第三十三話 世界を構成するもの
とりあえずポイントは100Pだけ使用し、後は貯めておく事にした。
まず、今まで二十四階層だった場所から障害物を全て撤去し、真っ平な空間へと変える。
この際撤去した壁などはポイントへ戻せるようで、ここで50Pほど増やす事が出来た。
次にメルセデスは町でトレーニング器具を全種購入し、ダンジョンに登録。量産可能になったそれを70Pほど使用し、量産出来るだけ量産した。
ついでに上の階層にあった回復の泉もこちらに移動させた。
こうして二十四階層は丸ごとスポーツジムへと姿を変えてしまった。
魔物達には今後、ここで身体を鍛えてもらうつもりだ。
更に先程獲得した50Pのうち20Pを使用してゴブリンを二十体生産。
残る30Pでゴブリンゲネラールを一体だけ生産し、ゴブリン達の指導に当たらせる事にした。
これでゴブリンの質が上がれば、一番強いゴブリンを登録し直して次からは強化済みゴブリンを量産可能になるはずだ。
(それにしても……少ないな?)
出来る事が分かったのはいい事だが、それによって一つの疑問が新たに生じた。
それはポイントの数が明らかに少ない事だ。
一年で600P……アシュラオーガを四体生産出来るポイントだ。
ゴブリンならば六百体。ゴブリンニートならば千八百体生産出来る。
一年でこれならば十分だと思うだろう。
たった十年も待てば大軍団を編成出来る。吸血鬼の寿命から見れば僅かな時間だ。
しかし、メルセデスはこれを少ないと感じていた。
何故なら、この程度の生産速度では自分がマスターになる前のダンジョンが機能しない。
毎日のようにシーカーが入り、毎日のように魔物を狩っていたのだ。
強い魔物はなかなか倒されないと仮定しても、それでもやはり生産速度よりも魔物が減る速度の方が圧倒的に速いはずだ。
つまり、あるはずなのだ。
時間経過による自然回復以外にも、ポイントを稼ぐ方法が。
(……マナを集める事で魔物やアイテムを量産出来る。
即ちマナから物質を造れるという事……ならば逆に考えれば……)
メルセデスは若干顔をしかめた。
マナ――ツヴェルフ曰くナノマシンから物質を生み出せる。
ならばその逆をすれば、ポイントが増えるのは必然だ。
少し考えればおかしいと気付けることだ。何故ならダンジョン内では死者も頻繁に出ているはずで、魔物も頻繁に殺されているはずで、なのに……死体どころか骨すら見付からなかったのだから。
ダンジョンの中はあまりに綺麗すぎた。
「ツヴェルフ。マナを増やす方法はダンジョン内に生物や物質を取り込む事だな?」
『YES、マスター。ダンジョン内に迷い込んだ野生動物や虫、シーカーなどがダンジョン内で死亡した時、彼等を構成しているナノマシンを頂いております。
勿論完全に分解するまでは時間がかかりますので、マスターが連れ帰ったシーカーの遺体のように、死後すぐに運び出せば回収は可能です』
性質の悪いタワーディフェンスゲームのようだと思った。
つまりダンジョンはメルセデスのように常に鍵にして持ち歩くより、解放しておいた方が多くのポイントを稼ぎ、多くの魔物を生み出せるのだ。
シーカーだって倒した全ての魔物を持ち帰るわけではなく、ほとんどは倒したまま放置するだろうし、目的の魔物であっても特定部位だけを手に入れて帰る事がほとんどだろう。魔物は重いのだ。
ならば死んだ魔物はポイントに戻るだけで再利用され、そしてシーカーは次々と死んでいくからダンジョンの礎となる。
何とも嫌らしく出来ているものだ。
「なあツヴェルフ」
『はい』
「私達吸血鬼は……いや、この世界に生きる全ては、本当に生物なのか?」
ナノマシンで物質を造り出せる。
死んだ者はナノマシンに分解出来る。
つまり、自分達はナノマシンで出来ていると言っても過言ではないわけだ。
それは本当に生物なのか? そういうのは、機械と……ロボットと呼ぶのではないか?
