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第二十九話 捕獲実習

 メルセデスの学年の中心人物は言うまでもなく、ジークハルト・アーベントロート第五王子である。

 継承順位が低いとは言え、正真正銘の王子。加えて容姿端麗、頭脳明晰、運動も出来て人当たりもいいとなれば、彼を中心に人が集まるのは必然の事と言える。

 在学中に彼との親交を結ぶ事が出来れば、将来にも役立つ。もしかしたら友という事で部下に取り立ててもらえるかもしれないし、そうでないにしても王家とコネを作る事はマイナスにならない。

 女ならば、彼のお気に入りになれれば将来は安泰だ。正室ならばよし、最悪側室でも生きていくのに苦労はしないだろう。

 だから同級生たちはこぞって、彼の気を引く事に夢中になる。

 男は良き理解者の顔で近づき、あるいは使える部下の地位を狙って今から自分が役立つ事をアピールする。

 女は早い者勝ちの勝負だ。偶然を装って彼の通る場所に先回りするなど当たり前。早熟な娘など、既に色仕掛けを視野に入れている。十一歳の思考ではない。

 そういう事情もあり、常にジークハルトの周囲は同級生が集まっていた。

 友人が、彼を慕う少女が、笑顔の下で牽制し合いながらジークハルトを取り合っている。

 それはある意味、全員がジークハルトを見ていないとも言い換える事が出来た。

 ジークハルトは皆に囲まれていた。だが彼は孤独であった。



「戦いにおいて、魔物を従えているか否かの差は大きい。

命令に従順な魔物がいればその分、単純に数が増えるのもあるが、魔物にしか出来ない事もあるからだ。

足の速い魔物ならば乗り物の代わりになり、飛べる者ならば偵察にも使える。魔物に乗っての空からの狙撃も有効だろう。

戦場においても優秀な兵は大半が魔物を連れている」


 その日の戦学は実地訓練であった。

 場所は教室ではなく、学園から少し離れた位置にある平原だ。

 そこでグスタフは、生徒達の前で魔物を捕獲する事の利点を説明していた。


「魔物が役立つのは戦闘だけではない。

移動に適した魔物を自在に操れれば運送や配達などの仕事に就く際に有利に働く。

力のある魔物がいるなら粉ひきに使えるだろう。

魔物ならではの能力を活かした大道芸で喰っている奴もいる。

水魔法を使える魔物ならば火消しの頼もしい相棒になるはずだ。

今俺が挙げたのはほんの一例だが、一体でも魔物を従えていればそれは大きな助けとなる」


 グスタフの説明になるほど、とメルセデスは小さく頷いた。

 魔物を使うとなると、つい戦闘にばかり思考が飛んでしまうが別に戦わせる必要はないのだ。

 そうでなくとも、多種多様な魔物は十分に使い道がある。

 例えばモグラならばその力を活かして物を運ばせる事が出来るだろう。

 クライリアは駄獣として使えるし、ヴォルファング系の魔物は乗り物代わりになる。

 悪いゼリーは…………あれだけは特に役に立つ気がしない。

 そして、そんな魔物をダンジョンごと保有し、更にいくらでも量産出来るのが今のメルセデスだ。

 その気になれば、大体の事は出来てしまうだろう。

 それだけに悪事に向けた時の恐ろしさは計り知れない。


「魔物は店などで買う事も出来るが、人から譲られた魔物というのは懐きにくい。

これは、強い者に従う魔物の本能が関係しているからだ。

他人から譲られた魔物というのは飼い主の強さを疑い、自らの主に相応しくないと判断すると反抗的になる。

一目で魔物に納得させるだけの強さがあれば問題はないが、今のお前達では難しいだろう」


