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第三話 我が子にはせめて自由に

 リューディア・グリューネヴァルトはテイルヘナ大陸随一の都であるブルートに暮らしていた平民の娘であった。

 この世界――レッド・プラネットは太陽の輝きと、蒼い星エデンに見守られた赤い星である。

 神話に曰く、かつて神々はエデンより神の船に乗ってこの地に降り立ち、生物が住めなかったこの星を奇跡の御業で造り変えて生物が住める星へと変えた。

 更に神々はエデンから連れて来たいくつかの生物をこの星へと解き放ち、永い年月をかけてその数を増やしたという。

 そうして出来たのがこのレッド・プラネットという世界だ。

 神々の姿を模したという『ファルシュ』という生物がこの星で文明を築いており、吸血鬼もその一つだ。

 ファルシュは神の姿をベースとし、しかし細部の違いからいくつかの種に分かれている。

 獣の特徴を持つファルシュはシメーレ。鳥の特徴を持つファルシュはフォーゲラ。

 魔法の扱いに長けたエルフェ。そして最も神に近い姿と、神から程遠い生態をしている吸血鬼(ヴァンピーア)

 この四つの種が四大ファルシュと呼ばれ、世界を四分していた。

 リューディアは、そんな吸血鬼の中では平凡を絵に描いたような女性である。

 顔立ちは美しいが、能力的に目立ったものはない。

 腕力は非力で精々林檎を握り潰す程度が限界だし、100kgより重い物を持ち上げた事は生まれてから一度もない。

 全力で走っても100mを走り抜けるのに8秒すら切れない。

 そんな、これといった取柄のない彼女であったが顔立ちの美しさが災いした。

 ある日偶然町を訪れたベルンハルト卿の目に留まり、その日の夜伽を命じられたのだ。

 正直全然好みではなかったし、断りたかったのだが相手は領主だ。逆らえば何をされるか分からない。

 しかしその一度の伽で子供を身籠ってしまったのが最悪であった。ゴムくらい付けろファッキン野郎と何度内心で罵ったか分からない。

 そんなわけで側室になってしまった彼女だが、扱いは決していいものではなかった。

 屋敷とは名ばかりの家を与えられ、そこに隔離された挙句世話役は一人だけ。

 せめて二階建てでプールと大浴場付きにしてくれと言ったのに無視されてしまった。ガッデム。

 料理は毎日最高級の牛肉を使ったステーキで、焼き加減はミディアムレア以外認めないと言ったのに毎日用意してくれない。焼き加減も何故かウェルダンだ。

 頭にきたので、もう来なくていいと言ったら本当に来なくなった。何て甲斐性のない男だ。


 そんな割と逞しく図々しい彼女には一人の娘がいる。

 名をメルセデスといい、親の贔屓目を抜きにしてみても自分そっくりで可愛らしい娘だ。

 自分の遺伝子が頑張ってくれてよかったと本当に思う。夫みたいな強面が生まれたら泣いていた所だ。

 娘は五歳くらいまでは割と普通の可愛いだけの子だったのだが、五歳辺りから子供らしからぬ賢さを見せるようになった。

 恐らく、自分の置かれた現状を正しく認識してしまったのだろう。

 ある時を境に毎日書斎で本を読むようになり、庭で遊ぶといっておきながら近くの山に行っている事も知っている。

 というか遊ぶ振りすらせずに、庭に出て五秒後に岩を背負って窓の外を走っていては馬鹿でも気付く。せめて隠す努力をしろ。

 背負う岩は日々大きくなり、九歳の頃には10mサイズの岩が移動しているような有様であった。だから隠す努力をしろ。

 恐らくメルセデスは何か目的があり、あるいはこの生活から抜け出す事を目指して己を鍛えているのだろう。

 彼女が訪れた後の書斎をこっそり調べてみると、シーカーについて書かれた本がいつも机の上に出ているので間違いない。

 なので、メルセデスが十歳になった時にそれを言われても、特に驚きはなかった。


「母様、私はシーカーになります」

「うん、知ってた」


 メルセデスは大人でも腰を抜かしてしまいそうな魔力をバリバリ漲らせながら、一世一代の決心という表情で言ってきたが、リューディアにとってそれは予期し切っていた未来でしかない。ああ、今日それを言うんだ、くらいの感想である。