『勿論生物です。呼吸をし、食事をし、生命活動を行い、血を流し、怪我をすれば病にもかかり、子を成し、老いて生きて死ぬ。紛れもない生命体であると断言出来ます』
「だがナノマシンで出来ている」
『マスターはナノマシンというものを誤解しておられるようです。確かにナノマシンは人が…………』
話している最中、ツヴェルフの言葉が唐突に止まった。
それにメルセデスは若干の苛立ちを覚える。
何故止める? 今から話す事こそが、まさに一番重要で世界の根幹に関わるもののはずだ。
早く話せ、と思うもツヴェルフは何も言ってくれない。
「…………どうした?」
『……申し訳ありません。発言規制コードに引っかかりました。
これ以上の説明を行うにはマスターはまだ権限が足りません。
一つのダンジョン所有権だけで明かせる情報には限りがあります』
メルセデスは盛大に舌打ちをしたい衝動に駆られた。
まるでお預けをくらった気分だ。
こんな半端に説明されては、かえって気になってしまうではないか。
自分達は何なのか。この世界はそもそもどういう世界なのか。地球で一体何があって、人類はどうなってしまったのか。
だがその全てを知るはずのツヴェルフは話せないと言う。
これ以上を求めるならば、一つのダンジョン所有権では足らぬと、そう言うのだ。
だが思い出してみれば、最初に黒の扉の前に立った時、確かにツヴェルフは言った。
『試練に打ち勝てたならば貴女は世界の真実の一端に触れる事が出来る』と。
一つのダンジョンをクリアしただけで全てを明かすとは一度も言っていない。最初から一端しか教えないと明言されている。
つまり全てを知るには、全てのダンジョンをクリアしなければならない……というわけか。
(これは……考えるべきかもしれんな。
全てのダンジョンの攻略……即ち、制覇する事を)
悔しくはあった。
だがそれと同時に、不思議と少しだけ満たされるものも感じていた。
この世に生まれてからずっと探していた生きる目的。辿り着くべきゴール。
それがぼんやりとだが、見えて来たような気がしたのだ。
◆
「今日の実地訓練はいよいよダンジョンに潜る事となる。
正確には準ダンジョンだがな」
その日、教室はグスタフの発した言葉により賑わっていた。
この国で男児に生まれたならば誰もが一度は夢見る一攫千金、ダンジョンの制覇。
それは貴族である彼等がやるべき事ではないが、それでも強さや栄光への憧れがないわけではない。
ダンジョンを探索するシーカーは最も死亡率の高い職業だが、同時に最も勇気ある職業として尊敬されるのだ。
「先生、準ダンジョンとは何でしょう?」
「ダンジョンからはどういうわけか、際限なく魔物が湧き出て来ることは知っているな。
そうして沸いた魔物はダンジョンに収まり切らなくなると外に出て来る事も説明する必要はないだろう。
それらの外に溢れた魔物は時に洞窟や砦の跡に住み着いてしまう事がある。
そうしてダンジョンのようになってしまった場所を準ダンジョンと呼ぶのだ」
「では、本物のダンジョンではないと」
「ああ。本物と異なり、住んでいる魔物を殲滅すればそこは危険ではなくなる。
奥から魔物が新たに沸いてくる事もない。
今回授業に使うのは、捕獲した魔物を学園近くの洞窟に閉じ込める事で人為的に作り出した準ダンジョンだ。
生息している魔物も全て、お前達の実力で十分対処出来る」
生徒からの質問にグスタフが淡々と答えるのを、メルセデスは感心しながら聞いていた。
なるほど、そういうダンジョンもあるのかと思わされる。
確かに入り組んだ洞窟や遺跡などに魔物が住み着いてしまえば、それはほとんどダンジョンと変わらない。
違うのは、奥に財宝がないという事か。
「奥にまで行けば、そこにはシーカーがいる。
今回の授業の為に雇ったチームで、人格は確かな連中だ。
そいつらからクリアした証を受け取った後はまたここに戻ってこい。
四人一組で順番に入ってもらう」
流石は貴族の子女ばかりが集う学園だ、とメルセデスは思った。
まさに至れり尽くせりではないか。
自分など最初は武器も防具もなく、単身突入したというのにこの過保護ぶりはどうだ。
いや、これでも命の危険がある事くらいはあるのだろう。
そのような事を考えていると親しい者同士でどんどんチームを作っていき、気付けばメルセデスは完全に出遅れていた。
とはいえ、誰と組んでもメルセデスにとっては足枷だ。上手く行けばこのまま自分だけが余って一人で突入させて貰えるかもしれない。
などと考えていたが、誰かにがっしりと腕を掴まれてしまった。
「メルセデスさん、組む吸血鬼いないの? だったら私と組もうよ!」
ハンナであった。
人懐っこい彼女ならばメルセデスなど誘わなくてもいくらでも候補がいるだろう。
しかし彼女はそんなメルセデスの視線に気付いていないのか、腕を掴んだままキョロキョロと辺りを探す。
やがて、メルセデスとは別の意味で孤立していたジークハルトに目を付けた。
ジークハルトはメルセデスとは逆に、皆が組みたがるせいで誰とも組めていないパターンだ。
女生徒同士が牽制し合っている中にハンナは平然と踏み込み、周りに気付いていないようなKYぶりでジークハルトに声をかけた。
「ジークハルトさん、まだ誰とも組んでないの? じゃあ私達と組もうよ! うん、それがいいって!」
ハンナはそう言い、強引にジークハルトを連れてきてしまった。とんでもない空気の読めなさである。
最早わざとやっているとしか思えない。
女生徒達も最初はハンナを恨めし気に見ていたが、やがて諦めたように別々にチームを組み始めた。
小動物系のハンナならば、間違いは起こらないという安心もあるのだろう。
「ちょっと、ハンナ! 抜け駆けは……」
「あ、ドードさんも組む人いないの? じゃあ組もうよ!」
「えっ」
女生徒のうちの一人がハンナの抜け駆けを糾弾しようとしたが、その腕をハンナに引かれて強引にチームに入れられてしまった。
責める立場から一転して、これで彼女も抜け駆けした側だ。
周囲の女生徒は『このアマ』という目でドードという生徒を睨んでいる。
かくしてここに四人、なし崩し的にパーティーが結成されてしまった。
「あ、あー……ゴホン。すまないね、強引で……」
「あ、いえ、そんな、ジークハルト様が謝る事じゃ!