 ここでグスタフは一度、メルセデスとジークハルトを見た。

 この中で購入した魔物でも問題なく扱えそうなのはこの二人だが、しかしグスタフはあえてそれを口にはしなかった。

 生徒達の間に差と軋轢を生むような物言いを避けたのだ。


「そこで今回お前達には、魔物の捕獲に挑戦してもらう。

一月後には捕獲した魔物同士で模擬戦を行ってもらう予定だ。

一月でどれだけ魔物に言う事を聞かせられるか、上に立つ者としての適性をそこで見せてもらう。

勿論、魔物を捕まえる事が出来なかった奴は居残りだ。心して臨め」


 メルセデスにとって、この授業はイージーモードという他ないだろう。

 魔物の捕獲など過去に経験済みだ。

 ましてや今回は、生徒の立ち入りを許可している事から考えてもこの平原の魔物のレベルは低いと見ていい。

 メルセデスにとっては一睨みで戦意喪失させてしまえる相手しかいないだろう。


「捕獲の際には、この魔石を用いてもらう。

こいつには魔物鎮圧用の魔法が込められており、この平原に現れる魔物程度ならば無力化出来るだろう」


 グスタフが当たり前のように取り出したそれに、メルセデスは僅かに感心した。

 流石に封石は出てこないようだが、魔石でも使い方次第ではそれの代わりが出来るという事か。

 どんな魔法が込められているか実に興味深いが、それは使ってからのお楽しみか。

 察するに魔物を麻痺させる雷属性か、あるいは凍結させる氷属性が妥当だろう。

 しかし魔石が磨いたように丸いのはいいとして……カラーリングは何とかならなかったのだろうか。

 何故上半分が赤、下半分が白なのだ。そのデザインは何かまずいだろう。

 それとも、それを使って『魔物ゲットだぜ!』と高らかに言えばいいのだろうか。


「では、早速行動開始だ。2時間後にはここに戻ってくるように」


 グスタフがそう言い、生徒達は我先にと駆け出した。

 ジークハルトの周りは相変わらず取り巻きだらけで動きにくそうだ。

 それを見てからメルセデスも腰をあげて歩き始める。

 急ぐ必要はない。時間は2時間もあるのだし、まずはこの平原に生息している魔物を吟味してからどれを捕獲するかを考えよう。

 戦力面は正直初めから当てにしていない。

 どう考えても手持ちのダンジョンで量産出来る魔物の方が戦闘向きだろうし、今回狙うのは空を飛べる魔物だ。

 シュタルクダンジョンの魔物に飛行能力を有する者はいない。

 なので、空を飛べる魔物がいれば今後の移動が格段に便利になるはずだ。

 問題は、吸血鬼を乗せて飛べるサイズの鳥がこんな所に生息しているかどうか……そして、真夜中であるこの時間帯にそもそも活動しているか、だ。

 吸血鬼にとって夜に活動するのは当たり前の常識だが、他の生物から見れば常識ではない。

 月明りに照らされる草原を歩きながら、メルセデスは注意深く周囲を見渡した。

 まず目についたのは、巨大な蛇だ。

 巨大といっても、この世界の魔物のサイズなどを考えれば小さい部類なのかもしれない。

 頑張ればメルセデスを丸呑みに出来るかもしれない、という大きさだ。

 なかなか面白いが、蛇はいらないので軽く睨んでやるとすごすごと退散した。

 次に目に入ったのはサーバルキャットに似た猫型の魔物だ。しかしそのサイズは、人を乗せて走る事が出来そうなほどに大きい。

 すごーい、きみは人を乗せて走れる魔物なんだね。

 しかし搭乗出来る魔物ならば既にクロがいるので、これもいらない。

 黙って素通りすると、向こうも敵意がないのかニャーと鳴いてどこかへ走って行った。


(ここにいる魔物はやはり、元々はダンジョンから溢れて来たものなんだろうな……)