 十歳児がシーカー……勿論危険はあるだろうし、普通の親ならば止めるだろう。

 だがメルセデスに戦いの才能がある事はリューディアにも分かった。というか贔屓目なしに我が子は天才だと確信出来る。

 吸血鬼は野生の獣ほどではないが強者を嗅ぎ分ける嗅覚とでも言うべきものを備えている。

 それがリューディアに教えてくれるのだ。あ、この子ヤバイわ、と。

 僅か十歳にして既に強者のオーラを彼女は備えている。

 というか割と前からそれは感じていたので今更である。だから隠す努力をしろと。


「……あの、止めたりはしないのですか?」

「貴方が普通の子なら止めてたわよ。でも貴方、見た所凄い強くなってるでしょ?

だったら、まあ、無茶さえしなければ別にいいわよ」


 拍子抜けしたようなメルセデスに対し、リューディアはコーヒーを飲みながら呑気に答えた。

 呆れた放任主義である。あるいはそれだけ娘を信頼しているのかもしれない。

 リューディアは娘の頭に手を置き、柔らかく微笑む。


「私はあのファッキンクズ野郎……いえ、巡りの悪さのせいで自由に生きられない身になってしまったけど、貴方は違う。

貴方は自由に、好きなように生きなさい。それが私の望みよ」


 娘が何を見ているのかは知らないが、その足枷になる気はない。

 こんな腐った籠に閉じ込められるのは自分だけでいい。この子にはもっと自由に大空を羽ばたいて欲しい。

 そうリューディアは強く願った。



 てっきりまだ十歳だから駄目だと反対を受けると思っていたのだが、あっさり母からOKを貰った事でメルセデスは拍子抜けしていた。

 とはいえ、とりあえず良しと言われたのだから嬉しい誤算と思っておくべきだろう。

 メルセデスは早速、シーカーとなって仕事をする為の簡単な準備を始める事にした。

 シーカーとは秘境やダンジョンなどを探索し、解き明かす者達である。

 必然、その仕事は数日、数週間、長い時は数か月や数年も同じ場所に留まる事もあるだろう。

 最初のうちはそんな高難度の仕事をする気もないし、そもそも回して貰えないだろうが備えくらいはしておくべきだ。

 まず欲しいのは、長期保存に向いた食料。飲料も同じくらい必須だろう。

 色々な所に行くわけだから、探索に向いた服も欲しい。

 現在のメルセデスの服装は豪華ではないが、それでも平民は着ないようなヒラヒラした服だ。

 前世で言えば、ノルウェーの民族衣装であるブーナッドなどが近いだろうか。

 スカートではなくズボンが欲しいし、デザインももっと地味でいい。

 そして、装備品。

 徒手でもそれなりに出来る自信はあるが、何せ比較対象がいない。

 五年間鍛えはしたが、もしかしたら自分は凄く弱いという可能性もあるのだ。

 そして、最終的に結論を纏めるとそれらを買う金が欲しい。


「……最初は小金稼ぎからだな」


 メルセデスは苦笑いをし、スタート地点特有のままならなさを噛み締めた。

 シーカーとして冒険をしたいから装備などが欲しいのに、それを得る為にまずは仕事をしなければならない。

 となれば、装備などを必要としない簡単なお使い程度の仕事からこなしていくしかないだろう。

 仕方ない、まずは着の身着のままスタートだ。

 メルセデスはそう決意し、屋敷を出て行った。


「行ってきます」

「しっかりね」


 母の応援を背に、外に出ると同時に跳躍して空中に停止した。

 普段常に自らにかかっている重力を一時的に弱める事で空中浮遊を可能とするメルセデスの創作魔法だ。

 ベフライエンと名付けたそれは重力を軽くすることで自らの動きを速める効果を持ち、更に重力を遮断する事でこのような飛行も可能となる。

 ただし注意すべきは、完全に重力を消してしまうとそのまま大気圏外にすっとんでしまう可能性がある事か。

 そうして軽い無重力状態になりながら、空中を強く蹴る。

 するとその反動でメルセデスの身体が飛び、都の前に降り立った。

 メルセデス達が暮らす屋敷は都から離れた位置にある。恐らくベルンハルト卿が余り表に出したくないから、そんな所に住まわせたのだろう。