そ、そうだ、自己紹介をしましょう。同じクラスだけど、あまり接点もないし」
ジークハルトは律儀なのか、強引なチーム結成をメルセデスとドードに詫びた。
しかしここで彼が謝る事は何もない。というか何故謝ったのだろう。
ドードもこれには慌てたようで、咄嗟に話題を逸らし始めた。
「私はドード・リオッテ。リオッテ家の長女ですわ。
得意属性は風。近接戦闘よりは中距離戦闘を得意としております」
そう言い、彼女はオレンジ色のツインテールを揺らして薄い胸を張った。
いや、ツインテールではない。よく見たら後ろにもポニーテールがある。
ツインならぬ、トリプルテールだ。
毛先には黒いリボンを着け、服装も黒いブーナッド。首元にはオレンジ色の鳥の羽毛を巻いている。
手にしている武器は鞭のようだが、先端には鳥の嘴のような突起物が付いているのが少し気になる。
あれをどう使うのかは、戦闘で見せてもらうとしよう。
「メルセデス・グリューネヴァルト。家は公爵だが、四子なので家名は継承しない。普通に接してくれ。
戦闘はどちらかといえば、近接戦闘の方が得意だ」
軽く自己紹介をし、ハルバード型にしたマスターキーを見せた。
ダンジョンの機能さえ使わなければただのハルバードである。
見た目も以前使っていた市販のハルバードと全く同じなのでこれをマスターキーだと思う吸血鬼はいないだろう。
「ハンナ・バーガーです。貴族じゃなくて商人の娘ですけど仲良くして下さい。
戦いは、魔法を少しだけ使えます」
どうやらハンナは商人の子だったらしい。
確かに言われてみれば貴族らしさがあまりない。
それでも少し前のメルセデスに比べたら豊かな生活を送っていただろう事は容易に想像出来る。
何と言うか、一見自由奔放だが所作の所々に確かな気品があるのだ。
「ジークハルト・アーベントロートだ。武器は剣で、近距離と遠距離のどちらも問題ない。
王族ではなく、普通に生徒として接してくれると嬉しい」
自己紹介をするジークハルトの背景に一瞬、花が咲いた気がした。
勿論気のせいである。
しかし、そう錯覚するほどに絵になっており、気品に満ちている。
これで実は王族ではない影武者だとはとても信じられない。
ドードなど、見惚れたようにうっとりしてしまっている。
髪も相変わらず不自然さなど感じないし、やはり彼女は本当に王族なのでは、とメルセデスは疑いを深くした。
「どうやらそこもメンバーが決まったようだな。では次、そこの四人が行け」
「はい!」
グスタフに呼ばれ、ジークハルトが返事をした。
それから彼を先頭に、ダンジョンへと踏み込んでいく。
ジークハルトの歩みはしっかりしているが、若干緊張しているのか普段より歩みは遅い。
ドードは気丈に振るまっているが顔が引きつっており、やはり初のダンジョンという事で慎重になっているようだ。
メルセデスにとってダンジョンなど最早慣れ親しんだものなので、その歩みに迷いはない。
そしてハンナにもまた、緊張というものが見えなかった。
足取りは妙に軽く……しかしそれでいて、決して無警戒というわけではない。
足音を不必要に立てず、何より他と違うのは地に足を付ける一瞬――本当にそれはほんの一瞬の事だが、足の裏で床を確認している事だ。
これは驚嘆すべき事であった。
もしここに、床を踏む事で発動する罠があった場合、恐らくそれを回避出来るのはハンナだけだろう。
他の三人はメルセデスも含め、踏み抜いて罠を発動させてしまう。
“そういう罠があるかもしれない”という知識がなければ、まずやらない歩き方だ。
更に彼女はそれを自然体で呼吸するようにやってのけている。どう考えても商人に必要な技術ではない。
これは一体どういう事なのか……そう思いながら顔をあげると、そこにはメルセデスの事を凝視しているハンナの顔があった。
目が合うと、ハンナは照れくさそうに笑顔を浮かべる。
「あはは、こういうダンジョンってやっぱり足元怖いよね」
「……ああ、そうだな」
人懐っこい笑顔はいつも見ているもので、だからこそ先程見たものは錯覚だったのではないかと思ってしまう。
あまりにも落差がありすぎて、自分の目でみたものが現実だったと思えない。
メルセデスを見ていた時のハンナは――感情が抜け落ちた、能面のような顔をしていた。
新キャラとしてドード・リオッテさんが仲間になりました。
使用出来る技は『ドリルくちばし』、『トライアタック』、『そらをとぶ』、『こうそくいどう』です。
ちなみにレギュラーになる予定は特にない出落ちキャラです。
一作目のメイドゴーレム「ファンタジー作品でロボットだの機械だのを出すとはどういう事ですか!」




