第二十三話 騒動終わって
今回は少し退屈な説明会です。
読み飛ばしてもあんまり変わらない気がしないでもない。
父、ベルンハルトとの邂逅以降、メルセデスの生活は一変した。
今まで暮らしていた家を離れて本邸に移動し、専用の部屋を与えられてそこで暮らす事になったのだ。
メルセデスの目的は自らに足りない物を埋める事だ。
具体的には独学ではどうしても限界があった魔法、武術、その他諸々の『基礎』である。
今までは独学とメルセデス自身のセンスによって上手くやってこれたが、この先も上手く行くとは限らない。
また、いつかは出て行く都市だがここの外がどうなっているかも未知数で、やはり知識がない。
その状態で出て行ってもまあ、ダンジョンがあるし何とかなるだろうとは思っている。
ツヴェルフという頼りになるアドバイザーもいる。
だが、それでもやはり知っているのと知らないのは違う。
更に、自分だけならば出て行くのは容易いが、問題はマルギットや婆やだ。
とても長旅に耐えられるとは思えないし、マルギットの母に至っては途中でリタイアしてしまう。
かといって放って行けばベルンハルトが何をするか分からない。
ならばここは反発するよりも、あえてベルンハルトの懐に入る事で奴の後ろ盾を得て譲歩を引き出し、搾り取れるだけ搾り取った方がいい。
アレは味方ではないが、自分に価値を見出している間は決して敵にならない。そういうタイプだ。
同じような性格だからこそ、それがよく分かる。
無論ベルンハルトもそんなメルセデスの考えなど見抜いている。
だがそれでも、利があるうちは敵にならないのだ。
利用されている事が分かっていても、利用される事で得られる物の方が大きいのだから、あえて使われつつ利用するくらいは平気でやってみせる。
そしてメルセデスも、ベルンハルトにいいように飼われる事を承知の上で、しかしそれで得られる利があるのだから飼われつつ利用してみせる。
飼われる事を承知の上で父を利用する。
利用される事を承知の上で娘を飼う。
二人の利害は嫌な形で一致しており、だからこそ表面上は和解が成立しているように見えた。
ただしメルセデスは最終的に出て行く気であり、これは裏切り前提の計画である。
首輪は付けられてやるが、全ての条件が整って利用価値がなくなれば首輪ごと父を捨てる。
最初からメルセデスはベルンハルトを切り捨てる気で彼の懐に入ったのだ。
そしてこれも、ベルンハルトは分かっている。
それでも受け入れたのは、いつかそうなっても抑える自信があればこそ。
出て行こうとする娘を捻じ伏せ、無理矢理グリューネヴァルトの名を背負わせる。
それが出来るという自負があればこそ、娘のやんちゃを認めるのだ。
そして万一娘が自分を超えたならば、それこそ本望。
それは求め続けた後継の完成を意味し、たとえ娘がグリューネヴァルトの名を捨てようとも、自分の血を継いでいる事は捨てられない。
自分の血はより優れた形で残る。ならばよし。超えて見せよ、出来るものなら。
つまりこれは――最初から決裂する事が大前提にある一時的な和睦!
娘はナイフを片手にいつか裏切りますよと宣言しながら父に駆け寄り、父はならば捻じ伏せようと言いながら娘を抱擁する。
どう考えても普通ではなかった。明らかに人として大事な何かが外れていた。
しかしそんな歪な二人だからこそ、和平が成立してからは表面上は、今までの軋轢は何だったのかと言いたくなる程あっけなく手を取り合った。
この際メルセデスは自分が本邸に行く条件として母を含む他の側室への待遇の改善、及び他の兄弟が自立するまで支援する事をベルンハルトに要求したが、ベルンハルトは意外にも素直にこれに応じた。
これによりマルギットの生活は格段によくなり、彼女の母も少しずつ健康を取り戻している。
……というか健康を取り戻した理由は、あの後メルセデスの配下に加わったベーゼデーモンのせいだ。
あのベーゼデーモンは利用されただけで、彼自身が悪いわけではない。
なのでメルセデスは倒した者の特権としてベーゼデーモンを配下に加え、己の管理下に置いた。
そしてマルギット親子の護衛代わりにマルギットの家に置いたのだが、何故か料理上手だったらしく、ベーゼデーモンの作る料理によってマルギット母の体調が改善されつつあるのだ。
何故悪魔にそんなスキルがあるのかはメルセデスにも分からない。
リューディアは『娘がこっちに行くなら』と婆やと共に押し掛けて来たのでメルセデスの隣の部屋を与えられ、時折贅沢を言ってベルンハルトを困らせていた。相変わらずいい性格をした母である。
そしてボリスは行方不明になった。どこに消えてしまったのかはメルセデスにも分からない。
ただしこれらの待遇改善はベルンハルトがメルセデスに価値を感じているからであり、もしも無価値と判断されればあっさり約束を反故にする可能性もある。血の契約をしていない以上、油断は出来ない。
ともかくこれで、他の兄弟に恩を売った形にはなるので、逆恨みなどを受ける可能性は低くなっただろう。
本邸は流石に広く、庭などを含めた総面積は東京ドーム一個分は優にあるだろう。坪に換算すれば15000坪といったところだ。
前世の日本では1000坪もあれば豪邸という扱いだった事を思えば、いかに広いかが分かる。