 無論ベルンハルト卿本人は都に城のように大きな屋敷を建てて、そこで暮らしている。

 本妻やその子供等も同様だろう。

 まあ、顔も知らぬ父などどうでもいい。

 メルセデスは初めて見る都に興味津々といったところだが、お上りさんのように露骨に態度に出して見回すような事はしない。

 表面上はあくまで平静に、何でもないかのように。

 堂々と道を歩みながら視線を走らせている。

 時刻は真夜中。都が最も活性化する時間帯だ。

 月明りに照らされた闇夜の中を人々が賑やかに行き交っている。


(ふむ、屋敷にいた頃から予想は出来ていたが文明レベルは中世といったところか。

いや、予想よりは若干文明が完成しているか)


 街に並ぶ建物はどれも派手に存在を主張する事はないが、よく見れば高い建築技術で造られていると分かる。

 道は石畳で人が通り易く、建築物は景観を壊さぬようにバランスよく配置されていた。

 広い通りに出れば商人らしき人々が露店を出しており、屋台のような物を引いている者も見える。

 メルセデスはこの景色に若干の違和感を感じた。

 中世の街並み……というよりは、21世紀現代の技術で中世を再現したような感じだ。

 建物がどれも綺麗過ぎる。勿論長年使い続ける事で劣化はしているし、汚れている建物もあるが、そういう問題ではない。

 何というか完成度が高すぎるのだ。

 それも衛生面も悪くなさそうだ。少なくとも汚物などが道に落ちている事はないし、ゴミなども余り見ない。

 ファンタジー世界特有の都合のいい部分だけ中世……と思えばいいのだろうが、どうも違和感が拭えない。


(そう思うのは私が現代日本人だったからだろうな……)


 下手に色々考えるのはよそう。今ここにあるものを認め、受け入れるべきだ。

 違和感はあるが、ここはそういう世界なのだろう。

 それに街が綺麗だというのはメルセデスにとっても喜ばしい。汚物だらけの街など歩きたいとは思わないのだ。

 とりあえず、まずは軽く都を歩いて回る。

 見た所、なかなか住みやすそうないい街だ。

 住宅街の建物は綺麗だし、近くには公園のようなものもある。

 商業区と思われる所には店が並び、公衆浴場のような場所まで確認出来た。

 時々見かける身分の高そうな婦人はドイツの民族衣装、ディアンドルに似た服を着ているのが印象的だ。


(ドイツ……いや、日本? まるで日本人とドイツ人が共同で好き勝手に造ったような感じだ。

どういう発展をすればこうなる?)


 文明の発展というのは、その土地の特色や気候、環境などに左右される。

 紐解いて調べれば大体の事はそうなった理由というものがあるのだ。

 しかしこの街はどこか歪な気がする。

 無論、気のせいと言えばそれまでだが。

 一通り巡り、これから必要になるだろう店の位置は大体覚えた。

 今はまだ手持ちがないので寄らないが、そのうち出向く事もあるだろう。


(さて、そろそろ探索者ギルドへ行くか)


 とりあえず観光はこのくらいでいいだろう。

 メルセデスはそう考え、目的の場所へと歩を進めた。

パパン「もう来なくていいと言われたから行くのをやめたら地の文で毒親扱いされてる件」


ちなみに作中で書かれている母親の身体能力ですが、吸血鬼の中では並以下の部類です。

吸血鬼はそこらの一般人でも握力100㎏くらいはありますし、100mを8秒くらいで走り抜けます。

体力も高く、1㎞くらいなら走り続けても疲れません。

尚、人類の握力ギネス記録は192kgなので鍛えた人間ならば勝てないわけではありません。

この作品の吸血鬼は数が多い分、スペックは他作品の吸血鬼よりもかなり低めに設定してあります。

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― 新着の感想 ―
主人公は強くなる努力は出来るけど隠す努力は出来なかったらしい…
[一言] 急にファンキーなお母様が出てきたw いつぞやのブラッド君を思い出すはっちゃけぶり
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