 もしかすると、ここからそう遠くない位置にダンジョンがあって、そこでこの平原と同じ魔物が出るのかもしれない。

 そんな事を考えながらメルセデスは更に、暗い平原で魔物を探す。

 すると、少し離れた位置でハンナが兎の魔物にジリジリと近付いているのを見かけた。

 兎の魔物の大きさは直立してもハンナの半分ほどしかないが、その目つきは兎とは思えないほどに鋭く、片目には傷を負っている。

 口には何故か葉巻をくわえ、ハンナの出方をじっと伺っていた。

 兎のくせに妙な風格のある奴だ。

 やがてハンナが魔石を投げようとした瞬間に兎が葉巻を吐き出し、ハンナの顔に当てた。

 彼女が怯んだ隙に跳躍。ハンナの頭を踏みつけて、そのままどこかへ走り去ってしまった。

 後に残されたのは、兎に敗北した哀れな少女だけだ。

 メルセデスは少し考え、とりあえずハンナの近くまで歩いた。


「おい、大丈夫か」

「きゅう」

「よし、大丈夫そうだな」


 倒れてはいるが、怪我はなさそうだ。

 少し待つとハンナが立ち上がり、踏まれた頭をさすりながらメルセデスを見る。


「あ、メルセデスさん」

「してやられたな。意外と賢いやつだ」

「うん。でもまだ時間はあるし、諦めないよ」

「まだあれを狙うのか?」

「うん、何かあの子気に入っちゃって。絶対捕まえてみせるんだから!」


 どうやらハンナはあの変な兎がお気に召したようだ。

 気合を入れ直し、兎が逃げた方向へと走って行く。

 まあ、見た目の割にハンナを怪我させない程度に加減していたようだし、案外悪い兎ではないのかもしれない。

 ハンナを見送ってからメルセデスも再び魔物探索に戻ろうとすると、いつの間にかそこに立っていたカンガルーに似た魔物と目が合った。

 手にはボクシンググローブを付け、アピールするようにその場でシャドーボクシングをしてから再びメルセデスを見た。


 ――カンガルーは仲間になりたそうな目でこちらを見ている!


「すまんな、今探してるのは飛べる奴なんだ」


 しかしメルセデス、これをスルー。実に塩対応であった。

 カンガルーはがっくりと肩を落として立ち去り、少し悪い事をしたかなと思ってしまう。

 それからまたしばらく歩くも、なかなか目当ての魔物が見付からない。

 そんな時、メルセデスの鋭敏な聴覚が遠くからこちらに向かって来る何かを感じ取った。

 やがて現れたそれは、ジークハルトの取り巻きをしていた生徒達であった。

 彼等は何かから逃げるように必死に走っている。


「冗談じゃない! 何であんなのがこんな平原にいるんだよ!」

「知るか! とにかく先生に報告だ!」

「ジークハルトさんを置いてきちまったけど、いいのかよ!?」

「あの人が自分で残るって言ったんだ! 自信があるんだろうよ!」


 聞こえてきた台詞から察するに、どうもこの平原に似つかわしくない魔物が出現して、彼等はそれから逃げて来たらしい。

 しかもジークハルトは置き去りにされたようだ。

 恐らく、彼等を逃がす為に囮になったのだろうが、誰か一人くらい残ろうとは思わなかったのだろうか。

 ……まあ、他人などこんなものだろう、とメルセデスは冷めた思考で考えた。

 ジークハルトも哀れなものだ。あんな連中の為に身を張るとは。

 しかし興味はあった。経験が浅い子供とはいえ、彼等はこのAクラスに選ばれるだけのエリートだ。

 それが脇目もふらず逃げるなど、大抵の魔物ではあるまい。

 一体どんな奴が紛れ込んできたのか……。

 指で環を作り、目元に当てて遠くを見る。

 すると見えたのは、人など簡単に乗せて飛べそうなほどに大きい、鷲の姿であった。

 いや、もしかしたら鷹なのかもしれない。

 どちらにせよ、あれこそまさに探していた飛べる魔物だ。

 この平原の魔物のレベルを明らかに超えており、他の生徒にとってあれの登場は不幸以外の何物でもないだろう。

 だがメルセデスにとっては、この上ない幸運であった。


 あれを捕まえよう。そう決めるのに時間はいらなかった。

 ヘ○ヘ

   |∧

  /

【やせいの鷹がとびだしてきた!】


シュフ「我、飛べますけど?」

メルセデス(そういやこいつ、翼あったな……)

・実は『そらをとぶ』を覚えているシュフさん。

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