第二十六話 エーデルロート学園
学園タグ「待たせたな」CV:大塚〇夫
晴れ渡った夜空。
不思議と青く輝く満月。
月光に照らされて道を往くのは一台の豪華な馬車だ。
その馬車の中ではメルセデスは退屈そうに馬車の外の景色を眺めていた。
「エーデルロート学園、か」
メルセデスはこれから行く目的地の名前を呟き、ここに至った経緯を思い出す。
もっとも、経緯というほど複雑なものではない。
この国唯一の教育機関である『エーデルロート』という名の学園が王都『アーベントロート』にあり、そこへの入学を父に勧められたというだけの話だ。
入学する年齢は十一歳からであり、これから新学期なのでメルセデスはタイミング的にも丁度よかったらしい。
無論メルセデスは二つ返事でこれに了承。知識と見解を得られる好機を逃す手はない。
フェリックスもこの学園に通っているらしく、同じ馬車の中にいるが何やら複雑そうな顔をしていた。
(まさか今更学校に通う事になるとはな)
メルセデスは自嘲するように唇を歪める。
こんな中世で止まっているような世界でまともな教育機関があるのも驚きだが、それ以上に自分がその学校に通う為に馬車に揺られる事になるなど、考えもしなかった。
服装は自由らしいので、ダンジョンで手に入れたいつも通りの服装で行けるのはありがたい。
制服もあるにはあるが、こちらは戦闘を考慮に入れて造られた特注品であり、一部の成績上位者のみが着る事を許される。
もっともメルセデスが現在着ている服以上に頑丈なものはないだろうから、仮にメルセデスが成績上位になっても着る事はないだろう。
揺られ揺られ、険しい道を馬車がガタガタと進む。
しばらくは外を眺めていたメルセデスもやがて飽き、ポケットの中のダンジョンキーに触れてダンジョン内の映像を目の前に展開した。
無論これはフェリックスには見えていない。メルセデスだけに見える映像だ。
ダンジョンは入手した時から殆ど手を加えていないが、最下層だけは例外的に手を加え、メルセデスの好みに合わせた姿へとカスタマイズしている。
まず自分が暮らす為の質素で、どこか懐かしい自宅。それはこの世界では見ないだろう、平成の日本で見るような二階建ての家だ。
少し離れた場所にはプールや温泉施設もある。
どうやら今はベンケイとクロが温泉を使っているようだ。
トレーニング器具を揃えたスポーツジムにはゼリーがおり、ムキムキゼリーに暗黒進化していた。
メルセデスはダンジョン内の適当な魔物を動かし、見える位置に本を置かせた。
とりあえず、目的地に着くまでは本でも読んで退屈を紛らわせるとしよう。
魔物に本のページを捲らせながら、メルセデスはしばしの時間を潰す。
やがて一冊分を読み終わり、日も出てきたのでそろそろ寝ようかと考えた時だ。
鋭敏な聴覚が、何やら言い争うような声を拾ってしまった。
単に近くで誰かが言い争っているだけだろう。普段ならばそう思い、放置して終わりだ。
しかし退屈を持て余していたメルセデスは、その時に限っては風の魔法を行使して遠くの音を自分の耳にまで運んでいた。
『間違いない、オルクスの第五王子だ! 何としても捕まえろ!』
『王子、お逃げ下さい!』
『ここは我等が!』
「…………」
聞かなきゃよかった。
メルセデスはそう思い、聞いてしまった事を後悔した。
聞こえてきた声は厄介事であった。バリバリの厄介事であった。
どう聞いてもただの喧嘩ではない。
会話から察するに、誰かが誘拐されそうになっていて、護衛と思われる者が逃がそうとしている、という所か。
しかも何か第五王子とか聞こえた。もしかしたらダイゴ・オージという名前なのかもしれないが、その望みは薄いだろう。
顔も知らない相手をわざわざ助けてやる義理はないし、護衛がどうにかしてくれる可能性だってある。
だが万一本当に第五王子で誘拐が成功してしまえば、そこから国が荒れる可能性もゼロではない。
メルセデスは重い腰をあげ、馬車のドアを開いた。
