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第二十五話 命名

 魔物食――読んで字の如し、魔物を食べる事を意味する。

 これは吸血鬼の都市のみならず、世界のどこに行っても珍しいものではない。

 数に限りのある野生動物や家畜と、無限に沸き出て来る魔物のどちらを消費するかといえば、それは魔物を消費した方がいいに決まっている。

 勿論一部の特権階級などは丸々と肥えさせた豚や牛を食べる事も出来るが、大半の者にとって肉といえば魔物を意味している。

 この都市でもまた、魔物は当たり前のように精肉店などに並んでは皆に買われていた。

 そして今日もまた、新鮮な魔物肉を求めて客が訪れる。

 やって来たのは身長3mの漆黒の悪魔、ベーゼデーモンだ。

 首には他者の所有魔物である事を示す首輪を着け、手には買い物籠を下げている。

 最初はその威容から吸血鬼達の警戒を買っていた彼だが、ここ一年ほどですっかり常連と化してしまっていた。


「おう大将、今日も来たか!」

「うむ。何かいいものは入っているかな?」

「それならこいつはどうだい? 深夜に届いたばかりの新鮮なオークだ。

こいつは普段ダンジョンで捕まってる奴と違ってダンジョンの外で捕まった奴だ。

木の実や果物をたっぷり食ってるから肉も普通のオークより柔らかく、甘い! お買い得だよ!」

「いいな。買おう」

「毎度!」


 店主おススメのオーク肉を買い、更にいくつか店を回って食材を買い揃える。

 基本的に血だけで賄える吸血鬼にとって、料理というのは嗜好品に近い扱いだ。

 需要が低いが故に値段は安く、その代わり食材の数も少ない。

 だが少ない食材をいかに活かすかもまた、腕の見せ所だ。

 屋敷に帰ったベーゼデーモンは早速調理に取り掛かり、まずジャガイモを加熱した。

 玉ねぎを微塵切りにし、先程買ったオーク肉も細かく刻む。

 プラクティスダンジョンに出現する鳥型魔物の『レッカーフーン』の卵をかき混ぜ、味付けは塩と胡椒で行う。

 胡椒は一年前までは貴重で高価なものだったのだが、トライヌ商会が缶詰を発表した事で価値が大暴落してしまい、今や一般の市場で手に入るようになった品だ。

 それでもまだ高いが、かつての価値を思えば見る影もない。

 フライパンでジャガイモを炒め、色が付いたら一度ジャガイモを降ろして今度はオーク肉と一緒に玉ねぎを炒める。

 玉ねぎが飴色になればジャガイモを再投入して卵液を回し入れ、ある程度固まった所で形を整えて素早く皿に移した。

 それから更にバランスよくニンジンやパセリを添え、最後に魔物の血とケチャップを混ぜた自家製ブラッドソースをかければベーゼデーモン特製ホッペルポッペルの完成だ。


「手慣れたものだな。一体どこでそんな技術を学んだんだ?」


 料理の完成を待ってから声をかけてきたのは彼の主であるメルセデスだ。

 基本無表情で何を考えているか分からない少女だが、その顔は少しばかり感心しているように見える。


「お嬢様は我等魔物がダンジョンから無数に生まれる事は知っていますかな?」

「ああ、知っている。それが同じ個体だという事もな」

「恐らくですが、我の元になった者がこうした料理の経験を積んでいたのでしょう。

我自身がどこかで学んだわけではありません」

 

