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第二十一話 ベーゼデーモン

 フェリックス、及び警備の兵士達とベーゼデーモンの戦いは終始ベーゼデーモンが優勢であった。

 フェリックス達の攻撃は大してダメージにならず、多少傷を与えても時間が経てばすぐに再生されてしまう。

 対し、ベーゼデーモンの攻撃は一撃でも当たれば鎧ごと砕かれ、既に五体満足で立っている者は一人もいない。

 全員が腕ないし足をへし折られており、片腕を失っている者すらいた。

 フェリックスも例外ではなく、片腕がもう動かないようだ。


「はあッ!」


 己を奮い立たせるようにフェリックスが剣を薙ぐが、呆気なくベーゼデーモンの強靭な腕に阻まれる。

 そのままベーゼデーモンが繰り出した反撃の爪を避けるも、完全には回避出来なかったのか肩を深く切り裂かれてしまった。

 だが彼の奮闘は無駄ではない。彼がこうして時間を稼いでいる間に、招待された貴族達は避難を済ませる事が出来たのだから。

 今、場に残っているのはベーゼデーモンとフェリックス、警備の兵士が五人。既に敗れて床に伏している兵士が七人。

 ベーゼデーモンを呼び出したボリスと、未だ倒れているゴットフリート。

 そして腕を組んで戦闘を観察しているメルセデスと、娘が何故か逃げない為、一緒に残ってしまった母、リューディア。

 更に妹の二人、マルギットとモニカ、そしてその母達もまだ残っている。

 マルギットの母は病弱故に逃げ遅れ、マルギットはそんな母を捨てて逃げる事が出来ない。

 モニカは……何なのだろう? 何故か彼女は期待するようにメルセデスを見ており、逃げようともしない。

 メルセデスの近くにはトライヌも来ているが、彼はメルセデスの実力を知る故にここが一番安全だと判断したのだろう。抜け目のない男である。

 そして以前と比べると大分健康的で、そして丸々と太っていた。

 どうやら稼いだ金で随分豪遊していたらしい。

 最後に、メルセデスと同じく腕組みをして戦闘を静観しているベルンハルト。

 つまり、兵士とトライヌを除けばグリューネヴァルト家に連なる者だけが残っている事になる。

 メルセデスがここに残っている理由は、単なる観戦である。もっと言うならばベーゼデーモンの強さを初期のベンケイと同程度と仮定し、フェリックスの戦いを見て自分以外の吸血鬼の強さを正確に測ろうとしているのだ。