「お、おい? メルセデス、何を……」
「後で追い付く。気にせず先に行ってくれ」
突然の行動に驚くフェリックスをその場に残し、メルセデスは声のする方向へと走った。
どうやらここは山道だったらしく、整備されている所以外は木々が邪魔で移動が困難だ。
だがそれならば上を往けばいい。メルセデスは跳躍して木の上へと立ち、更に木から木へと飛び移って疾走した。
やがてメルセデスは目立ちすぎる程に目立つ豪華な馬車と、その周囲に群がっている男達を発見した。
男達は皆、白装束を着ており顔は分からない。しかし身のこなしからして素人ではないだろう。
それと交戦しているのは鎧を着こんだ兵士だ。豪華な馬車をこんなのが護衛している時点で要人を連れていると言っているようなものである。
まあ、だからといって地味な馬車で移動などすれば見栄えも悪いし周囲からは舐められる。貴族や王族の面倒臭い所だ。
(白装束の数は十人程か……十、いや、五秒で終わらせる)
メルセデスは木から飛び降り、まずは奇襲攻撃で地面を強打。
直後、地面が爆発したかのように爆ぜてその場の全員を空中へと放り出した。
突然の事に対応出来ない白装束のうちの一人へと跳び蹴りを放ち、気絶した彼を踏み台として跳躍。
次の白装束を蹴って再び跳び、それを繰り返す。
宙に放り出してから落下するまでの僅かな時間。秒数にして凡そ二秒か三秒……その短い時間でメルセデスは宙を跳び回り、瞬く間に九人の白装束を失神させた。
だが最後の一人だけは頭一つ飛び抜けた練度の持ち主らしく、空中で身をよじってメルセデスの蹴りを回避する。そればかりか短刀を突き出して反撃すらしてみせた。
だがメルセデスは更に空中で身を翻して刃を避け、二発目の蹴りを叩き込む。
その一撃で吹き飛ばされた白装束は木に叩き付けられ、気を失った。
直後に全員が地面へと衝突し、メルセデスは軽やかに着地を決めて王子に背を向けた。
そしてそのまま跳躍。何か言われる前に退散する事にした。
王子などと関わってもいい事になるとは思えない。
◆
宣言通りに馬車に追いついたメルセデスはそこから更に二日の馬車移動を経てようやく王都アーベントロートへと到着していた。
このアーベントロートは建国者である初代国王、アーベントロート一世が住んでいた都市という事でそう名付けられたらしいが、メルセデスにとってはどうでもいいトリビアだ。1へぇすら付ける気がしない。
エーデルロート学園はそんな王都の西区を丸々占有した大掛かりな学園だ。
天にも届くようなゴシック様式の建造物で、その荘厳な佇まいは前世で有名だったケルン大聖堂を彷彿とさせた。
入り口前はキャンドルで飾られ、夜景を美しく彩っている。
建物そのものは灰色なのだが、炎の煌きに照らされて赤く輝いているのも神秘的であった。
「さて、まずは入学試験か」
メルセデスはこの学園に入学する為に来たが、まだ入学出来るとは決まっていない。
入学式(入学するとは言ってない)。
まずここに来る生徒は最初に入学試験を受け、合格ラインに達した者だけが通う事を許される。
無論、貴族や王族であればそれを免除しての強引な入学も不可能ではないがメルセデスは免除されていない。
このくらい自力で突破出来るだろうという父からの信用、もとい試練である。
試験は筆記、実技の合計点で決定する。
筆記は三教科。
歴史、算術、更に戦学。戦学とはこの国特有の科目であり、戦闘における戦術や戦略、陣形や相手による有効な武器の選択、魔物ごとの弱点などを答えなければならない。
一教科百点満点で合計三百点が最高点だ。
実技は格闘術、武器術、魔法の三科目で、こちらは教官を相手に模擬試合をする事になる。
こちらもやはり百点が最高得点で、合計で三百点。
筆記と実技合わせて三百六十点を獲得出来れば合格出来るので、一つ辺り六十点以上をキープすれば入学は出来る計算だ。
メルセデスを始めとする入学を控えた生徒達は羽ペンを支給され、席に着く。
