何の意味もない。

 だから、メルセデスはただ背中を押すだけだ。それ以上はしない。


「進むか止まるか。それを決めるのは貴方だ。

ここで立ち止まるならばそれでいい。私もこの件から手を引くだけだ。

だが真実を探して進むというならば……」


 メルセデスはジークハルトの目を見る。

 ここで目を逸らして逃げるならば、そこまでだ。

 進む意思のない者に、道は切り開けない。

 進み続けた先にしか道はないのだ。


「私が貴方を連れて行ってやる。如何なる障害が立ち塞がろうが、私が薙ぎ倒す」

「しかし! 君がそこまでする利点はない!

仮にそれが本当だとして、君がそこまで危険を犯す必要がどこにある!

何故、そこまでしてくれるんだ!」

「この国が荒れ、いつまでも学園に妙な連中がいるのは私にとって害だ。

国が安定し、学園が平和になるならば私にとって利だ。

下らない事はさっさと解決して学業に専念したいんだよ」


 これは偽りのない本心であった。

 結局の所、メルセデスは己の利害を考えて行動している。

 決して情だとか優しさで動くわけではない。

 この事態を放置するのは害で、解決するのは利だ。だから動く……それだけだ。

 それにもう一つ理由がある。

 ジークハルトを狙っている誰かは、平原にアシュタールを出して彼女を狙わせた。

 これの意味する所は一つ。敵は自由に魔物を出せるという事だ。

 近くに待機させていたとは思わない。教師だって馬鹿ではないのだから実習前に付近を調べるくらいはするだろう。

 つまり、今回の一件の裏にいるかもしれないのだ。

 以前ボリスをそそのかした、ダンジョン攻略者が。

 そしてそうならば、メルセデスにとって捨て置ける問題ではない。

 現状、その脅威を正しく認識出来ているのはメルセデスだけなのだから。


「選ぶのは貴方だ、ジークハルト……いや、ジークリンデ王女。

だが進むならば――私が守ってやる。何が来ようと、指一本触れさせはしない」


 ジークハルトは驚いたように目を見開き、それから頬を若干赤らめた。

 何だ、その反応は。何故そこで照れる。


「その……不思議だな。君と話していると、女の子と話している気がしない。

凄く頼りになるというか……男らしいというか…………女の子、なんだよね?」

「少なくとも男装の麗人である貴方よりは女の子をしていると思うが……。

というかそれは結構普通に傷付く。言われ慣れてはいるがな」


 主に前世で。

 最後の一言は言葉に出さず、メルセデスは小さく溜息を吐いた。


「あ、ああ、すまない。決して馬鹿にしたわけじゃないんだ」

「いいさ。この程度で怒ったりはせんよ」


 肩をすくめ、おどけたように言ってみせる。

 悪意がないのは分かっているし、それに子供の言う事だ。

 こんな事で一々怒っていては社会でやっていけない。


「分かった……私も覚悟を決めよう。

もしもその話が本当ならば、国の一大事だ。逃げるわけにはいかない」


 ジークハルトは拳を握り、決意を固めたようにメルセデスを見た。

 強い瞳だ、と素直に思わされる。

 未だに目的らしい目的もなく、生きる目的を探す為に生きているメルセデスにはない、強い意思の光がそこにはあった。


「学園内には恐らく、貴方を見張っている者がいるはずだ。

でなければああまでタイミングよく、一人になったところを狙ったりは出来ない。

誰か、心当たりはないか?」

「……君の言う通り現王家が私を排除したがっているならば、その息がかかっていると思われる者が一人いる」


 メルセデスの予想では、ジークハルトを見張っている者はかなり身近にいるはずだ。

 でなければ、あの野外授業でアシュタールが出たタイミングに説明がつかない。

 はっきりと言ってしまえば、Aクラスの誰かが内通者だとメルセデスは考えていた。


「元々私がこの学園に来たのは、何者かが第五王子を狙っているから、それを誘き出して捕まえろという命を受けたからだ。

そして囮役である私の他にもう一人、敵を捕まえる為にこの学園に潜入した者がいる」


 ジークハルトはそこまで言い、少し言い難そうに口を噤んだ。

 きっと信じていたのだろう。

 いや、今でもまさか、という気持ちがあるのかもしれない。


「……だが君の言う通りだとすれば、前提からひっくり返ってしまう。

王家が私の敵だというのなら、王家の命を受けて学園に来た彼女も、敵という事になる……の、かもしれない」

「名前は?」

「その者は……名を、ハンナという。君と同室の、あの少女だ」


 そしてそれは、メルセデスが現状最も疑わしく思っていた同居人であった。

 ジークハルトは驚いたように目を見開き、それから頬を若干赤らめた。

 何だ、その反応は。何故そこで照れる。

 ――その時、モニカに電流走る。


モニカ「泥棒猫の予感!」ガタッ


 モニカさん、出番まだです。

 座ってて下さい。

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