 今までメルセデスは比較対象というものに恵まれなかった。

 それ故に、自分は多分強い部類だと分かっても、その差がどれほどのものなのかを正しく把握出来ていない。

 なので、ここでフェリックスの戦闘を見て他者と自分の差を測ろうとしているのだ。

 要するに、彼女はフェリックスを強さを測る物差しとして使っていた。


「トライヌ。一つ聞きたいが、お前の目から見てフェリックスは強い方か?」

「え? ええ、そうですね……私はあまり戦闘には詳しくありませんが、あの身のこなしは以前私が雇ったBランクのシーカーに匹敵しています」


 メルセデスはトライヌから聞いた話を元に、自分とフェリックスの差を計算する。

 そうしている間にも兵士の数は減り、とうとうフェリックス一人だけになってしまった。

 そんな状態になってもベルンハルトが助けに入る素振りはない。

 まさか自分の後継者を見殺しにする気か? とメルセデスが訝しむようにベルンハルトを見る。

 すると、視線に気付いたのかベルンハルトもメルセデスへと目を向ける。

 ……冷たい目であった。まるで自分以外の何も信用していないような、情をまるで感じない目だ。

 そして酷く不愉快であった。まるで鏡を見ているような、嫌な気分にさせられる。

 メルセデスの人格の大半は前世から引き継いだものだ。

 だが、前世から他人と違ったといえど、ここまで冷めていたわけではなかった……と、思う。

 少なくとも、血が沢山出るような場に出くわしたならば動揺くらいはしたはずだ。

 だが今はそれすらなく、この父の血による影響は確かにあるのだと自覚せざるを得なかった。


「いいぞ! そのままそいつの気取った面を潰してやれ!」


 ボリスは勝ち誇り、ベーゼデーモンへと命令を下す。

 だがベーゼデーモンはその声に動きを止め、不快そうにボリスを見た。

 そしてボリスへと無造作に近付き、彼の首を掴み上げる。


「がっ……!? な、なにを!?」

「弱者が! うぬ如きが俺に命令するでないわ!」


 あ、喋った。

 メルセデスはそんな呑気な事を考えながら、ボリスに呆れていた。

 何とあの男、自分で呼び出した魔物の制御が出来ていない。

 そのままベーゼデーモンはボリスを壁へと投げつけ、気絶させてしまった。

 そしてベーゼデーモンは再びフェリックスへと向かって歩き始める。


「何をしているのあなた! 早くフェリックスを助けて下さい!」


 不意に、今までいなかった誰かの声が出口から聞こえた。

 そちらに目を向ければ、桃色の髪の女性がベルンハルトへ向かって走っている。

 年齢は二十代前半……無論吸血鬼なので外見年齢は全く当てにならない。

 ベルンハルトにああして気安く話しかけている以上、単なるそこらの貴族でない事だけは確かだ。


「母上、ここは危険です! お逃げ下さい!」


 フェリックスが女性に向けて叫んだ事で彼女の正体が判明した。

 なるほど、フェリックスの母……つまりは本妻か。それならばベルンハルトへの態度も納得出来る。

 だがここでメルセデスは一つの疑問を感じた。

 フェリックスの髪の色は金。ベルンハルトは青。そしてフェリックスの母は桃色。

 両親のどちらも金髪ではない。

 ならばフェリックスの金髪はどこから出てきたのだろう。祖父辺りの血だろうか?


(……まさか、な)