試験会場は聖堂を思わせる天井の高い部屋で、椅子と机がやたら多い。
一教科目。算術。
(……ま、中世程度の文明な上、十一歳が対象じゃこんなもんか)
最初のテストは簡単すぎて逆に引っ掛けを疑うレベルであった。
日本で売っている子供用の『やさしいさんすう』とかの算数ドリルの方がまだ難しいだろう。
周りの生徒達は指折り数えたりしているが、メルセデスにとっては余裕も余裕、むしろ手こずったら恥になる低レベルな問題しかない。
開始五分で全て解いてしまい、残りの時間を退屈に過ごす羽目となってしまった。
二教科目、歴史。
これは流石に少しばかり悩む問題もあった。
この世界や国の歴史には前世の記憶は一切役に立たない。
しかし五歳の頃から本を読み漁り、グリューネヴァルト本邸に引っ越してからも色々と知識を増やしたおかげでこれといって苦労する事はなかった。
これも全問正解でほぼ間違いないだろう。
三教科目、戦学。
これは前の教科よりも少しばかり悩む時間が増えた。
答えは知っていても、その答えとメルセデス自身の考えが一致しないという事が何度かあったからだ。
メルセデスの頭の中には前世の記憶がある。地球の数多の戦争の記録が、先人達が屍山血河の果てに編み出して来た戦略、戦術、陣形の記憶がある。
そうしたものと、この世界で定石とされている『正しい答え』が噛み合わない。
とはいえ、ここでわざわざそれを書き込むような真似はしない。
異端扱いされるのも御免だし、逆にその戦術の価値を理解されて目を付けられるのも面倒だ。
メルセデスは納得出来ない気持ちを抱えながらも、とりあえず教員達が求めているだろう正解を書き込んでいった。
それが終われば次は実技だ。
実技一、格闘技。
これは一瞬で終わった。
教官がどこからでもかかってきなさいと言ったので真正面から飛び込んで軽く小突いたら呆気なく吹き飛んで失神してしまい、試験終了となったのだ。
比較対象を得て以前よりも他と自分の差を理解したメルセデスではあったが、教官の弱さを見誤ってしまった。
次はもう少し加減しよう。そう思い、周囲の視線に晒されながらも次の試験へと向かった。
実技二、武器術。
ここでは使用武器に槍を選択し、教官の武器を吹き飛ばしての勝利で飾った。
先程と違い、しっかりと加減したので教官も気絶していない。
ただ、妙に青褪めている所を見るとまだもう少し弱くやってもよかったらしい。
後にこの教官は『気付いたら武器が消えていた』と語る。
実技三、魔法。
魔法はメルセデスの戦闘技能の中でも唯一、得意とは言えないものだ。
不得意でもないが、格闘と比べるとかなり劣る。実際シーカーの能力値表記でも他がレベル4以上に対し、魔力だけは2であった。
ただし、2でも一人前レベルである上に実はメルセデスはあれから魔法を使い続けているのでカード表記も本人が気づかないうちにレベル3へと変わっている。
加えて言うならば、これはあくまでも十一歳を対象とした入学試験である。
この試験に臨む時点で貴族なり大商人の子なりで、エリートである事は約束されているわけだが、それでも子供を対象とした入学試験だ。それほど高い能力は求められず、メルセデスが前の試験で叩き出した記録など、百点満点でなければ何百点になっていたか分からない。
用意された的に風の刃を放ち、細切れにしてしまったメルセデスに教官が目を剥いていたのは見間違いではあるまい。
――試験終了後。
そこには、成績最優秀者として第五王子と共に壇上で新入生代表の挨拶をさせられているメルセデスの姿があった。
ムキムキゼリー「無知な魔物にはたどり着けぬ極地がある……鍛錬と滅びゆくゼリーとのせめぎ合いの果てッッ!
本来液体であるゼリーを凌駕する例外の存在!!!
日に30時間の鍛錬という矛盾のみを条件に存在するゼリー体!
1年その拷問に耐え、俺は今魔物を超えた!!!
プルプルッッ! 僕悪いゼリーだよッッ!!!!」
メルセデス(……破棄しようかな)