 パンやスープをそれぞれの器によそいながらベーゼデーモンは説明をした。

 確かに彼は生まれてすぐに封石に詰め込まれてしまったので、こうした経験を得る機会などない。

 だがダンジョンは同じ個体が複製されており、つまり元の個体が経験を積んでいればそれは生まれて来る全ての同一魔物に継承されるのだろう。

 つまり……魔物は最初から登録されているものだけではなく、後から経験を積んだ個体をベースにする事も出来るわけだ。


「なるほど。ところでお前にはマルギットが世話になっているな。

もう一年も経つことだし、いつまでもベーゼデーモンでは呼びにくい。

そろそろ、お前にも名を与えたいと思うがいいか?」

「断るはずもなし。是非、お願い致します」

「よし。では今日からお前の名はシュフだ」


 名前の由来は言わずもがな、主夫から取っている。

 甲斐甲斐しくメルセデス親子の面倒を見るベーゼデーモンが主夫に見えて仕方なかったので、そのままシンプルにシュフと名付ける事にした。

 変に捻らずストレートド直球に決めるのがメルセデスのネーミングセンスである。


「シュフ……その名、しかと心に刻みました。

我に名を下さった事、感謝致します」

「うむ。これからもよろしく頼むぞ」

「は。我が主」


 こうしてベーゼデーモンはシュフという名を授かり、改めてメルセデスへの忠誠を誓った。



 フェリックス・グリューネヴァルトはグリューネヴァルト家第一子にして長男である。

 更に母は名家と名高い名門貴族の長女であり、フェリックスは選び抜かれた血統同士の間に生まれたエリート……必然、その将来は約束されていると誰もが思っていた。

 しかし、その将来に陰りが生まれたのはフェリックスが十歳の頃だ。

 父であるベルンハルトが全くフェリックスに見向きもしなくなったのだ。

 それまでもベルンハルトの態度は素っ気ないものであったが、それでも僅かにフェリックスに期待しているような部分があった。

 だが十年間でフェリックスの素質を見切り、そして彼に失望したのだ。

 自分を見る父の目が呆れと失望で彩られている事を、幼いながらに感じ取ったフェリックスは父に認められようと必死に努力をした。

 歴史、算術、文学、そして戦闘。とにかく必死に頭に詰め込み、身体に覚えさせた。

 だが父の目はフェリックスへは向かず、それどころか母の他に側室を何人か作り、『予備』を用意していた事が明らかとなった。

 ボリスやゴットフリートの年齢を見れば分かる事だが、実際には見切りを付ける以前からフェリックスは駄目かもしれないと考え、予備を作る事を思い付いていたのだろう。

 悔しかった、情けなかった。

 貴方の子は僕だ。長男は僕だ。グリューネヴァルトの名を継ぐのはこのフェリックスだ。

 そう強く、強く心が叫んだ。父にそう思わせたかった。

 だから彼は十五歳を迎えるその日に、他の兄弟を招いて父の前で叩きのめす事を決めた。

 自分こそが父の子の中で最も優秀であると、父に教えたかった。認められたかった。

 同時に他の兄弟に教える意味もあった。自分こそがグリューネヴァルトの後継ぎで、お前達の出る幕などないと。チャンスなどないと、そう教える気だった。

 身の程を思い知らせる気であった。


 思い知らされたのは、フェリックスの方だった。


 フェリックスの行動は結果として、更に彼の肩身を狭くした。

 彼は藪をつついて蛇どころか龍を出してしまったのだ。

 ――メルセデス・グリューネヴァルト。

 今年十一歳になったばかりの、腹違いの妹。ボリスやゴットフリートと違って女子で、歳も離れ、おまけに貴族ではない母から生まれたという彼女の事をフェリックスは当初、全く警戒していなかった。調査すらしなかった。