 一瞬、もしかしてフェリックスはベルンハルトの子ではないのでは? と思ったがメルセデスはすぐにその考えを消した。

 会ったばかりの女性の不貞を疑うのはよくない事だ。

 きっとフェリックスの髪は祖父か祖母の血なのだ。そうに決まっている。

 そんなどうでもいい事を考えていると、メルセデスの袖をクイクイとマルギットが引いた。


「ん?」

「あの、そのね、お姉ちゃん。お兄ちゃんの事、助けてあげて……?」

「…………」


 マルギットはきっと、状況を正しく理解出来ていないのだろう。

 フェリックスが自分達を踏み台に地位を固めようとしていた事……即ち、自分達がこの後捨てられていた可能性が高いという事にも考えが及んではいまい。

 しかし、そんな幼く無垢な少女の訴えだからこそメルセデスには響いた。

 打算も何もない、ただ純粋に助けたいという想いはメルセデスにはないものだ。

 だからメルセデスはマルギットの頭を軽く撫で、微笑んだ。


「お前はいい子だな」


 打算で行動した者が、その打算故に失敗して破滅するのはメルセデスにとって決して心を動かすものではない。失敗も成功も全てその者の自己責任だ。

 こちらに火の粉が降りかからぬ限り、至極どうでもいい。

 仮に目の前でフェリックスが死んでも、彼女にとってそれは少し後味のよくない出来事というだけで終わり、少しすれば過去の出来事として脳内で処理されてしまうだろう。

 しかし、幼い少女の無垢な願いを無視するのは流石に心が痛む。

 メルセデスは上着のポケットに手を突っ込み、何ら気負いを見せずにベーゼデーモンへと近付いた。

 フェリックスは既に立つ事も出来ない有様であり、まさに止めを刺される寸前といったところだ。


「おい、黒いの。そこらでもういいだろう、お前の勝ちだ」


 戦闘の最中にかけられた声に、ベーゼデーモンの顔が動く。

 だが声の主が少女だと知ると、若干馬鹿にしたような雰囲気となった。


「小娘か。下がっておれ、戦いとは命のやり取りだ……殺さぬ限り終わりではない。

女子には分からぬ世界よ……立ち入るでないわ。

あそこの女共を連れ、早々に去ね。特にあそこの女(マルギット母)は顔色も悪い。

栄養のつくものを食べさせ、休養させるといい」


 あれ? こいつ案外いい奴じゃね? とメルセデスは思った。

 どうやら彼は彼なりの戦いの美学があるらしく、女に手を出す気はないらしい。

 たとえ魔物でも、こういう矜持を持つ者は好感が持てる。

 普段ならばここで、ならお言葉に甘えて……と言う所なのだが、しかし今のメルセデスは妹の願いを受けて動いている。なので退いてやるわけにはいかない。


「聞けんな。力で退かしてみろ」

「小娘……女だからと攻撃されぬと思っているならば、それは思い違いだぞ」

「御託はいい。来い」

「……愚か者が」


 ベーゼデーモンの額に血管が浮き、豪腕がメルセデスへと振り下ろされる。

 だがメルセデスはポケットから左腕を出し、易々とベーゼデーモンの腕を受け止めた。

 彼女の立っている床に蜘蛛の巣状の罅が入り、しかしベーゼデーモンの腕はそれ以上下がる事はない。

 いくら力もうと、血管が浮き出るほどに力を込めようと、少女の細い手に捕まれた腕が全く微動だにしないのだ。


「ぬ、う!?」


 メルセデスはそのまま左手に力を込め、強くベーゼデーモンの腕を握る。

 するとベーゼデーモンの腕が圧力に負けて軋み、掴まれている部分から血が噴き出した。

 メルセデスの指が肉を突き破り、深々と突き刺さっているのだ。

 そのままメルセデスは片手の力だけでベーゼデーモンを持ち上げ、マルギット達とは逆方向へと投げ飛ばす。

 調度品や椅子、テーブルを巻き込んでベーゼデーモンが吹き飛び、壁にぶつかった所でようやく停止した。

 その有り得ない光景にフェリックスは唖然とし、彼の母やモニカ、マルギットの母も同じく呆然としていた。


「す、すっごい……やっぱりお姉ちゃん、強い……」


 マルギットはただ、既に知っていた姉の常識外の強さに驚くばかりだ。

 自分で彼女に助けを求めたとはいえ、ここまで圧倒的だと改めて驚くしかない。


「素敵……」


 モニカは何故か顔を赤らめ、自らの頬を抑えて恍惚としている。

 一瞬、メルセデスの背に何か薄ら寒い物が走った。


「…………素晴らしい」


 そしてベルンハルトがここにきてようやく表情を変え、口の端を吊り上げた。

 もっとも、彼の賞賛は小声過ぎてメルセデスの耳には届いていない。

 彼等の見ている前でメルセデスはポケットに手を入れたままベーゼデーモンへと近づき、倒れている彼の前で止まった。


「ぬ、ぬうう……!」

「……」


 感情を感じさせない冷たい瞳で自らを見下ろすメルセデスに、ベーゼデーモンは言いようのない恐怖と威圧感を感じた。

 だがすぐに立ち上がり、メルセデスへと拳を振るう。

 その瞬間、メルセデスは素早く魔法の行使へと移っていた。

 敵の拳に引力をセット。

 それと同時にポケットの中の左拳を斥力で加速させつつ抜拳。

 抜いた手はそのまま、引力に引き寄せられてベーゼデーモンの拳へと自動的に向かい、受け止めた。


「なあっ……! ま、また!?」

(ふむ、考案中の自動防御だが、案外これはいけるかもな。

現状では、上手く打点を逸らせないのがネックか。まだまだ改良の余地あり、と)


 考えながらも、今度は右の拳を抜拳。

 同時に敵の顔面に引力をセットし、決して外さない自動攻撃を成立させる。

 ベーゼデーモンも咄嗟に顔を動かして避けようとするが、メルセデスの腕はそれを追跡して蛇のようにうねり、彼の顔面を捉えた。

 腕力+引力+抜拳の加速。一見軽く見えるこの攻撃だが、そこに秘めた威力は想像を絶する。

 まだ名前も決めていない居合の拳は一撃でベーゼデーモンの意識を刈り取り、その巨体を沈めていた。

ベーゼデーモン「あの様子だと食欲もなさそうだが、しっかり食わねば良くならん。

消化のよいものを与えるといい。ネギをたっぷり入れた鍋や粥がよさそうだ。

それと果物も効果的だな。部屋の湿度をしっかり取り除く事も忘れるな。

この国の食文化はどうも杜撰で困る。吸血鬼といえど生物なのだから、生まれ持った頑丈さに胡坐をかかず健康に気を使い、普段から病気の予防をだな……」

メルセデス「……そ、そうか」

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― 新着の感想 ―
[一言] めっさええやつやんw
[一言] 後書き好きだわ~~
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