もっとも、建物が密集していて土地そのものが不足している日本と、土地が余っているこの世界を同列に並べて例える事に意味はないかもしれないが。
ともかく広い。無意味なまでに広い。
離れがあり、書庫があり、大浴場まである。特に大浴場があるのはメルセデスにとっても嬉しい事であった。
この世界にも風呂がある事はあるが、何と一般市民の使う風呂は混浴である。
更に風呂に入ったまま物は食べるわ酒は飲むわ、踊るわ歌うわ、オマケに売春まで風呂でやっているわ、モラルが家出をしてしまったかのようなカオスぶりであった。
身体を清潔に保つ行為と娯楽とその他色々な物がごちゃ混ぜになってしまった、そんな混沌とした場所にメルセデスが足を運ぶはずがない。
なのでメルセデスは今まで身体を清める時は近くの山の中にある泉などを使い、冬場は冷たさに凍えそうになるのを我慢しながら清潔さを保っていた。
ダンジョンが手に入ってからは、改装してダンジョン内に風呂を作る事も考えた。
そんな彼女にとって、大浴場の存在は決して小さくない。
書庫も広く、何年かかっても読み切れないのではないかと思わせるほどの本がある。
そして何より大きいのは、魔法や格闘技、武器術などを学べる教育機関への入学が決まった事であった。
この世界の教育機関は貴族の子女や一部の裕福層のみが通えるエリートコースであり、大半の者はここに通う事が出来ない為に独学で学ぶしかない。
メルセデスも魔法や読み書きなどを独学で習得しているが、これを機に基礎を固め直すのは悪い事ではないだろう。
また、この屋敷に来る事でメルセデスの見聞もいくらか広がりを見せた。
これにより、いくつか分かった事がある。
まず一つ、この世界は割と年中戦争をしている。
まあ、地球でも中世時代はあちらこちらで戦争をしていたのだから不思議な事はない。
日本も徳川幕府が出来るまでは常に何処かが戦争をしているような状態だった。
今までメルセデスは自身が暮らす国を『吸血鬼の国』と呼んでいたが、これは全く正しい表現ではなかった。
この国は正式名称を『オルクス』といい、西方に位置する吸血鬼の大国だ。
そしてこの都市ブルートはオルクスで最も大きな都市であり、その規模は王都をも上回る。
この都市を含む広大な土地を統治しているのがグリューネヴァルト家だ。
しかしオルクスだけが吸血鬼の国というわけではなく、このテイルヘナ大陸には他にもいくつかの吸血鬼の国が存在し、統一される事なく互いに睨みを利かせている状態だ。
これはおかしな事ではない。
かつて戦国時代においては、日本という狭い土地の中ですら尾張や越後といったいくつもの『国』があったのだ。
ならばそれよりも広大な面積を持つテイルヘナ大陸に数多の国が出来てしまうのは必然の事であった。
そして、これらの国は土地や食料を巡って戦争を続けているという。
このブルートは今の所平和だが、それでも現在進行形で戦時中だったという事をメルセデスは知った。
更に一つ。ベルンハルトはメルセデスが思っていたほど薄情ではなかった。
メルセデスは当初、母の生活を見て貴族とは思えない暮らしぶりと思っていたし、冷遇されていると思っていた。
それは決して間違いではなく、本邸に住まわせて貰えない時点で冷遇されていたのは間違いないだろう。
だが、この世界に生きる大多数の生活を知ってしまえば、そう酷い生活でもなかったと分かったのだ。
このブルートは大都市であり、ここに住む者達は一般市民すらが裕福層に分類される。この都市での生活はこの国でのスタンダードではなかった。
ベルンハルトが治める領土の大半は貧しい村や小さな街で構成されており、農業で暮らしている者達の生活基準はこのブルートとは比較にならないほど低い。
それはそうだ。搾取される者がいてこその貴族である。全員が裕福では貴族は成り立たない。
そうした貧困層は力のない吸血鬼、あるいは血の薄い吸血鬼と比喩され、『薄血』とも呼ばれている。
彼等の生活は常に苦しく、もしも主食である血液が何らかの理由で手に入らなくなってしまうと、ジャガイモだけで飢えを凌ぐ事になってしまう。
ジャガイモばかり食べる吸血鬼……夢が壊れそうなフレーズだ。
吸血鬼といえど、不死身からは程遠い。
前世で見た漫画のように、バラバラにされようが平然と戻って来る吸血鬼などこの世界にはいない。
首を刎ねられれば死ぬし、心臓を貫かれれば銀の武器や杭でなくとも死ぬ。飢えでも死ぬし、乾いても死ぬ。熱さでも寒さでも死ぬ。
この世界の吸血鬼は、ただ少し寿命が長くて生命力が強く、身体能力に優れて再生能力を持つだけの生物でしかない。
それを思えば、小さな屋敷とはいえ働かずに衣食住が保証されていたあの生活は、とりあえず最低ラインは満たしていた事になる。
無論ベルンハルトの財力ならばもっと裕福で贅沢な暮らしを送らせる事は出来ただろうから、冷遇していた事そのものに間違いはない。
だがこれを知ったことでメルセデスは少しだけベルンハルトを見直した。
彼は冷血であるが、最低限の義務だけはこなす男だ。そう思ったのだ。
だからこそ、使える。
やはりあの男の利用価値は高い。そうメルセデスは再認識した。
ベルンハルト「今日のメニューは……」
料理長「そんな難しい料理無理っす。ここ吸血鬼の国ですよ」
ベーゼデーモン「じゃあ我が作るわ」シュバババババ
料理長「」
料理長「俺を弟子にしてくれ」