 調べるべきだった、と僅かに思ったのは実際に会場で見た時だ。

 似ている、と思った。

 髪の色が。目の色が。何者も寄せ付けないような空気が。

 そして何よりも、誰かを見ているようで本質的には誰も見ていない、その瞳が。

 顔立ちこそまるで違うものの、初めて見た妹は驚くほどに父ベルンハルトの面影を宿していた。

 更に藪からは龍を隠れ蓑にして蛇まで出てきてしまった。

 ボリスが暴走し、会場に魔物を解き放ったのだ。

 フェリックスはそれを相手に必死に戦ったがまるで歯が立たず、もう駄目かと思った時にメルセデスが圧倒的な力で魔物を捻じ伏せた。

 最初はボリスとメルセデスが示し合わせて、魔物に演技させたのかとも思った。

 だが違う。メルセデスは純粋に己の力のみであの魔物を打破したのだ。

 結果として、気付けば主演はフェリックスからメルセデスになっており、フェリックスはただの噛ませ犬へと成り下がっていた。

 他の兄弟を踏み台にするはずが、彼女の活躍を引き立てる為の踏み台となっていた。

 そしてベルンハルトはメルセデスを認め、彼女を本邸へと招いた。この時フェリックスは悟った。

 決して出会わせてはならなかった父と娘を、事もあろうに自分が引き合わせてしまったのだと。

 後悔してもし切れない。メルセデスにだけは手を出すべきではなかった。

 もっと入念に調査していれば……彼女だけは放置していれば、まだベルンハルトがフェリックスを認める目はあったはずだ。

 聞けば聞くほど後悔しかない。メルセデスはグリューネヴァルトを継ぐ気など全くなく、それどころか早々にこの都市を出ていく気だったという。

 フェリックスが余計な事さえしなければ今頃メルセデスはこの都にはいなかったのだ。

 既に彼に長男としての威厳はなく、約束された未来もなく、ただ惨めさだけが胸の中にあった。




「ハアッ……ハアッ……」 


 地下コロシアム。

 そこでフェリックスは剣を片手に荒く息を吐いていた。

 彼の前には三人の吸血鬼が倒れており、いずれも兵士として戦場を経験した過去を持つ野盗だ。

 落ちぶれたとはいえ、実戦を知る男達である。それに十五歳の若さで、それも多対一で勝てると言うのは褒められるべき事だろう。

 だがフェリックスを見る父の目の中に、フェリックスはいない。


「三人を相手に八分二十秒か。もうよい、部屋に戻れ」

「ち、父上! まだやれます!」

「もうよいと言った」


 ベルンハルトは背を向け、そのままフェリックスへ振り返らずに立ち去ろうとする。

 その背にはもう……失望すらなかった。

 かつてフェリックスに僅かなりとも抱いていた期待は失望へと変わり、失望は無関心へと変わってしまった。

 失望とは読んで字の如し、望みが失せると書く。

 失せるという事は、つまりまだあったという事だ……失せるだけの、僅かな望みが。

 だが今はそれすらない。

 メルセデスという宝石を見付けてしまった今、ベルンハルトはもうフェリックスに僅かな期待すら寄せていない。したがって失せるだけの望みもなく、失望すら抱かない。

 彼の関心は完全に、メルセデスへと向いてしまっている。


「お、お待ちください! 妹は……メルセデスは、何分でこの課題をクリアしたのですか!?」

「……五十五秒だ。ただし最初のうちは相手の出方を伺い、あえて攻撃させていた。

実際に攻撃に移ってからは十秒も使っておらん」

「……な」

「敵の数は二十。お前が今倒した者達よりも練度の高い者を選んでぶつけた。

受けた手傷は一つ。ただしこれは、わざと受けた一発だ。

訓練の相手に、メルセデスに一つでも傷を与えれば生かしてやると言ったらわざと攻撃を受けおった。今回だけではない、毎回そうだ」


 困った奴だ。

 そう言いながら、しかしベルンハルトの口調はどこか楽しげであった。

 まるで娘の手柄を自慢する父のような……むしろ誰かに自慢したがっているような、そんな声だ。

 そう思い、フェリックスはますます悔しくなった。

 そのままベルンハルトは振り返る事なく歩き去り、フェリックスだけが残される。

 フェリックスは感情を向ける先も分からず、強く床を殴った。


「何をやっているんだ……僕は……」


 その問いに答える者は、誰もいなかった。

シュフ「今日のメニューはホッペルポッペルだ」←フェリックス苦難の元凶

マルギット「わあい!」

モニカ「何で魔物が料理上手いのよ……」

フェリックス(何をやってるんだ……こいつは……)


ちなみにこの世界の胡椒は『高価だけど、手が届かないほどではない』という価値です。

食料の保存に関してはそもそも氷の魔石とか氷の魔法とかの便利なものがありますので、金と同価値とかいう超高級品ではありません。

そして缶詰が登場した事でますます価値が下がりました。

今となっては『調味料としては高価な部類』程度の扱いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] フェリックス好きだよ。 正しく主人公してる。 多分南十字君的なポジになると期待してる。
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